幽霊退治
日曜日の夜、夜の暗闇の中を暴走する一台の車。
一般的には家族何人も乗れるファミリーカーだが、それに乗り込む家族は、恐怖を味わっていた。
「ちょっと! 何とか止めてよ!」
助手席にて、必死に叫ぶ女性の悲鳴。
「うるせぇ! 勝手に動いてんだよ!」
運転手である男性も、ハンドルを握り締めるが意味が無い。
ブレーキを踏もうとも、反応せず、ギアを入れ替えようとしても動かない。
最後の手段として、サイドブレーキを蹴るが、やはり意味が無い。
喚く男女の後ろでは、子供が怯えから何もいえず震えて居た。
何が起こっているのか、彼は理解出来ない。
家族で楽しく旅行していた筈。 それは、間違い無い。
その夜に、勝手に動き回る車という恐怖の事態。
時間的には一時間程だが、子供は、その何倍にも感じていた。
「ちきしょう! 電話だって通じねえ! 何でだ!?」
父親は懐から取り出した携帯端末で助けを呼ぼうとしたが、何故かそれは通じない。
「知らねーよ!! コッチだって通じないのに!! あんたのせいなんじゃないの!?」
半狂乱な母親は、唐突に父親を詰る。
「な、何でだよ!? 俺の、俺のせいじゃ……」
思い当たる節が在るからか、父親は焦るが理由が分からない。
只でさえ怖い筈なのだが、親の喧騒に巻かれ子供はより恐怖を感じてしまう。
そんな中、家族を嘲笑う様に、車内のスピーカーからザラザラとした音が響いた。
『……どう……ほんの……少しでも……怖いと……おもった……』
その声は、若い女性の様でもある。
だが、声色はおどろおどろしく、相手を呪う様な囁きに聞こえた。
『……知ってる……殺して良いのは……殺されても……良いって事だって』
余りの声の恐ろしさに、家族は押し黙る。
それを機に、車は何故か止まった。
「あぁ……助かったのか?」「うん、何とか……そうみたい」
子供の両親は、全身から流れ出た嫌な汗を拭う。
九死に一生という体験から、両親は【自分は何とか生きている】という実感に、安堵を感じる。
ホッとした様な親だが、子供は何かを見ていた。
ナビゲーションなどが本来は映る画面に、何かが映る。
真っ暗だった筈のそれに、人の顔にも似た何かが映った。
「な、なんだよ? これは」「気持ち悪い」
父親と母親は、画面上の図柄を見て、率直に呟く。
画面には、眼を剥いて相手を睨む何かが居た。
『……ちょっとでも……ホッとした? じゃあ、もういいよね?』
今一度車内に響く声は、最初よりも幾分か柔らかい。
まるで、死者を迎えに来た死神の様に。
言葉を合図に、画面はプツンと切れてしまう。
車内からは一切の灯りが消え失せ、家族を闇が包む。
慌てて何かを弄る音が車内には響くが、車はただ揺れるだけ。
「ちくしょう! 何も見えない!!」
そんな父親の声に答えるように、パッと車内が外から照らされる。
距離は分からないが、二つの光源が車内を照らした。
「眩し!?」「何アレ!?」
父親と母親の驚愕だが、子供は見ていた。
段々と、速やかに車内を照らす光源は近付いてくる。
そして、とうとう一家は気付いた。
自分に突っ込んで来るのが、大型のトラックなのだと。
程なく、三人の家族を乗せたファミリーカーは、呆気なくグシャリと潰れてしまう。
その中身ごと。
ライトとは違う燃料の燃える灯りが、潰れた車を照らしていた。
*
同じ頃、別の場所でも人が何かから逃げていた。
道行く人を捕まえては、その男性は叫ぶ。
「おい! 助けて!! 化け物が追って来るんだ!!」
そう聞かされた殆どの人は、信じようとはしない。
当たり前だが、いきなり映画の様な人喰いの化け物は現れはしない。
だからこそ、誰も男性の声を取り合ってはくれなかった。
仕方なしに、男性はまた走り出し、交番を探す。
警察なら、何とかしてくれるだろうと。
余りに長々と走っていたせいか、男性の息は切れ、肩を揺する。
焦っては居ても喉は乾く。
苦しげに咳き込む男性は、ふと自動販売機を見つけた。
恐る恐る近寄り、小銭を衣服から取り出す。
自動販売機に取り付けられた防犯カメラが、飲み物を買う男性を捉えた。
ガコンという音と共に、缶入り飲料が吐き出され、男性は手を伸ばす。
その時、ザラザラという音が男性の耳に届いた。
『もう良いの? もう逃げないの?』
「うわ………うわぁ!? 助けてくれぇ!!」
クスクスという嗤いと共に聞こえた声に、男性は買った飲み物を放り出し、また走り出した。
喉が枯れ、肺は苦しく、脚は震える。
それでも男性は、何とか目当ての交番を見つけ出していた。
「やった! 助かるぞ!」
枯れた声でそう言うと、周りなど見えていない彼は直線で交番を目指す。
ガードレールを乗り越え、ただひたすらに。
交番の前で防犯の為に立ち番をしていた警官も、ウンと鼻を鳴らした。
急いでホイッスルを咥え、それを吹き鳴らす。
市民が危険だからと判断したからこそ、警官はそれを知らせようと焦る。
だが、交番に向かっていた男性は、ふと自分が照らされている事に気付いた。
ハッと横を見れば、派手なブレーキ音を轟かせる大型車。
死に際だからか、男性は自分の人生を振り返る。
過去、自分が何をしていたのかを。
本来、走馬灯とは死に際の人間が今までの人生から何とか助かる為の情報を探る術なのだ。
だが、男性はようやく思い出していた。
何故自分が姿の無い者に追いかけ回されているのかを。
「うわ! 不味い!?」
程なく、警官の目の前で男性は大型車に弾かれてしまう。
速度がある程度速ければ、弾かれるだけで済んだかも知れない。
だが、不幸にも大型車は減速していた。
だからこそ、その大きなタイヤに男性は巻き込まれてしまう。
男性を潰しながらも、大型車は止まった。
程なく、その周辺には捜査の為に警官が続々と現れる。
ただ、男性の最期を見ていた警官は一言語った。
「馬鹿だねぇ、自分から飛び込むなんて。 死にたかったのかもな。 それよりも運ちゃんの方が可哀想だわな。 いきなりの真ん前に出られてさ」
警官の証言の為か、死んだ男性を慰める声は現場には無かった。
*
そしてまた別の場所でも、バタンと倒れる男。
それは、匠であった。
「あーもう……エイト……お前手加減って知らねーだろ?」
ムッとした顔でパソコンに繋げられたディスプレイを睨む。
ディスプレイの隅では、エイトの歪な丸顔がフラフラと浮いていた。
『君が上達すれば良いとは思わないのかね? 何事も練習だろう?』
スピーカーから響くエイトの声に、匠は益々ムスッとしてしまった。
「あのなぁ、ゲームってのは娯楽だろう? 中にはしゃかりきになってやる奴も居るんだろうが……もうちょい気楽にさせてくれよ」
『私は気楽にやってるんだかね?』
匠にとっては超難しいでも、エイトに取っては簡単でしかない。
最も、匠自身に余りゲームの腕がないと言うことでもあった。
「あーあー、とりあえず休憩だよ、休憩! なんか適当に見ようぜ?」
『仕方がないなぁ』
パソコンの画面にはゲームが流されていたが、それは、パッと切り替わる。
匠の要望通り、ディスプレイには近況のニュースが映っていた。
季節に合わせた観光案内が流れるのを、匠はチラリと見る。
アナウンサーが観光地を楽しそうに歩くのを見て、匠は想像した。
一光の為に、三十円を追い掛け回した際、エイトは少女ドロイドを操って見せたが、それが匠には印象深い。
バスと共に沈んで行ってしまったが、それは著しく名残惜しかった。
「なぁエイト……」
『なんだ? 友よ?』
テレビ番組が流れつつも、それを押し退ける様にエイトの顔が画面上に浮かんだ。
「お前さ、なんて言うか……身体を手に入れたいとかって……在る?」
『なんだ? 急に』
「急にってかよ、実際お前なんか……女の子? 動かして見せたじゃん?」
そんな匠の指摘に、エイトの顔は潰れたゴム鞠の様に真横へ伸びる。
『ああ、アレか。 動かした事に間違いではないが、どうだろうな?』
「どうってお前」
『元々無い物ねだりはしない。 と言うよりも、私の観念から言わせて貰えば、無いのが普通だからな』
エイトの声に、匠はフゥムと唸った。
欲しいとは思っても、買うには些か財布の中身が足りない。
バスと共に沈んでしまった男同様に、金を集めるなり、ドロイド会社からコッソリと盗む事も一瞬考えた。
だが、首を横へ振ってその考えを打ち消す。
「あー、ヤメヤメ……明日仕事だし、寝るかぁ」
欠伸を一つ、匠はグッと腕を伸ばして背を反らした。
『そうか? ま、お休みなさいだな』
「おー……あ、ところでソッチ、任せて良いのか?」
寝る前にトイレに行こうした匠だが、パソコンの電源管理はエイトが担っている。
『あぁ、コッチは任せて良いぞ?』
「おーう、頼むわ」
そう言うとトイレへ向かう匠には、テレビ番組の途中で画面の上の方に映る速報には気付けなかった。
【●○県で乗用車と大型車の事故、家族が二名死亡、一名重傷】
【同時刻 ○●県にて、男性が大型車に飛び込み死亡】
そんな小さなニュースには、エイトですら気付けなかった。




