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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅢ. 神の迷宮】
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20. 異形の人

 リゾート地の強い陽射しに、ミナリエは目を細める。


 海洋実験島クェルスは、帝国内屈指のリゾート地である。

 かつて、地上に存在していたと言う『海』を再現したこの施設は、観光シーズンでもないのに海水浴客でにぎわっていた。

 潮風に吹かれながら紺碧の海を眺めていると、背後からミナリエを呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーい! ミナリエ!」


 白い砂浜の上をこちらに向かって駆け寄って来るのは、赤牛騎士団寮の先輩であるナランディ・ジセロであった。

 クェルス・リゾートにやって来たのは、彼女と共に本国の仕事をこなす為であった。

 本来ならば護衛として本国の要人の警護をしなければならないのだが、何故か二人はビーチに出て日光浴をしていた。


「あそこにいるの、リドレックじゃないかい?」


 見ると、ナランディの言う通り、そこにリドレックが居た。

 派手なシャツにサングラスをかけ、デッキチェアに横たわるその姿は、まったくと言っていいほど似合わない。


 リドレックの隣に居る、二人の男たちもミナリエとは顔見知りである。

 二人ともリドレック同様、馬鹿っぽいリゾートファンションに身を包んでいた。


「ラルク・イシューとゼリエス・エトも居るじゃないか。こいつはいいね。行くよ、ミナリエ!」

「い、行くって何を?」

「決まってるだろ、逆ナンだよ、逆ナン! リゾートに来て他に何をやるって言うのさ!」


 肉食系女子のナランディは、酒と喧嘩と男に目が無い。

 ビーチに来たのも、男漁りが目的だったようだ。


「逆ナンって、ちょっと! やめてください先輩!」

「安心しな、リドレックには手を出さないから。アタシはラルクとゼリエスの相手をしてやるから、その間にリドレックを連れてどこかにシケこみな」

「そうじゃなくって! こんな格好、あいつらに見られたくないんです!」


 ミナリエとナランディの二人は、ビーチに相応しい水着姿であった。

 リゾート地でありがちな、泳ぐことよりも見せることに重点を置いた、かなりきわどいデザインである。


 こんな格好を学友たちに見られたくは無い――特にリドレックにだけは。

 いい加減な性格のリドレックだったが、女性関係に関してはかなり厳しい男であった。

 痴女みたいな恰好をして男たちに声をかける、ふしだらな女などと思われるのだけは嫌だった。


「大丈夫、似合っているから。朴念仁のリドレックだって、イチコロさ!」

「べ、別に私はリドレックの事なんか……」

「旅先で偶然会った同級生。学校では見ることの出来ない、あられもない姿に戸惑う少年。リゾートの開放的な雰囲気にあおられ、二人の恋は一気に燃え上がる――こんな最高のシチュエーション、モノにできないなんてアンタ、一生後悔することになるよ?」

「いいんです! もう、放っておいてください!!」

「だらしないねぇ。スベイレンきっての女傑、ミナリエ・ファーファリスがそんなに奥手でどうするのさ」


 やれやれ、といった表情で頭を振る。

 ナランディはミナリエにとって、尊敬すべき先輩であり目標でもあった。

 騎士としての立ち居振る舞いから、格闘技をはじめとする戦闘技術は、全て彼女から学び取ったものだ。

 だが、彼女の奔放な恋愛観だけは真似する気にはなれなかった。


「騎士なんてね、何時おっ死ぬかわからないんだよ? 悔いを残さないよう、」


 今思えば、ナランディの言ったその言葉は、これから自身に降りかかる未来を暗示していたのかもしれない。


 ◇◆◇


 それが夢だと言う事に、ミナリエはすぐに気が付いた。

 

 それは、今から半年ほど前、ナランディと共にクェルス・リゾートに言った時の記憶だ。

 

 人が死の間際に見ると言われる走馬灯、という奴かと思ったがどうも違うらしい。

 体中の関節が痛身を感じる。

 その苦痛はとりもなおさず、自分がまだ生きているという証であった。


 ミナリエの記憶は、落とし穴に落ちて《パンドラ・ボックス》から放り出された所で途切れていた。

 何がどうなったかは知らないが、こうして生きていると言う事だけは朗報であった。


「……うっ!」


 小さくうめき声をあげながら、目を開ける。


 ヘルメットは脱がされていたが、アンダースーツは着たままだった。

 どうやら怪我をしているようでは無かった。

 こんな格好で寝ていれば、関節痛になるのは無理もない。

 

 意識がはっきりとするにつれて、ようやく自分が寝かされているのが手術台だと言う事に気が付いた。

 頭上に輝くのはリゾートの太陽などでは無く、無影灯であった。

 横になった姿勢のまま、首を巡らせ周囲を見渡す。

 部屋の中にあるのは、業務用のメディカル・アナライザーをはじめ、注射器や薬瓶と言った病院にあるようなものばかりだ。


 やがて、手術台のすぐそばに人が立っていることに気が付いた。

 その異様な風体に、絶句する。


「…………!?」


 その人物は、全身に包帯を巻きつけていた。

 詳しい年齢や、性別すらもわからない。

 固く巻きつけられた包帯の上に来ているのは、病院服なのだろう、前を合わせるだけの簡素な服を羽織っている。


 その人物は手術台に脇に立ち、横たわるミナリエの顔をただじっと覗きこんでいた。


「……誰だ!」


 その不気味な風体に、ミナリエは小さな悲鳴を上げる。

 驚いたのは、向こうも同じだったようだ。

 びくりと、身をすくませると、手術台から離れる。


「…………」


 警戒心を露わにするミナリエに、包帯の人物は何も言わず、そのまま部屋から出て行ってしまった。。

 包帯に覆われているため表情などわからないが、その姿は何処か悲しげに見えた。


 ◇◆◇


 リドレック達が部屋を出て行くのを確認して、ラルクはあらためてドラゴンに向き直る。


 これから先はドラゴンと一対一の戦いとなる。


 助けてくれる仲間はいない。

 しかし、勝利の暁には、龍殺ドラゴンスレイヤーしの称号も、ランディアンの武器も、全てラルク一人だけのものとなる。

 ラルクの胸中は、緊張感と欲望で激しく昂揚していた。

 

 地上最強の生物相手にたった一人で挑むのは無謀であったが、しかしラルクには勝算があった。

 先程の立ち合いで、ドラゴンの動きは既に見切っていた。


 首の長さ。

 振り下ろされる爪の半径。

 移動速度に、跳躍距離。


 ドラゴンの全てのデータは、頭の中にインプットされている。


 重要なのは、間合いを測る事だ。

 一撃必殺の攻撃であっても、当たらなければ意味が無い。

 ドラゴンの攻撃は間合いの外に居る限り、ラルクを捕えることはない。


 挑発するように、わざとドラゴンの鼻先を動き回る。

 その挑発に乗ったのか、ドラゴンは鎌首をもたげ大きく身をのけぞらした。

 

 ブレス攻撃は強力な分、予備動作が大きくなる。

 ドラゴンの動きをよく見ていれば、ブレス攻撃のタイミングを予測するのは容易い。

 それは、ラルクが待ち望んでいた瞬間でもあった。


(今だ!)


 一気に間合いを詰めるべく、ドラゴンに向かって駆け出す。

 ブレスを吹いている間、ドラゴンは動きを止める。

 無防備になったその瞬間を狙って攻撃する――それが、ラルクの作戦だった。


 しかし、ラルクの目論見は、脆くも崩れ去った。

 ブレスを吹く瞬間、ドラゴンは突如、口を閉じた。


「フェイント!?」


 爬虫類の頭を持つドラゴンであったが、意外に知能指数は高い。

 すぐにドラゴンの狡猾な戦術に嵌められたと気が付いたが、時すでに遅し。

 すでにラルクはドラゴンの間合いの中にいた。

 立ちすくむラルクの体をついばむように、ドラゴンは噛みついた。

 ラルクの下半身はすっぽりとドラゴンの口の中に納まっている。


「があああああああっっ!!」


 ドラゴンの口先から上半身のさらけ出し、ラルクは悲鳴を上げる。

 腹の辺りを引き裂くように、ドラゴンの牙が突き刺さる。

 光子甲冑がラルクの身を守るが、ドラゴンの牙がラルクの体を引きちぎるのは時間の問題であった。

 みしみしと、音を立てる背骨と、内臓からあふれ出る血の香りに、死の恐怖を感じたその時、


 天井から人影が落ちてきた。


 ドラゴンの頭上。

 天井にある通風孔から飛び降りた人影は、ドラゴンの頭の上に華麗に着地する。

 ドラゴンの頭に乗った人影は、足元の脳天目がけて抜き手を突き出した。


 素手であるにも関わらず、ドラゴンの堅い鱗を易々と貫いた。


「……グゥッ!」


 やがて、ドラゴンは眠るように息絶えた。

 床に前のめりに突っ伏すと、ドラゴンの口からラルクの体が吐きだされる。


「かはっ!」


 床に向かって放り出されると、ラルクはそのまま仰向けに横たわる。


 瀕死の重傷を負ったラルクの元へ、ドラゴンを倒した人影が歩み寄る。

 仰向けの姿勢のまま、ラルクは救ってくれた人物を仰ぎ見る。

 あらためてその姿を目の当たりにして、ギョッとする。


 年齢不詳、性別不明。

 全身に包帯を巻きつけたその上から、病院服を着ている。


 その異様な風体に礼を言うよりも先に、疑問が口をついた。


「……い、一体」


 この人物が何者なのか、

 どうやってドラゴンを倒したのか、

 わからない事ばかりだ。

 唯一、確かなことは、自分が助かったと言う事だけだ。


 気が抜けた途端、体中に激痛が走った。

 こちらを覗き込む包帯で覆われた顔を見つめながら、ラルクは意識を失った。


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