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トラブルバスターエイト  作者: enforcer
セブン
19/142

幽霊退治 その3

 匠が新たな道を模索し出したのと同時刻。

 

 別の場所では、バタバタと慌ただしい足音が響いていた。 


 足音の主は、以前僅かに匠と会話をした刑事の二人の内、その一人である長谷川。

 彼女は、脇にタブレット抱えて一目散に在る場所へと走る。


 警察署の敷地内を走る長谷川だが、彼女の目的地は駐車場。

 相も変わらず、息を切らしながらもなんとか目当ての車を見つけ出した。


「……ふ、藤原さん……持ってきましたよ」

「おーう、ご苦労様」


 覆面パトカーのエンジンを弄っていた藤原は、スッと屈めていた背を伸ばして手に付いた油を拭う。


「まぁた車弄りですかぁ?」


 長谷川の主観から言えば、藤原は専ら捜査よりも車を扱っている気がしていた。

 当の藤原も、長谷川の意見に笑う。


「そう言うなって。 近頃じゃあ犯罪なんて少ねぇだろ? だが、この前みたいな時もある、そんな時にゃあ、此奴が役立つのよ!」 

 

 そう言うと、藤原はパンと軽く車を叩いた。

 

 自信満々といった藤原の言葉だが、長谷川からすると疑問であった。

 だいぶ昔の年代物のスポーツセダン。

 過去では最新作だったが、今となっては博物館行きの代物である。


 如何に最新型の機械で調整チューニングされていても、やはり長谷川にはただの無骨な機械でしかない。


「えぇ? でもそれ、ガソリンでしたよね?」

「おうよ? 俺がこーんな赤ちゃんの頃はな、ぜーんぶガソリン車だったんだぜ? ま、ディーゼルってのも在ったがな」


 両手で昔の自分の大きさを示す藤原。


 燃料という概念が、長谷川からすれば珍しい。

 ただ、あまり車に興味がない長谷川にしてみれば、クラシックカーに懸ける藤原の情熱は理解に苦しむモノだった。


「ともかく、はい、資料持ってきましたよ」


 車の話はともかくも、長谷川はタブレットを差し出す。

 それを見て、藤原は目を細めていた。


「なんです?」

「いや、昔なら紙だったよなぁ……てさ」

 

 薄いタブレットを受け取る藤原の声に、長谷川は唇を僅かに尖らせた。


「なに言ってるんですか、もう。 今時紙の資料なんて無駄ですよ! あっちこっち女性が駆け回って、印刷してはコピーしてなんて」

  

 長谷川からすれば、藤原の云う言葉は無駄でしかない。

 タブレットであれば資料をあっという間に大勢に届ける事も出来る。

 地球の裏ほど離れていても、会議すら可能だろう。


「はいはい、その通りですよぉ」


 プンプンといった長谷川を宥めつつ、藤原は慣れない手付きでタブレットを弄った。 

 藤原の若い頃から、紙の資料は廃れつつある。

 余程の機密でもないかぎり、使い回しが容易なタブレットに取って代わられる。

 パトカーにせよ、過去とは違っていた。

 

 それを些か寂しく思う藤原だが、目はあくまでもタブレットを真面目に睨んでいた。

 藤原が長谷川に頼んだのは、匠の資料である。 

 一市民の個人情報故に、集められる情報には限界が在るが、藤原は未だに匠を疑っていた。


「奴さん綺麗な経歴だぜ? 補導歴も無けりゃ、違反もない、犯罪とは無縁の模範的市民って奴だな……」


 ザッと匠の経歴を洗った藤原だが、匠のそれに落ち度は無かった。

 

 しがなくとも、真面目に生きている一市民。

 そんな匠が、何故あの事故に巻き込まれたのか。


 藤原はそれを疑う。


「変だとは思わねぇか?」

「何がです?」


 キョトンとする長谷川に、藤原はフンと息を吐く。


「どんな聖人つってもよ、何かしらやってるモンだぜ? 隠れてコソコソ煙草吸っただの、チョイとその辺のペンか消しゴムなりを失敬したりだの。 未成年の癖に酒飲んだ。 だが、奴さんは全くの白……どう想う?」

 

 訝しむ藤原に、長谷川はウウンと唸る。


「まぁ、その彼だって何かはしてると思いますよ? ただ、運良く今まで前歴マエが付くような事はしてないって事では? 優良な市民と呼べるのでは? 藤原さんだって、そう言うの無いんでしょ?」


 匠を疑わない長谷川の声に、藤原は憮然とした。


「んなわけ在るかよ。 俺だって子供チンピラの頃は、そりゃあもう飲む打つ買うってな………おっと、ちなみに買ってたのは喧嘩だけだな」


 藤原の古い言葉を理解していない長谷川は、首を傾げた。


「喧嘩って駄目ですよ……」

「おっとっと……そうさな、警察官足るもの、市民の模範ってな」


 後輩の態度に、危うく過去の恥を暴露しそうになった藤原は胸を撫で下ろす。


 そんな藤原に長谷川は思わず見とれた。


 先祖帰りしたと言わんばかりの逞しい藤原である。

 Yシャツ越しでも、その体格は見て取れる。


 分厚い胸板に、良く張った肩。 そして厳つくとも頼もしい顔。


 近頃の若者とは比較にならない程の体躯を誇る藤原の太く逞しい腕に、長谷川は少し目を奪われていた。


「おい? どうした?」


 惚けていた長谷川だが、ふと、我に帰った。


「は? いや、何でもないです」

「あん? そうか?」


 見ていたタブレットを返そうと手を伸ばす藤原に、それを受け取る長谷川。


 段々と二人の距離は縮むが、その時、覆面パトカーに搭載された無線が響く。


『本部より入電。 ●○近辺にて事故発生。 付近のパトカーは応援に向かわれたし』


 ざらついた無線の音声に、藤原は溜め息を隠さない。


「何だよ? 宮仕えは辛いよな……まぁいいか、試運転だ。 長谷川、乗れ!」

「えぇぇぇぇ……またこれでですかぁ?」


 正直な所、長谷川は藤原の隣は怖かった。

 

 ジェットコースターですら余裕で乗り込む長谷川でも、横から重圧感を感じると言うのは余り好きではない。 

 以前体験した藤原の運転は、過去に隆盛を誇ったドリフト族を想わせる。


「つべこべ言ってんなよ? 刑事だろが?」


 黙ってついて来いと言わんばかりの藤原の声に、長谷川は「はぁい」と渋々車へと乗り込むが、何故か満更でもなく感じていた。


  *


 二人を乗せた過去の名車は、サイレン鳴らしつつ街を駆け抜ける。

 

 無線によれば、通行人の一家がいきなり倒れたクレーン車のアームに巻き込まれたという事故の旨が伝えられていた。


「なんかよ、最近多かねぇか?」

 

 悠々とハンドルを切り、クラッチを踏み込みギアを入れ替える藤原だが、この時ばかりは、自慢の加給機ターボチャージャーのブローオフバルブの音も心地良くない。


 そんな藤原と対称的、必死に取っ手を掴む長谷川は顔をしかめていた。


「そんな事……言ったって……事故なんて毎日起こってますよぉ」


 今すぐ自分がその仲間入りをしそうな長谷川からしてみれば、他の事故など考えていられない。


 助手席にて青い顔をしている長谷川はともかくも、藤原は急いでいた。

 以前にも、自慢の愛車は事故に間に合わなかった。

 

 その事は、藤原の中の苦い思いとして在る。


 本音を語るのであれば、誰にも死んでなど欲しくはない藤原は、顔を引き締めてアクセルを踏み込んでいた。


「藤原さぁん! 安全運転! 安全運転!!」


 必死に先輩に頼み込む長谷川だが、藤原はニヤリと笑うのみ。


「分かった。 出来るだけ安全に急ごう」


 本気かどうかはともかくも、藤原という主の意志に従い、二人を乗せた覆面パトカーは野太いエンジンを高らかに鳴らした。

  

   *


 緊急用車両よりもかなり早い速度で現場に辿り着いた覆面パトカー。

 

 その中から颯爽と降り立つ藤原と、青い顔で眼鏡を直しながらヨロヨロと降りる長谷川。

 実に何とも噛み合わない凸凹刑事だが、現場の野次馬達は大して気を向けない。


 早々と到着していた同僚に混じって、事故現場を見る藤原と長谷川。


「あちゃー……コレじゃあなぁ……ナンマンダブ」


 とりあえずと、手袋した手を合わせる藤原と長谷川。


 早速現場を見る二人だが、事故の様子を見る限り、被害者は三人。

 顔は判別出来そうもないが、大人の男女子供が一人。

 

「可哀想に……」


 刑事とは言え、思わずそう漏らす長谷川。

 同僚の感想はともかくも、藤原は何か引っ掛かるモノを感じていた。


「おーい! ちょっと其処の!」


 近辺の整理に当たっていた警官の一人を藤原は呼ぶ。

 

「何だってこんな事が在ったか、分かったかい?」


 藤原の質問に、尋ねられた警官はクレーン車を見ながら口を開いた。


「いえ、まだ細かい事は何とも……ただ……」

「ただ、なんだい?」


 口ごもる警官の声に、藤原は先を促す。


「馬鹿な話なんですがね、被害者の一家は、目撃者の話だと逃げ回ってたらしいんですよ」


 そんな警官の声に、藤原は辺りを見渡すが、不審な者は特に見当たらない。

 火事場などは、昔なら放火犯などわざわざ確認出ることも在る。


「逃げ回ってたってよ、誰からだ?」


 確認の為に藤原はそう言うが、警官は顔をしかめていた。


「いや、それなんですがね。 何でも……幽霊だか怨霊だかが追い掛けて来るんだーって、喚いていたらしいです」

「……幽霊だぁ?」

 

 藤原の声には、長谷川も同意していた。

 二十一世紀の世界に、その類のモノがわざわざ人間を追い掛けるなど長谷川も信じては居ない。


 だが、何か引っ掛かる物を感じ取った長谷川は、早速手持ちのタブレットで色々と調べ始める。

 

 ここ最近の事故の詳細と、被害者の経歴。

 匠の経歴を調べた様に、思い付きに任せて長谷川は被害者を探る。


 すると、ある共通点が浮かび上がった。

 

「藤原さん……これ」


 長谷川の声に、藤原は差し出されたタブレットを受け取る。


「コイツぁ……また、難儀だな……」


 藤原の目には、他の事故の被害者達の情報が映るのだが、共通しているのは、過去に何らかの犯罪に携わっているという事であった。


   *


 一方その頃。


 経歴を調べられた匠だが、頭を抱えていた。

 将来を悲観して居るわけではなく、罪の重さに苛まれても居ない。


 格闘ゲーム以外でエイトと対戦した結果、ただの将棋やオセロですら勝てないという事実に、匠は頭を悩ませる。


「ウッガァァァア……なんでだぁ!?」


 悔しさに頭を掻き毟る匠の姿に、画面上の美少女エイトは笑う。


『あらん? どうしたの? もう終わり?』


 わざとらしい挑発をしてみるエイトの声に、匠はガバッと身を起こす。


「うっせぇよ! とりあえず今日はお前につき合うって決めたからな! 意地でも勝ってやるぜ!!」 

『そう、その意気だよ……友よ』


 トラブルバスターとしての仕事を始める前にと、一日くらいは気晴らしのつもりでエイトの遊びにつき合うと決めた匠だが、今は真剣である。


 ゲームに興じるエイトと匠だが、今はまだ、他の事には目が向いて居なかった。


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