19. 龍と剣
部屋の中は、かなりの広さがあった。
ちょっとした闘技場ほどの奥行で、天井も高い。
多少の戦闘でも、十分にこなせるだけの広さがあった。
その部屋の中央でリドレック達を待ち構えていたのは、
「……ドラゴンだ」
全長、およそ二十フィート。
全身を覆う鈍色の鱗。
蜥蜴の胴体に、背中には蝙蝠の羽。
その姿はまさしく、おとぎ話に出てくるドラゴンそのものであった。
「あれが、ドラゴン?」
リドレックの呟きにサイベルは息をのむ。
「大丈夫だ。眠っているようだ。こちらから近づかない限り襲ってはこないだろう」
ヤンセンが言うと、一同は緊張を解いた。
武器をおろすと、あらためてドラゴンの姿を観察する。
薬か何かで眠らされているのだろう。
ヤンセンの言う通り、ドラゴンは床に付した姿勢のまま動かない。
「話に聞いていたよりも随分と小さいな。生まれて間もない幼生体なのか?」
「いや、こいつは立派な成龍だ。頭を見て見ろ」
ライゼが言うとヤンセンが注釈を加える。
「角がちゃんと生えそろっているだろう? 一口にドラゴンと言っても様々な種類がある。こいつは元々、小型な種類なのだろう。だからと言って侮ってはいけないぞ。ドラゴンの強さと大きさは関係ない。小さい分だけ、小回りが利いて俊敏に動くからな」
「そして、あれがドラゴンの財宝と言うわけか……」
サイベルがドラゴンの頭上を指さす。
そこには、光子武器が浮かんでいた。
休眠状態なので詳細な形状はわからないが、柄の長さから見て両手持ちの武器だと思われる。
精緻な細工を見れば、ランディアンの手によって作られたものであることは明らかであった。
金属的な光沢を放つ青色の柄には、ひび割れた白い文様が折り重なるように描かれている。
「あんなすげぇ武器、見たことないぜ」
「ああ、ドラゴンにわざわざ守らせている事から見ても、かなりの業物であることには間違いない」
ライゼもまた、興奮した様子で光子武器を見上げる。
「売ってしまうのはもったいないな。使いこなすことができれば大幅な戦力増強になるだろう」
「武器に頼っているうちは半人前、とか言ってなかったっけ?」
「いい道具手に入れるのも実力のうちだ。両手剣だったら俺が貰うからな」
「冗談、早いもん勝ちに決まっているでしょう!」
光子武器を構えドラゴンににじり寄る二人に、リドレックが慌てて止めに入る。
「ちょっと二人とも、何するつもりだ!」
「何って、決まってんだろ? あのオオトカゲを倒すのよ!」
「先手必勝だ。眠ってる今なら簡単に倒せる」
「バカな事言ってんじゃないよ! 勝手なことするんじゃない!」
「おい、ちょっと待てよ。リドレック!」
やる気満々のライゼとサイベルに、ラルクが加勢する。
「まさかこいつもスルーしていくつもりか?」
「当たり前だ! あんなのとまともにやり合って、勝てるわけないだろう?」
「だってお前、ドラゴンだぞ!?」
騎士たちにとって、ドラゴンは特別な意味を持つ存在であった。
巨人と並び恐れられている地上最強の生物――ドラゴン。
龍殺しの称号を得ることは、騎士にとって最高の名誉である。
「ドラゴンを目の前にして素通りなんて、そりゃないぜ!」
「何度言わせるんだ? リーダーは僕だぞ、ラルク? 僕達が目指すのは迷宮の最奥。そこに眠る秘宝だけだ」
「しかし……」
「お前も、ミナリエみたいになりたいのか?」
「…………」
落とし穴に消えた仲間の姿を思い出し、さしものラルクも沈黙するほか無かった。
「これ以上、パーティーから損害を出すわけには行かん。いいか、絶対に奴には手を出すな。守らない奴は置いてくぞ」
「でもどうする? 奥に進むには奴を倒さなければならんぞ」
そう言うと、ヤンセンは部屋の奥を指さす。
部屋の出口へと続く扉は、ドラゴンの巨体を挟んで向こう側にある。
この部屋を通り抜けるには、ドラゴンの眼前を横切らねばならない。
「一度部屋を出て、迂回路を探すか?」
「そんな時間はありませんよ」
ヤンセンの話によると、迷宮内の詳細な地図を持ったパーティーが先行しているのだ。
これ以上遅れれば、最奥への一番乗りは叶わないだろう。
迂回などしている余裕は無かった。
「素早く脇をすり抜けましょう。鍵は、ヤンセンさんが開けられるでしょう?」
「ああ、あのタイプなら簡単だ。三分もあれば十分」
「聞いたか? 三分だ。三分間だけ奴の注意を引き付ける。ヤンセンさんが扉を開けたら、戦闘を切り上げ奥に進む。いいな?」
大まかな段取りを戦闘要員の三人に向かって言うと、
「おう」と、ライゼが、
「ああ」と、サイベルが
「……わかった」そして、ラルクが答える。
仲間たちが答えるのを確認してから、リドレックはドラゴンに向き直る。
「行くぞ!」
合図と共に、一斉にドラゴンの元へ駆け寄る。
リドレック、ライゼ、サイベル、ラルクの四人はドラゴンの眼前で待機。
ヤンセンだけは、そのまま扉に向かって走る続ける。
巨体の脇を通り過ぎようとした瞬間、ドラゴンが目を開けた。
蜥蜴の頭をゆっくりともたげると、天井に向かって一声吠えた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
部屋の空気が一斉に振動する。
ドラゴンの雄叫びは、それだけで十分な凶器だ。
その衝撃は光子甲冑を突き抜け、騎士たちの肉体をも振るわせる。
起き抜けのドラゴンは機嫌が悪かった。
吠えるのを止めると、目の前に居るリドレック達に向けて大口を開けた。
「やっぱり、火吹くのか!?」
大きく息を吸い込むような予備動作に、嫌な予感を感じたリドレック達は一斉に散開する。
ドラゴンのブレス攻撃が炸裂する。
体内に蓄えた高温熱を一気に放出。
轟、と吐きだされる熱線が床に焦げ跡を刻み込んだ。
「……こんなの、三分も持たねぇよ」
「ビビるな! ビビったら死ぬぞ!!」
早々に泣き言を言うサイベルに活を入れると、ライゼが《火炎球》を打ち込んだ。
目の前で炸裂する《火炎球》は、派手な火炎をまき散らし、ドラゴンの視界を塞いだ。
「いいぞ、その調子だ!」
絶好の目つぶしに、リドレックが快哉を上げる。
錬光技を直撃させる必要はない。
ライゼの《火炎球》程度では、ドラゴンの鱗一枚とて傷つけることはできない。
リドレック達の役目は時間稼ぎだ。
戦っている合間にも、ヤンセンは扉の開錠作業を行っていた。
「開いたぞ!」
開錠作業を始めて三分弱ほど経ってから、ヤンセンが叫んだ。
奥へと続く扉は既に開け放たれていた。
半開きになった扉の前で、ヤンセンがリドレック達に向かって手招きする。
「今だ! みんな、撤収だ!」
叫びつつ、リドレックは扉に向かって駆け出した。
その後を、ライゼとサイベルが続く。
開け放たれた扉に向かって次々と飛び込むが、
「ラルク!」
ラルクだけは、その場に残って戦闘を続けていた。
ドラゴンに向け剣を構えたまま、こちらに向かって叫ぶ。
「先に行け!」
「無茶するなラルク! 退くんだ!」
ラルクを呼ぶ声が、ドラゴンの気を引いた。
鎌首をもたげ咢をこちらに向けると、大きく息を吸う。
「いかん! またブレスが来るぞ!!」
慌ててヤンセンが扉を閉める。
固く閉ざされた扉の向こう側から、やがてドラゴンの咆哮が轟いた。
◇◆◇
「先代総督、ガフ・コレッティを一言でいうなら、人間のクズよ」
ソフィー・レンクは吐き捨てるように言った。
「総督という立場を利用してやりたい放題。。あたしの弟が死んだのもあいつのせいよ。そこにいるゼリエスも、奴のせいで刑務所にぶち込まれたわ」
傍らに立つゼリエスは、むっつりと口をつぐんだまま微動だにしない。
表情からは伺えないが、彼もまたガフ総督に良い印象を抱いてないのは確かだろう。
「敵が多かった反面、利益を得た人間も数多くいるわ。シシノ教官みたいに、ガフ総督に取り入って旨い汁を吸っていた連中がスベイレンには大勢いるのよ。そういった先代総督の勢力を一掃し、スベイレンの政治、及び騎士訓練校の健全化をランドルフ総督は考えているのよ。私はその手助けをしているというわけ。そして、ガフ総督の犯罪を立証するための証拠が《パンドラ・ボックス》の中にあるのよ」
そして、ソフィーは床の大穴を覗き込んだ。
大空に浮かぶ巨大要塞を見おろし、続ける。
「ガフ総督は在任中に行われた不正行為の全てを、《パンドラ・ボックス》の中に封印したのよ。受け取った賄賂とか、要人を脅迫するネタとか。そういった公表されたら大騒ぎになるような物品が《パンドラ・ボックス》には納められているのよ。今頃、《パンドラ・ボックス》の内部では、天空島各国、各勢力の特命を受けた騎士学生たちが、先代総督の隠し財産を巡って争奪戦を繰り広げているでしょうね」
「それじゃ、リドレックも不正の証拠を手に入れるために《パンドラ・ボックス》に?」
「いいえ、彼の狙いは別にあるわ」
メルクレアの質問に、ソフィーは頭を振った。
「彼が目指しているのは迷宮の最奥に隠された財宝よ。リドレックの話によると、ガフ総督が法王庁の目をごまかして手に入れた《聖遺物》だそうよ」




