22. 廃兵院
ドラゴンの部屋を出た桃兎騎士団のパーティーは、再び迷宮探索に取り掛かった。
迷宮の最奥へと続く道を、黙々と進む。
誰も、ラルクの事は口にしない。
戻って救出しようなどと言い出す者も居ない。
ドラゴンの恐ろしさは、この場に居る皆が思い知らされたばかりだ。
時間的にも戦力的にも、無駄話をしている余裕はない。
メンバーを二人欠いたパーティーは単純計算で戦闘力が六分の二、低下したことになる。
四人ではまともに隊列を組むことすらできない。
こうなると、パーティー内の役割分担などというものは存在しなくなる。
全員で周囲を警戒し、戦闘になれば全員で戦わなければならない。
幸いなことに、探索は順調に進んだ。
通路に仕掛けられたトラップは全て解除されており、扉にも鍵はかかっていない。
通路の途中でいくつもの、奇形生物の死体や破壊された機械人形のなどが転がっていた。
おそらく、先行したパーティーが片付けてくれたのだろう。
安全なのは助かるが、それは先行したパーティーに大きく後れを取っていることを意味していた。
焦燥に駆られつつ、迷宮の最奥に向けて進撃を続ける途中、桃兎騎士団の一行は迷宮の一室へと足を踏み入れる。
部屋の中央を貫く一本道。
その両脇に医療用ポッドがずらりと並んでいた。
「何だここは?」
医療用ポッドは、著しく肉体を損傷した重篤患者を治療する装置である。
細胞活性剤に満たされた水槽の中には、酸素マスクをつけた患者が眠っていた。
四肢の無い者。
全身を焼け爛れた皮膚に覆われた者。
様々な重傷患者たちが並んでいる姿に、パーティー一同は言葉を失う。
負傷者など闘技大会で見慣れているが、これ程の重体、それもこれだけの数となるとさすがに圧倒される。
「生きてはいるみたいだな、一応」
ヤンセンがポッドに取り付けられた生命維持装置を確認する。
「しかしこれ程の怪我となると、医療用ポッドでの再生は無理だろう。死ぬのは時間の問題だな」
「一体何なんだ、ここは? 病院では無いみたいだが……」
「《廃兵院》ですよ」
不気味な光景に戦慄を覚えるライゼに、声をかけるのはリドレックが呟く。
「《廃兵院》?」
「回復の見込みのない負傷兵を隔離しておく施設ですよ。こんな姿を人目にさらすわけには行きませんからね。十字軍の士気にかかわりますから。まともな治療なんて行わず、死ぬまでここに放り込んでおくんです」
「ひでぇ……」
華々しい十字軍の活躍に隠れた、悲惨な戦場の狂気に、サイベルが絶句する。
医療用ポッドが立ち並ぶ通路を抜けると、やがて治療施設と思しき場所にたどり着く。
《廃兵院》とは言え、一応の治療設備は整えているらしい。
診察台に薬棚。
業務用のメディカルアナライザーといった、医療機器が散乱している。
「……誰か居る」
リドレックが抜剣すると、ライゼとサイベルの二人もそれに倣う。
ヤンセンも背後から錬光技で援護できるように準備する。
すでに二人も失った状況である。
ヤンセンも戦闘に加わらなければならない。
部屋の奥。
カーテンで仕切られた一角を指さす。
「痛たたたたたたたたたたたたたたたたたっ!」
カーテンの向こうから悲鳴が聞こえてきた。
眩い輝きに照らされ、カーテンをスクリーンにして、影絵のように人影が浮かび上がる。
「痛い! 痛いよ! ミナリエ!」
「だから、動くなと言っているだろうが! ラルク!」
「治療する気あんのかお前!? 安楽死させるつもりじゃねぇだろうな?」
「おとなしくしていろ! 今、麻酔を打ってやるから。……と、これかな? シアン化カリウムって書いてあ……」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
絶叫と共に、リドレックは飛び出した。
注射器を構える人影をかき消すようにカーテンを突き破ると、そこに居たのはミナリエだった。
「あ、リドレック?」
突如、姿を現したリドレックに、間抜けな声をあげる。
落とし穴に消えた彼女と別れて小一時間、感動もへったくれもない再会であった。
「あ、じゃないだろ! あ、じゃ!? 何やってんだお前!」
取り返しのつかないことになる前に、ミナリエの手の中から青酸カリの入った小瓶を取り上げた。
「良く知りもしない薬を注射するな!」
「だって、なんだかよく眠れそうな名前のようだったから。つい……」
「永眠しちまうわ! 二度と目を覚まさんわ! ……ったく。おいラルク、大丈夫か?」
「……ああ、今のところは」
蒼ざめた顔でラルクは手術台に寝かされていた。
ドラゴンにやられた、怪我なのだろう。
引き裂かれたアンダースーツから、だくだくと血が流れている。
ミナリエを押しのけると、リドレックは早速手当に取り掛かかった。
手術台に取り付けてあるメディアカルアナライザーで病状を確認。
次に、ずたずたに引き裂かれた光子甲冑のアンダースーツを脱がせ、けがの程度を診る。
腹部の怪我は、光子甲冑のおかげでそれ程深くは無い。
内臓に目立った損傷は無く、骨にも異常はない。
「大丈夫だ。この程度の怪我なら、死ぬようなことは無い」
「そうか、そいつは良かった。なら早いとこ治療してくれ、リド。死ぬほど痛ぇ」
気休めだと思ったのだろう、ラルクは弱々しい声をあげる。
薬棚から今度は本物の麻酔薬を取り出し注射すると、ようやくラルクは落ち着いた。
おとなしくなったラルクに、本格的な治療を始める。
止血した後、細胞活性剤を傷口に塗り付ける。
「しかし、お前ら何でここに居るんだ?」
てきぱきと治療を続けるリドレックの隣から、ミナリエとラルクに向かってライゼが訊ねる。
「落とし穴に落ちたはずじゃなかったか、ミナリエ? 良く生きていたな」
「そこに居る人に、助けてもらったんです」
言われて、部屋の隅を振り向く。
気配を消していたので気が付かなかったが、そこに全身に包帯を巻きつけた異形の人物が佇んでいた。
「なっ!」
あからさまに怪しい出で立ちに、ライゼは素早く反応する。
剣帯に手を伸ばすライゼを、ミナリエが慌てて止めに入る。
「待ってください、ライゼさん! この人は命の恩人なんです!!」
「恩人?」
「よく覚えてないけど、落とし穴から外に放り出される寸前に助けてもらったみたいなんです」
「俺もその人に救ってもらったんだ」
ミナリエの後を、寝台に横たわったままのラルクが続く。
「ドラゴンに噛み殺され寸前で助けてもらった。すごかったぜ。一撃で、それも素手でドラゴンを仕留めたんだ」
そう言うと、右手に持った光子武器を掲げた。
青地に白の文様。ドラゴンの部屋で見た両手剣だ。
後生大事に怪我をしてなお手放そうとしなかった。
「ドラゴンを倒した後、排気ダクトを移動してここまで連れて来てくれたんだ。ここでミナリエと再会して――危うく安楽死させられそうになった所に、みんながやって来たっていう訳さ」
「何だその言い草は! 治療してやろうと思ったのに!」
言い争いを始めるミナリエとラルクに、とりあえず事情は呑み込めた。
仲間達の命を救ってくれた恩人だと言う事は分かったが、それでも警戒心はぬぐえない。
「……あんた、一体何者だ?」
「…………」
問いかけるが、異形の人物は答えない。
黙ったまま、疑惑の眼差しを正面から受け止める
沈黙を破ったのは、リドレックだった。
治療の手を休めることなく、異形の人物に向かって語り掛ける。
「やっぱり、あなたでしたか。ナランディさん」
「…………!」
その言葉に、異形の人物が反応した。
病人服の肩が、ピクリと揺れる。
リドレックの言葉に反応したのは異形の人物だけでは無かった。
「……ナランディさん?」
「ナランディ先輩! 先輩なんですか?」
ラルクが、ミナリエが、驚愕と共に声をあげる。
「……よく気が付いたね、リドレック」
やがて包帯の隙間から、艶のある女の声が零れ落ちる。
「ミナリエもラルクも気が付かなかったって言うのに。まあ、こんな有様じゃ、無理ないけどね」
「そりゃ気が付きますよ。こんないい女、滅多にいませんから」
「……言ってくれるねぇ。たとえ皮肉でも嬉しいよ《白羽》」
そう言うと、ナランディ・ジセロは力なく笑った。




