《いまの時は》
昼間読み切れなかった、葡萄色の本の続きを読み耽る。
内容はこうだ。冬の夜に雪の中から拾った子供を家族にした主人公は、傷付いていた子供に添い、なるべく丁寧に接して…笑うようになった子供と、親、子と言える中になり。そして-、という話。完結しては居ないようだが、探してみても続刊も無い。もっと言うなら、最後の数ページから白紙だった。
そのタイトルは“未完の話”何故だか妙に納得できる、と心に落ちた。
帰り道を子供と手を繋いで歩きながら、目に入った夜空に、ちらほらと少しばかりの星の明かりがあって。いつかみたいな冬じゃ無く、今は春で、もう暖かだ。
けれど、どれもがたいして良い物に思えず、俺はがらにもなく俯いて帰った。
決して話さない訳では無いが、聞かれた事には答えるものの、自分からはあまり口を開かない子供。今日も口数が少ないまま、食事と風呂の後、すぐにベッドへ潜り込んだ。
よく眠るのは良い、ついでに、今よりもっと食べれば良い。早く健やかになってくれたら。まだ細いばかりの子供は、そこまで健康そうに見えないのが悩みだ。
ふと、思考をチラ付いて、本の流れが浮かぶ。俺も…あんな風に、あの本にあったように。せめて、義父と子と呼び合える仲にはなるのだろうか。
色んな事まで知れなくて良い、でも“いつか”なら、あの子供も笑うだろうか。…笑顔を一度見てみたい、と思っている…。
頭を振って、自分も寝床に横たわる。今は早く寝てしまおう。
明日は久し振りの休みだった。
一日のサイクルはいつも大して変わらない。朝起きて、身支度をして家を出る。途中で食べる物を買いながら出勤。職場に着いたら管理員室に。集まったら、食事をしつつ打ち合わせを済ませ、その日の受付担当を決める。片付けまでを終え制服に着替え、業務開始だ。昼前のお茶、昼食、午後のお茶と交代で休憩を挟みながら、閉館まで様々な事をこなす。あっという間に、一日なんか終わるのだ。仕事上がりに居残って、読書をして帰宅。その程度だった。
子供と暮らす事になっても、そう変わる訳じゃ無い。精々…歩くのがゆっくりになった事と、買う物が増え、長々と居残って読書する事が無くなっただけ。職場で、一つ多い数になった。思いつく事は子供に合わせる事にしただけ。何も出来ていない、と自分に失望している。世間の親は、何をしてやっているのだろう。自他共に認める朴念仁の俺には、さっぱり判らん。
子供と過ごした初めの数日ぐらいだった気がする、子供が話してくれていたのは。
休みの日ぐらい、子供のために過ごすべきか?そう思っても、どうしたら良いのかさっぱりなので、結局いつもと同じパターンだ。…思えば、休日を子供と二人になる事は、今までに無かったと思う。
仕事の日のように職場へ。第二閉館日なので誰も居ない。第一閉館日には一緒に業務をしていた他の管理員も、休日として設定されている今日は、居るわけも無く。俺と子供の二人以外誰も居ない図書室へ、足を踏み入れる。
幾つかの書棚を回って気になっていた本を探し、抱えて子供の定位置の隣へ戻る。子供はいつも、読み聞かせスペースの端の方に座って、足の上に絵本を広げて読んでいた。今読んでいるページの半分ぐらいで、判らない言葉があって止まっている。少し近寄って読んでやると、驚いたように少し嬉しそうにしたので、そのまま読み聞かせてやった。
一冊読み終わり、続けて何冊も読む。昼に少しだけお茶をし、後は一日ずっと膝に子供を乗せ、本を読み聞かせてやったりして過ごした。
「-こうして旅する本屋さんは、もう一度そこにやって来たとき、それまでに友達と話した事を、大きな一冊の本にして、読んで聞かせてあげたそうです。…おしまい」
「もういっさつ、ききたい!」
「いいよ…、って言いたいけど、そろそろ暗くなるから、帰らなきゃ。でも代わりに、今日は寝る前に本を読んであげるから。だから今は、家に帰ろう」
「わかった!ほん、かえしてくるっ」
たった一日で、充分明るく話すようになったと感じる子供は、本当ならあれぐらい元気な性格だったのだろうか。気に入りの物語らしい絵本を抱えて、書棚に駆けていくのを後ろから見つめて、本当に父親にでもなった気分だった。
帰り道、子供が弾むように歩いているのに手を引っ張られながら、次の休みも同じように過ごそうか、と考えて、嫌な距離が縮まっているのに気付いた。
そう言えば俺も楽しかったが、あの子も楽しそうだった。笑うとまではいかなかったが、色んな事を話した気がする。
何だ、出来る事もあったんだな。自分が、自分であの子を、笑顔に出来るかも知れないと。考えてみると、それは何だか誇らしかった。
その日の夜、子供が約束通り、本を持ってやって来た。ちょうど種族についても触れている絵本だったので、読んでやりながら例えば自分は狼だ、と言ったところ。
「おおかみなの?」
初めて見る顔で、子供がこっちを見た。昼間よりももっと嬉しそうなんだが、何故だ。
「言ってなかったか…」
「知らなかった。おおかみなの?」
ずっと何なのか知りたくて、考えていたという。
これは、本っ当に俺が悪い。嫌な距離は、全面的に自分が原因だったのか、全ては自業自得か。馬鹿さ加減にため息も出ない、何てことだ。子供独特の思考と価値観を忘れていた。
教えるのならばともかく、あまり見せる物では無いが…。謝罪と甘やかしを多大に含め狼の姿になってやって、触れたそうだったので、このまま一緒に寝てやる事にした。
子供が使っているベッドに、狼の姿で潜り込む。軽く丸まって促せば、恐る恐る、寄りかかるようにしがみついてきた。まだ細すぎる域の体は温かい。…もっと早くから、こうしてやれば良かったのか。
「さぁ、お休み。良い夢を」
「…うん。おやすみ、なさい」
首筋に頬を当てるようにして、程なく子供は眠ってしまった。もう少し満遍なく、体で包んでやって、一度鼻先で手に触れてから自分も目を閉じる。子供と寝る事になるなら、毛並みの手入れをしておくんだったなと考えながら。間抜けだが、悪くない考え事だ。子供の寝息を聞いていたら、深く眠れそうな気もしている…。また一緒に寝てやろう。




