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冬への扉 04


01


 異世界“ファンタズマ”には、剣と魔法のファンタジー世界の例に漏れず、数多くの神々の名が連なっている。

 しかしそれらの神々は、ほとんど全てが抽象概念的な存在でしかない。


 たとえば、伝説の英雄、強大な魔物、制御不能な天災などを神格化した『畏怖』としての神。

 法律、哲学、風習といった思想に権威を与え、共同体を意思統一するための『情報』としての神。

 説話、伝承、御伽噺おとぎばなしの中に語られる、純粋にフィクションの存在である『物語』としての神。


 そうした『空想の神々』ではない、いわゆる超常的な上位存在としての『真の神』は、慈悲と慈愛を司る『創造神ラミュルト』だけである。

 経典に残された伝説によると、ただ虚空と暗黒だけがあったファンタズマ世界に降臨したラミュルト神が、塵芥ちりあくたを材料に空と海と大地と太陽を創造し、そこに全ての生き物を生み出したのだという。

 彼女が――女神であるらしい――創造神と呼ばれる所以ゆえんである。

 ファンタズマの大空、海洋、大地に生命が満ち溢れた後も、ラミュルト神は時折地上に降臨し、当時の知的生命体に様々な知識、文化、思想を伝えた。

 その教えの根幹は『愛』であった。

 他者を思いやり、慈しみ、許し、愛し合う――人々はその神名に『慈悲と慈愛』という二つ名を冠し、数限りない感謝と尊敬――そして信仰を捧げた。


 ラミュルト教の誕生である。


 本物の神格存在であり、万物の創造主であるラミュルト神への信仰は、瞬く間にファンタズマ全土に広まった。

 ラミュルト神の残した言葉と伝説を纏めた経典は、読む者に生き方の指標だけでなく、実用的な生活の知恵や社会生活のルールも教えてくれた。

 例えばファンタズマでは時代や地域に関係なく、距離や重さ、時間等の単位が統一化されているが、それを決めたのもラミュルト神である。

 平和的かつ有用な宗教として、ラミュルト教は世界宗教としての地位を確立しているのだ。


 そんなラミュルト教に信仰を捧げた者たちは、大雑把に3種類――『信徒』『司祭』『修道士』に分けられる。これらの用語は地球の宗教のそれとは大きく違うので注意されたい。


 『信徒』はいわゆる一般人の信者である。

 信仰心の厚さは別として、ラミュルト教を基準とした年中行事や冠婚葬祭を行い、定期的にミサに参加して、余裕があればお布施を差し出す程度には教団に関わる人々を指す。

 ラミュルト教は信仰の強要をタブーと定めているので、その気になれば棄教も容易だ。


 それに対して『司祭』と『修道士』は一般的な神官や聖職者のイメージが当て嵌まる、ラミュルト教への信仰を専門職にした者たちである。

 特に『司祭』は人生の全てをラミュルト教に捧げる事を誓い、特別な理由がない限りは副業も還俗も許されない。教会内でも指導者的立場に立つ者が多く、真っ当な『司祭』は人々の尊敬を集める聖職と言えた。


 『修道士』も基本的には司祭と同じ神職ではあるが、最大の違いは還俗が許される点だ。

 これは慈悲と慈愛を教義とするラミュルト教が、社会的役割として貧困者や難民、孤児の受け皿となっている――つまり孤児院や貧困者救援施設を兼ねている――事と大きく関わっている。

 そうした人々に一時的に教会関係者としての社会的地位を与えて、独り立ちできるまで衣食住の保障をするポジションとして『修道士』が存在するのだ。(勿論もちろんそのまま神に仕える道を選び『司祭』になる者も多い)


 ミルゴ村の修道女“アニス”も、そうした元・社会的弱者の1人であった。


 今年12歳になるアニスには、6歳以前の記憶がほとんど無い。思い出せる最古の記憶は、座礁した奴隷難民船から唯一の生存者として救出された時である。あまり思い出したくない類の過去だった事は容易に想像できた。

 その後いくつかの施設をたらい回しにされた末に辿り着いたのが、ミルゴ村のラミュルト教会だった。

 修道士となったアニスの日常はおおむね幸福と言えるだろう。

 教会の長であるマザーウィル司祭は母親代わりに、2歳年下のショータは弟分として、実の家族のようにアニスに接してくれた。アニスもまた、両人を本当の家族のように感じていた。

 子供の成長は早い。そろそろ10歳を数えるかの頃には、枯れ枝のように貧相な難民少女は赤いツインテールが似合う美少女に花開いていた。性格も少々気が強めで強情な所もあるが、根は優しく面倒見が良いので、友達も大勢できた。

 少女修道士としての慎ましくも幸せな日々――それに変化が現れたのは数年前からだ。


 アニスは天才だったのである。


 修道士としての仕事はもちろん、勉強、運動、遊戯、創作、魔法、武術、他業種の手伝い、その他あらゆるジャンルで、彼女は万能の天才振りを発揮した。

 初めての物事でも大人以上にやりこなし、少し慣れるだけで専門家すら凌駕したのだ。

 己の優秀さに気付いたアニスは、それを周囲へ積極的にアピールし、さらに才能を向上させるための努力を惜しまなかった。

 それは自分が孤児であり余所者であるというコンプレックスが、少女の心の奥底にあったからかもしれない。


 しかし――アニスの思惑とは裏腹に、自分が天才振りを発揮する度に、彼女の周囲から友達は離れていったのである。

 まだ幼いアニスには、その理由が分からなかった。

 焦ったアニスがは更なるアピールと努力を重ねたが、結果は逆効果だった。

 苛められたり無視されるわけではないが、仲の良かった友人知人が徐々によそよそしくなり、自分を避けているのが分かる。

 最近は弟分のショータまで、どこか非難するような眼差しを向けてくるのだ……

 マザーウィル司祭は何も言わなかった。この問題はアニス自身が気付かなければいけないと思ったからである。

 少しずつ足元が泥沼に沈んでいくような焦燥しょうそうの日々――異世界から鋼の戦乙女が来訪し、なんやかんやで自分の後輩になったのは、そんな矢先の事だったのである。

 アニスは密かにこれを好機だと考えていた。

 あのレミュータは、地球という異世界では戦闘用アンドロイドという女騎士みたいな存在だという。はっきりいって意味は分からないが、女騎士なら相応の地位にいる者なのだろう。

 そんな彼女に修道士として一人前の指導を行えば、またみんな自分を優秀な人物だと見てくれるかもしれない。


 またみんな自分と友達になってくれるかもしれない。


 こうして、アニスの後輩への指導が始まった。

 それがどんな結果を生むのか、何も知らないままに――



02


 東の地平線が黎明に淡く輝いていた。

 冬の早朝。大気はどこまでも透明だ。

 上空は雲1つない晴天。風はなぎ。先日までの初雪の痕跡は、家屋の屋根と道端を白く染めていた。


「――修道士の朝の御奉仕・その1……玄関先とお庭の掃き掃除を始めるわよ」


 修道服の上から皮のコートとマフラーに手袋という重装備のアニスは、口元から白い吐息を漏らしている。顔は冷気で真っ赤だった。この季節、早朝の村は外気温が氷点下を大きく下回る。


『ミッション受諾。“修道士の日課勤務”の状況を開始します』


 レミュータの口から白い息が漏れる事はない。服装は例の色々大事な部分が隠しきれてない修道服だけだ。これは新人へのシゴキではなく、動きの阻害となる厚着の着用を彼女が拒否したからである。

 アンドロイドであるレミュータにとって、呼吸も寒気も無縁のものだった――


 ラミュルト教会の朝は早い。

 まだ朝日が登るより前に住民全員が起床し、簡易的な早朝ミサの後、いつもの日課に取り掛かる。朝の主な仕事は、朝食の準備と教会周辺の清掃活動だ。

 こうした奉仕活動は司祭や修道士の序列に関係なく全員が交代で行われる。今日はマザーウィルとショータが食事担当、アニスとレミュータが掃除当番となっていた。

 また、今回はアニスによる新人修道士レミュータへの指導も同時に行われているのだが……


『このほうきによる清掃行動を定例ミッションと認識』


 地球で言うところの竹箒に似た棒を不器用そうに指先で摘み、無表情に見つめるレミュータ。


「何を言ってるのかよく分からないけど……外のお掃除は結構大変なんだからね。教会の庭先だけじゃなくて、向こう三軒両隣までしっかりチリひとつなく掃き清めなきゃダメなんだから」


 こちらは慣れた調子で箒をくるくると回し、肩に担いでみせるアニス。

 実際、寒風吹き荒ぶ表通りの掃除は、凍結した初雪や風溜まりの落ち葉が数多く散乱して、丁寧にやると結構大変である。大の大人でも小一時間はかかる作業だ。

 しかし天才少女アニスなら30分で綺麗に掃き清める事ができる。

 勝気な少女は得意気に鼻を鳴らした。


「まぁ初めてのあんたは1時間以上かかるだろうし、これからあたしが手本を見せてあげるから、よく見て学――」

『ミッション終了』

「――は?」


 勝気な少女は唖然と鼻をすすった。

 淡々としたレミュータの呟きと同時に、教会の玄関先の表通りから残雪や落ち葉が瞬時に消滅したのである。

 まるでフィルムのコマ送りのように、映写機の画像が切り替わるように、一瞬で周囲の光景が変わったのだ。

 いつ、どのタイミングで掃除が始まり、そして終了したのか……アニスにはまるで認識できなかった。


 今回レミュータが使用した機能は“アクセラレーション”いわゆる加速装置だ。

 彼女の機体を構成する素粒子の時空間観測をオーバークロックする事により、擬似的に光速以上の高速運動を可能とするシステムである。

 この際、時空間を同時制御するので衝撃波等の副産物が発生する事もない。

 本来は宇宙空間での超高速戦闘に使用される機能が清掃作業に使われたと知ったら、開発スタッフたちはどう思うだろうか。


『次なるミッションの提示を希望します』


 唖然とするアニスを前に、レミュータの無表情は満足気だった。少なくともアニスにはそう見えた。

 ――その後もレミュータはアクセラレーションと機械ならではの精密動作で完璧かつ迅速に仕事をこなし、アニスの思惑とプライドを木っ端微塵に粉砕したのである。



 次の日――


「き、今日の私達は炊事当番よ!みんなの朝食と昼食の仕込みと水周りの整理を――」

『ミッション終了しました』

「だから早いわよ!?」

『メニューはバーニャカウダと鰻丼うなどんです』

「献立はおじやと精進揚げだった筈よね!?」

『材料は同じです。味見をどうぞ』

「もぐもぐ……美味しいじゃない! 何でよ!?」


 さらに翌日――


「……今から図書室の掃除と貸し出し伝票の整理を始めるわよ。特に伝票整理は1日仕事になるから集中して――」

『ミッション終了』

「せめて説明くらいさせなさいよ!!」

『ついでに本もジャンルごとに分類しておきました。上の棚から宗教学、歴史資料、図鑑資料、創作物、アダルトです』

「誰よ教会の図書室にエロ本置いたのは!?」


 さらに次の日も、その翌日も、数日に渡ってレミュータは完璧に修道士の仕事を成し遂げた。

 それは新人への指導というアニスの立場を台無しにしたわけだが、もちろんレミュータにアニスへの嫌がらせの意図はない。

 アンドロイドであるレミュータは、ただ淡々と最高効率で仕事をしただけであり、そこに何の感情も込められていないのだ。

 しかし、アニスはそう受け止められなかった。どれほど天才であっても、まだ彼女はどうしようもなく子供だった。


 そして、その思いは一週間後に爆発したのである。


「あんたはどうしてあたしの邪魔をするのよ!!」


 その日、物置の片付け任務に取り掛かろうとしていたレミュータは、突然、背後からアニスに怒鳴りつけられた。

 一切動じることなく振り向いたレミュータの前には、しかし意外なアニスの姿があった。


 顔を真っ赤にして激昂する少女の瞳には、大粒の涙が浮かんでいたのである。


 それは思春期の少女特有の行動爆発だった。恐らく自分が何をしているのか、何を言っているのか彼女自身にもよく分かっていないのだろう。

 しかしそれは、アニスの心の奥底にある嘘偽りない本音でもあった。


「何であんたはそんなに仕事ができるの!? あたしの立場を取らないでよ! あたしを惨めにしないでよ……!?」


 ……そして、アニスは天才だった。

 そう叫んだ瞬間、彼女は理解したのである。

 かつての友達が、今の弟分が、なぜ自分から離れていったのか、その理由を。

 今の自分がレミュータに感じているものを、かつて自分が得意げに周囲へ押し付けていた事に。


 狭く薄暗い物置の中を、束の間の沈黙が支配する。明り窓から差し込む陽光が、舞い踊る埃をきらきらと煌かせていた。


「……ごめんなさい」


 アニスの身体は小さく震えていた。


「ごめんなさい……」


 その瞳から零れ落ちる涙が、床にぽつぽつと染みを描いた。


 ……残酷に評するなら、アニスの一連の行動は単なるヒステリーでしかない。

 彼女にとっては長年蓄積された苦悩の慟哭なのだが、傍目には少女がいきなり喚き散らした挙句に勝手に泣き出したようにしか見えないだろう。

 その場に居合わせた者がいても、唐突な展開に唖然とするか呆れ果てるのが正常な反応だ。

 ましてやレミュータは心無き機械人形――それも戦闘用アンドロイドである。

 そのAIに知性や状況判断能力はあっても、同情や憐憫という感情は存在しない。いや、感情という概念自体が存在しない。

 このまま眼前の少女が泣き喚き続けても、この白銀色の戦闘機械は、冷たく無機質な眼差しを向け続けるだけだろう。


 ――そのはずだった。


 ぎゅっ


「……え?」


 涙でくしゃくしゃになったアニスの顔が、優しく柔らかいものに包まれた。

 少女の泣き顔を正面から抱擁した戦闘用アンドロイドは、その小さな背中を優しく撫でる。慈母が幼子をあやすように。


『私はアンドロイドです。人間に類似した外見情報を有しますが、あくまで作業機械と定義されます。機械に単純労働の仕事効率で劣っても何ら恥じる必要はありません』


 レミュータの声も表情も普段と何も変わらない。

 無機質で、冷たくて、それなのに――暖かい。


『つまり……人間である貴女がエアカーに移動速度で負けても、作業用ドローンに配備能力で下回っても、それは定義上の存在理由の差異が大き過ぎて、比較対象としてナンセンスであり――』

「…………」


 アニスにはレミュータが何を言っているのかさっぱり分からなかった。

 でも、分からないなりに、白銀色の機械人形が自分を慰めようとしてくれているのは分かった。

 不思議だった。

 普通ならプライドをズタズタにしてくれた相手の慰めの言葉など、逆に惨めさを増幅させるだけだろう。

 だが奇妙な事に、レミュータの言葉が自分の心をたちまちに氷解させていくのをアニスは実感していた。

 まるで大切な家族や友人、恋人、そしてそれ以上の存在から、無限の愛情を向けられたように。

 聖職者ならこの現象に、ある有名な単語を見出したかもしれない。

 しかしアニスは聖職者だからこそ、安易にその単語を使おうとはしなかった。

 その代わりに、こぶしで目元をぐいと拭い、普段の勝気な笑みを浮かべて見せた。不敵な眼差しもオマケだ。


「ありがと、もう大丈夫……さぁて、泣き虫ごっこもおしまいよ。物置の片づけを始めま」

『ミッション終了』

「少しは空気を読みなさいよぉ!!」



03


 ミルゴ村のラミュルト教会には、小さいながらも図書室がある。蔵書数は200冊程度のささやかな物だが、田舎の寒村では希少な知識の泉であった。

 本を傷めない為に明り取りの窓は少なく、部屋は昼間でも薄暗い。ましてや深夜では光源が無ければ鼻を摘まれても分からない暗黒の領域と化す――いや、そこに2つの蒼い輝きがあった。

 暗闇の中、孤独にたたずむ、レミュータの瞳が。


 アンドロイドであるレミュータには当然ながら休息や睡眠は必要ない。メンテナンスや自己修復は日常行動中にも実行している。つまり、修道士の仕事がない今は、人間風に例えるなら暇を持て余している状態なのだ。

 昨夜まで真夜中の間は、ずっとショータの枕元で至近距離から彼の寝顔を眺めていたのだが、今夜ついに「もう勘弁して下さい」と泣きに近い命令が下り、代わりに暇潰しの手段として瞑想か図書室での読書を提案されたのである。アンドロイドに瞑想は無意味なので、自然と図書室に足を運ぶ流れとなった。


 図書室の真中でたたずむ白銀のアンドロイドは、彫像と化したように動かない。青い瞳の先にあるのは、本棚の隅に置かれたラミュルト経典の背表紙だ。

 この時、彼女は最近蓄積された外部情報の自己分析行動――つまり、物思いにふけっていた。


 驚くべき仮説を立てていた。


 ラミュルト教の御神体。異世界ファンタズマ唯一にして最高の創造神。慈愛と慈悲を司る愛の女神――ラミュルト。


 彼の神の正体とは――“o.n.e.レミュータ”タイプのアンドロイドではないか。


 無論、レミュータは誇大妄想狂ではないので、自分は神だと自称するつもりは無い。彼女が指しているのは他のレミュータ・タイプである。

 ビジターとの最終決戦の際、時空爆雷に巻き込まれた戦闘用アンドロイドは彼女――レミュータ9号機だけではない。3号機と6号機を含めた計3機がいた。

 その内の1機が黎明期のファンタズマに異世界転移したのではないか。

 時空爆雷は時空間を丸ごと崩壊させるので、遥か過去の時代に時間移動する可能性も考えられるのだ。

 根拠は――根拠と言えるほどではないが――いくつかあった。


 ラミュルトとレミュータは発音に類似性がある。これは長い歳月の末にレミュータの名前が変化して伝わったのではないか。

 経典に描写されるラミュルト神の外見的特徴である、美貌の女性、高身長、銀髪、爆乳、これはレミュータ・タイプにも共通する要素である。

 ラミュルト神が起した世界の創造を始めとした数々の奇跡。これは時空間制御機関やナノマシン制御システムを始めとした亜空間コンテナの設備を使えば容易に実現可能だ。

 慈悲と慈愛に基いたラミュルト神の教義も、よく読み説けば効率を重視した極めて実用的な内容である事が分かる。まるで機械が考えたような。

 マザーウィル司祭は自分の身長とバストサイズを2m10cmだと述べた。なぜ異世界の住民が地球の単位を使っているのか。

 異世界ファンタズマ――剣と魔法のファンタジー世界それ自体が、地球で創作されるフィクションで描写される存在だ。


 これを偶然と片付けられるのか。


 遥か過去の時代に異世界転移した3号機か6号機のレミュータが、何らかの理由で創造神の座に就いたのではないか――


『…………』


 レミュータは無言で頭を振った――そんな仕草をあえて実行した。彼女が人間だったなら、馬鹿馬鹿しいと自嘲したのかもしれない。

 自分たちはアンドロイド、戦闘機械に過ぎない。そのAIが命令もなしに神様の真似事をする理由はどこにも存在しない。

 そもそも3号機と6号機は時空爆雷で跡形もなく消滅した可能性が極めて高いだろう。宇宙の完全破壊も可能な時空爆雷の爆発から、このレミュータ9号機が全壊をまぬがれただけでも奇跡に近いのだ。


 やはり自分は故障している。実際に機体修復率はまだ25%程度だ。特にAI関係の損壊が酷いと想定できる。

 こうして神となった同型機を空想するのも、昼間にアニスを人間みたいに慰めたのも、本来のレミュータ・タイプのアンドロイドなら絶対に実行しなかったであろう姿だった。


 沈黙の図書室。

 沈黙の暗闇。

 空気分子ひとつ動かない静寂の世界。


 無言のままレミュータはラミュルト経典の背表紙から視線を逸らした。


 次の瞬間、もう暗闇の図書室には誰も存在していなかった。



04


 同時刻――

 ベッドの上で身を丸める寝巻き姿の美少年――ショータは、苦しそうに身をよじった。

 顔は赤く、息は荒い。大きな瞳は僅かに潤んでいる。しかし少年は風邪を引いたわけではない。


「……ぼく、どうしちゃったんだろう……?」


 その股間は小さく、しかし確実に、硬く、そそり勃ち、自分が子供ではないと自己主張していた。




つづく





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