貴族なのに器が貧乏とか笑えるな
息抜きがてら更新。
酔っ払ってます。
ひっそりと開店した八意書房は、現代とあまり変わらない滑り出しだった。サラやアンナなどが買うことはあったが、そこら辺を歩く一般の客がいないのである。それはそれで結構なのだが、阿賀野にとって現代の知識や価値観を布教する機会なのだから、できるなら数人くらい新規客が来てくれてもよかった。
それでも誰も来ないのは、店構えや立地が原因なのだろう。人が来すぎないようにしたのが効き過ぎてしまっているようだ。せっかくの異世界文明を加速させるチャンスが、初っ端から滑り止めを喰らっていた。
「・・・こりゃあいくら待っても誰も来ねえな」
諦めた阿賀野は店の扉を閉めて外に出かけた。外と言っても異世界の方である。小さいバッグに文庫と美術館の写真集を入れ、自由に街を練り歩く。
そう言えば、この世界の本屋はどんなものを売っているのか調べていなかった。阿賀野は街の探索よりも先に、書店へと赴いてみることにした。どこまで行っても、やはり現代的な建物は存在せず、良くて近代が限界といったところだろう。街行く人々も人種間のいざこざは少なそうだ。猫獣人と人間の店主が普通に店先で商売をしている。
それでも、何かしらの害というか、闇の部分は拭い切れるものではなかったようで、その証拠に小さい広場に集まる人だかりの中心では、4人の高貴な服装に身を包んだ人間達が、彼らと比べたら見すぼらしい市民服を着た親子だろう父とその息子を虐めていた。しかし、そんな光景を見ても誰も止めようとはしない。どこの世界でも、一部の貴族が裸の王様のように恥に塗れた権力を振り翳しているものなのだと思わされた。
「私に平民が無断で触れておいて、タダで済むと思っているのか?」
「すみません!・・・ですが、私に免じて息子だけはどうかお許しをッ!」
平民の息子が貴族とぶつかってしまい、いざこざが起きているようだ。小物感しかない貴族側の言動に笑ってしまいそうになる。きっと名前もさぞかし雑魚そうに違いない。そう思わされるくらいに、彼らは失笑レベルの愉悦を産んでくれていた。
貴族なのに器がボロい茶碗なのはどうかと思うが、こんなトラブルは阿賀野の世界でも昔は当たり前にあったことなので、さほど気にはしなかった。
現代でも貴族は存在するが、こんなアニメや漫画に出てくるような奴はいなかった。異世界最初の貴族がこれとは、一周回って面白くなってきた。
しかし、阿賀野はこの地雷でしかない領域に突入しなければならなかった。阿賀野は別に正義感があるわけでも善人だとも思っていない。だが、この広場を抜けなければ書店まで行けないのだ。迂回する手もあるが、この程度のことで時間と労力を掛けるのは馬鹿馬鹿しいし納得など到底できない。
阿賀野は民衆の波を掻い潜り、堂々と知らん顔で親子と貴族の間を横切ってみせた。
「おい貴様! ちょっと待て!」
「・・・あ?」
メンチを切って振り向いた鋭い瞳に貴族の男は内心怯えたが、平民の前で無様な姿は見せられないとプライドが心を支えてくれていた。捨てたほうがマシなくらい安いプライドが、触れるべきじゃないものに触れさせようと彼の背中を押した。
「貴族である私の前を通っておいて、言葉の一つもなしか!?」
「・・・・・・あー、そうだったな」
理不尽なイチャモンをつけられた阿賀野は、キレることもなく向き直り、片膝を地面について丁寧に謝罪した。
「目の前を無断で通り過ぎてしまい、申し訳ありません。ここは私の顔に免じて、お許し下さい」
―――ただし貴族ではなく、平民の親子に向けてである。
「なッ・・・・・・!?」
貴族は余りにも突拍子のない阿賀野の行動に驚くことしかできなかった。貴族にならいざ知らず、平民に跪いたのだ。狙ってやっているとしか言いようがない白々しさが、声色と表情から露骨に匂っていた。
「・・・茶番はこれくらいにして、早くどっか行った方がいい。そうでないと邪魔な野次馬どもが退いてくれねーんだわ」
「は、はい・・・!」
父は息子を連れてこの騒動の中心から離れた。となれば、次の矛先が自分に向くことは容易に想像できた。
「なんて無礼の塊だ! この私ではなく平民に頭を下げるなど、私を馬鹿にしているのか!?」
背後から騒がしい声が聞こえる。さっきまで貴族が居たはずなのに、別の動物と入れ替わったのだろうか?
阿賀野は無意識に自分の精神に暗示をかけた。冗談ではなく、本気でそう思い込むことにしたのだ。貴族とのトラブルは命懸けだ。簡単に首が飛ぶやもしれない。そんな命の危険がある状況でまともでいる為には、先に狂ってしまえばいいのだ。それに―――
「なぁ、人の大声のデシベル数って知ってるか?」
―――阿賀野がこの世界の人間に遠慮や容赦をする義理もない。
「何? デシベル?」
「知らねえよな。デシベルってのは、音の大きさの単位だよ。数値が高いほど煩くなって、葉の音が20dB、図書館とかが40dBくらいかな。そして、人間の大声とかは90dBくらいなんだ。
でさぁ、犬っているじゃん? 四足歩行でワンワン鳴くあれ。あの鳴き声も90〜100dBくらいなんだってよ」
「?・・・何を言いたい?」
貴族の男には、目の前の不遜な男が何を言っているのか分からなかった。正確には、内容は理解できるのだが意図が分からなかった。何故この男はその話を自分にするのか?
その理由は、次の一言で完全に把握できた。
「つまり犬と同じくらいウルセェてめぇは、犬と同レベルってことだよなぁ?」
無邪気な顔で阿賀野は、爆弾でしかない発言を貴族に向けて言い放った。明らかな侮辱と挑発の意味が込められたその言葉に、貴族の取り巻きも見ていた野次馬も彼らから少し距離を取った。これから起こる出来事が考えるまでもなく分かったのだ。
「貴様ァ、どこの馬の骨とも知らない者が!!」
むざむざと起こす必要のない火種に藁を投入した阿賀野に、当然の如く魔法が射出された。白く視認できるまで圧縮された1mほどのブーメラン型の物体が迫ってくる。びゅうびゅうと聞こえる空気の音と、服の異様なはためき具合から風魔法だと推察した阿賀野は、簡単にそれを避けてみせた。風魔法が飛んで行った先を見やると、背後にあった街灯を切断してカランと金属音を石畳への落下で鳴り響かせた。魔法の形と効果からウインドカッターと呼称される魔法のようだ。なら、勝算はある。
「そよ風が得意魔法か? 意外とポエミーなとこあんじゃん」
「余裕な態度しやがって・・・次は当てる!」
貴族が再びウインドカッターを撃とうとしたが、結果を言うと不発に終わってしまった。ウインドカッターが消されたのではなく、魔法自体が発動できなかったのだ。
「な、なんだ? なぜウインドカッターが撃てない!?」
「おい」
「え―――」
魔法が封じられたことに狼狽していた隙に、貴族の目の前には既に阿賀野の拳が迫っていた。拳は顔面の皮膚と肉に沈み込み、そのまま地面に向かって叩きつけられた。
「ゴバァッ!?」
情けない声を出しながら一発のパンチで戦闘不能になってしまった貴族を踏みつけながら、阿賀野は挑発するようにカウントし始めた。
「1、2、3・・・・・・スリーカウント取ったから俺の勝ちね」
貴族が素性も分からない男に倒される様を、取り巻きも市民も呆然として見るしかなかった。
DIO様ほど理不尽じゃないだけ有難いと思いな




