ちょろいから
「……」
「……」
……気まずいわ!!
昨日のホーンブル討伐クエストにて起こった出来事、通称トマト事件が起きてから数日が経つ。その間ティオはずっとテンションが低いままであり、必要最低限の会話しかしない状態になっていた。
現在俺達はEランククエストのコボルト討伐のため街の外にいるのだが、相も変わらずティオは落ち込んだ様子。肩をがっくりと落とし、まるでゾンビのようなのそのそとした動きで足を動かしていた。
確かに全身が血塗れになった時は全身が臭かったし、洋服はダメになったし、装備を磨くのも大変だったけど俺のことを守ろうとした結果、不運にも血塗れになってしまっただけ。つまりティオは何も悪いことはしていないのだ。
しかし「Aランク冒険者としての配慮が足りていなかった」と言った風に謎に責任感を感じ、ずっと落ち込んでいる。別に気にしていないと言っているのだから変に引きずる必要はないのに、律儀なのかめんどくさいのか……。
「ノア、どうしたの?」
「その……ティオの事なんだけど……何とかならない?」
俺はエヌに近づき、昔からの知り合いだったら何とかしてくれるかもしれないという希望的観測の下ティオについて話を振る。
「多分無理だと思う。私もあんな状態のティオ初めて見るから」
「えぇ……」
何という事でしょう、ティオさんここにきて初めての落ち込み具合を見せる。……数年来の知り合いが見たことも無いならもはや対処の仕様がないのでは?
「ティオが凹むのは前もあったけど1日経てばすぐに回復してた。だから今回もすぐ直ると思ってた」
「けど直ってないと」
「うん。多分だけどノアに嫌われたとか、Aランク冒険者なのにノアにダサいところを見られたとかで落ち込んでる」
「別に気にしてないって言ったのになぁ」
「ノアは優しいから。ノアが思ってる以上に本人は深く考えてるみたい」
別にティオに悪気があった訳じゃないしもう過ぎたことだから気にしていないのだが……確かに人のことを血塗れにしちゃったら結構引きずっちゃうかも。
「だから後でちゃんとティオの事を励ませば良いと思う。ティオはちょろいからティオのことを認めて、褒めて感謝してあげればすぐ機嫌は直る」
「そんなすぐに直るかなぁ」
「うん、ノアが言えばすぐ直る」
「……まぁエヌが言うなら後でティオの事慰めておくよ」
「うん、それがいい。ところでノア」
「ん?どうしたの?」
「今は誰も止める人はいない。だから結婚した時のことを考えてイチャイチャの予行演習を──────」
「しません」
しばらく歩いた後、俺達はコボルトの群れに遭遇した。RPGなんかでは見たことはあるが、実際に見るとかなり迫力がある。これが世間一般では雑魚や初級モンスターなどの部類に入るが、いざこうして対面して見ると想像の5倍は強そうに見える。
「ノア、私たちが援護するから無理しない様に戦ってみて」
「頑張ってみる!」
エヌの言葉を聞き俺は体全体に魔力を流す。魔力操作の練習を毎日やったおかげか俺はスムーズに身体強化を行えるようになった。まだ無意識に身体強化を維持できるレベルまでは至っていないが、魔力を知らなかった人間にしてはかなりの上達速度だろう。
「グルルル」
誰かから盗んだものか、それとも拾ってきたものなのか不格好な刃物を持つコボルトに俺はナイフを構える。油断をしたら大怪我、最悪命に関わる問題だ。油断せずに行こう。
「っ!あぶなっ!」
先に攻撃を仕掛けてきたのはコボルトだった。強靭な足で地面を踏みしめ、こちらに向かって剣を振り下ろしてくる。俺はその攻撃を見てから避け、その次に行われる攻撃もしっかりと回避する。
「ウィンドショット」
「キャンッ!?」
「ノア、今」
エヌが魔法でコボルトの頭を揺らす。彼女であれば一撃で仕留めることは造作もないだろうが、俺の訓練のために威力を調整してくれたのだろう。
「はあああ!!」
俺は隙だらけのコボルのと首にナイフを突き立てそのまま切り裂く。びしゃりと血が飛び散ると同時にコボルトは糸が切れたように地面へと倒れこむ。
「やった、倒せた……ってうわ!?」
「ノア、油断しない」
「あ、ありがとうエヌ」
コボルトを倒したという喜びに浸っていると別のコボルトが仇討ちと言わんばかりに俺に襲い掛かってくる。しかしエヌがそのコボルトの額を正確に打ち抜いたことで、先ほどのコボルト同様地面へばたりと倒れることになる。
俺はその後、再び気合を入れなおしコボルトの群れを討伐していく。エヌの援護のおかげかあまり苦戦せず、落ち着いて1匹ずつ倒すことが出来た。やっぱり魔法ってすごいなぁ……俺も使えるようになりたいな。
「お疲れノア。動きとても良かった」
「ありがとう、エヌの魔法のおかげだよ」
「未来の旦那を守るのは当然の事」
「いや結婚するつもりはないんですけど……」
特に大きな怪我も無くコボルトの群れを討伐し終えた俺は討伐の証としてコボルトの耳を回収する。最初はグロテスクだと思っていたが、ちょっとずつ慣れてきた……って言おうと思ってたけどやっぱりまだ慣れないです、普通にグロいです。
「うぇ……これを自分がやったと考えると心が痛むな……でもこれもしょうがない事だからごめんね」
俺は謝罪の言葉を添え、動かなくなったコボルト達から耳を切り取っていく。
「よいしょっと……これで全部かな?」
倒したコボルト達から証を回収し終えた俺はふぅと一息つく。さてと、後は街に帰るだけだ。
「っ!?ノア!!」
「グルルア!!」
「どうしたの……って…えっ」
エヌの声の直後に自分の後ろから獰猛さが溢れた声が聞こえる。声のする方へと振り返るとそこには大きく口を開けて俺に噛みつこうとしている一匹の狼の姿があった。
このままだとやばい。頭ではそう分かっていても、全く警戒していなかったせいで俺の身体は脳からの指令に反応することが出来ない。
「っ!!」
俺は声にならない声を漏らし、眼前に差し迫った恐怖から逃れるためにぎゅっと目を瞑る。
「キャウン!!」
自分の身体にはとてつもない痛みが走る、そう思っていたが痛みの代わりに聞こえてきたのは狼の情けない鳴き声だった。
「はっ!」
なんとすんでのところでティオが狼を蹴り飛ばしてくれたのだ。ティオは地面を跳ねる狼に対して間髪入れずに剣を突き立てる。ぐさりと剣を立てられた狼は一瞬びくりと体を揺らしたかと思えば、先ほどまでの勢いはどこへやらピタリと動きを止め、真っ赤な血を大量に流し始める。
「怪我は無いかノア?」
「う、うん……大丈夫」
「そうか……なら良かった」
心配の色を全面に出し、こちらの顔を覗くティオに俺は特に怪我は無いと伝える。するとティオはふぅと息を吐き安どの表情を見せる。なんだろう……いつものティオと違って凄くかっこよく見える。
命を救われたからか、それとも本当に今のティオがかっこいいからか、普段のティオの5倍はかっこよく見える。普段からこんな感じすればきっとモテるだろうに……って今はそんなことどうでもいいや。
「守ってくれてありがとうティオ、すごくかっこよかったよ」
改めてティオに感謝の言葉を伝える。あのまま狼に噛まれていたら大怪我、或いは命を落としていた可能性もあった。ティオには本当に感謝しかない。
「かっこいい……かっこいい……」
「ティオはちょろいからティオのことを認めて、褒めて感謝してあげればすぐ機嫌は直る」
少し前のエヌの言葉を思い出す。さてここでティオさんの様子を見てみましょう。かっこいいという言葉を反芻し、先ほどまで暗かった表情に光が差し始め、下がり切っていた口角が徐々に徐々に上がりにやにやとした表情をし始めたではありませんか。……本当にちょろいね君。
しかし今がチャンスだ。このまま畳みかければかなりの確率で機嫌を直してくれることだろう。あまりこういう事を口に出すのは恥ずかしいけど……まぁティオのおかげで今の生活が出来ているのは事実だからね。
「ティオ、昨日のことを気にしてるのかもしれないけど僕は全然気にしてないよ。ティオは僕のことを守ろうとしてああなっちゃっただけで、ティオは何も悪くない。むしろいつも僕のことを守ってくれてありがとう。僕にはティオが必要だ、だからそんなに落ち込まないで欲しいな」
「私が……必要……ティオが私を必要としている……つまり私無しではもう生きられない!?へ、あ、うぇ!?!?」
「……あのーティオさん?」
日頃の感謝の言葉を伝えた次の瞬間、ティオはぷすぷすと煙を上げながらフリーズしてしまった。声を掛けても反応を示さないティオに俺は「えぇ……」と困惑の声を上げざるを得ない。
「流石はノア、これで完全にティオは堕ちた。多分もう少しすれば完全復活する」
「これで良かったのか……?」
「うん、後で私にも愛を囁いて欲しい。もちろんベッドの上で」
「しないしさっきも別に愛を囁いたわけじゃないからね?」
ティオとエヌが俺の言葉をどう解釈しているかは甚だ疑問ではあるがひとまずティオの機嫌が治って良かった。後で誤解を解く必要があると思うけど……一旦考えるのはやめておこう。




