第十四章『カウンター・リセット』(1)
今、千佐都の目の前には三人の男女が座っている。
その一人は二度と見たくない顔だった。粗暴で、下品で、低能な男。自分より弱いものを平気で罵り傷つける。まるで自分が世界の中心だと言わんばかりに、そいつはどっかりとテーブル席の背もたれに両手を乗せて、こちらを蔑むような目で見下ろしていた。
その隣には、下品なその男の趣味に合わせましたとばかりにけばけばしい女が座っていた。細長いタバコを口から離すと、ふぅっと淫靡な目つきで自らの煙の行方を追っている。 擦れてしまった松前のような雰囲気、といえば聞こえはいいが、そういうわけでもない。むしろ、松前なんかよりもこの女はスタイルもプロポーションも雲泥の差だ。取り繕っている様がありありとうかがえる。派手なネイルに、胸元を強調したようなスーツの着こなし。明るすぎる髪の色。
下品な男ほどではないが、嫌悪感を押さえられずにはいられなかった。
そして――
そのさらに隣では、悟司がじっとしたまま俯いていた。まるで、借りてきた猫のようだ。三人をあらためてぐるりと見回すと、悟司だけが明らかに浮いている。街頭で三人の写真を見せながら「この中で違和感がある人物は誰でしょう?」と尋ねたら、おそらく十人中十人が悟司を指し示すだろう。どう見ても、彼らと悟司が一緒になるなんて考えられなかった。
……そう。
考えられないのだ。本来ならば。
「お料理をお持ちしました」
いきなり、そんな声をかけられて千佐都はびくっとした。見上げると、女性店員が小さなお皿を二つお盆に乗せて笑っている。
全員が、無言のまま女性店員の顔を見つめていた。
彼女はそんな視線にも一切動じることなく、
「豚刺しでございます」
と言って二つの皿を千佐都達のテーブルに並べた。
「豚って、生で食えんのっ!?」
一人、脳天気な声をあげながら鵜飼が飛び上がった。
そんな間抜けな姿を見て、下品な男はくっくと喉を鳴らしながら、右手を鵜飼の前にある皿の前へと差し出した。
「ここの豚は高級品で、きちんと殺菌処理もしてある。安心して食えよ」
それから男はぺろりと唇を舐めて、千佐都たちを見た。
「俺は白石哲弥だ。こいつは岩倉美早紀。さっき会ったばかりの、樫枝くんと同じ高校の先輩にあたるそうだ」
「春日驚輔です」
一際、不機嫌そうな声を出して春日が声を上げた。春日は、店に入ってきてからも終始不機嫌そうだった。おそらく、春日は悟司がこうなることを事前に知っていたのだろう。イベント会場でもどこか様子がおかしかった。千佐都はそんな風に春日のことを考えながら、再び視線を前へと戻す。目の前にはちょうど美早紀が座っていた。
「樫枝……千佐都です」
ひどくぞんざいな口調で千佐都がそう言うと、
「「樫枝?」」
白石と、美早紀が同時に声をあげた。
「同じ、名字なだけです」
ぶっきらぼうにそう言い放つ。
それ以上の説明なんて、する必要もないと思った。
「わ、鷲里……つきぉ……です……」
消え入りそうな声で月子が呟く。
「なんだって?」
よく聞き取れなかったように白石が身を乗り出した。
「ひっ! あ、あの……月子ですっ!」
「月子な。もっと声張れよ。聞こえねーから」
「す、すみません……」
不機嫌そうに鼻を鳴らす白石に、月子は完全に萎縮してしまう。そんな姿を見て、悟司は少しだけ痛ましい表情を見せたが、千佐都がそれを見ていることに気付くとさっと顔を背けてしまった。
――あたしの……せいなのだろうか。
千佐都は、この光景を最初にみた瞬間からそう思い込んでいた。自分が、また自分の殻の中に閉じこもってしまったせいで、悟司はとうとう愛想を尽かしてしまったのだろうか。
ここに来てからずっと、そんな罪悪感が千佐都の胸を襲っていた。
――バカだ、あたし。
「で、あんたは?」
白石が、じろりと鵜飼を見る。
「あ、オレ? オレはこのユニットのメンバーじゃないんだけど鵜飼って言います」
そう言いながら美味そうに豚刺しをつまむ鵜飼に、白石の目が光った。
「ああ? じゃあお前、何しに来たんだよ」
「何しにって」
口をおしぼりでぬぐいながら箸を置く。
「一応、悟司君とは同業と言いますか。同じボカロで作曲してるもんなんで、ちょっと気になってやってきたわけです。はい」
「はい、じゃねーんだよ。部外者なら帰ってもらいたいんだがな」
「――いいんです」
そこで、それまで一切口を開かなかった悟司が、ぽつりと呟いた。
「鵜飼さんも……ここにいてください。俺が、そう頼んだんです」
嘘だった。悟司は、自分にしかメールを送ってないことは既にここにいる全員が把握している。実際、鵜飼が来たことは悟司にとっても想定外だったはずだ。
意図は全く読めなかったが、そんな悟司の言葉に白石は渋々納得したように、
「まぁ……それじゃ、それで」
といって、改めてこちらの人間の顔を眺め回した。
「じゃあ、単刀直入に言うぜ。シュガー・シュガー・シュガー(!)の皆さんよ」
誰も、言葉を発しないのを確認して白石は力強く言った。
「樫枝悟司くんを、俺のバンドに迎え入れたい」
「なぜだ?」
白石の言葉に被さるように、春日が白石を睨みつけながらそう言った。
「なぜ樫枝を誘うのだ? ここに来る前に、僕はあなた達のバンドの話を少しだけ伺わせてもらった。でも、何度考えてもわからんのだよ。そこに――」
春日は、ちらりと美早紀の方を見た。
「そこにいるその人は、樫枝の先輩だろう? 以前はバンドで作曲もしていたと聞いた。既に作曲が出来る人間がいて、その上さらに作曲者を探そうとしている意図が僕にはわからない。もっと言えば、僕だけじゃなくここにいる全員がそう思っているはずだ」
「なるほどな。じゃあ答えてやろう」
白石はビールを一度煽ってから、静かに答えた。
「美早紀が使えねえからだ」
「使え……ないだと?」
その答えは予想していなかったとばかりに、春日の目が大きく見開かれる。
「そうだ。こいつの曲はこれ以上のヒットが望めない。もっとはっきり言えば、才能がねえんだ。だから別の作曲者を代わりに雇う。何かおかしいか?」
絶句だった。
全員が、その一言で白石の人間性を疑ったに違いない。
目の前にその本人がいるのにも関わらず、何の悪びれもなく淡々と言い放った白石を見て、千佐都はお台場で見た時と同じ気分を再び味わった。
この人物は――あたし達と別の世界で生きてる。
自分達の常識などが通じない、そんな人間なのだ。
「ただな。こいつは編曲に関しては文句なしなんだ。それに顔も悪くない。そういう意味で、俺は美早紀と樫枝くんが絡めば、きっとこの先――」
「……ざけるなよ」
「あ?」
春日が、それまでため込んでいた怒りを放出するように声を上げた。
「ふざけるな、と言っているんだ! よくもそんな……仮にも仲間である人の目の前でそんな――」
「いいのよ」
そこで、美早紀が春日を制するように言った。
「事実なんだから」
「事実って……それでもっ」
「本人がいいっつってんだから、いいだろうがよぉー」
つまらなさそうにビールを口に含むと、白石が手を広げて春日を見る。
「何もわかっちゃいねーな。ビジネスなんだよ、こっちは。そちらみたいに大学生のお遊びでやってるわけじゃねーんだよ。わきまえてんの」
「大学生の……お遊びだと?」
憤怒する春日をさらに煽るように、白石はにやけながら頬杖をついた。
「違うのかよ?」
「違うっ! 僕たちはもっと……もっと純粋に音楽をだな――」
「アホか、お前」
「なんだと?」
白石が呆れたように春日を見つめる。
「アホかって、言ってんの。『純粋』? なにそれ? バカも休み休み言えやタコ」
「な、なんだと……」
「こちとら真面目に『ビジネス』の話してんだ。音楽じゃなく、商品を売るつもりなんだ。てめぇのどうでもいい音楽御託なんざ、この場で議論する価値もねえんだよ」
タバコをくわえながら、白石はさらに続ける。
「俺はな、白石アキラの息子だ」
千佐都はその言葉で、はっとする。
白石アキラはその昔、音楽業界のトップを君臨し続けたバンドのボーカリストだ。今ではソロアーティストとして活躍し、売れたCDの枚数も数知れない。
「言ってみりゃ、色んなところに顔が利く。てめぇらよりも、芸能界の素性に内通してるし、直接関わってきたりもした。だから思うんだわ――」
タバコから煙を吐き出して、白石は春日を睨みつけた。
「てめぇのようにクソみたいな夢をべらべら並べるヤツは、正直吐き気がする。うんざりなんだよ、そういう綺麗事はよ。そんな世迷い言ぶつぶつさえずるようなら、これ以上この場にいなくて結構だ、失せな」
「くっ……」
「あのさ」
鵜飼が、片手にビールを持ちながら手を挙げた。いつの間に頼んだのだろうという千佐都の思いも裏腹に、彼は興味深そうに白石を見た。
「わかった。とりあえず白石くんの言い分はわかった。でさ、そんな白石くんの話を聞いて一つ疑問。なんで悟司くんなのかな?」
「どういう意味だ?」
首を捻る白石に対し、鵜飼はいつもの調子で笑みを崩さずに答える。
「だからさ、そんな色んなとこにコネを持ってそうな白石くんが、どうしてボーカロイドなんてやってる悟司くんをスカウトしたくなったのかなって」
「ははぁ。いいとこに目がつくな、お前」
「いやーそれほどでも」
そう言って、二人して笑い合う。どうしてこの状況で笑えるのか、千佐都には理解不能だったが、鵜飼の問いは自分も聞いてみたかったことなので、俄然興味を持って耳を傾けることにした。
「そうだな。まぁ確かに俺にも色々なつてはあるぜ。それこそ、色んなレコーディングに参加しているにも関わらず、日の目を浴びないプロアーティストなんてごまんといやがる。でもな、俺は原石が欲しかったんだよ」
「原石?」
鵜飼がビールの泡を拭いながら白石を見た。
「ああ。原石だ。誰の、まだどの手にも染められていない才能の塊だよ」
「それが悟司くんだと?」
鵜飼が悟司を指さすと、白石は大きく頷いた。
「その通りだ」
「でもさ、なんでまたボーカロイドをしてる悟司くんを?」
「一つはさっきも少しだけ言ったが、美早紀が知り合いだったからだ。この話も、実際は美早紀が直接樫枝くんとする予定だったんだけどな。俺がわがまま言ってついてきちまったって流れだ」
「二つ目は?」
「二つ目は、箱で探すよりも広範囲で探せるし、何より独創性が富んでるヤツがずっと多い、素人だらけだからかもしれないが」
「ボカロ作曲者の方が?」
「そうだよ。下手に足で探すよりずっと楽だ」
白石は、鵜飼と気が合うのか、それまで春日と喋っていた雰囲気よりも幾分和らいでいた。単に相性の問題なのだろう。春日は初対面ではかなりとっつきにくい性格だし、と千佐都も内心でそんなことを思っていた。
「なるほど。でもさ、ぶっちゃけそういう探し方なら、悟司くんよりすごい人ってボカロ作曲者の中にもたくさん溢れてません? なんでわざわざ中堅どころと言いますか、むしろそれよりもやや微妙な感じのレベルの彼を?」
「本当にいいトコをつくな」
感心したように白石が鵜飼を見た。
「現在、どれだけの有名な奴らがいるのか、正直そこまで俺は詳しくはしらん。だがな、既に音楽業界はボーカロイドに目をつけてるし、現にプロになった奴らもそこそこにいる。噂でしかないが、アマチュアの音楽家を会社が雇って、曲を作らせ、知名度があがった時点でデビューさせるということもあるとかないとか、な」
「まぁ、眉唾の域を出ませんがね」
「確かに眉唾だ。でもな、近い将来そういうことを現実に起こすことは十分にあり得る。現段階で、非常に美味しい市場なんだよ、ボーカロイドってのは」
それでだ、と白石は悟司を見た。
「樫枝くんの作った曲は、現在ボーカロイドのトップページで紹介されている。曲も聴かせてもらった。悪くないってレベルじゃない、普通にすごい良いと思ったんだ。そうやって、今伸び始めている彼をここでもらっておかないと、この先他のヤツにとられるかわかったもんじゃねぇ。言ってしまえば、旬なんだよ。彼は」
「旬、ねぇ」
「そこのデカブツは勘違いしてるみたいだが――」
そういって、白石はじろりと春日を見る。春日はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「この世界の競争ってのは、平等じゃねえ。誰もが一緒のスタート地点から始めるわけじゃない。オーディションだコンテストだなんだには、必ずコネが関わるのは世の常だ。ここで俺が彼の才能を拾っておけば、彼自身の将来のためにも絶対にプラスに動く。なんてったって、白石アキラの息子なんだぜ、俺は」
「一理ある」
「だろ? 俺は彼を率いて、この先色んなレコード会社の人間と話をつけにいく。デビューなんて目と鼻の先だ。やろうと思えばデビューシングルから海外でレコーディングなんて話だってすぐに転がってくる。間違いない」
「なるほど、あいわかった」
そうして鵜飼が悟司の方を見る。
「放っておけば、どんどんそんな話になってくんだってさ。悟司くん」
悟司は答えない。俯いたまま、じっとテーブルを眺めていた。
「キミがそんなことに興味あったなんて、初耳だなーオレは」
無言。
「オレは春日ちゃんと違って、ボーカロイドで本気でプロを目指す気なんかこれっぽっちもない。趣味の延長、遊びの延長でずっと楽しんでる。言ってみれば、自分の為に音楽を作り、世間に公表してるわけで、キミもそのタイプのボカロPだと思ってたんだけど、これは全部オレの勝手な妄想ってことでいいのかな?」
「…………」
「黙ってないで、答えろよ悟司」
鵜飼の声のトーンが一気に変わった。冷たく、責めるような口調だ。
「……買い、被りすぎなんですよ……みんな」
ようやく悟司が重々しく口を開いた。
「俺は……そんな深く考えたりしてない。出てきたから作る、思いついたから弾く、それだけです……。なのに、みんなは俺に音楽を続ける理由を定義づけてくる……」
だから、と悟司はそこで顔を上げた。
「だから俺は、俺自身の音楽を、今日定義づけたんです」
「それは、なんだ?」
鵜飼が真剣なまなざしで悟司を見る。
悟司もまた、鵜飼を見返しながらはっきりと告げた。
「これまでの音楽は――すべて俺が美早紀さんの為に作り続けていたものなんです」
目の前が。
一瞬、本気で真っ暗になった気がした。
「本気で……本気で言ってるのか。キミは」
声が震える鵜飼とは逆に、悟司はしっかりと頷く。
「本気です」
その答えが冗談じゃないことを知った鵜飼は、前髪をくしゃりと手で掴みながら、
「バカ……野郎がっっっ!」
と吐き捨てた。失望というレベルを遙かに超えた落胆ぷりである。
そんな二人の様子を、白石はニヤニヤしながら見つめていた。当の美早紀は、じっと静かに天井を見上げている。
「樫枝、そうじゃないだろっ」
春日もたまらず声をあげる。
「バカを言うなよっ! お前の曲は、誰かのものじゃない。お前自身のものだろ!」
「違います。美早紀さんのものです」
「そんな……そんなものの為に僕は――僕らは付き合わされていたとでも言うのか?」
「――嘘……」
ぽつりと、月子が口元を押さえながら目に涙を浮かべて呟く。
「嘘……ですよね? 悟司くん。そんな、ウチはそんなのぜったいに認めないです……」
「月子……ちゃん……」
「そんなの……嘘だよ……どうしてそんなひどいこと……」
ぐっと唇と噛みしめながら、月子は必死で泣くまいとこらえている。
そんな、月子を見て千佐都はゆっくりと悟司へ振り返った。
「悟司」
悟司がじっと千佐都を見据える。
「あたしがあんたのファンになったのは、“あんた”の音楽だからよ。他の誰の音楽でもない、あんたの」
「……」
「あんたの音楽は、美早紀さんのものじゃない。絶対に違う」
「違う」
「違わない」
「違うって言ってるだろ。みんな……誤解してたんだっ」
悟司の肩が小刻みに震える。
「考えてみれば……何も不自然なことじゃあないっ。俺は、美早紀さんにギターを教わって、美早紀さんみたいになってみたいなって……憧れていたんだっ。真似してたんだよ。全部ぜんぶ、美早紀さんの模倣でしかない。美早紀さんに、聴かせたくて、誉めてもらいたくて、その為だけにやっていたに過ぎないんだっ! それを……勝手に周りが買い被って、勝手に持ち上げてただけじゃないかっ!」
「悟司……」
次第に語気が荒くなる。
こんなにも、悟司が多くの人前ではっきりと物を喋るのを千佐都は初めて見た気がした。
「今だって、そうなのかもしれない……。白石さんだって、俺を買いかぶってるだけだって、そう思ってる。でも、美早紀さんは必要としてくれてる。俺が必要だって。俺にいてほしいんだって、そう言ってるんだ。だからっ――」
「それじゃ――」
まくしたてるように喋る悟司の声をさえぎって、千佐都は静かに言った。
「それじゃ……あんたの音楽って……。悟司の音楽って一体“どこ”にあるの?」
そこで初めて、千佐都の視線から逃れるように悟司は顔を伏せて言った。
「どこにも……ないっ」
そして、伏せたまま悟司は逃れるように言葉を吐く。
「美早紀さんの為に、こもり続けながら作っていた曲を……たまたま千佐都が見つけてしまった。そのおかげで、こうしてユニットになって、そして再び出会えたことは……感謝してるよ」
「そんな感謝……」
千佐都もまた、これ以上悟司を正視出来ずに顔を背けた。
「そんな感謝……聴きたくもないわ」
※ ※ ※
外へ出る。
白石と、美早紀とはそこで別れた。
もう二度と会いたくない連中がいなくなったところで、鵜飼は俯いたままの悟司にゆっくりと振りかえった。
「キミには失望した」
沈黙したままの悟司に、鵜飼はそう厳しく彼を批判をした。
「はっきりいって、ない。ありえない。プライドはないのか?」
「ないと言われたら……ないのかもしれないですね」
鵜飼が足下に転がっていた空き缶をぐしゃりと潰した。
怒りのやり場を探すように、そのまま悟司の方へ缶を蹴り飛ばす。だが、潰れた缶は悟司のスニーカーの底にわずかな衝撃を与えるのみだった。
「ここにいる三人に対しての……とんでもない裏切り行為だって……わかって言ってるのか、キミは」
「…………シュガーを抜けるってことですか?」
「抜ける、じゃない。キミのやってることは、事実上の――解散だろうっ!」
悟司は何も答えない。
「これは……これは、“お前”のユニットじゃないのか……っ! 千佐都ちゃん主導だって、名目上はそうだろうが……オレにだって、それくらいはっきりとわかる……っ。これは、“お前”のユニットなんだよ……っ。悟司っ!」
その言葉には誰も口を挟まない。
誰しも、その事実をどこか認めているふしがあった。
当然、千佐都自身だってそう思っている。
鵜飼は今にも泣き出しそうな声で絞り上げるように続けた。
「そのユニットを、お前が辞めるって……どんだけ身勝手なんだっっ! どんだけ……この三人を失望させたと思ってるんだ……っっ! わからないのか……っ! キミはっ!」
「……申し訳ないと、思ってますよ」
その言葉を聞いて、もうこれ以上付き合ってられないとばかりに鵜飼はそっぽをむく。
「大学も……辞めるつもりです」
と、誰に言っているのかわからない調子で悟司は呟いた。
「……うそ………ですよね……」
思わず月子の目からぼろりと涙がこぼれる。
「嘘じゃないんだ……月子ちゃん。このまま、白石さんのバンドに加入することになれば、必然的に全国のライブハウスをまわることになる。学校なんか、行っている暇なんてなくなってしまうって美早紀さんも」
「とこっとんバカだなっ! キミはっ」
鵜飼が壁を殴りつけながらそう叫んだ。
「……いいですよ。別に、なんとでも……言ってくださ――」
ふらりと悟司の身体が揺れる。
そう思った瞬間、悟司がもたれかかるように千佐都の方に頭を落とした。
「悟司?」
びっくりして身体に触れると、
「熱い……あんた、まさか風邪引いてるんじゃないの?」
千佐都が慌てて悟司の身体を支えながらそう言うと、悟司は鼻をすすりながら、
「そういや……鼻がずっと詰まってて……花粉症だとばかり……」
「バカっ! 一体、いつからなのよ?」
「今日の……朝……から」
「すぐに帰ろう」
鵜飼が千佐都と悟司を眺めながら、電話をかけた。
「もしもし、弘緒か? わりいんだけど、和室の方に一枚布団敷いてくれ。あと、風邪薬とかってなかったか? なかったら今から買ってくから」




