冬への扉 03
01
ショータとレミュータの帰還から数時間後――ラミュルト教会・談話室――
ぱちん
暖炉の火が弾ける乾いた音が、薄暗い談話室の空気を小さく揺らす。
簡素な石造りの壁と飾り気のない木製テーブルと椅子は、しかし埃1つ無く清掃が行き届いていた。素朴ながら温かみのある部屋だ。
飯時には食堂としても使われているこの談話室は、普段は住民である3人の神官――司祭マザーウィルと修道士アニス、そして見習い司祭のショータ――にとっては憩いの場でもあったが、しかし今、薄暗い談話室に流れる空気は、どこか尋問の場に似た緊張感に満ちていた。
テーブルの上座側にはマザーウィルが大きなお尻を椅子からはみ出しながら腰を下ろし、その左隣でアニスがテーブルに頬杖をついている。
何か考え込むように長い睫毛を揺らすマザーウィルの向かいには、どこか居心地悪そうにショータが膝をそろえて椅子に座り、レミュータは無言不動無表情のまま、己のマスターである少年司祭の背後に立っていた。
「……正直、想像を絶する内容ですね……」
マザーウィルが困惑混じりに小首を傾げる。
『私は事実のみを情報公開しています』
レミュータは声も表情も無機質のままだった。
森から戻った際の一悶着の後、ラミュルト教会に帰宅したショータは、夕餉を取る間もなくマザーウィルとアニスへの状況説明に追われる事となった。
当事者の1人であるレミュータも一緒である。これは異世界からの迷い人であるレミュータを教会が保護したという面もあるが、勝手についてきたと言う方がより正しい。マスターたるショータの傍から決して離れようとしないのだ。
それがアンドロイドとしての行動規範なのか、何か別の思惑があるのかは分からない。
そして現在も、彼女はショータの背後から腕を回して抱きついている状態だった。頭の上に人外サイズの爆乳が圧し掛かり、ショータの真っ赤な顔がほとんど埋まりかけている。
(なによあの女……ショータにベタベタイチャイチャして……ショータも少しは抵抗しなさいよ……!!)
そんな後輩の様子に、アニスは不機嫌極まりない表情を浮かべていた。
あの白銀色の美女が地球という異世界から転移してきたとか、アンドロイドとかいうゴーレムの一種?であるという話を中々信じようとしなかったのも彼女だった。
レミュータが目からビームを出したりロケットなパンチを撃ったり頭を外してお手玉を披露して見せてから、ようやく頬を引きつらせつつ納得してくれた。
「……それでマザーウィル様、これからレミュータさんをどうするつもりなんですか?」
それでも、不審の眼差しを緩めてはいない。
アニスのレミュータへの態度はある意味当然といえる。異世界からの来訪者の言葉が真実か否かに関わらず、存在自体が何をするのか分からない危険物である事は同じなのだ。
しかも恐るべき戦闘力を持つ人型兵器を自称している。ラミュルト教団の上層部に指示を仰ぐか、駐在の衛兵を通して王宮に連絡するのが筋と言えるだろう。
しかし、マザーウィルの返事は意外なものだった。
「それはレミュータさん御自身に決めてもらいましょう」
「えっ…それは――」
アニスの抗議を優しい笑顔で制しつつ、美貌の女司祭は白銀色のアンドロイドに同じ言葉を繰り返した。
『私の今後の行動計画ですか』
「はい。私はこの教会の司祭として、村長代理として、レミュータさんの自由意志を尊重したいと考えています。レミュータさんはこの世界――『ファンタズマ』で、何を成したいとお思いですか?」
返答は早く、無機質だった。
『私はアンドロイドです。自由意志は存在しません。マスターの命令遂行を行動原理と定義されています』
「……つまり、どういう事?」
アニスの声に刺々しさが増す。
『私はマスターの忠実なる下僕、奴隷、ペット、道具という事です。如何なる命令にも忠実に従います』
「はぁ? 何よそれ!?」
『つまり、私の行動を決定するのは、マスターです』
「えっ」
自然にアニスとマザーウィルの視線が集中し、ショータはドキリと顔を跳ね上げた。
「え、えーと……レミュータさんがこれからどうするのかは、レミュータさん自身が決めるのがいいかと思うけど……です」
小声で、しかしはっきりとショータは答えた。
レミュータがどうやら人間ではない事も、大型亜竜をも瞬殺する恐るべき戦闘力を持っているのも理解している。
それでもショータは、あの鋼の戦乙女が悪い存在だとは不思議と思えなかった。理屈ではなく感覚で、何となくシュータはそれを確信していたのだ。
『私はマスターの命令に従います』
レミュータの応答は今回も迅速かつ簡潔だった。
「いえ、ですからレミュータさんが決めて下さい」
『マスターの命令に忠実に従う事が、私の意志とお考えください』
「ええと……では僕の命令はレミュータさんが決めるという事で……」
『命令実行。私はマスターの指示に従う事を決定します』
「いや、そこはレミュータさんが――」
『いえ、マスターが命令を――』
「いやいや、レミュータさんが――」
『いえいえ、マスタが――』
「いやいやいや――」
『いえいえいえ――』
「いやいやいやいや――」
『いえいえいえいえ――』
ぱんぱん!
「はい、そこまで」
アニスの額に怒りマークが浮かぶと同時に、マザーウィルの拍手が主従コンビの不毛な会話を止めた。
「それでは……こういった方法はどうでしょうか?」
02
ぎちぎち
「あらまあ、お似合いですわねぇ」
笑顔に糸目を緩ませるマザーウィル。
ぎちぎち
「……いやキツキツじゃない。全然サイズが合ってないですよ?」
藪睨みでレミュータの“新衣装”を見るアニスは溜息を漏らす。
ぎちぎち
「私の修道服のお古なのですが……」
「マザーウィル様の修道服でも小さいのなら、もう着る服がないのでは」
今回はショータも流石に呆れ顔だ。
ぎちぎち
『…………』
レミュータは動かない。いや動けない。
少しでも動けば、次の瞬間に自分が着ている服――ラミュルト教指定の女性用修道服が、バラバラに千切れ飛んでしまう恐れがあるからである。
アニスの言う通り、サイズが小さすぎて――
マザーウィルが提案した今後のレミュータの処遇――それは『レミュータをラミュルト教の修道士・見習いにして、この教会の監視下に置く』というものだった。
異世界からの来訪者であるレミュータを放置するわけにはいかず、レミュータ自身もショータの命令に従う事を頑として譲らないのなら、ショータの手元に置く事が本人の希望にも沿うだろう。
適確な解決方法が見つかるまでは、現状維持で妥協するしかない……というのがマザーウィルの説明だ。
この内容にショータとアニスは――特にアニスは――あまり納得できなかったが、尊敬する女司祭に異議を唱える気はさらさら無く、何よりまだまだ子供である2人には、大人の判断は絶対的といえた。
しかし、まだ見習いとはいえラミュルト教の司祭であるショータの監視下に置かれるというのは、このラミュルト教会に定住する事を意味する。それは経典の規律により教会関係者にしか許されない。
結果、レミュータを臨時的にラミュルト教に入信させるのが早道だったのである。
この提案を当のレミュータ本人はあっさり受け入れた。彼女にとってマスターの命令こそが全てであり、それ以外の自分の処遇には無関心なのだ――が、
『この状況は想定外、です』
入信の細かい手続きは翌日に回して、まずは形から入ろうと、マザーウィルのお古の修道服を着せてみた結果が今の惨状である。
「今さら確認するまでもないですけど、マザーウィル様って、この村で一番大柄で背が高くて、胸もお尻も村一番でしたよね」
「はい、身長もバストサイズも2m10cmです。ただしお尻のサイズは村一番ではありませんよ……たぶん」
驚愕半分呆れ半分なアニスの口調に、マザーウィルは少し俯いた。
武装解除した待機モードのレミュータは、身長2m40cm。バストサイズも2m40cm。ウエストとヒップも相応に大きい。全体的には超グラマラスな素晴らしいプロポーション(爆乳)なのだが、人間の服を着せるにはいささか無理がある体格なのは否めなかった。
本来は地味なデザインで露出度も低い女性用修道服も、今は肢体のラインがはっきり浮かぶほど全身にぴったりと張り付いて、まるでボンデージスーツを着ている様である。あんな所やこんな所の細かい凹凸までくっきりだ。そして何よりまともに動けない。
『現状では微細な動作で服が損傷する可能性が極めて高いと断言できます。改善の要求を提言』
「うーん、お腹に力を入れて少し引っ込みませんか?」
『アンドロイドにその指示は困難かつ無意味です』
「今からダイエットを頑張りましょう」
『アンドロイドにその指示は非常に困難かつ無意味です』
「マザーウィル様がこっそり愛飲している痩せ薬でも駄目ですか?」
『無意味ですってば』
「待ちなさいショータ、なぜそれを知っているのです!?」
ばんっ
非生産的なボケ応酬を止めたのは、テーブルに勢いよく叩きつけられたハサミと裁縫セットだった。
「……修道服の方を仕立て直すわよ。それで良いわよね?」
アニスのにっこり笑顔に、3人は慌てて頷いた――
――きっかり30分後。
「手足の動きはどうですか」
レミュータは両腕を軽く回し、腰を左右に捻り、膝をぴったり90度に上げて見せた。動きに支障は無く、修道服が破れる気配もない。
『問題は回避されたと判断します――が、』
「が?」
『現状の服飾が修道士のそれに相応しいか、疑問の余地があると判断します』
無機質なレミュータの声に、困惑の気配が漂うのは気のせいだろうか。
マザーウィルとアニスが僅か30分で仕立て直したレミュータの修道服は、先程までのそれよりも大幅に露出度が上がっていたのである。
まず胸元が完全に開放されて、レミュータの人外サイズの爆乳が丸ごとまろび出ていた。鎖骨の位置から伸びる一対の前垂れ、いわゆる乳暖簾がギリギリ爆乳の先端を隠しているが、少し乳肉が揺れるだけで乳首や乳輪が丸見えになるだろう。
胴体部分も胸下から下腹部まで裂け目のように穴が開き(アンドロイドなのになぜか存在する)形の良いお臍が見えるのはもちろん、股間すら完全に隠し切れていない。角度によってはアレやソレが見えても不思議ではなかった。
ロングスカートは左右と後ろに大きなスリットが開き、ムチムチした太ももとお尻の割れ目が大きく露出している。もはやスカートの役目をほとんど放棄していた。
(ちなみに、黒いセクシー下着状態に変形していた武装外骨格は、ガーターベルト状に再変形している。つまりノーブラノーパンだ)
地球では風俗嬢のコスプレか痴女しか身に着けないだろう、破廉恥極まりない修道服である。
しかし、マザーウィルとアニスは仕立て直した服の出来栄えを素直に喜んでいた。悪趣味な冗談や新人いびりではない事は明白だった。
それどころか――
「私の修道服も同じデザインに改修しましょうか。以前からあちこちキツかったのです」
美しい女司祭が己の胸元に手を当てる。次の瞬間、2m超の爆乳が勢いよくまろび出て、テーブルの上にズシンと乗せられた。
褐色の乳房は油を塗ったように艶やかで、色素が沈着した陥没気味の乳首と乳輪も相応しい大きさだ。
「あたしは別にきつくないですけど、同じく仕立て直しますね。あっちの方が可愛いし」
若い修道士も同様に胸元を露出させる。片乳が頭より大きい乳房がブルンと揺れた。
こちらは若い果実のように瑞々しく、ピンク色の乳首が重力に負ける事なく自己主張していた。
『…………』
戦闘用アンドロイドですら言葉を失う、唐突な露出行為――だが、当の2人は何事も無かったかのように平然としていた。それどころか相席しているショータにも、眼前の光景に動揺する気配は全くなかった。
どうやらこの世界は、性的な羞恥心の基準が、地球のそれとは大きく異なるらしい。さすが異世界。
『本当に、この格好でいいのでしょうか』
「え? ああ、えーと、教会指定の修道服でも、度が過ぎなければある程度の改造は大丈夫なんですよ」
『これでも、度が過ぎない、範疇なのですか』
「え、え? 何か問題が?」
『いえ、何でもありません』
アンドロイドにとってマスターの意思は絶対である。レミュータはツッコミ心に溢れるAIのノイズを押し殺した。かなり強引に。
「……では、改めまして、レミュータさん」
マザーウィル司祭の優しい糸目から鋭光が漏れた。
部屋の空気が凛と張り詰める。
ショータとアニスも真剣な顔で背筋を正す。
レミュータは元から不動のままだ。
「我、マザーウィルの名において、汝、レミュータに問う。汝、慈悲と慈愛の経典の元、創造神ラミュルトに身と魂を捧げることを誓うか」
そこには普段の温厚で優しいマザーウィルの姿は無かった。異世界“ファンタズマ”の創造神に仕える厳格な司祭がいた。聖職に就く者がいた。
レミュータは横目でショータを見た。
ショータは小さく頷く。
レミュータは真っ直ぐ女司祭を見つめて、
『誓います』
宣言した。
いつものように、無機質に、淡々と、そして嘘偽りなく。
「貴女の入信を認めます。レミュータ修道士、今日から貴女は我々の家族です」
優しくにっこりと、普段と変わらない微笑みをマザーウィルは見せた。
こうして地球産の重戦闘用アンドロイドは、異世界で『ラミュルト教修道士・見習い』という、新たなレーゾンデートルを確立したのである。
ショータは嬉しそうにレミュータの無表情を(爆乳越しに)見上げた。
「おめでとうございます。これからは同じ神に仕える家族としてよろしくお願いしますね」
『ありがとうございますマスター。これからは私の事はお姉ちゃんと呼んでください』
「え?」
「はいはい、よろしくね“見習い”さん」
突然、アニスが不機嫌そうに、レミュータとショータの間に割って入った。身長差を物怖じせずに、斜め正面から(爆乳越しに)レミュータを見つめる。いや、睨みつける。
(分かってないみたいだから教えてあげる。異世界では戦闘用アンドロナントカとかいう女騎士みたいだったけど、今のあんたは『修道士・見習い』。つまりここでは一番の下っ端なのよ。これからはあたしが先輩として、あんたに下っ端の立場を骨の髄までたっっっぷりと叩き込んであげるわ)
さすがに口には出さないが、鋭い視線がそう語っていた。
アニスはにっこりと笑って見せた。
「これからは、あたしが先輩として、あんたに色々教えてあげるわね」
そう、にっこりと。
獲物を見つけた肉食獣のように。
つづく




