77話 回想:再構成/覚悟
「おつかれ」
「おつかれさまです」
送ってもらって家の前でおろしてもらう。
別れ際の短いやりとりを終えて玄関をくぐっていく。
二カ所のヨドミを巡り、それらを破壊する事は出来た。
しかし、それで全部が片付いたわけでもない。
カズヤにとっては何も終わってない。
むしろ問題があらためて剥き出しになった。
(どうすんだよ)
弟との母の事。
どうすれば良いのかわからない。
ヨドミを壊しても、弟の交友関係が無くなるわけでもない。
母の不倫関係が消えるわけでもない。
いや、それらすらも消えるのかもしれないが、どうなるかは全く分からない。
二人はカズヤがそれらを知ってるとは思ってないかもしれない。
ならば二人の態度が今後変わる事はないだろう。
カズヤはそうはいかない。
相手がどういう状態であれ、知ってしまってるのだから無視は出来ない。
こんな時にどうすれば良いのかと思うも解決柵は見いだせない。
中学一年生、十三歳には荷が重すぎる。
それでも、家から逃げるわけにはいかない。
戸を開けて中に入る。
親の帰りが遅い事もあって、鍵は常に持ち歩いていた。
それが今は役に立っている。
だが、鍵よりも気持ちが中に入る事を遮っていた。
自分の家なのにどこよりも入りにくい場所に思えた。
中はいつもと変わらない調子……ではなかった。
どこが、とは言えないが前より更にこざっぱりしてるように思えた。
(あれ?)
大きな違いがあるわけではない。
構造は同じだ。
しかし、小さな違いがそこかしこにあり、それが全体の印象を変えている。
(なんだろう……)
どこが、というのは難しいが、掃除が行き届いてるというか、物が更に上手くまとまってるというか。
とにかく家の中がすっきりとしていた。
どうしたんだと思いつつ台所へと向かう。
さして大きくもない家の中心であり、ここに家族が集まるのが当たり前になっている。
そこでカズヤは変化がどのようにあらわれたかを目にする事になった。
「あら、おかえり」
母が迎えてくれた。
その事が異常だった。
カズヤの調子が悪くなった頃から母がこの時間に家にいる事は少なくなっていった。
普段ならパートに行ってるはずだった。
と、そこまで考えた時に頭の中に記憶が浮かび上がってきた。
(あ……)
変化した状況に対応する為の、記憶の注入。
それによる新しい記憶が現状を説明してくれる。
新たになったこの状況において、母がここにいるのはおかしな事では無い。
パートには行ってるが、勤務日数も時間もそれほど多くはない。
以前はほとんど毎日出勤し、夜も結構遅い時間まで働いていた。
しかし、変わった今はそうではない。
出勤日数は週に二日か三日。
忙しいときは頼まれてもっと出勤する事もあるが、通常はこれくらいである。
一回の勤務時間もそれほど長くはならない。
これも忙しい時は延びる事があるが、それほど遅くない時間に上がってこれるようになっている。
そもそもの労働時間が、一日に数時間程度である。
以前のように、一日八時間といった事はない。
そして、新たな記憶によれば、この日は勤務日ではない。
母が家にいるのは当たり前である。
「どうしたの、遅かったわね」
不思議そうに見る母に、カズヤは少しばかり慌てていく。
いないのが当然だったから、こんな事を言われるのに慣れてない。
「ああ、ちょっとね」
とりあえず誤魔化そうと思うが、上手く言葉が出てこない。
「あの、ちょっと部活でも始めてみようかって思って。
それであちこち見学してるんだ」
そんな事を口走る始末である。
「この時期に?」
母もさすがに訝しんでいる。
入学直後でも何でもない、もう寒い時期である。
何で今から始めるのか、と疑問に思われても仕方ない。
「いや、さすがに何もやらないのもどうかなって思って。
遅くなったけど、何かやってみよかなって」
「ならいいけど。
でも、今から入って大丈夫なの?」
「どうかな。
でも、レギュラーとか選手とか、そういうの目指してるわけじゃないし。
何でもいいからやってみようと思っただけだから。
今はその見学中」
苦し紛れの言い訳もいいところである。
こんなの誰が信じるのだろう、と疑うレベルだ。
だが母は、
「そう。
なら頑張ってみなさい」
と息子の言葉を信じたようだった。
「うん、決まったらね」
そう行ってカズヤは台所から出て行こうとする。
「ご飯どうするの?」
その言葉にきびすを返した。
(どうなってるん……って、こうなってんのか)
遅くなった夕食をとりながら、新しくなってる情報を確かめていく。
母だけでなく弟や妹、家庭内の事も少し変わっていた。
弟の帰宅時間は遅い。
ただし、それは悪い友人とつるんでるからではなく、塾や習い事の為だった。
妹は帰宅してからは一人でいる事が多い、そういった日は減少している。
父が忙しいのは変わってないが、それでも母が仕事を増やさねばならない程ではない。
弟が習い事に行く事が出来てる事からも伺える。
以前はそんな余裕もなかったはずだった。
(それに……)
母の見た目も幾分変わっていた。
前は、疲れたような顔をしていて表情もなかった。
むくんでるというか、どこか辛さがにじみ出ていた。
今はそれがない。
前よりも穏和で表情も生き生きとしている。
それが家の中にもあらわれてるのだろう。
仕事に費やしていた時間と労力を家の中に用いてる。
こざっぱりしてるのはその為だと思えた。
(じゃあ、あれも……)
母の職場で見た、他の男と交わってる場面。
あれも無かった事になってるのかもしれない。
いや、そもそも存在しないのだから、無かった事というのもおかしい。
それでは、『あった事を誤魔化してる』ことになるのだから。
存在しないのなら、誤魔化す必要も無い。
出来ればそれらが消え去っていて欲しかった。
弟の非行も。
それらが無かった、発生してもいなかったというならその方が良い。
起こってしまっているよりはずっとマシである。
吉事ならともかく凶事に存在する意義や意味があるとは思えなかった。
「あ、そうだ」
思い出したように見せられるよう努力して振り返る。
「社会科で、親の仕事について調べる事になったんだ。
父さんの仕事について知っておきたいんだけど、何かあるかな?」
嘘である。
調べて起きたいのは本当だったが、学校とは関係がない。
化け物関連の方で、父親の方も調べておきたいと言われていたからだ。
何となく尋ねそびれていたのを思い出す事が出来た。
家族に起こった変化と父親の事を関連づけていったからだろうか。
タイミングが良かったのかもしれない。
「へえ、最近はそういう事もやるのね」
特に不思議がったりはせずに母も、「そうねえ」と言って二階へと向かう。
「確か名刺があったと思うけど……」
とりあえず仕事に関係しそうなものを、という事なのだろう。
それだけで父親の仕事について何かが分かるわけではないが。
あれば確かにきっかけにはなりそうだった。
(これで、また何か変わるのかな)
母には変化があった。
まだ直接会ってはいないが、弟にだって違いは出ている。
頭の中にある、体験した事のない記憶がそれを伝えてきている。
父にもそれが起こるなら、それはそれで歓迎したかった。
少なくとも、前よりは良い状況になるなら躊躇う理由はない。
部屋で父の道具を探る母の後ろ姿を見ながら、次を考えていく。
化け物によってもたらされてた(と思われる)今までの延長なぞ、願い下げだった。
続きは明日の17:00予定。
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