表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

幼い日の夢

 黄金の龍の背に乗り、一人の少女が空を翔けている。


 シヴァ帝国がフリーデを狙っている以上、私はフリードリヒと離れない方がいいとお父様に言われて、今は一緒に冒険者をしている。

 フリードリヒはそのうち廃嫡を取り消してもらって、王宮に戻るのだろうなと思っていたら、彼は全くそんな素振りを見せない。だけど――


(このまま彼を縛り付けておくのは良くないわ……)


「……ねぇ、本当に王宮に戻らなくていいの? 貴方が居ないことは、王家の損失だと思うの」

「そこまで私を評価してくれて嬉しいが……君の側を離れるつもりは無いよ。それに、龍化する事で国防を担ってもいるから、王国には貢献していると、ヴィンセントが保証してくれた」


 そう言うと、フリードリヒは野原に降り立ち、人の姿になる。季節はいつの間にか初夏を過ぎているが、涼しい高原には一面に白詰草が咲いている。

 国王やフリードリヒ自身が尽力した事によって公爵令嬢としての私の名誉は回復されたが、私は自由な冒険者として生きる事を望んだ。

 方々に頭を下げてくれたフリードリヒには申し訳ないと思っているけど、これまで王妃教育しか知らなかった私は、世界の事をもっと知りたくなったのだ。

 私の希望を受け、お父様は魔法防護を施した平民服を一式私に用意してくれた。フリードリヒも平民服を着たかった様だが、お父様が止めて、騎士風の厚手の布の服と、ワイバーン皮のマントに靴まで揃えてくれた。

 人間に変化した背の高いすらりとした彼は美しい貴公子そのもので、一瞬見惚れてしまい、慌てて目を逸らす。

 王太子でなくなった彼は自由な空気を身にまとい、以前よりも柔らかな雰囲気がある。


(な……なんだか、王太子の時よりも、輝いて見えるのは何故?)


 これではどこに行っても人気者だ。ますます私の入る余地はなくなる。

 戸惑うフリーデの側にフリードリヒが近づいて来る。


「……私の事よりも、フリーデ、君の事を聞きたい」


 突然言われて、胸が高鳴る。


「私の事……?」

「……あの時、私の名を呼んでくれた事、覚えているよ」


 あの時……サイクロプスに追い詰められた時。


「君が私の名を呼んでくれただけで、私は信じられない程、充たされた気持ちになった……」


 フリードリヒの恍惚としたような表情は妙に色気があり、私は固まってしまう。


「君が誰か想っている人がいるのなら……私は、君が危険な時にしか目の前に現れない。しかし、そうでないのなら……このまま、側に居させてくれないだろうか? 君の気持ちを聞かせてほしい……」


 紺碧の美しい瞳に見つめられて、私の胸は高鳴る。顔が火照るのがわかる。


(な……何て返せばいいの?) 


「わ……私は……」

「『私は?』」


 私は決心する。


「私……には、想っている方がおります……」


 やっとの事でそう言うと、俯いた。言ってしまった……


 だけど、私の想いとは裏腹に、フリードリヒは立ち上がり、何処かに行こうとする。


「え……何処に行くの?」


 フリードリヒは振り返る。その表情は苦痛を我慢しているような、悲しみに暮れているような……


「君が……誰かを想う以上、側には居られない……」


 フリードリヒは歩き出す。


(違う! 私は……‼)


 言わなくちゃ……


 今、言わないと……多分、一生後悔する……


「私は…………フリードリヒが好き…………」


 私はやっとの事で声を絞り出した。震える声は緊張でかすれて、初夏の風にかき消されたかと思ったけれど、フリードリヒには聞こえたのか、硬直した様に背を向けて動かなかった。


 やがて、ゆっくりとこちらを振り向いたフリードリヒは瞬きもせずに私を見ている。


 その視線に恥ずかしくなって再び俯いた私は、いつの間にかフリードリヒが目前にいる事に気づく。


「私は……君に無実の罪を着せ、侮辱し、身分剥奪の上に国外追放した……君はそれでも、私を好きでいてくれると……?」


 声は緊張をはらんでいる。穏やかで優しい、だけど何処か余裕のない声に、私の胸も苦しくなる。


「でも、それは、操られていたからでしょう? それも、狙われていたのは私だし、貴方を巻き込んでしまって……本当に申し訳ないと思っているわ」


 私はまだフリードリヒに正式に謝罪していない事に気づいた。


「……罪悪感で、言っているのか?」


 フリードリヒは何処か諦めたように、哀しげに言う。


 私は首を振る。もう、自分の顔が真っ赤になっている事はわかっているけど、言わなくちゃ……


「罪悪感で言ってる訳ではないの。私は……私も、昔から……心の何処かに貴方が居て……だから、あの時、貴方に助けを求めたの……」


 そう、私は、あの時、死を前にしてやっと自分の気持ちがわかった。


 かけがえのない人。私を追い詰めた人。それでも想ってしまう人……


「……フリーデ……」


 フリードリヒは私を両腕に抱くと、持ち上げてクルクルと回る。これはお姫様抱っこ⁉ と思う間も無く、私はフリードリヒにしがみつく。


 フリードリヒは回るのをやめると、私を強く抱き締めて、唇を重ねる。


 目を閉じるのも忘れて、フリードリヒに魅入ってしまう。美しい襟足までの金の髪は風に流れて、長いまつ毛の奥には、深い海のような紺碧の瞳。


 硬直した私から顔を離すと、フリードリヒは言った。


「フリーデ……私と、結婚してほしい。同じ時を生きてほしい」


 龍化した王族の一生は、番を失わなければ三千年以上続くとも言われる。


 龍と番の結婚とは、普通の王族が番と結婚するのとは違って、番が龍の血を飲み、龍と同じ寿命を得る事を意味する。

 番が不慮の事故で死んでしまった先代の龍は、その後、自らも後を追って自死したと言われている。

 番と龍が、死を望まない限り、その生は永遠とも呼べる時間続くという。

 この世界の何処かに、先先代や、それ以前の龍と、その番が時を越えて生きているのかもしれない。


 私達も、そうなるのかも……


 そうなるといいな……


「……はい……」


 私はいつも、一言しか言えない。だけど、フリードリヒはわかってくれて、私を強く抱き締めた。


 彼の体温を感じながら、視界の端の白い花が目に入る。

 幼い時フリードリヒと挙げた結婚式が思い浮かぶ。白詰草(ヴァイス クレー)を冠にし、私とフリードリヒは野原を駆けて行く。


 今さらながら、やっとヴァイスの名前の由来に気づいて、私はくすりと笑った。





読んで下さった皆様、ブックマークして下さった皆様、評価して下さった皆様、誤字報告下さった皆様、お気に入り登録して下さった皆様、本当にありがとうございました。


これで完結となります。読んで下さった皆様に沢山いい事がありますように。


リリーを主人公にした別の作品もございますので、そちらもご覧いただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ