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虐殺機関 01


01


 地球では『概念操作能力』と称される超常の力――俗にいう魔法や超能力は、異世界ファンタズマにおいては大雑把に分類して3種類が存在する。


 まずはラミュルト教の信徒が自然に習得できる“奇跡”。

 敬虔な信仰心と純真な祈りによってもたらされる神秘の力は、病や怪我を瞬く間に癒し、信徒にあらゆる試練に耐え得る力を与えるという。

 分かりやすくゲーム的な表現すれば、傷の回復や防御術、日常生活に役立つ術を得意とした超能力だといえるだろう。

 ただし、この“奇跡”を身につけるには、敬虔な信仰心と教義に関する確かな知識が必須である。

 信仰にあついが無学な一般人や、知識があるだけの生臭坊主が“奇跡”を使えないのはその為だ。


 次に竜の血を引く者のみが身に付けられるという“仙道”。

 これは今から一億年以上過去の『竜の時代』に、当時の知的種族であった爬虫人リザードマンによって編み出された進化術とされる。

 特殊な呼吸法により、鋼の鱗やいわおも砕く爪牙、天を駆ける翼を己の身に宿し、他人の心を自在に操る摩訶不思議な力だと伝えられているが、現在、習得者が極端に少ないために詳細は不明である。おそらく肉体強化&進化と精神操作に向いた系統の力なのだろう。

 一説によると、この仙道を極めて肉体を極限まで進化させた爬虫人こそが、人々が知るドラゴンの正体だとされているが、俗説の域を出てはいない。


 しかし、異世界ファンタズマの超常能力の代表といえば、やはり百万年前に魔族が作り出し、創造神ラミュルトによって人間に与えられた神秘の力『魔法』だろう。

 自由自在に物理法則を操り、時空間や元素を制御し、魂や呪いといった抽象概念まで自在とする万能性は、ファンタズマ世界における最強の力といっても過言ではない。

 また“奇跡”や“仙道”とは違い、(個人の才能の差はあっても)基本的に誰でも習得できる点が魔法の最大の利点でもあった。

 百万年前の『魔界大戦』以降、魔法はファンタズマ全土に広まり、各地で有効活用されて、遂にはこの世界の文明の根幹といえる存在となったのだ。


 だが、その魔法文明が花開いた状況に苦虫を噛み潰している者たちがいた。

 ラミュルト神御自らに魔法を授かった“最初の魔法使い”の正統後継者にして、ファンタズマ世界最大の魔術師ギルド――『星振塔』の魔術師である。

 かの魔道の継承者たちは、魔法が一般社会に広まり過ぎている現状に危惧を抱いていたのだ。

 

 前述したように、魔法は誰でも習得し使用する事ができる。

 しかしそれは、悪貨が良貨を駆逐するという比喩の通り、魔法が大衆化した結果、質の低下に繋がる恐れがあった。

 事実、魔法文明の中心から離れた田舎では、魔法は単なるおまじないの延長にまで成り下がっているケースが散発していた。

 だからこそ、自分達のような優秀な魔術師が魔法を集中管理する必要がある――というのが『星振塔』の言い分である。


 しかし、その真の狙いは、魔法そのものを自分達で支配する事にあった。この魔法文明の世の中で魔法技術を独占する事は、ファンタズマ世界を支配することに等しいからだ。

 そんな俗な考えを別にしても、魔法を専門家が独占して徹底的に研究することにより、魔法という概念の頂点に到達したいという、マッドサイエンティスト的な意識を持つ大魔術師も星振塔には数多く存在していた。


 そのためには、もっと魔法の研究に適した環境が必要だった。

 たとえば、国家そのものが魔術師のために存在して、人道的な常識も倫理モラルも全てかなぐり捨てて、ただひたすら魔法の秘奥ひおう目指して邁進まいしんする、魔法至上主義的な国家が――


 ……星振塔の支配階級の魔術師たちがそんな思いに捕らわれたのは、魔界大戦が終戦して数百年が経過した頃だったという。

 そこには地上世界を魔族の侵略から命を懸けて守ろうとする“最初の魔法使い”の尊い理想はどこにも存在しなかった。

 あるいは当時の魔術師たちは、魔法という『魔ののり』に逆支配されていたのかもしれない。


 ともあれ、星振塔は自分たちの傀儡となる国家を探し求め、やがて大陸西方に適当な国を見出した。

 大河と湿地帯に囲まれた僅かな土地にしがみつくように存在していた小国――古代神聖語で“よどんだ水”という意味の名を持つ“ガルターク”を。



02


 魔法製のクラッカーが軽快な破裂音と紙吹雪をき散らした。

 大通りの店舗に張り巡らされた装飾旗ガーランド

 屋台の店先には様々な料理や美酒がずらりと並ぶ。

 楽団の演奏と大道芸人のパフォーマンスは一時ひとときも途切れることがない。

 はしゃぐ子供を肩車する父親と、その背に優しく手をえる母親。歓声を上げて恋人と踊る若者たち。その様子を微笑ましく見守る老夫婦。

 みんな満面の笑顔だった。

 極彩色の風船が舞い踊る午後の天蓋てんがいはあいにくの曇り空だったが、冷たい冬の大気を気にする者は誰もいない。

 人波にあふれる皇都アジャーハの大通りは、戦勝祭りに沸いていた。


 ~~新帝国暦44年、黎明の月、26の日~~

 武帝ガイの襲撃から10日が過ぎた。

 帝国の最高権力者と軍の最高司令官を兼ねた男の失踪により、ラングレード武帝国は機能不全に陥っており、ラングレード軍もアルバイン帝国領からほとんど撤退していた。

 こうしてアルバイン帝国は久方ぶりの平和を取り戻したのである。


 徴兵されていた大人や若者も最前線から故郷に戻り、これを機に皇都では皇帝主催で戦勝記念の祭りが執り行われることになった。

 無論、これは国民の不満や不安の一時的な解消を目的とした慰安行為である面も否めない。

 ラングレード武帝国を退けても、まだガルターク魔導帝国とシューレント自由帝国という超巨大帝国が、アルバイン帝国の紅石鉱山を狙っているからだ。

 しかし、なかばそう知りつつも、国民からはこの祭り自体はおおむね好意的に受け取られていた。

 誰もが戦争にうんざりしつつも、薄々理解していたのだ。


 三大帝国との戦争に負ければ、自分たちは間違いなく人としての尊厳を根こそぎ奪い取られる……と。

 今、楽しまなければ、もう二度と楽しむ機会が訪れないかもしれない……と。


 ともあれ、大多数の皇都市民は内心の不安を隠しつつも、今は全力でお祭りを楽しんでいた。


「アニス、いくらなんでも食べ過ぎなんじゃ……」

「あんたが遠慮し過ぎなだけでしょ。古本数冊で満足しないで、こういう時は豪遊しなきゃダメよ!」

『資金は私のお小遣こづかいなのですが』


 この、田舎からのお上りさんである、2人と一機のラミュルト教徒も同様である。

 身長150cm、バストサイズも150cm。勝ち気な赤毛ツインテールの美少女修道士――“アニス”は、両手に串焼きと棒菓子を大量に構えて、買い食い行為を満喫している。

 その聖職者らしからぬ姿に苦言する、身長130cm、バストサイズはぺったんこ。華奢で小柄ながら瞳に意思を宿す美少年司祭(見習い)――“ショータ”も、買ったばかりの図鑑と絵物語の古本を両手に抱えてホクホク顔だ。

 そしてショータの背後に無表情で控えているのは――身長2m40cm、爆乳のサイズも2m40cm。白銀の肌に透き通る銀色の長髪。蒼光を放つ瞳、完璧な精度で配置された耳鼻と薄い唇。誰もが羨望の溜息を吐きそうな人外の美貌と、それを包む異様に露出度の高い修道服――“o.n.e.レミュータ”である。

 ちなみに彼女の爆乳の上にはアンキロサウルスの赤子も鎮座していて、普段よりも質の良い飼葉をのんびり食んでいた。


 かの武帝との激闘後、丸一日の休養を満喫した(らしい)レミュータは、翌日からラミュルト教徒としての奉仕活動を再開した。

 だが、その仕事ぶりは一聖職者の範疇をはるかに超えていたといえるだろう。

 この白銀のアンドロイドは、加速装置アクセラレーションを駆使して、なんと一秒もかからずに、瓦礫の山だった皇都の街を元通りに再建させたのである。

 タケル皇帝はこの偉業を称賛して、なんと『子供がお祭りで豪遊できる額のお小遣い』という破格の報酬を与えたのだった。


『……労働内容の対価として金額が適切ではない疑問が発生』

「細かい事を気にしちゃダメよ! さぁお祭りを楽しみましょ!」

「う、うん!」

『資金は私のお小遣いなのですが』


 このような背景で、ミルゴ村ラミュルト教徒チームの子供たちとアンドロイドとペットの亜竜は“都会のお祭りで買い物買い食いし放題”という人生初めての体験を満喫していた。

 慈愛と慈悲をつかさどるラミュルト神も、この程度の信徒の堕落は見逃してくれるだろう。


「――これで北通りと南通りは回ったから、次は西か東の通りね。どっちに行く?」

「レミュータさんはどちらに行きたいですか」

『249秒後に東通りで馬のパレードが開催されるそうです。そちらの鑑賞行動を提案します』

「本当にレミュータさんは馬が好きなんですね」

『いえ、別に』

「そ、そうなんですか……」


 ぴぃ


 爆乳の谷間で抗議するように鳴く小さな亜竜を撫でながら、レミュータ達は人混みをかきわけながら東通りへと足を進めた。


 ――運命とは気まぐれで残酷である。

 この時、鋼の戦乙女が西通りを選択していれば、その後の悲劇を防ぐ事ができたかもしれない――



03


 祭りを楽しむ人波に溢れた西通りを、一人の“平凡”が歩いていた。

 “平凡”な人物だった。

 外見も“平凡”。

 立ち振る舞いも“平凡”。

 顔も服装も性格も性別も、何もかもが“平凡”――“平凡”としか表現できない人物。


「うう、寒い……ガルタークの都市暖房結界が恋しいな」


 “平凡”は身震いすると、そばを通り過ぎる男の頭から毛糸の帽子を、老人から外套を拝借して、素早く身にまとった。


「これで少しはマシか」


 ついでに露店から串焼きを失敬すると、後方から響くクシャミを聞きながら、西通りの端――巨大な尖塔がそびえ立つ皇宮の城門に足を進めた。

 白と黒のツートンカラーで構成された巨大な城門は、しかし今、しっかりと封鎖されて、たとえ帝国民でも中に入ることは許されない。

 その両脇には一騎当千の屈強な男女の衛兵が立ち、不審者への絶対的な防壁を務めている。

 もっとも、今の彼らの主な仕事は、城に入ろうとする酔っぱらいをやんわりと追い返す事だったが……


「えーと……タケル皇帝はこの城にいるのかい?」


 そんな衛兵に“平凡”は不躾ぶしつけに声をかけた。しかも皇帝陛下を呼び捨てだ。帝国に忠誠を誓う衛兵に対してその態度は、逮捕とはいかなくても厳しい叱責しっせきに値する愚行だろう

 だが――


「はい、陛下は帝国の有力者たちと戦勝パーティーの真っ最中です」

「それは良かった。じゃあ通してもらうよ」

「どうぞ」


 “平凡”はスタスタと衛兵たちの間を通り過ぎて、城門を潜り抜けようとして――ふと、足を止めた。


「……衛兵さんたちは強いのかい」

「それは、まぁ、皇宮の守護者として最前線に立つ自負はあります」

「あー、それなら少し戦力を減らしておくか」


 腰の剣を“平凡”に奪われても、衛兵は特に反応はなかった。

 気付いていないわけではない。ちゃんと“平凡”の動きは目で追っている。

 その剣で同僚の首が切り裂かれても、衛兵は無反応だった。

 次に自分の首に剣が突き刺さっても、衛兵は無反応だった。

 噴水のように鮮血を撒き散らし、ビクンビクンと痙攣しながら絶命する衛兵たちを目の前に、城門前の通行人たちは――無反応だった。

 “平凡”は平凡に城門を潜り抜けた。



04


 神の腕を持つ演奏家たちが奏でる優雅な舞踏曲。テーブルに並ぶ山海の珍味とカクテルの数々。

 普段は白亜と黒曜のモノクロームな大広間には、しかし今は深紅と青藍の織物が敷かれて、豪奢なダンスホールと化している。

 天井には金光石を散りばめた巨大なシャンデリア。壁際に並ぶ調度品はいずれも値が付けられない芸術の数々。

 それらに負けぬきらびやかなドレスを身にまとうのは、アルバイン帝国の有力貴族や領主、自治体の長や大商人などのVIP達だ。

 “平凡”はごく平凡にパーティー会場に入室した。

 談笑やダンスを楽しむ帝国の上流階級の面々を、壇上の王座から見降ろすアルバイン帝国皇帝――“タケル”の顔には、疲れた作り笑いが張り付いていた。


「……この40年間、この手のパーティーを数えきれないほど開催したが……正直、今でも苦手だ……」

「これも皇帝の務めです。我慢なさって下さいな」


 そんな元・庶民なタケル皇帝のかたわらには、身長210cm、バストサイズも210cm。背中と胸元が大胆に開いた華麗なドレスに身を包んだ、金髪褐色の絶世の美女――“マザーウィル”司祭が控えていた。

 今は皇后と皇太子は疎開して不在なので、代わりにファーストレディー役を務めているのである。

 “平凡”は次々と会場のVIPを斬り殺していく。


「オレが言うのもなんだけど、戦勝祝賀会こんなことをしている場合かねぇ」


 二人の後方で柱に寄りかかり欠伸を噛み殺しているのは、2m30cmの長身と2m30cmの爆乳を持つ、なぜかタキシード姿の白い魔狼――“シグナス”である。

 今はまだ陽が高いため、月光石を持つ彼女が皇帝護衛の任に就いているのだ。

 血塗ちまみれの“平凡”が王座への階段を上っていく。戦勝祝賀会会場は血の海だ。


「お前さんの言いたい事も分かるけどな、大国の体面的にはこういうイベントも結構重要なんだよ。帝国民へのガス抜きも兼ねているのは否定せぬがな」

「それが理由でお偉いさんへのおべっか使いかい。泣けるねぇ」

「いや、一応、余がこの国で一番偉い筈なんだが……」

「あー、ちょっと、いいですかい」


 衛兵と上流階級の鮮血で全身を真っ赤に染めた“平凡”が、タケル皇帝の眼前に立った。

 タケルは平然としている。

 マザーウィルとシグナスも無反応。


「アンタがタケル皇帝なのかい」

「うむ、そうだ」

「一応、名乗っておくか。ガルターク魔導帝国“五本指”が一指、名前は……言うだけ無駄か。とりあえず、アンタを殺しに来た」

「そうか」

「んじゃ、始めようか」


 “平凡”はタケルに剣を振りかざして――平凡に剣を止めた。


「「……?」」


 サキュバス・エンプレスと金狼――二柱の魔王が“平凡”に視線を向けていた。見ているだけである。止めようとはしていない。


「おっと、かろうじて分かるのか。さすが魔王サマだね」


 平凡な動作で“平凡”は血塗れの剣をタケルの膝に乗せた。そして懐から一本の短剣を取り出す。一見平凡な短剣だった。強いて特徴を挙げるなら、柄に黒いベルトが巻いてあるくらいか。


「先にコイツらから始末しないと反応しそうだ。んじゃ、アバヨ」


 どこかわざとらしい独り言を漏らしつつ、“平凡”は短剣をマザーウィルとシグナスの心臓に突き刺した。

 うめき声1つ漏らさず、二人の魔王級魔族は崩れ落ちた。己の血潮の中でうつ伏せに倒れ、ピクリとも動かない。


流石さすがはフロラレス様の魔力入りの短剣。魔王でもイチコロかい」


 独り言は意図的だった。

 そうしないと、自分でも自分の行動が分からなくなるからだ。


「待たせたかい。んじゃ、続きを始めようか」


 タケル皇帝は自分の膝の上から剣を拾った“平凡”を平凡な表情で見ていた。それが自分に向けて振りかざされても、平凡に見上げているだけだった。


「アバヨ」


 “平凡”は平凡にタケルへ剣を振り下ろした――


「!?」


 ――振り下ろしたつもりだった。


「か、体が……動か…ねぇ……!?」


 剣を振り上げた体勢のまま“平凡”は身体を指一本動かせなくなっていた。

 全身が石のように固まったり力が入らないわけではない。まるで他人の体のように、自分の意思に反応しないのである。瞬きや声は自由なのが、逆に不気味だった。


『“パラライザー”の正常稼働を確認』


 驚愕の表情で固まった“平凡”の背後から聞こえる、無機質無感情な氷の美声――レミュータ。

 240cmの胸元にかかげた右手の指先に、黄色の輝きが宿っている。


 神経筋接合部位阻害コントロールシステム『パラライザー』――ナノマシンと微細電流の併用により運動神経シナプス前末端のEPP発生を阻害することで、対象の任意の運動機能を麻痺させる効果を発揮する。理論上、原生動物よりも進化した生物は抵抗できない。

 簡潔に言えばどんな相手でも生き物なら瞬時に麻痺させて動きを封じる機能だ。本来は暴徒や犯罪者の鎮圧用に使用される非殺傷兵器である。

 利点は対象の全身から特定の部位まで麻痺する箇所を自由に選択できる事であり、欠点は超光速運動をしている個体には効果が無い事だろう。


「……う…ウソだろ……」


 “平凡”は心底驚いていた。背後からの奇襲で体が麻痺したことではない。


 あの機械人形は、自分の存在と行動を正常に認識しているだと!?


『あなたの認識制御能力は私には機能しません。降伏を勧告』


 レミュータの電子の瞳が蒼く輝いていた――“サイレンスフィールド”。


 『認識制御能力』――それは文字通りに他者の精神に干渉して、“認識”を自在に制御する、概念操作能力の一種である。催眠術や洗脳の類と考えればいいだろう。

 初対面の相手を己の恋人や親友と誤認させ、普遍的な常識や社会ルールを捻じ曲げて、個人の感情や記憶までも自在に操るこの能力は、直接的な戦闘力は無いものの、対人用としては応用力の高さと利便性においては最優のものといえた。

 どれほど強大な相手でも、その精神を自由に操れるなら、好き放題できる玩具でしかないのだ。


 この平凡な者――ガルターク魔導帝国・五本指が一指“平凡”は、その系統の魔法を極めた凄腕の魔術師にして暗殺者である。

 彼の者の使用する認識制御能力は、『自分のあらゆる行動が、他人にはごく平凡で当たり前の行為に認識される』というものだ。

 街行く人々の衣服や食料を奪い、衛兵やパーティー会場の人物を殺傷し、魔王級魔族をあっさりと仕留めても、誰にも疑問に思われなかったこの恐るべき能力は、ついにはアルバイン帝国皇帝の命まで奪いかけた。

 あらゆる魔法や超能力を無効化する“サイレンスフィールド”を常時機動しているアンドロイドがいなければ、この暗殺劇は見事に完遂していただろう。

 事実、護衛対象であるタケル皇帝の状態を常時観測しているレミュータですら、殺されかけているタケル側の反応が全くの平凡なものであったために、こうしてギリギリのタイミングまで駆け付けるのが遅れてしまっていた。

 個人の生命から国家存亡の命運に至るまで、本当に危機的状況だったのだ。


「オイラが獲物を仕留め損なったのは、今回が初めてだよ」


 むしろ安堵した風に溜息を吐いた“平凡”――刹那せつな、魔王殺しの短剣に巻きついていた黒ベルトが音もなくほどけると、素早く“平凡”の体を蛇の如く這い上がり、その首に牙を突き立てようとした。

 無論、それを黙って見ているレミュータではない。

 鋼の戦乙女はアクセラレーションを発動。神速で黒いベルトを払い除けようとして――


 バチィ!


『……!』


 弾かれた。

 一方的に。


 魔王級魔族や武帝とも互角に渡り合った戦闘アンドロイドの剛腕が、呆気なく。あっさりと。


「野暮はしなさんな。任務に失敗した暗殺者の末路なんて、決まっているだろ?」


 “平凡”の喉に黒ベルトの先端が食い込む。

 一拍遅れて“平凡”の体がボロボロと砂のように崩れ始めた。肉体が原子レベルで消滅崩壊しているのだ。

 もはやレミュータには成す術がなかった。


「ありがとさん。オイラの存在をきちんと認識してくれたのは、フロラレス様とアンタだけだったよ」


 最後に崩れ消える直前の口元が、不敵に笑った。


「アバヨ」


 こうして、非凡なる“平凡”は、素粒子一つ残さず消滅した。


 そして、それは、新たなる戦いのゴングが鳴り響いた瞬間でもあった。


 西の超大国『ガルターク魔導帝国』――アルバイン帝国へ宣戦布告す。




つづく





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