25. パーティー崩壊
負傷したボルクスに応急手当てを施すと、リドレック達はベッドごと通路へと運び出した。
「これで良し」
反重力ユニットで浮遊するベッドを通路の中央にセットすると、満足そうにヤンセンはうなずいた。
「プログラムを設定は終わったぞ。通路に仕込まれたガイドシステムが出口まで運んでくれる」
ゆっくりとベッドが動き出すと、横たわった姿勢のままボルクスが手を挙げる。
「じゃあな、リドレック。後は任せた」
「ええ、ボルクスさんもお達者で」
ベッドは徐々に加速し、通路の先へと消えて行った。
搬送されてゆくボルクスを見送ると、リドレックは後ろに控えていた仲間たちを振り返る。
「よし。みんな聞いてくれ!」
リドレックの掛け声にメンバーが集合する。
メンバーの中には一時、戦列を離れていたミナリエとラルクに加え、ナランディの姿もあった。
「これから、撤収準備を行う!」
「なんだって?」
「《廃兵院》の負傷者達の搬出作業を行うんだ。ナランディさんと協力して、《パンドラ・ボックス》の外へと運び出してくれ」
リドレックの下した命令に、パーティーのメンバー達は一様に不満の声をあげる。
「じゃあ、迷宮攻略戦はどうするんだ?」
メンバーを代表して、ライゼが訊ねる。
「ここまで来てあきらめるっていうのか? ゴールまであと一歩なんだぞ?」
「最奥には僕一人で行く」
「何だって?」
「迷宮の最奥部には僕だけで行く。搬出作業終了後、みんなも《パンドラ・ボックス》から撤収してくれ。表にはエルメラ寮長たちが居るはずだから、拾ってもらえるはずだ」
そう言うと、踵を返して通路の奥へと歩いてゆく。
一人で最奥に向かうリドレックを、ライゼが慌てて引き止める。
「おい、待てよ! リドレック。いくらなんでもそりゃないだろう?」
「はっきり言って、邪魔なんだよ!」
苛立ちも露わにリドレックは叫ぶ。
その激しい剣幕に、ライゼは一瞬ひるんだ。
「お、おい。なんだよ、リドレック? 何、怒ってんだ、お前?」
「みんな勝手な事ばかりして、僕の言う事、ちっとも聞かないじゃないか! みんなして足を引っ張りやがって! 」
「そういう言い方は無いだろう!? みんな一生懸命やっているんだ。お前はリーダーなんだぞ? パーティーの和を乱すような事を……」
「そう言うあんたが、率先してパーティーの和を乱しているんじゃないか、ライゼさん!」
「何のことだ?」
「とぼけないでください。資料館から何か持ち出していたでしょう? そのバックパックの中にある物はなんですか?」
「……気が付いていたのか
ばつの悪い顔をすると、背負っていたバックパックを下ろした。
中から取り出した物は、資料館の陳列棚にあった、錬光石で出来た石板であった。
「何ですか、それは?」
「《四大公の銘板》だ。四公時代初期に作られたもので、皇帝への変わらぬ忠誠を誓った銘文が刻まれている」
「今更そんな物を手に入れてどうするんです? まさか本当に、故買屋に売り飛ばすつもりじゃないでしょうね?」
「確かに、四公時代が終わった今、意味のない品物だ。しかし、ハスラム公国にとっては重要な物なんだ。現在の公王陛下は親帝国派だが、次の公王が今の外交政策を踏襲するとは限らない」
「……長くないのですか?」
ハスラム公国公王は高齢であり、長い間病床に臥せっているという話はリドレックも聞いていた。
「ああ。公王陛下が亡くなれば、後継者争いが起きるだろう。そうなれば現在の親帝国路線から、国の方針が変わることになるかもしれん。その時に備え、《四大公の銘板》が必要なんだ」
「それで、ハスラム公国から依頼されて動いていたという訳ですか――サイベル。お前、管制室で何をしていた?」
「何をって、俺は何もしてねぇよ?」
「嘘つけ。地図データを探す振りして、何か他のデータを引き出そうとしていただろう? そのせいで警報が起動したんだろうが。《玻璃人形》に守らせるほどのデータ何だから、余程の物なんだろう。一体、何のデータを引き出そうとしていたんだ?」
厳しく問い詰めると、ようやく観念したのかサイベルはポケットから錬光石を取り出した。
データ記録用の錬光石を受け取ると、すぐさま起動。
ホロモニターを投影した。
「何かの出納帳みたいだな?」
「《エミエール・ファイル》だよ」
モニターに映る人名録を指し、サイベルが言った。
「エミエールって、ゼリエスがぶっ殺した、あの交易商人の?」
「そうだよ。交易同盟、スベイレン支部長のセイア・エミエールだ。奴がガフ総督と組んで、密貿易をやっていたのは知っているだろう? その取引の関係者の情報が入っている。このファイルが公開されたら、交易同盟は大スキャンダルに晒される」
「それでマクサンさんの差し金で、こいつを回収するように命じられたというわけか――それで、ラルク。お前の目的はその剣か?」
「……《紫電の大剣》だ」
ドラゴンの部屋から持ち出した光子武器を掲げて見せた。
「使用錬光石22個。ブレード色はシアンブルー。所有者はアメリシアの大酋長、ジョリャエンテリイス・サンダーフィールドだ」
「いくら業物とは言え、ただの光子武器だろう? イシュー家の財力なら、金を出せば買えるはずだ。ドラゴン相手に命をかけて戦うほどの価値があるとは思えないが?」
「問題はこの剣の持ち主だ。ジョリャエンテリイスは、アメリシア東部一帯を支配する大酋長だった。この剣を手に入れるということは、その広大な土地を手に入れると言うことだ」
その土地を支配しているランディアンを討伐した者が、土地の所有権を有する。
それが地上遠征軍の不文律であった。
大酋長の遺品であるこの剣は、言うなれば土地の所有権を主張する証明書であった。
「以前、お前に話したことがあるだろう? 近々、元老院が地上に拠点を移す予定だと」
「ああ、そんな話を聞いた事があるな」
「元老院議会は発言力を強めることが出来る。アメリシアの広大な領地を拠点にすることが出来れば、」
「ようするに、政治がらみという訳か――それで、ミナリエはナランディさんの救出が目的だったんだな?」
「ああ。黙っていてすまなかった」
申し訳なさそうにミナリエが頷く。
「そして、ヤンセンさん。あなたの目的は、さっき話していた《ビッグ・アイ》とか言うやつですか?」
「まあ、そういうことだ。校長に泣きつかれてな、やむを得ず……」
きまり悪そうに、ヤンセンは頭を掻く。
「みんな、それぞれ目的をもって《パンドラ・ボックス》にやってきた。そしてその目的を果たすために、それぞれが勝手に行動していたわけだ。これではパーティーとして機能しない――ここまでだ」
「ちょっと待て! リドレック!!」
パーティーの解散を宣言するリドレックを、ライゼが引き止める。
「悪かったよ、反省している。だからへそ曲げないでさ、最後まで一緒にやろうぜ」
「今更遅いですよ。僕はもう、みんなを信用することができない。これ以上、みんなと行動を共にすることはできません」
「しかしそれでも、お前は俺達の事を信じなければならない」
押し問答を続ける二人に、ヤンセンが加勢する。
「ゴールにたどり着くには《ビッグ・アイ》を倒さなければならない。さっきのボルクスの姿を見ただろう。お前一人で倒すことは無理だ。ここに居る全員の協力が必要だ。そのためには、リーダーであるお前が皆に信用されなければならない」
今日のヤンセンは珍しく饒舌であった。
理路整然とした口ぶりで、リドレックを説得にかかる。
「隠し事をしているのはお前も同様だろう? お前は迷宮の最奥にたどり着くことに固執していた。そこに、お前が求める者があるのだろう? いったい何があるんだ? 話せよ。そうでないと、俺達もお前を信用することが出来ない。信用には、信頼でもって応えるべきだ」
問いかけるヤンセンに、
しばしの沈黙の後、重い口を開く。
「神を信じるか?」
「なんだと?」
「神を信じるか? 我ら人類の救いの御子。いと高き天空のいずこから、今も我らを見守って下さる――神の存在を信じるか?」
詠うように、リドレックは仲間たちに向けて語り掛ける。
「信用だの、信頼だの、人間の口にすることなど当てにはならない。この世に唯一確かなものがあるとすれば、神の存在のみだ――神を信じる者のみが、最奥に眠る秘宝を手にすることが出来る」




