00 プロローグ
「そろそろ夏の休暇の季節ね」
そう言ったのは親戚のローズだ。
歳は私よりも二歳上であり、父親はコーンウェル侯爵という由緒正しい侯爵令嬢である。
ちなみに私の父は伯爵なので、立場的には私より上である。
「そういえばそうね」
私はお茶菓子を食べながら頷いた。
「今年はシビルも一緒に行きましょうよ」
と、形の上では問い掛けながらも、拒否は許さないといった口調でローズは言った。
「いつも、私一人でちょっと寂しかったのよね。シビルなら話し相手としても申し分ないわ」
そう言ってニッコリと笑う。
「……別に良いけど、どこに行く予定なの?」
「サマセットの別荘に行くってお父様はおっしゃってたわ」
サマセットねぇ。
サマセットは避暑地として有名な場所だ。
風光明媚で知られ、気温も穏やかで海だけで無く温泉なども有り、夏の避暑地としては1,2を争う有名な場所である。
「うーん、まぁ良いけど」
と言った後で、「お父様達が許してくれるなら」、と慌てて付け足した。
幸い両親は二つ返事で了承してくれたので、私の今年の夏の予定はこうして決まったのだった。
そんなこんなで、予定された出発の日が訪れると、私の旅が始まったのでした。
旅と言っても道中までの道のりはなんという事はなく、物語のような強盗に逢う事も、大きな嵐に会って馬車が転倒する事もなかった。
物語の中では良くそうした事件が起って、素敵なヒーローが助けに来るのだけれど、やっぱりそんなのは物語の中だけだよね。
とは言っても一度だけ、ローズの母であるコーンウェル侯爵夫人が宿屋で荷物の一部が無くなった、と大騒ぎした事があったのだけれど、結論から言うとローズがその荷物を見つけ出してくれたので事なきを得たのでした。
そうして私達一行は無事にサマセットへと到着した。
さすが風光明媚で知られる場所だけ有り、馬車は美しい景色を堪能するようにゆっくりと走りながらコーンウェル侯爵の別荘へと向かい、やがて到着するのでした。
高台に位置するその建物はさすがにコーンウェル侯爵の別荘に相応しく別荘というよりは別宅と言って良いぐらいに立派な建物でした。
荷物を部屋に運び入れて、次にする事は、スグに辺りへ散歩する事でした。
私にとってはサマセットは初めてで無いにしろとてもとても久し振りの場所です。
大通りは海までまっすぐに伸びていて、夏のシーズンには着替えをするための移動式の脱衣車や沢山の海水浴客で溢れている気持ちの良い海風が吹く砂浜。
そして海に入らずとも散歩しながら海風を堪能できる防波堤や内陸部に目を向けると温泉施設やそれに伴う社交場などなど。
私達観光客は砂浜や防波堤で海風を感じながら潮の満ち引きによる変化をボンヤリと眺めたり、太陽が海に落ちるその美しい姿を見ながら瞑想に耽ったりするのである。
そんな観光客がする定番の行動に漏れず、私とローズは海まで続く長い大通りをまっすぐ進んで海岸に出ました。
そしてたっぷりと時間を掛けて海岸を探索すると、ディナーに間に合うように別荘へと戻るのでした。
翌朝、私は早めに目が覚めてしまったのだけれど、階下に降りるとばったりローズと鉢合わせしてしまったのでした。
「あら、おはようシビル、早いわね」
「おはよう、ってローズこそ早いじゃない」
「何時もより早く目が覚めてしまったのよね、やっぱり環境の変化が原因かしら」
「私もそんな感じ。朝食ってまだよね?折角だし少し海まで散歩にいかない?」
「まぁ良いわよ。付き合ってあげる」
同意を得られたので、私達は一緒に海までちょっとした散歩に行くことにした。
昨日と同じ道を辿って浜辺までおり、気持ちの良い海風を堪能しながら浜辺を歩く。
そんな時、不意に風が少し強く吹くと、笛の音のような音を響かせる。
「この風の音、何かの鳴き声みたい」
私は冗談交じりにそう言った。
「そうね、まるでバンシーが泣いているみたいね」
「えっ!?」
私が聞き返すと、ローズはフッと不敵な笑みを浮かべる。
「昔、私のナニーが良くそんな話を聞かせてくれたのよ。こんな風が吹くと『ローズ様、バンシーが泣いています。良い子にしていないと何か悪いことが起きますよ』って」
「そうなんだ」
『バンシー』という存在自体は私も聞いた事が有った。
たしか水辺に出てくるという女性の妖精か何かだったような?
「私のナニーは迷信とか伝説とか良くそんな話をしてくれたのよね。まぁ今から思えば私のような子供が悪さをしないようにそう言って怖がらせていたんだと思うんだけど」
その時、また先程のような強い風が吹くと「ひゅぅぅぅぅ」と音を立てた。
「――ほら、またバンシーが泣いているわ。シビルも良い子にしてないと悪いことが起るかも知れないわよ」
「……もぅ、ローズ!私はそんなので怖がるような子供じゃないわ!」
そう言って私はローズを肘で軽く小突く。
「あら?そうなの?」
そう言ってローズは笑った。
でも、スグに真顔になると、
「でもこの音って嫌な感じがして嫌いなのよね」
「あら?だったらローズの方が子供じゃないの?」
私は、先程のお返しとばかりに言った。
「シビルにそう言われるのは癪だけど嫌な物は嫌なのよね。何だか人では無い『何か』が本当に泣いているような気味の悪い音だし、それが耳に残る感じがするのよ」
ローズに真顔でそんな事を言われると、私もなんだか薄気味が悪くなってくる。
「今みたいな明るい時間ならまだ良いわよ?でも日が落ちた夜、特に灯かりを落とした夜中にこんな音が響くと耳を塞ぎたくなってしまうわね」
「それは……そうかもしれないけど……」
「だから、シビルも気を付けなさい」
と、言った後、
「夜、トイレに行けなくなって大変な事になってしまうかもしれないわね」
そう言って笑い出した。
「!!ローズ!それっってどういう事なの!」
ローズは暗に私がおねしょをすると言っているのだ!
「さぁってどういう事でしょうね?お腹も空いたし早く別荘に戻りましょう、そろそろ朝食の準備も出来ている頃よ」
そう言ってローズは早足で歩き出したので私は慌ててローズを追いかける。
「もぅ、ローズったらまってよ~」
その後も私達は傍からみたらとてもとてもくだらない会話をしながらも別荘へと帰り、一旦自分の部屋に戻って着替えた後、食堂へ向かったのでした。




