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私を悪役にした皆様へ――色のない夢が終わる頃、幸せを見つけました  作者: ゆうひかんな


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リュシエンヌ・オベールの事情


 グランドヴァローム王国は他国から英雄の血が守る国と呼ばれている。


 かの英雄は自ら勇猛果敢に戦い、ときには冷徹な策略を駆使して、敵対する勢力を蹂躙したという。

 建国神話では周辺地域との争いに勝利し、国を興したというまさにそのとき、英雄の強さに歓喜した戦神が特別な加護を与えたとされている。


 その英雄こそオベール家の初代であるリュドヴィック・オベールだ。


 では特別な加護とは何か。

 たとえば政治的な駆け引きや策略、他国の武力による侵略など。自国から悪意を持って仕掛けた戦でない限り必ず勝利する。

 負けないという稀有な加護だと人々は噂した。

 争いの大小に関係なく、加護はさまざまな手段でもってグランドヴァローム王国を包んでいる。

 そして王家はオベール公爵家と手を携えて綿々と血を繋ぎ、現在に至る。

 そんな戦神の加護を受けるオベール家の、執務室で。

 目の前にいる父の言葉が信じられなくて、リュシエンヌは書きかけの書類の上にペンを落とした。


「リュシエンヌ、おまえの義妹オデットだ。義理の母であるメラニーと一緒に今日からここで暮らす。仲良くするように」


 朝出かけた父が、予告なく美しい女性と同じ年頃の娘を連れて戻ってきた。執務室に押しかけてきたときに言い放った台詞がこれだ。


 これでも驚くなというのが無理よ。


 リュシエンヌの視線がオデットに釘付けとなる。

 義妹オデットは母が違うとは思えないくらいにリュシエンヌと顔立ちのよく似た娘だった。顔の輪郭からアーモンドのような色と形をした目、鼻の高さに赤く色づいた唇の大きさや形まで。

 双子と呼んでいいような、もしくはそれ以上に似ているかもしれない。


 共に父の血を引いているからか、まさに瓜二つ。


 ただ唯一、髪の色だけはリュシエンヌがオベール公爵家の正当な血筋を受け継ぐ金色であるのに対して彼女、オデットは母親譲りの赤みを帯びた茶色という違いだけだった。


「本気で今日からこの家で一緒に暮らすのですか!」


 口下手な自覚はあったけれど、リュシエンヌは精一杯言葉を選びながら反論した。


「どういうことでしょう。お母様が先日亡くなられたばかりです。新しい家族ができたなんて言われても……私の心が追いつきません」

「なんだと?」

「それに私の気持ちの問題だけではありません。喪が明けないうちに後妻を娶るとは、世間からどう思われるか」


 リュシエンヌは、自分が間違ったことを言っているとは思えなかった。

 義母になるメラニーは男爵家の娘で、かつてはオベール公爵家に勤めていた侍女だった。結婚するために辞めたと聞いたが、まさか妾になって父に囲われていたとは思ってもいなかった。

 反論を聞いた父の表情が、たちまち険しくなる。


「父であり、当主代行でもある私の言うことに逆らう気か?」

「そ、そういうつもりではありませんが……」

「おまえは昔から可愛げのないことばかり言う。私のすることに文句ばかりつけて、冷酷な性格の母親にそっくりだな!」

 

 責める言葉を吐き捨てて、顔色の悪い娘に父親は冷ややかな視線を向けた。


「おまえの母が死んだ今、これからは私が当主。私の決めたことは絶対なのだ。おい、そこのおまえ! この娘を部屋に閉じ込めておけ。罰として夕飯も抜きだ」

「はい、かしこまりました」

「お、お父様!」


 使用人につかまれたまま、リュシエンヌは必死でもがいた。

 するとメラニーは父に縋りつくようにして身を震わせる。


「こんな性悪が私の義娘になるなんて信じられない。愛おしい旦那様、ジェルマン様。私とオデットをこの気狂いから守ってくださいましね」

「ああもちろんだ、我々三人は家族だからな!」

「うれしいわ、お父様大好き!」


 当然のように答えた父にリュシエンヌは呆然とする。

 私は家族ではないの?

 抵抗をやめたリュシエンヌは使用人の男に引きずられるようにして扉の外へ通し出される、


「さあ来い!」

「い、痛い。やめてちょうだい!」

「ご当主の命令だ、何か文句はあるのか!」


 ニヤニヤと意地悪く笑う三人を執務室に残し、リュシエンヌは怖い顔をした使用人に無理やり連れ出されて部屋に軟禁された。

 激しい音を立てて扉が閉まり、無情にも外側から鍵をかける音が響く。

 リュシエンヌは床に崩れ落ちて、頭を抱えた。


 かつての公爵家には、こんな乱暴者で不躾な使用人はいなかったのに!


 当主である母が病床にいることを良い事に、父がすべて使用人を入れ替えたのだ。だから今の使用人は新参者しかいない。それでもなんとか公爵家の体面を保ってこれたのはすべてリュシエンヌが上手く回るように手を尽くしてきたから。

 必死で体面を保ってきた、その結果がどうだ。

 今の公爵家には母の死を悼む者も、メラニーが元使用人である過去も知る者がいなかった。リュシエンヌは冷たいベッドに伏すと、さめざめと泣き崩れる。


「どうしてこんなことに」


 その日から、リュシエンヌを取り巻く環境は悪いほうへと一変した。

 真っ先に狙われたのはリュシエンヌの部屋とドレス、装飾品。

 これらはすべてオデットに奪われた。代わりに与えられたのは使用人部屋、しかも陽当たりが悪く誰も使いたがらない部屋だった。

 そしてドレスの代わりに与えられたのは使用人の服。

 勉学の機会も奪われて、その日からリュシエンヌは最下層の下級侍女としてオベール公爵家で働くことになった。


 下級侍女となったリュシエンヌは朝早くから夜遅くまで働く。

 そして疲れ切った体を引きずって部屋に戻ると、今度は机の脇に当主の仕事が山と積み上がっている。

 母が闘病している間、家にいない父に代わってリュシエンヌが領主の仕事をしていたからだ。

 誰も疑問に思わず置いたことがわかる書類の山に、もはやため息しか出ない。


「前任の執事長がいたころは、彼を筆頭に侍女長である妻と使用人の男の子がいて、いろいろ執務を手伝ってくれたのに」


 誰も聞いていないとわかっていても、リュシエンヌの口から愚痴がこぼれる。

 けれどその三人は母が亡くなってすぐに、ありもしない横領の罪を着せて父が無理やり辞めさせてしまったのだ。


「どうか、お心を強く持ってください」


 辞める際の、祈るような執事長の言葉と、抱きしめてくれた侍女長の腕の温もりだけが今のリュシエンヌの支えだった。

 

ーーーー


 喪が明けて、父は自分が当主となってからも義母を連れて遊び歩いてばかりいた。やがてそこに認知されて正式に公爵令嬢の身分を得たオデットが加わる。

 無知で礼儀作法のなっていないオデットは、社交の場に出ても至るところで問題を起こしているらしい。

 今までの業務に加えて、当主代行としてリュシエンヌが各家に謝罪するという新たな仕事まで増えた。この頃のリュシエンヌは、寝る時間すら削らなければ一日分の仕事が終わらないような状況だった。そんな理不尽をリュシエンヌが黙って受け入れたのは、働きづめで思考が鈍っていたからではなく、母が命がけで守ってきたオベール家を、自分の代で終わらせるわけにはいかないという一心からだった。

 

 けれど運命というものはひどく残酷なもの。

 次に奪われたのは、なんとリュシエンヌの誇りである髪だった。


 珍しく父に執務室へ呼ばれたと思ったら、部屋に入った途端、使用人の男に部屋の真ん中へと突き飛ばされた。いつかと同じ乱暴者の使用人だった。


 使用人の隣には嘲るような笑みを浮かべた父と義母とオデットがいる。

 そしてリュシエンヌの正面には、独特の黒いローブをまとい、ひしゃげた鼻をした醜い姿の老婆がいた。

 視線が合った途端、リュシエンヌはあまりのおそろしさに背筋が凍りつく。

 この状況で、どう甘く見積もっても、嫌な予感しかしなかった。


「はじめまして、お嬢様」

「あ、あなたは誰?」

「世間では、わたしのことを『呪われた樹海に住む悪い魔女』と呼んでいるらしい」

 

 魔女はひきつったような、嫌な笑い声を立てた。

 目の前にいる人物は噂に聞く容姿そのままだ。疑う余地もなく、リュシエンヌは恐怖に身を震わせる。


 ……なんでこんな人が、オベール家に?


 魔女は暗闇でも明るく輝くようなリュシエンヌの髪を見て薄笑いを浮かべた。


「ほう、見事な金色じゃ。これがオベールの黄金かい」


 父はうなずくと、リュシエンヌの髪を顎でしゃくる。


「それで、できるのか?」

「もちろん、簡単なことだよ」

「高い金を支払ったのだ、失敗するなよ」

「くどいねぇ、魔女にとっては朝飯前だ。一瞬で終わる」


 魔女はオデットをリュシエンヌの隣に並ばせて呪文を唱える。禍々しい韻律の呪文が終わったとき、誰もが息を呑んで驚愕に目を見開いた。

 何事かと思うリュシエンヌの顔のすぐ脇を、赤みを帯びた茶の髪が横切る。


「え」

「やったわ、オベールの黄金よ!」


 狂ったような、調子はずれの歓声に驚いて隣を見ると、()()()()()()()()()()()()()

 自分のものだったはずの豊かな金髪が、なぜか他人の頭の上で揺れている。

 ハッとして、リュシエンヌは自分の髪を強く握った。

 オデットと同じ赤茶色の髪をつかんだのに、頭皮で感じる痛みは本物だ。


「まさか髪色を……オベールの黄金を奪ったの?」


 醜い顔を歪ませて、魔女がニヤリと笑う。

 まさか、魔法で髪色を入れ替えるなんて。

 それが現実なのに受け入れがたいリュシエンヌは必死の形相で髪をつかみ、バサバサと揺らしながら金色が残っていないかを確かめる。

 そんなリュシエンヌを父と義母はあざ笑った。


「這いつくばって、無様ねぇ」

「無駄に高い自尊心を挫くにはこのくらいしないとな!」


 使用人の追随するような耳障りな笑い声が部屋に響く。

 つい今し方まで赤茶の髪はオデットのものだった。それが今は自分の頭の動きに合わせて揺れる。

 リュシエンヌの見た目は、今、完全にオデットのはずだ。

 そしてこの結果の行き着く先がどこかも、リュシエンヌは容易に想像がついた。リュシエンヌから視線を外すと、父はオデットに慈しむような眼差しを向ける。


「誕生日、おめでとう。今日からおまえがリュシエンヌだ」

「オデット――――いいえ、これからはリュシエンヌと呼ばなくては! あなたがオベール家を継ぐのよ、おめでとう!」

「ありがとう、お父様、お母様! 今までで一番素敵な誕生日プレゼントだわ!」


 意地悪く目を細めて、オデットはリュシエンヌを見下ろした。

 他人の不幸が贈り物なんて、何もかもが狂っている。

 リュシエンヌはあまりの衝撃に言葉が出なかった。頭上から、憐れむような老婆の声がする。

 

「かわいそうにねぇ、お嬢ちゃん」


 リュシエンヌがのろのろと顔を上げると魔女もまた、自分を見下ろしていた。


「残念だが、一度かけたらその魔法は解けない」

「嘘でしょう、嘘だって言ってよ」

「知らないのかい、魔女は本当のことしか言わないんだよ」


 迷いのない魔女の言葉が、リュシエンヌをさらに追い詰める。


「なぜ、こんな真似を」

「お金だ、高額の報酬を払ってくれるというからさ。だが私を恨むのは筋違いだよ。自分の運のなさを恨みな」


 醜い顔でニヤリと笑って、興味を失ったように老婆はゆっくりと扉に向かう。だが足が悪いらしく、長い絨毯の毛に足をもつれさせる。


 あ、転ぶ!

 

 とっさにそう思ったリュシエンヌは無意識のうちに手を伸ばした。

 リュシエンヌの手につかまった魔女は信じられないものを見たとばかりに言葉を失った。けれど次の瞬間、嫌そうな顔で強く手を振り払ったのだ。


「悪いことは言わないよ、そんな優しさは捨ててしまいな。優しさとは愚かさだ、弱さは害にしかならないんだよ。今のおまえさんのようにね」


 リュシエンヌは振り払われた手を引くと、胸元で強く握った。

 さすがにそう言われてまで、もう一度手を差し出す強さをリュシエンヌは持っていない。

 背を向けた魔女を扉の先に広がる闇が呑み込んで、乾いた音を立てながら閉まる。


「なんでこんなことに」


 下を向いたリュシエンヌが呆然とつぶやくと視線の先に父の靴先が見えた。


「おまえはこれからオデットとして生き、影のようにリュシエンヌを支えるのだ」

「いやよ!」


 それだけは嫌だ。死んだほうがマシだとさえ思うくらいに。

 だが父は、甘い言葉を毒のようにリュシエンヌへと注ぎ込む。


「自力では何もできない公爵令嬢が一人でどうやって生きていくのだ。せめてもの情けに、身分は公爵令嬢のままにしておいてやろう。感謝することだ」

「何てことを」

「これからは公爵家の情けで引き取られた娘として、分をわきまえるように。今までのような、無知でわがままな振る舞いは許さない」


 それはオデットがした振る舞いだ。

 顔を上げたリュシエンヌとオデットの視線があったとき、彼女は歪んだ笑みを浮かべる。意味深な微笑みにリュシエンヌはようやく真実に気がついた。


「わざと問題を起こしていたのね! 成り代わった後、わたしに罪をなすりつけるために。誰にも疑問を持たれることなくわたしを家に閉じ込めるために!」

「ようやく気がついたの? 賢そうな顔をして、意外と抜けているのね」


 リュシエンヌに成り代わったオデットが品のない笑い声を上げる。追随するように、父も義母も使用人の男も笑っていた。

 リュシエンヌは耳をふさいでいたけれど耐えきれなくて、なりふりかまわず叫んだ。


「なぜですか、何でここまで私を痛めつけるのです。私は悪いことなんてしていないのに!」


 すると父は、何をいまさらと言わんばかりの顔で吐き捨てた。


「決まっているだろう、おまえが憎いからだ。母もだが、娘もだ。正統なオベール家の血を引くからと、いつも偉そうに。娘だろうと愛せるわけがないじゃないか」

 

 青ざめたリュシエンヌを嘲笑すると、父はオデットの肩を引き寄せる。

 

「愛する娘は一人いれば十分だ」

 

 父の言葉が、リュシエンヌの心を深く傷つける。さらに勝ち誇った顔で、義母とオデットもリュシエンヌを追い詰めた。


「ええそうよ、愚かでわがままなままではかわいそうだもの。使用人達に厳しく指導してもらって、オデットにふさわしい振る舞いを覚えてもらわないとね!」

「生かしておいてあげるのよ。せいぜい役に立ってもらわないとね……さあ、オデットを連れて行きなさい!」

「かしこまりました」

「ちょっとやめて、痛いわ!」

「うるさい、躾のなっていない侍女には再教育が必要だな!」


 歪んだ使用人の笑みにリュシエンヌはゾッとした。

 先日と同じように乱暴な手つきで使用人に追い出されたリュシエンヌは扉の手前で振り向きざまに叫んだ。


「誰が何と言おうが、わたしがリュシエンヌよ!」

「本当に愚かだな、それを誰が信じる?」


 そう言い放った父の笑顔が、最後まで崩れることはなかった。


「ゆっくりと絶望を味わえばいい」


 嘲るような三人の笑い声が、扉越しでもリュシエンヌの耳に響いた。


 

新年を迎えて新しい作品をと思いました。下書きに眠っていたものを息抜きに手直ししたもので、いつもと傾向は違いますし、こういう作品はどういう評価になるのか気になるものでもあるので、お楽しみいただけるとうれしいです。

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