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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅢ. 神の迷宮】
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18. ダンジョン飯

 排気ダクトの中を落ちて行きながら、ミナリエは激しく後悔していた。

 ただ苦痛から逃れたい一心で罠を起動させてしまったが、待っていたのは更なる苦痛だった。

 空気圧にもみくちゃにされながら、ミナリエとガラス《玻璃人形グラスドールは、《パンドラ・ボックス》から飛び出した。


 漆黒の闇に閉ざされた落とし穴を抜けると、そこにあるのは何もない大空だけ。

 そして、そのはるか先にあるものは、緑なす大地だ。

 幸いな事に、ミナリエは落下の恐怖を感じることは無かった。

《パンドラ・ボックス》の外にとびだすと、急激な気圧と重力の変化に耐えきれずミナリエは意識を失った。


◇◆◇


 管制室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 桃兎騎士団のパーティー一同は、仲間の死を受け入れることも出来ず、ただ茫然とミナリエが消えた落とし穴をみつめていた。

 

「見つけたぞ!」


 沈黙を破ったのは、ヤンセンだった。

 こんな時でも彼は、管制室のデータベースから地図の検索を続けていた。


 見つけたばかりの《パンドラ・ボックス》の立体地図を展開する。

 一見、昨日、リドレックの部屋で見せてもらったものと同じもののように見えるが、所々細部に違いが窺がえる。資料館の位置もちゃんと表記されている。

 隅に小さく書かれた日付を確認して、ヤンセンはうなずく。


「改装後の最新の地図だ。ほら、さっきの資料館の位置も表示されている」

「最奥までの最短距離は解りますか?」

「ああ、勿論。だが問題がある」


 地図をしまうと、ヤンセンは渋い顔をする。


「閲覧履歴を見たんだが、数分前にこの地図をダウンロードした形跡があった」

「つまり?」

「俺達よりも先に、この地図を手に入れたパーティーが居るって事さ」


 それは、リドレック達よりも先行しているパーティーが居ると言う事だ。

 ただでさえ差をつけられていると言うのに、正確な地図を手に入れられてしまってはますます差をつけられてしまう。

 当初の予定である最奥部に一番乗りすることが果たせなくなってしまう。


「行きましょう!」

「ちょっと待てよ! リド!!」


 駆け出すような足取りで部屋を出ようとするリドレックをラルクが引き止める。


「ミナリエはどうするんだ?」

「どうするとは?」


 訊ねるラルクに、リドレックは冷たい視線を向ける。


「彼女は落ちたんだ。僕達にはどうすることも出来ないだろう? そんな事よりも、今は先に進む方が先決だ」

「そんな事だと!?」


 激昂したラルクは掴みかかる。

 リドレックとラルク、そしてミナリエの三人は、桃兎騎士団寮に来る前からの付き合いである。

 同期であり、親友を失ったばかりだと言うのに、リドレックの態度はあまりにも無情であった。


「彼女は俺達を守るために犠牲になったんだぞ! それを……」

「僕は逃げろと言ったんだ! 僕の指示を無視して勝手に戦って、自爆した奴がどうなろうと知るもんか!」


 ラルクの手を跳ね除けると、リドレックはパーティー・メンバー、一人一人を見回した。


「この際だからはっきりと言っておく! 僕の命令に従えない奴、足手まといになる奴は容赦なく置いてゆく。文句があるやつは、今すぐパーティーから外れてくれていい」


 ◇◆◇


 脱落者は出なかった。

 

 冷酷非情なパーティー・リーダーに不満はあるが、誰も口にはしなかった。

 今更、パーティーから外れる事など出来るはずがない。

 迷宮内の単独行動は死を意味する。

 

 再び隊列を組み、迷宮探索を再開する。

 

 今までの一本道と違い、管制室から先の通路はひどく入り組んだ構造になっていた。

 通路際には扉などが並び、所々に分岐路が現れる。

 本格的な迷宮探索になって来たが、地図のお蔭で道に迷うことは無かった。


 ヤンセンの案内で通路を進むと、やがて視界が白くなってきた。


「……なんだ、こりゃ?」

「わからん」

 

 白煙をかき分け先に進むと、通路はやがて広間へと到達した。


 もうもうと煙が立ち込める、広間の中央。

 パチパチと音を立てる焚火を男たちが取り囲んでいた。

 その数六人。いずれも漆黒のアンダースーツに身を包んでいる。

 そのうちの一人、大柄な厳つい顔をした男が、こちらを振り向いた。


「よお、リドレック!」

「トイルさん?」


 声をかけて来たのは、黒鴉騎士団のトイル・レナクランだった。

 黒鴉騎士団はリドレックのかつての所属先であり、トイルとも旧知の間柄である。

 焚火の周りに居る男たちも、リドレックの顔見知りだ。


 今は試合中であり、黒鴉騎士団は競争相手である。

 しかし、彼らに戦闘の意志は無いようだ。

 資料室で遭遇したグッスのようにいきなり攻撃してくることは無かった。


「丁度いいところに来たな! こっち来いよ!」


 挙句、こちらに向かって手招きする。

 拍子抜けした表情で、リドレックはトイルたちのもとへと歩み寄る。


「どうよ、調子は」

「まあ、ぼちぼちと。……そっちは絶好調のようですね、トイルさん」

「おう、大漁だぜ」


 リドレックは焚火の上で焼かれる肉の塊に目を向けた。


 恐らくは鳥、なのだろう。

 体長約十フィート。胴体に張り付いている大きな翼と脚部こそ鳥類であったが、長い首の先にとりついた頭部には口から牙が付きだした蛇であった。

 地上で生まれた奇形生物は、今は羽を毟られ、皮を剥がれ、串刺しにされ、無残な姿で焼かれていた。


「どうしたんですか? そいつ」

「探索の途中で襲ってきやがったのさ。恐らく宝物を守るガーディアンなんだろうよ。こいつらと一緒に部屋の中からこんなのが置いてあった」


 そう言うとトイルは足元に置いてあるバッグを取り上げた。

 中を開けて見せると。中には錬光石を使った宝飾品や光子武器がぎっしりと詰まっていた。

 いずれもランディアンの手による工芸品なのだろう。

 精緻な細工の施された品々は、ただ美しいだけでは無く力を秘めている。


「……すごい」

「この辺にはこういったお宝が収められている宝物庫がたくさんあるのさ。ちょっとした臨時ボーナスだな。これで寮の修繕費用も賄えるぜ」


 ランディアンの工芸品は、貴族の間で高額で取引されている。

 貧乏所帯の黒鴉騎士団にとっては、またとない臨時収入であった。


「さすがに疲れたんでこうして一休みしているんだ。怪物の死体もそのままにしておくわけにも行かないし、せっかくだから喰っちまうことにしたのよ」


 そう言うと、トイルは骨付き肉にかぶりついた。

 黙々とバーベキューを貪る彼らに、桃兎騎士団の面々は唖然とする。

 まるっきりピクニック気分だ。

 怪物たちが跳梁跋扈する危険な迷宮探索も、彼らにとっては週末のレジャーと変わらないらしい。


「とりあえず焼いてみたんだが、いかんせん調味料の類がまったくない。お前、塩とか持っていないか?」

「いえ。持ってません」

「コショウとか、トウガラシとか、でもいいんだが。醤油とかあるとすっげー嬉しい」

「いや、だから持っていませんって」

「そうか、やっぱりな。……しゃあない、そのまま食うしかないか」

「酒ならありますけど」


 そう言うと、リドレックは酒瓶を取り出した。

 リドレックは自家製の薬酒を入れたスキットルを常備していた。

 秘伝の薬酒は怪我の回復力を高める効果があるが、普通に酒として飲むこともできる。


「バカ野郎! それを早く言えよ!」


 トイルは笑いながらリドレックの差し出した酒瓶をひったくる。

 調味料に使うはずが、酒瓶に直接口をつけそのまま呷る。

 酒には目が無いトイルであったが、それは他の黒鴉騎士団員たちも同じであった。


「ずるいぞトイル! 俺にもよこせ!」

「先輩、一口、一口!」

「だあぁっ! 引っ張るな! こぼれる、こぼれる!!」


 たちまち酒瓶の奪い合いが始まる。

 最早、リドレックの事など目に入っていないようだ。


「……じゃあ、僕たちは先を急ぎますので」


 酒盛りを始める黒鴉騎士団の面々を置いて、リドレック達はその場を離れた。


 再び通路を進みながら、ラルクが苦笑する。


「相変わらずズレてるな、黒鴉騎士団は」

「だが腕はいい」


 ラルクとは対照的に、ライゼは真剣な顔で呟く。


「見たことも無い地上産の凶暴な獣に立ち向かい、あっさりと倒しちまうんだ。腕に自信が無ければできない芸当だ」

「あのお宝、すごかったよな」


 サイベルは彼らが手にした財宝が気になるらしい。


「俺もああいう、ランディアンの光子武器とか欲しいな」

「武器に頼っているようじゃ半人前だぞ、サイベル」


 話ながら通路を歩いてゆくと、先行するヤンセンが足を止めた。


「入るぞ」


 眼前にある扉を指さし、リドレックに告げる。 

 トイルによると、この近辺には宝物庫がたくさんあるという話であった――そして、財宝を守る怪物も。


「先に進むには、この部屋を通らなければならん」

「……仕方ないですね」


 戦闘は避けたかったが、先に進むためにはしょうがない。

 リドレックは、緊張した面持ちで戦闘に備える。


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