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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
スリー
65/142

我に自由を! その4


 世間で何が起きていようとも、匠には何の関係もない。

 ただ、一心不乱に足を動かす。

 向かう先は軽食屋【5&4】である。


 ゼクスという知り合いも居なくはないが、そもそも所在不明であり、連絡コンタクトを取ろうにも無理があった。


 バタバタと走り、ようやく店が見え、匠は、走るのを止めた。

 汗を拭い、息を整える。


 相も変わらず店は人気なのか、客がチラホラと見えた。

 どうせなら今すぐ声を掛けたいが、それでは営業の邪魔に成りかねない。

 仕方なく、列に並ぶ。


 長蛇の列というほど客は居なかった為に、匠の順番は回ってきた。


『あ、加藤さん、いらっしゃい』


 すっかり顔馴染みなのか、店員であるフェムはそう言う。

 周りを少し窺うと、匠は、美麗なフェムに顔を寄せた。


「……あの、すんません。 少し……お願いがありまして」

 

 軽食屋に来て置いて注文もせずにそう言うのは迷惑だと分かっていても、他に頼れそうな者が居ない以上仕方ない。

 今の匠は、形振り構っては居られなかった。

 

 問われたフェムにしても、ウンと少し頷く。


『ははぁ、わかりました。 では、ちょっと裏へどうぞ』

「すんません、恩に来ます」

『なに、加藤さんの頼みですからね』


 フェムにそう言われ、匠はぺこりと頭を下げて以前の様に店の裏へ回った。


  *


 裏口にノックを、ドアを開けて貰う。

 開いたドアからは、フィーラが顔を覗かせていた。 


『加藤さん、どうぞ中へ』


 相も変わらず美人といった風貌に変わりはないフィーラ。

 だが、匠の胸の内はざわつかない。

 彼女の身体が作り物だからという事ではなく、エイトの事が気がかりで他に頭が向いていなかった。


『とりあえず、お茶でも出しますから』


 椅子を進められ、匠は「どうも」と答える。

 お茶などのんびりと飲んでいる場合ではないが、急かしても事は良くならない。


 相も変わらず店の裏側でもキチン清潔が行き届いており、それだけでも匠は唸る。

 ふと、視線に気付いた匠其方を窺うと、小さな子供と目が合った。

 元来余り子供に好かれる風貌ではない匠は、かなり無理やり笑う。


「や、どうも。 こんにちは」


 その子とは話したことは無い。

 フェムとフィーラが造ったという、在る意味ではエイトの兄弟に当たる十番ティオ


 軽く匠が手を振ると、小さなティオはパタパタと近付いて来た。


 人造の目とはいえ、ジッと見つめて来る瞳に、匠は無理に笑ってみせる。


「えーと? どうしたのかなぁ?」


 困った匠。 小さな子と接して、何をしたら良いのかが分からない。

 そんな時、トンと匠の目の前に紙コップが置かれる。

 中身は湯気を放つ香り高い紅茶であった。


『珍しいんですよ。 この子、滅多に他の人と会いませんから。 ね、ティオ』


 フィーラは母親と言うには若すぎる見た目だが、元々そう言う顔の造りなのだと匠は知っている。

 そんな母親に撫でられたらティオは、ウンと鼻を唸らせていた。


『……うん、興味深い』

 

 幼子とは言え、その口振りはエイトに似ている。

 懐かしいという感覚も感じるが、匠は寂しさを覚えた。


『どうしたの?』


 匠が顔を歪ませたからか、ティオは心配そうな声を出す。

 小さな子を心配させまいと、匠は無理に笑おうとするが止めた。

 そもそも、相談しに来たのに、何でもないですとは言えない。


「俺の……相棒がさ、家出しちまってな。 それで、あっちこっち回って助けて貰おうってさ」


 匠の声に、ティオは首を傾げた。

 エイトと直接的な面識は無く、そもそも知らない。


 苦い顔を浮かべる匠に、フィーラは目をぱっと見開いた。


『良いこと思い付きました。 加藤さん。 この子、預かりません?』

「………はい?」

 

 正にいきなりのフィーラの発言に、匠は呆気に取られた。

 ティオ自身は可愛い子供と言って相違ないが、唐突に預かれという言葉には耳を疑う。


「いや、あの?」


 戸惑いを隠せない匠には取り合わず、フィーラはティオを撫でる。


『いえね、ほら、ウチの子もいつまでも家の中だけじゃ世界が狭いと思いまして』


 朗らかな声だが、言っている事は余りマトモとは聞こえない。

 そんなフィーラに、匠は鼻を唸らせていた。


「いや、あのー、そう言うのは……駄目……じゃないんすか?」


 戸惑う匠からすれば、当たり前であった。

 いきなり他人のお子さんを預かれと言われても、困る他はない。

 もし、匠に或いはその毛が在れば喜んだかも知れないが、生憎と匠にそんな性癖は無かった。


『まぁ、確かに……このままでは加藤さんも困りますよね』


 そう言うと、フィーラは軽々とティオを抱き上げる。

 細い見た目の割には実にパワフルと言えるが、元々人とは違う為にそれはフィーラに取って簡単であった。


『少しお待ちくださいね。 お召し替えして来ますから』

「いや、あの、ちょっと?」


 匠が止めるも意味は無く、フィーラは店の奥へと引っ込んでしまう。

 厨房の奥は恐らく居住区なのだろうが、流石に人の家に無断で上がろうとは思えない。

 困った匠は、そのまま椅子に腰を落としていた。


「服装の問題じゃあねぇんだけどな……」

 

 ティオがどんな服装に変わろうが、その事自体は問題ではない。

 何よりも問題なのは、他人の子供を預かると言うことなのだ。


「参ったなぁ」


 本来、エイトを探す協力を求めに来たのであって、他の者を欲しがっては居ない。

 だが、どうせならティオの協力を頼むのも吝かではないかと思う匠。

 掴めるものなら、この際藁でも良かった。


 程なく、フィーラが奥から戻ってくる。


『お待たせしました~』


 店員さんだからか、店員らしい喋り方をするフィーラ。

 ただ、彼女はティオではなく、何故か子犬を抱えていた。

 然も、ただの犬ではなく妙な服を着させられている。

 有り体に言えば子犬の作業員といった風情であった。


「あの? その……犬は?」


 ドロイドも犬を飼うのかと尋ねたくなる匠だが、彼の声に応える様に、子犬の前脚が持ち上がる。 


『やだなぁ、ティオですよ』

「はい?」

  

 フィーラの呑気な声に、匠はますます困惑してしまった。

 言ってる意味が分からないと、首を傾げる匠だが、トンとテーブルに乗せられた犬は、口を開く。


『すみません、まだ此方の身体に慣れてなくて』


 声と口振りは、まさしくティオのソレである。

 ソレを聞いた匠は、なる程と納得出来た。

 よくよく考えれば、エイトを含めた彼等は実体を持っていない。

 彼等にとって身体とは衣服の様なモノなのだと分かる。


 ただ、頭では分かっていても、匠はどうにも犬が喋るという光景には慣れない。


「ははぁ………こりゃあまた、熊に似てるなぁ」


 知り合いの小熊を思い出す匠の声に、犬は動いて見せる。

 軽快に回ったかと思えば、ヒョイと立ち上がり二足でも歩く。

 何とも珍妙な光景に見とれる匠だが、疑問が湧いた。


「あの、この子…犬、あーと……て、ティオ君を……俺に?」

 

 出来るだけ言葉を慎重に選ぶ匠に、フィーラは微笑んで見せた。


『勿論です。 エイトが居なくては困るとお察しします。 ですので、この子で助けに成ればと』


 実に親切な申し出は、匠に取っては有り難い。

 だが、おいそれと渡されるという事に、匠は疑問を感じていた。


「どうして俺に?」

『貴方だからですよ』


 フィーラにそう言われても、匠には実感が無い。

 もし、自分が一方の人物であれば、或いはそうかも知れないが、匠の主観で言えば、あくまでも電気屋の店員でしかなかった。

 

「あの、俺は……そんなに立派じゃないんですよ。 エイトにも逃げられちまってるし」


 自分を揶揄する匠に、フィーラは首を横へ振った。


『自分が見る貴方と、他人が見る貴方は同じでは在りません。 もし、貴方が信用成らない人物であれば、そもそも私がこの子を渡すと?』


 そう言うと、フィーラは子犬の格好をしているティオを撫でる。

 撫でられるのを気持ち良さげに目を細める子犬を見て、匠は、少し気分が軽く成っていた。


「変な話ですけど……俺、変わった友人が多くて助かります」


 そんな匠の声に、フィーラは笑う。


『じゃあ、この子をお願いしますね。 存分にこき使ってやってください』


 フィーラがそう言うと、子犬はトコトコと匠の側へやってくる。

 ソッと持ち上げると、普通の犬とは違うのだと感じたが、それは言わない。


「……確かに、お預かりします」

    

 匠は、ぺこりとフィーラに頭を下げていた。


   *


 子犬を伴い、軽食屋【5&4】から離れていく匠。


 傍目には犬の散歩をして居る様に見えなくもない。

 その様を、ジッと見送るフィーラとフェム。

 

『可愛い子には旅をさせろ………そんなとこかな?』


 遠ざかる子犬に宿った我が子を案じるフェムに、フィーラは微笑んだ。


『偶には、外を見せてあげなくちゃ。 私達と一緒でも良いけど、あの子はもっと周りを見せてあげたい。 私達じゃ、それは出来ないから』


 街でも評判の軽食屋の主である男女は、心配半分と期待半分で遠ざかる匠とティオを見送るが、ふと、街の至る所に在る監視カメラを見た。

 何故なら、カメラが歩く匠と子犬を捉えているからだ。


 余程の事が無ければ、カメラはわざわざ人を追尾したりはせず、誰かがそれをして居る事の証明とも言えた。


『何故、あの子はあんなに頑固なのかなぁ』

  

 フェムの声に、フィーラは鼻でフフンと笑う。


『あら、意外に女心には疎いのかしら。 大切な人に、急に誰かが横を歩いていたら、調べたくも成るものよ』


 ヤケに低いフィーラの声に、フェムの顔はひきつっていた。

 

 

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