《以前の俺へ》
以前の俺へ、今はこんなにも。
「父さん!ねぇ、ぼくお腹へったよ!」
「トウカ、あれ、もうそんな?待たせてごめんな」
父さん、と。いつの間にか呼ばれ、それが馴染んでいる。父親になってあげられているのか判らないが、でもそう呼ばれるなら、お前の父さんでいてやりたいと思うよ。
たいしたプライドも何も無い俺が、それでも嫌な嘘をついたりして、引き取った時から。
「早く早く、」
「はいはい、わかったから、そんなに勢いよく引っ張らないで。転んじゃうだろ?」
「ご飯食べて、それから寝る前に一冊だけ本を読んで、後はまた明日な」
明日がある事が嬉しい、なんて、今になって思う事。思えた事。だからね?トウカ。
「-だから、今日もありがとう」
「えー?なぁに?変な父さん!」
「ん、内緒!」
あははっ、と笑い声が一つ。なーにってば!と不満げな声が一つ。夕暮れを少し過ぎた、藍色が滲む空の下。ぽつぽつと明かりを付ける店がある中、道を歩く二人。
足下に寄ってくる子供をなだめながら、ちらり、と見上げた空には。もう幾つかの星があって、いつかの瞬間と同じだ、と思ったけれど。もう“今”は“あの時”じゃない。この子も、自分も。
四つの季節が数度巡り、子供は大きくなって、俺は“綻んだ”と周囲に言われ。動くのは、何も子供だけでは無いのだと、様々な事の意味は決して一つきりでは無いのだと経験し、見てきた。
今は春。緑麗らか。…そう、今は春だ。温かくて良い。結構な事である。
-おわり-。




