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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅢ. 神の迷宮】
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24. ナランディ・ジセロ

 ナランディ・ジセロ。

 元、赤牛騎士団寮所属。

 在学時は闘技会において年間女子最優秀選手賞を獲得したこともある名選手であった。

 また、恋多き女としても知られ、スベイレンに集う数多くの騎士学生達たちと浮名を流したことでも有名である。


「あんまり、じろじろ見ないでおくれよ。照れるじゃないか」


 桃兎騎士団一同が見つめる中、異形の人物が口を開く。

 その艶のある声と気風の良い話し方は、まさしくナランディの物であった。

 それでもまだ、目の前の人物がナランディだと信じることが出来なかったのだろう。

 疑惑の視線と共に、ラルクが訊ねる。


「本当に、ナランディ先輩なんですか?」

「スケコマシのラルク様でも気がつかないってかい? 自慢の美貌もすっかり衰えちまったようだね。まあ、こんなナリじゃ無理もないか」

 

 病院服の胸元に手をやり、くつくつと笑う。

 包帯の隙間から響く笑い声は、より一層不気味に聞こえた。


「一体何で、ここに?」


 ライゼが訊ねる。

 こういう時に、ライゼの無神経さが効果を発揮する。

 気後れする皆に代わって、率直に疑問を口にした。


「そもそも、あんたは去年卒業したはずだろう? 本国の騎士団に仕官が決まったって話じゃなかったのか?」

「まあ、長い話さね」


 深くため息をついて、ナランディは経緯を語り始めた。


「そこの旦那の言う通り、この学校を卒業したアタシはアグリアス王国の騎士団に仕官したのさ。そして、十字軍の一員として地上に派遣されたのさ」


 アグリアス王国は帝国内に於いて最大の軍事国家である。

 十字軍にも初期から参加しており、地上に広大な領地を所有している。


「派遣先はイウロヒアのアグリアス王国領。主な仕事は領内の警備と巡回。まあ、基本的にやる事なんて無かったんだけどね。地上産の旨い飯と酒に囲まれながら、退屈な任務をこなしていった。あの日、奴と出くわすまでは……」

「奴?」

「ジャシャルゥシス・ブラックフォレストさ」

「ジャジャ……、何だって?」

「ジャシャルゥシス・ブラックフォレストです」


 舌を咬みそうな名前に戸惑うライゼに、リドレックが答える。


「黒き森の支配者。百の毒を操り、八つの開拓村を壊滅に追いやり、数多くの騎士達を屠ったランディアンの大酋長です」

「〈毒蛇の大槍〉の持ち主か?」


 来歴を訊いて気が付いたのか、ヤンセンが口を挟む。


「そう言う事さ。パトロール中に出くわしてね。この怪我は〈毒蛇の大槍〉にやられたのさ。辛うじて一命は取り留めたアタシは、《パンドラ・ボックス》内にある廃兵院に放り込まれたってわけさ。人体実験のサンプルとしてね」

「人体実験?」

「毒に冒された今のあたしは歩く生物兵器さ。新薬を開発するため、あるいは兵器として利用するため、生体サンプルとして生かされているのさ」

「……先輩。よく、御無事で」


 あまりにもひどい仕打ちに、ミナリエは声を詰まらせる。


「先輩が地上で行方不明になったと聞いて、ずっと探していたんですよ。マラボワ先生から廃兵院のことを訊いて、良く御無事で……」

「それもこれも、リドレックのおかげさ」


 涙を流し嗚咽するミナリエを宥めつつ、ナランディはリドレックを振り返る。


「敵を討ってくれたそうだね、リドレック。あんたが蛇酋長を倒して〈毒蛇の大槍〉を手に入れてくれたおかげで、毒を分析することができた。解毒剤のデータは光子力通信網を通じて受け取ったよ。ここにあるありあわせの設備で解毒剤を調合して、何とか動けるようになったのは最近の事。そこで、迷宮攻略戦が始まったってわけさ」

「それで、せめてもの恩返しと思ってぼく達、桃兎騎士団の影ながらバックアップしてくれていたってわけですか? 義理堅いですね」

「別に恩返しってわけじゃないさ。ミナリエは後輩だし、イケメンが殺されそうになっているのに黙っているわけにはいかないさ」

「じゃあ、リドレック。お前は全部、知っていたのか?」


 涙をぬぐいつつ、ミナリエはリドレックに訊ねる。


「ナランディさんが《廃兵院》送りになったって、何処で知ったんだ?」

「そりゃマラボワ婆さんに決まってるだろう? ミナリエよりも付き合いが長いからな」

「ナランディさんが後をつけていた事もか?」


 咎めるような調子で、今度はラルクが訊ねる。


「ああ。管制室の前あたりから。ミナリエが落とし穴に落ちた時も、ナランディさんが助けに走ったのは気配でわかったからな」

「何で教えてくれなかったんだよ!?」

「っていうか、お前らは何で気が付かなかったんだよ?」

『…………え?』

「隊列組んだ時、周囲を警戒するように言っておいただろうが? 《生命感知ライフセンサー》を使えば一発で感知できたはずだぞ?」

「いや、だって……」

「俺、《生命感知ライフセンサー》使えないし……」


 感知系錬光技は扱いが非常に難しい。

 精度を上げ過ぎると余計なノイズを拾ってしまうし、下げ過ぎてしまうと意味が無い。

 ましてや、気配だけで個人を特定するなど、出来るはずがない。


 しどろもどろに言い訳する二人に、さらにナランディが言い募る。


「そうだよ、ミナリエ。あんたに知らせようと思って気配を飛ばしたのに、気が付いてくれなかったじゃないか。イケメンなんか正面から顔合わせていても、『あんた、誰?』だもん。正直、傷付いたよ」

『…………』

 

 包帯で顔が分からなかったとはいえ、かなり失礼な話であった。

 恥ずかしそうな顔で沈黙する二人に、ナランディは話を切り上げる。


「さて、アタシの事はこの辺にしておこうか。リドレック、こっちに来てくれ。もう一人、診てもらいたい奴がいるのさ」


 ナランディの案内で、桃兎騎士団の一行は別室へと移動する。

 治療施設のすぐ隣は病室になっていた。

《廃兵院》の目的を考えれば、病室と言うよりも隔離施設と呼ぶべきか。

 仰々しい気密扉を開け、病室の中に入るナランディの背中を追いかけながら、リドレックが訊ねる。


「まだ怪我人が居るんですか?」

「ああ。多分、あんたの知り合いだよ」


 部屋の中には、横一列にベッドが並んでいた。

 その内の一つに、リドレックの知り合いを見つけた。


「……おぉ、兄弟」

「ボルクスさん!」


 リドレックの姿を見るなり、弱々しい声を上げたのはボルクス・チァリーニであった。

 傷だらけの姿でベッドに横たわる彼の元に、慌てて駆け寄る。

 

「どうしたんですか、この怪我は?」

「どうもこうも、ご覧のとおりよ。最奥に一番乗りしたまでは良かったのだが、最後の最後で化け物と出くわしたのよ」

「化け物?」

「ああ、まさに化け物だ。戦うどころの騒ぎじゃない。逃げ出すので精いっぱいだった」


 ボルクスの話を聞きながらも怪我の具合を診る。

 右半身に三度の熱傷。

 左下腕部に剥離骨折。

 その他、裂傷、打撲が多数。


 それらの怪我はどれも治療済みであった。

 錬光教会に所属するボルクスは、初歩的な医療技術と治療系の錬光技を身に着けている。

 この程度の怪我ならば、自分で治療できる。

《痛覚遮断》も使用しているので、苦痛も無いはずだ。


 とりあえず命に別条がない事を確認し、あらためてボルクスに訊ねる。


「それで、ボルクスさんを痛めつけたのはどんな奴なんです?」

「どんな奴と言われてもなぁ。化け物としか言いようがないな。こう、大っかくって、丸こくって、目玉の親玉みたいな……」

「直径三フィートの球体。反重力で浮遊。中央部に錬光石を内蔵した無人機動兵器か?」


 要領を得ないたどたどしい説明に、突如、ヤンセンが口を挟んだ。


「……ああ、そんな感じだ」

「間違いない《ビッグ・アイ》だ」

「心当たりがあるんですか?」

「ああ。スベイレン開発部が作り上げた無人機動兵器だ。よりにもよって、最後の障害とは……」


 深刻な様子で呻くヤンセンは一先ず置いといて、再びボルクスに向き合う。


「他の白羊騎士団のメンバーはどうしたんですか?」

「逃げたよ。俺が囮になって逃がしたんだ。今頃は《パンドラ・ボックス》の外に居るはずだ――ちょっと、こっちへ」


 手招きするボルクスに、リドレックは顔を近づける。

 ここから先は、錬光教の信者同志の話だ。

 他の皆に聞かれないように、声を潜める。


「……行くのか?」

「当然でしょう。ここまで来て諦めるもんですか」

「後は任せたぞ。急げよ。俺達がしくじったことは、異端審問会にも知られているはずだ。奴らが動き出す前に《聖遺物》を手にするんだ」

「……はい」


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