表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/4

プロローグ「雨宮真司の朝」

雨宮 真司

【認定番号 11205389】 【年齢】 31歳 【性別】男性 

【備考】大阪府大阪市北区に生まれ、縁緑小学校→難破中央中学校→大阪府立凰高校→大阪公立大学卒業、鑑定資格を取得後独立。大阪市北区にて雨宮鑑定事務所を設立し活動----------


『評価認定値』 0点


「おはようございます。」



無機質な声で目が覚めた。


誰かの声を模して作られたその発話は、どれだけ精度を増したところで、ついに体温を持たない。

けれど、不快ではなかった。


「おはよう」 


意識の外側に向かって、反射的に僕も声を出した。


「本日のスケジュールを読み上げますか?」


「お願い。」


「わかりました。本日の起床時間 7時25分 からの予定を読み上げます。 本日の出勤時間は  9時45分………………」


声は、昨日とまったく同じ抑揚で、今日をなぞっていく。繰り返される予定が、今日という一日を薄い糊で壁に貼りつけていく。



その声を生活音の底へ沈めて、自分を慰めるように、そっと、ぬるく甘いコーヒーへ手を伸ばした。


安いインスタントコーヒーに大量の砂糖と牛乳。もはやコーヒーと呼べるものか怪しいが、僕にとってはこれがささやかな世界への抵抗だった。


「甘すぎるな」


口の端が、ひとりでにゆるむ。


この一口から、ようやく一日が始まる。ここでやっと、自分がここに在ると思える。


「もう大丈夫。」


声が耳障りになってきた頃合いに、読み上げを止めさせ、代わりにクラシックの音量を上げた。


洗面所で顔を洗い、髭を剃り、寝癖を直す。髪を乾かし、スーツに袖を通す。

いつもと変わらぬ日常をなぞるうち、時間はいつのまにか等間隔に刻むのをやめ、僕へと歩幅を合わせはじめる。


世界と自分が同期しているような感覚を覚えながら、家を出て職場へと向かう。


いつもの景色。歩く人々はみな、なにかに操られているかのように足早に進んでいる。

それに少しの優越感を覚えながら、いつもの事務所へたどり着く。


扉を開けると、化粧梁の木の匂いが、僕の心を少しだけ深く沈めた。


天井の縁の間接照明をつける。淡い橙色の光が、壁際の硝子戸の書棚を照らす。革表紙の背の金文字が、ぼんやりと浮かんで見えた。窓辺には大きな木製のデスク。主のいない革張りの椅子が、ぽつりと背を向けている。部屋の中央では黒革のソファと椅子が向かい合い、その間のテーブルに、赤い造花が一束、咲き誇っていた。

この部屋でただひとつ、その生々しい色だけが、脈を打っている。



窓際の椅子に腰を下ろし、今日の来客名簿へ目を落とす。4名。いずれも、何度も足を運んだ顔ぶれだ。胸の底がわずかに濁ったように感じたが、やることは同じ。


PCを起こし、国営の鑑定ソフトを開く。来客は11時から。

それまでに、更新された数値を目で読み取るように追っていく。



職業適性。定量、定性。健康、身体―。

―人ひとりが、いくつもの数字に切り分けられて、昨日よりわずかに目盛りを動かしている。


その評価値の総合値こそがこの世界における絶対的な指標である『人間評価値』だ。


その人間が、他者にとってどう在るか。鑑定人にだけは、その曖昧なシステム領域へ書き込める権限が与えられている。


とはいえ、書いたところで数値はびくともしない。

せいぜいが備考欄、欄外の落書きほどのものでしかないのだ。



本来は自身でしか見られないはずの評価を、鑑定人は、承認された相手のデータに限り閲覧することができる。

それによって適正に評価し、企業などに紹介データを発行し、紹介する。



今日もまた、来客たちの数値を呼び出し、準備し待つ。


ひとりきりの事務所では、さっきまで僕に歩調を合わせていた世界が、ふいに手を離した。


時間はまた、誰のためでもない等間隔へと戻り、淡々と過ぎていった。





10時50分——部屋に、ためらうような細い呼び鈴の音が流れ込み、来客の訪れを後ろめたく告げた。





 





 今夜20時に最新話を更新いたします。


「面白そう」「続きが気になる」と少しでも思っていただけましたら、ぜひ 「ブクマ」や「評価」 を押していただけると励みになります!


この作品は連載作品となっておりますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ