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第十話:活動


「――さま……、主さま! 起きて下さい!」


 ゆさゆさと俺の背中を揺するのは――銀色の髪の毛が滴る、紅の瞳を持った美少女の姿だった。


「なんだよヘル……俺はまだ眠いぞ」


「そんなことどうでもいいのです! 取り敢えず早く起きて下さい!」


 何だよいったい、機械のような少女がいつになく人間味の増した表情をしているではないか。


「あー、はい。分かった。分かったよ、今起きるから……」


 わしゃわしゃと髪の毛を掻きむしり、洗面所へと向かう。思ったより寝癖は付いていないな、などと急ぐ少女の手前に俺はのんびりと歯を磨いていた。


「主さま、今日から晴れて"學園魔導師"の一員になるわけですから、しっかりしましょう!」


「學園魔導師の一員……? なんだそれ、聞いてないぞ?」


「聞いてないも何も、魔導書を見れば書いてあるじゃないですか」


 ああ、そうか。魔導書ね、忘れてた。……やばいぞ、何も見てないんだが。


「主さまの事ですから、どうせ見てないと思い、私が確認しておきました。感謝して下さいね?」


「助かったな、流石は俺のヘルだ」


 ぽんぽんと優しく頭を叩いてやる。するとヘルは嬉しそうな顔をしたあと、ムッと表情を変えて。


「ちょっと主さま! 勘違いしないで下さい。主さまのヘルではなく、ヘルの主さまですので」


 ぷりぷりと怒り出した。そして俺はそのとき思う。いや、それ別に変わらなくね、と。


「大いに変わります! こういうところが大事なんですよ……全くこれだから主さまは……」


 などとブツブツ独り言を言っていたが、俺も割と時間を無意義に使ってしまった感はあった。


「そんなことよりヘル。急ぐんじゃなかったのか? あれから大分時間経っているぞ?」


 気が付けば時計の針は三十分を過ぎている。ヘルから聞いた限りでは、四十分に學園の体育館集合だと言っていたが……


「そ、そうでした……。主さま急ぎますよ! ここから体育館までは大した距離ではないので、走れば余裕で間に合います」


「了解。――そんじゃ、行くか!」


 そうして、俺たちは部屋の扉をぶち破る。凄まじい轟音が響き渡ったが、そんなの気にしてられない。どうせこの扉も俺たちが帰ってくる頃には綺麗さっぱり、何事もなかったかのように修復されているはずだから。


「主さま、どうかヘルに遅れを取らぬようお願いしますね?」


 最後の最期で、いやみったらしい台詞を……まあ、可愛いから許すのだが。それが俺のパートナーの愛い愛いしいところでもあった。











 八時三十九分。


 超絶ギリギリセーフのタイムラインを何とか潜り抜けた俺たちは、魔導書に記されている指示を頼りに"戦ノ獄"と書かれた列の最後尾に、俺は息を切らしながら座り込んでいた。


「はぁ……はぁ……おい、ヘル。ここから体育館は近いんじゃなかったのか、随分長いこと走らされていた気がするぞ……?」


 恨みをたっぷりと利かせた目で、隣にちょこんと座る少女を睨みつけた。


「それは気のせいです。現に私は主さまのように疲れているわけではありませんから」


 ああ、そうかいそうかい。そりゃあ悪かった。昨日眠らせてくれなかったのはどこの誰だったかな?


「主さま、女々しいですよ。男なら己がしでかした過ちを素直に認めるべきです」


「なんでだよッ!」


 と、大きな声を張り上げた――


『はぁ〜い! どうも皆さんおはようございます! この學園のアイドル兼學園長を務めさせて頂いてるベアトリーチェ様で〜す☆』


 刹那。会場の全員から「何言ってんだコイツ?」みたいな、冷めたい視線が女神の身体に突き刺さった。それは何重、何倍にも膨れ上がり女神の心はズタボロに崩れ落ちる。


 だがしかし、腐っても女神だ。そんな一介の魔導師たちによるマインドブレイク何てものは通用しているようで、していない。ゆえに、彼女の心は再び慈愛の力によって復活を遂げてしまう。


『はいはい、皆さん冗談ですよ〜? 本気にしないで下さいね〜? 私だって自分の年齢と見た目がどんな物なのかくらい理解してますので……』


 あれ? 今の精神攻撃、割と効いてる……?


『まあ、いいです。それよりも、皆さんには伝えないといけないことがありましたので、急遽この場所に集まってもらいました』


 何だこの謎の罪悪感は、酷くいたたまれない気持ちになってくる。緊張をほぐすために、慣れないことをした女神の気持ちを汲み取ってやれない自分自身が恥ずかしいと思って――


「主さま、落ち着いて下さい。今の貴方さまは、見事にあの淫乱年増BBAの型に嵌っておりますゆえ。今一度自分自身という人間を思い出してください」


 そう言われて気付かされた。


 俺はいったい何て馬鹿げたことに対して心を痛めていたのだろうかと――


「……ありがとう、助かった。……あのままだと完全に呑まれてたかもな」


 再び俺は意識をヘルに向ける。


 あの女神さまも確かに美人で可愛いらしい。だがしかし、俺にはヘルヘイムといった最高の相棒がいるんだ。


 それゆえに、今ならヘルが言った"自分自身を思い出して"と言う意味も理解できる。


『それはあなた方、魔導師達の適性クラスです。手持ちの魔導書を見て頂ければ、自分がどこのクラス所属なのか分かると思います。だがしかし、魔導師入門のあなた達では根本的なところは理解できないはずですので……』


 確かにそれはそうだろう。突然あなたは、クラス――"戦'と書かれた場所に行って下さいと言われたところで「……は?」ってなるに違いない。


 全く期待してはいなかったこの學園のトップが直々に説明してくれるというなら、それはとてもありがたいことだった。普通と違う世界を生き抜くためには、まず最初に情報という二文字が全てのカギを握っているはずだから。


『この學園のクラスは全部で七組あり。――義、知、慈、和、戦、闇、光。と己が持つ特性を最大限に考慮した上でのクラス編成を行っております』


 辺りを見渡し、それぞれ何か特有の雰囲気を纏っているのが嫌でも理解できた。ある者は哀愁を漂わせ、またある者は光を求めて……


 そこである違和感に気付いた。


 よく見ると、()()()()()がいくつもあるではないか。それはあのとき、血だらけの屋上で笑いあった親友の姿――




「永嗣……?」




 いいや、それだけではない。数ある星の下に、柊狩羅の幼馴染と生まれてきてしまった少女の姿や、完璧超人と言っても過言ではないあの生徒会長だって――




「何で、柚希と静乃までがここにいるんだよ……」




 この場所には存在していた。




 いったい何で、どうして――?




 思い返されるのは()()()()()


 そういえばあのとき、卒業式前日に永嗣が言っていた言葉が脳裏を過ぎった。




 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。




 心の中であの女神に対して、愚痴を溢す。だがそれと同時に、よくやってくれたと感謝の気持ちも溢れていた。


「主さま、どうかしましたか?」


 わなわなと震える俺の手を優しく握ってくれる少女。


「……大丈夫。何でもない、ただちょっと興奮で身が震えただけさ」


「……? よく分かりませんが、主さまが大丈夫ならよかったです。――取りあえず今は、あの年増の言葉に耳を傾けるとしましょうか」


 辛辣な言葉を並べるヘルに便乗し、俺は視線を女神に移した。


『一クラスの人数は五人から十名と少数人で分けられております。他クラスに入ることや、クラス間での決闘は全て容認されますので、思う存分ヤッてくれちゃっても構いません。


 その瞬間、學園の自己修復プログラムが展開し、破壊された教室や物品は何事もなく元通りになりますから周りの目を気にせず好き勝手に暴れても全く問題ありませんよ?』


 まるで混沌としたルールだな。やはり、この學園は頭が悪い。だがそれ以上に頭の悪い奴がゴロゴロと転がっているのが今ここにいる魔導師達全員。


『というか、基本この學園で何をしてもオッケーです。喧嘩や乱交、そして殺し合いまで――何が何でも容認され、異議を唱えるなら己の力を証明して下さい。この學園では勝った方が正義で、負けた方が悪なのですから……』


 ニヤリと女神の口角が不気味に歪んだのを俺は見逃さなかった。あの慈愛を具現化させたような神さまでも、心は酷く穢れている。それが生物として、生まれたからには逃れられぬ運命。


『それでは、皆さん! この學園のルールを一通り理解してくれましたでしょうか? まあ分からない人はそこがあなたの限界というわけで――次の時間は、入学試験。


 もとい、魔導師としての〝格〟を上げる試練を用意しておりますので……どうか皆さん、死なないように精々頑張って下さいね――?』


 にっこりと輝かしい笑みを浮かべた直後、足元には蒼白い魔法陣がいくつも展開された。そして女神は変わらぬ笑顔のまま人差し指を振り下ろすと――


『ではでは、またお会いできる日を楽しみにしています』


 視界は真っ白に染まった。


 何も見えない、見ることさえ叶わない。だがそれでも、手のひらに残る温かい感触は消えず、俺たちは真っ白な光に包まれ――


「主さま、ヘルの手を決して離さないように……」


 相棒の凛とした声が耳に届いた瞬間、俺の意識は遥か彼方に飛ばされた。

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