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冬への扉 02


01


 晩秋を淡く湿らせた雪雲は、夕刻には西の山稜さんりょうに消え去ろうとしていた。

 久方ぶりの夕焼けを見つめる村人たちの表情は、しかし焦燥に暗くかげっていた。


 大陸最大の標高を誇るガルガ山脈から生まれるロキソプ川は、麓に広大な森林地帯と、洪水跡を開拓した穀倉地帯、そしていくつかの集落を育んでいる。

 司祭(見習い)ことショータの生まれ故郷“ミルゴ村”もその1つだ。

 人口は512人。この規模でも近隣ではそこそこ大きな村と言える。

 特産品は大麦小麦の一種と、それから作られる穀物酒。そしてすぐ傍に広がる森林地帯から採取された様々な森の恵み。

 10年前には“奇跡の村”として王都で少し話題になった事もあったが、すぐに忘れ去られた。その程度の存在感しかないごく普通の田舎だ。

 村長は半年前に事故で他界し、現在は創造神ラミュルトを信仰対象とする宗教――『ラミュルト教』の女司祭が村の臨時代表を勤めていた。


 装飾は地味だが妙に体のラインが浮き出る神官服に身を包んだ女司祭――マザーウィルは外見年齢30代前半(彼女は実年齢を決して語らない)。身長は2m10cm(彼女は体重を決して語らない)。豊かな金髪に褐色の肌、村一番の爆乳を誇る温厚そうな美女である。

 その優しそうな糸目に見つめられて恋に落ちない男はいないと噂されるが、身も心も神に捧げたという彼女は今も独身だった。

 少なくとも表向きは。

 村長代理として村の代表である彼女は、何か緊急事態が発生した際には、陣頭指揮を取る立場にある。


 そして、今がまさにその緊急事態だった。

 朝の日課を終えた司祭見習いの少年が、森に山菜取りに出かけたまま夕方になっても村に戻って来ないのだ。気弱で真面目な少年は、普段はどんなに遅くても昼には帰宅していた。


「……司祭様、今回は最悪の事態も覚悟してくだせぇ。物見の呼びかけにも返事がないってこたぁ、坊やは森の魔物に襲われた可能性が高いべ……」


 森の入り口の広場に集まった狩人たちのリーダーが、身支度を整えながら諦念ていねんの溜息を漏らす。

 マザーウィルは無言で唇を噛み締めた。

 二次遭難を防ぐために、こうして森のベテランである狩人たちが戻ってくるまで捜索を遅らせていたのだが、無理してでも探しに行くべきだったか……いいや、村長代理として個人的感情で被害を増やすわけにはいかない。


 ――せめて、今が夜なら――


「……全て私の責任ですね……」


 ラミュルト神に仕える同僚にして弟子のショータが、先日採れた山菜や果実の量でアニスにからかわれていた事には薄々気付いていたのだ。獲物の量を増やすため、危険を承知で森の奥に向かう可能性も十分予想できたのである。

 女司祭は自分の甘さを呪った。


「ねぇ、ショータは大丈夫だよね!?」


 泣きじゃくりながら自分の大きな腰にしがみつく修道士――アニスの頭を、マザーウィルはそっと撫でた。

 嗚咽おえつのたびに左右に分けた赤髪がゆらゆら揺れる。涙でくしゃくしゃの顔に普段の勝気そうな美少女の面影はなかった。

 身長とバストサイズが共に150cmと小ぶりだが、12歳という年齢を考えれば仕方ないだろう。


「あたしが……あたしがショータを馬鹿にしたから……あたしのせいで……」

「貴女に罪はありません。これは大人の責任ですよ」

「あたしも一緒に探します!!」

「許可できません。創造神ラミュルトの名において」


 アニスは恨めしそうに森の奥を睨んだ――が、


(……え?)


 涙が生んだ幻影だろうか、森の上空に白銀色の大きな鳥が浮かんで見える。

 銀の翼はフラフラユラユラと揺れ動きながら、徐々にこちらに近付いて――!?

 その直後――


ドーーーン!!!


 凄まじい轟音と共に、白銀の大鳥が森の入り口の広場に降り立った。いや落下した。


「「「ななななな何事だー!?!?」」」


 驚愕する村人たちの只中、もうもうと巻き上がる土煙の中から姿を見せたのは、


『申し訳ありません。飛行ユニットの修復が不完全でした』


 背部に大型大気圏飛行ユニットを装着した白銀のアンドロイド――レミュータと、


「んー! んー!……ぷはっ!!……い、息ができなかった……」


 彼女に抱き締められて頭どころか上半身を規格外の爆乳に挟まれていた司祭見習いの美少年――ショータであった。

 あまりの光景に唖然呆然とする村人たちをかき分けて、


「ショータ!! 無事だったのね!!」


 涙をぬぐいながら駆け寄ろうとするアニス――が、


「――って、何よその女!?」


 今もショータを抱き締めたまま離さないレミュータの姿に激昂げっこうした。

 事態の急展開に混乱しているのだろう、ぎゃーぎゃー喚きながら2人に詰め寄ろうとするアニスの肩を押さえながら、


「無事で何よりですが……何があったのか、説明してくれますよねぇ?」


 マザーウィルは静かな笑顔を維持しようと努めた。



02


 話は数時間前に遡る――


「れ、れ、レミュータさん!?」


 亜竜ありゅうを『解体』し、自己紹介を終えた直後、レミュータはいきなりぶっ倒れて、そのまま動かなくなった。

 機体損傷率が7割を超えた状態で無理矢理動いたツケが早くも回ってきたのである。やはりまだまだ本調子ではないのだ。

 あわてて介抱しようとするショータは、眼前の光景に目を見開いた。


『……緊急自己修復機能を再実行。待機モードへ移行します』


 直後にレミュータのアンドロイドボディが変形を始めた。形容ではない。言葉通り形状が変わっていくのである。

 3mに達する身長が少しずつ縮み、重戦闘用アンドロイドに相応しい大柄な体型が、尋常な人間的シルエットに変わっていく。機体を構成している各パーツが骨格レベルで亜空間ネットワークに“折り畳まれて”いくのだ。

 プラチナ色に輝く髪は尋常な銀髪に、真紅の光瞳は青い瞳に変わり、最後に外装の武装外骨格がセクシーな女性用下着を思わせるデザインに縮小し、彼女の変形は終了した。

 ショータは無意識の内に生唾を飲み込んだ。

 数秒にも満たない時間で、無骨な鋼の戦乙女は蠱惑こわく的な絶世の美女と姿を変えたのである。

 身長は2m40cmにダウンサイズしているが、片乳が頭よりはるかに大きい2m40cmの爆乳は健在だ。

 細目の顎先となだらかな肩、キュッと締まったウエスト、全体的に丸みを帯びた柔らかそうなシルエット……非の打ち所もない完璧なプロモーションは、女の理想と男の欲望の具現といえた。それも下着姿のグラマラスな超絶美人である。

 肌理きめ細やかな地肌のあちこちに分割線やエネルギーラインが浮かんでいるのさえ誤魔化せば、アンドロイドではなく高身長の爆乳美女で通じるだろう。

 ただし――


「肌の色は銀色のままなんですね」

『申し訳ありません。テクスチャ機能が損傷中です』


 白銀色の美女の無表情は、どこか申し訳なさそうだった。


 待機モード――この形態は戦闘用機能の大部分をシャットダウンして、民間用自立型アンドロイド程度の最低限の機能で活動している状態を指している。メンテナンスや後方待機――そして“慰安”の際に、このモードとなる。

 現在のレミュータはリソースの大半を自己修復に当てているため、やむをえずこの形態に移行しているのだった。


『再び行動可能となるまで、数時間は必要と推測します』


 ショータは天を仰いだ。

 あまりにも怪し過ぎる存在だけど、ラミュルト神の司祭(見習い)として、命の恩人を放置して村に帰る訳にはいかない。亜竜の死体を嗅ぎ付けて危険な野生動物や魔物が集まる可能性が高いからだ。

 だからといって非力なショータが色々な意味で立派過ぎる体格のレミュータを背負うなり引きるなりして移動するのも不可能だろう。今の姿でも体重は軽く100kgを超えるだろうし。

 (今の状況なら、さっさと1人で村に戻って救援を呼ぶ方が安全なのだが、まだ幼い少年はそこまで頭が回らなかった)

 覚悟を決めた少年は、銀色の肌の美女の傍に腰を下ろした。司祭様たちを心配させないためにも、せめて日が落ちる前には彼女が動けるようになる事を神に祈りながら。

 幸運にも、レミュータが復活するまでの間、魔物や野生動物が襲来する事はなかった。

 不幸なのは、その頃にはすっかり夕方になっていた事だ。

 その間に、両者はお互いの知りたい情報を交換し合った。ショータにとってはレミュータの存在が、レミュータにとってはこの世界そのものが、未知との遭遇だからである。


 レミュータが語った内容――自分が地球という惑星で製造された戦闘用アンドロイドである事。人間ではなく造られた存在である事。外宇宙生命体との最終決戦の際、亜空間兵器に巻き込まれて、この世界に次元転移した事――は、ショータにはほとんど理解できなかった。

 かろうじて理解できる単語の断片から、遠い異国から来た軍属の女性――女騎士みたいな存在なのだろうと幼い心で判断した。判断するしかなかった。


 一方、ショータが話した内容も、レミュータにとって想定の範囲を大幅に逸脱するものだった。

 この異世界は『ファンタズマ』と呼ばれている。

 創造神ラミュルトに創られた世界――神や魔物が存在し、竜が空を飛び、魔法使いが稲妻を放ち、勇者が魔王を退治する――彼女の汎用知識アーカイブに存在する言語で表現するなら、いわゆる『剣と魔法のファンタジー』と称されるフィクションに該当する世界なのである。

 彼女が人間だったなら、あまりの状況にひたすら混乱するか、これは念願の異世界転移だ! と興奮していた事だろう。

 しかしアンドロイドであるレミュータは、それがどんなに荒唐無稽こうとうむけいな内容だろうと、淡々と状況を受け入れるだけである。


『――そしてマスターは近隣のミルゴ村の司祭(見習い)というポジションに該当するのですね。状況を理解しました、マスター』

「あの……ちょっといいですか?」


 ショータはおずおずと片手を挙げた。


「さっきから疑問だったのですが、なぜ僕のことをマスターと呼ぶのですか?」


 これではまるで出会ったばかりの2人に主従関係があるみたいだ……ショータの疑問はもっともだった。


『私の中枢システムに貴方がマスター登録されているからです』

「いえ、あの、ですからその理由を――」

『偶発的な事象です』

「はぁ」


 ショータは小首をかしげた。

 レミュータがこの世界に転移した際、亜空間兵器の影響で機体は大きな損傷を受けていた。AIへのダメージも大きく、本来は地球総合軍の指揮官級軍人を登録していたマスター権限が消滅したのである。

 その後、自己修復機能によりAIが修復された時に、たまたま目の前にいたショータをマスターに誤登録してしまった……それが出合ったばかりの異世界の少年を、地球産の重戦闘用アンドロイドがマスターと呼ぶ理由であった。

 しかし、当然ながら詳しく事情を解説しても、10歳の異世界生まれに理解できるはずがない。

 だからレミュータはシンプルに分かりやすく端的に説明した。


『つまり、一目惚れです』

「……は!?!?」


 唐突な告白に、口をぽかんと開けて――次の瞬間、顔を真っ赤にしてわたわた慌て始めたショータ。それを見つめるレミュータの瞳は相変わらずの無感情である。


「え、あの、今、聞き捨てならない言葉を聞いたような気が」

『幻聴です』

「…………」


 ショータの訝しげな眼差しを丁重に無視しつつ、ゆっくりと、しかし無駄のない所作でレミュータは起き上がった。


『それはともかく、簡易的に移動可能な程度には機体修復が完了しました。マスターの定住拠点への帰還を提案します』

「……何だか強引に話を進めて失言を誤魔化そうとしてませんか?」

『気のせいです』

「えーと……村に案内しますね」


 色々と気になることは山ほどあるけど、ショータが早く村に帰りたいのも事実だった。

 マザーウィル司祭様にどう言い訳しようかと頭を抱えながら、レミュータを村へ案内しようとして――


『失礼します』

「うわっ!?」


 その小柄な体が優しく抱きかかえられた。性別は逆だがお姫様抱っこと呼ばれる体勢である。

 真っ赤な顔に押し付けられる柔らかな爆乳の感触と、超至近距離にある無機質な美貌に、ショータの心臓は早鐘と化した。


『ナビゲートをお願いします』


 レミュータの背部の何もない空間に、音も無く大型大気圏飛行ユニットが出現する。同時に周囲が銀色の光に包まれると――


「えぇえええ――!?」


 雪混じりの樹冠を突き抜けて、2人の体が白銀の大鳥おおとりの如く空高く舞い上がり、黄昏に向かって風よりも速く飛び立った――!!


 ……数秒後、飛行ユニットの故障によりレミュータは飛行能力を喪失。ショータの悲鳴を跡に引きつつ、辛うじてミルゴ村への不時着には成功した……



03


 ――そして、現在に至る。


「……何があったのか、説明してくれますよねぇ?」


 マザーウィルの普段と変わらない微笑みが、なぜかショータには少し恐かった。

 自分たちを捜索するために集まってくれたのだろう村の大人たちも、明らかに不審そうな眼差しを向けている。アニスに至っては今にも掴みかからんばかりだ。

 無理もない。村中が決死の思いで探そうとしていた司祭見習いの少年が、いきなり空から降って来たのである。それも、白銀色の爆乳長身美女(下着姿)にお姫様抱っこされながら。

 ショータは焦った。誰もが自分に状況の説明を求めている。それも早急に……しかし、どう説明すればいいのだろう?

 地球から異世界転移したとか戦闘用アンドロイドだとか、内容が荒唐無稽過ぎてショータ自身にもいまだに意味が分からないのだ。

 冷静に考えるなら、別に後ろめたい隠し事をしているわけではない。今までの出来事を素直に話すだけで何も問題ないのだ。

 しかし、墜落の恐怖、周囲の視線、全身に圧しかかるレミュータの爆乳の感触……非現実の連続が、ショータを半ばパニック状態に陥れていた。

 少年の視界と思考がぐるぐる回り始める。

 そして、混乱の挙句に口に出た言葉は――


「こ、こ、こ、この御方は異国の女騎士様です!! ぼぼぼ僕が森で亜竜に襲われていた所を助けてくれました!!」


ヒュウウウウウウ……


 沈黙の空っ風が吹き抜けた。

 傍目はためにもテンパっている少年がテンパりの挙句に出任せを口走っている事は、この場の誰にも明らかだった。

 ショータと共に空から落ちてきたセクシー下着姿の爆乳美女が女騎士とは、いくらなんでも無理がある。

 周囲の不審の眼差しが、疑惑から確信に変わろうとした――その時、


「あらあらまあまあ……それは真にありがとうございます」


 満面の笑みを浮かべながら、マザーウィルがすっと前に出た。


「私はマザーウィルと申します。この村の村長代理を務めております。我が弟子の命を救っていただき、ラミュルト神の名において感謝と祝福を」


 細く長く形の良い指を爆乳の前で組みながら、深々と頭を下げる。艶やかな金髪が流れるように爆乳と巨尻の上を滑り落ちた。ラミュルト教司祭に伝わる感謝の所作である。

 そして、ただそれだけの動作で、周囲に充満していた不審と疑惑の念が、潮が引くように消え去った。


 ~~あのマザーウィル様が御礼を申されるのなら、悪い事にはならないだろう~~


 村人の間に笑顔と安堵あんどの空気が流れる。その様子を見てマザーウィルも小さく頷いた。

 そのおっとりとした美貌と人並み外れたプロポーションの中に、恐ろしいほどのカリスマ性を秘めた女司祭であった。


 それはそれとして――


「それはそれとして、何で騎士様は空を飛んで来たんだべか?」

「そりゃおめぇ、騎士様だからだべ」

「んだんだ」

「でもでもよう、何で騎士様は肌が銀色なんだべか?」

「そりゃおめぇ、騎士様だからだべ」

「んだんだ」

「でもよう、何で騎士様はセクシー下着姿なんだべか?」

「そりゃおめぇ、騎士様だからだべ」

「んだんだ」


 自問自答する村人たちを見て、この村の住民は自分が思っていたよりもおバカ…失礼、純朴じゅんぼくかもしれないとショータは思った。

 その間、レミュータは無言だった。

 ――無言のままマザーウィルを見ていた。


 その後、レミュータが亜竜を退治した件を伝えると、村人たちは喜び勇んで遺骸の回収に向かった。

 大型亜竜は宝の山だ。外皮や骨、一部の内臓は高額で取引される。肉も臭みが強いが食べられなくもない。村が冬を越えるには十分に過ぎる財宝といえた。

 こうしてミルゴ村の越冬問題は解決し、レミュータは村を救った恩人として住民たちに受け入れられる事になったのである。


 ……不自然なくらい、あっさりと。




つづく





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