8. 監督生の苛立ち
ミーティングが終わると大広間に居る寮生達は自室へと向かった。
出入り口から近いものから順に大広間から退出してゆく。
「やったね!」
「やりましたね! レギュラー入りですよ!」
「ま、当然かな」
出入り口の混雑を避けるため、あるいはレギュラー入りを喜び合うため。メルクレア、シルフィ、ミューレは大広間に残っていた。
「おめでとう、皆」
輪になってはしゃぐ三人に、リドレックが歩み寄る。
「すごいじゃないか。新入生で代表入り。しかもデビュー戦が対抗リーグだなんて大変な名誉だ」
「ありがとうございます。リドレックさん」
リドレックの祝辞に、シルフィは素直に喜ぶ。
「それほど名誉なことでもないんだけれどもね」
「ちょっと、調子に乗り過ぎよミューレ」
生意気な態度のミューレを、周囲の視線を気にしてメルクレアが窘める。
新入生で代表選手に選ばれたのは彼女達だけだ。他の新入生や、代表入りを逃した上級生達の中には彼女たちを快く思わない者もいるはずだ。
「別に調子に乗ってなどいないわ。選手に選ばれるだけなら誰でもなれる。そこにいるボンクラだって、選手として出場するのだからね」
「……ボンクラって、僕の事?」
言わずもがなのことを尋ねるリドレックを無視して、ミューレは話を続ける。
「代表として選ばれた以上、私たちは結果を出さなければならない。試合に負ければ私たちは寮の皆から批難される。おまけに対戦相手は前年度優勝チームの橙馬騎士団寮。簡単に勝てる相手ではない」
「……そうね」
ミューレの言葉に、メルクレアの顔が引き締まる。
さらにミューレは続ける。
「さっきライゼ先輩が言っていたでしょう? この学校では試合の成績が全てだって。試合で結果を出せない生徒は消えてゆく」
「一月の間に四分の一、か……」
「そして半年の間に二分の一。一年後には四分の三が消える……」
先程まではしゃぎぶりとうって変って、メルクレアとシルフィも暗い表情で俯く。
「……そんな深刻に考えるなよ」
神妙な面持ちで俯く三人をリドレックが励ます。
「案外なんとかなるもんだよ。実際、俺なんか二年も在籍しているわけだし」
「そう言えば、そうよね」
リドレックに言われて気が楽になったのか、メルクレアの表情も幾分か和らいだ。
「実戦形式とは言え、所詮は試合だ。本当に殺し合いをするわけじゃあないんだからさ、もうちょっと気楽に……」
瞬間、リドレックの体が横っ飛びに吹き飛んだ。
「リドレック!」
「リドレックさん!」
「……何?」
飛び込むような勢いでリドレックの横面を殴りつけたのは、監督生のライゼだ。
突然の事態に目を丸くする少女達の目の前で、床に倒れたリドレックの襟首をつかみ引き起こす。
「……所詮は試合だと? なめるんじゃない!」
顔を近づけ、至近距離から凄絶なまなざしでリドレックを睨み付ける。
「スベイレンの騎士にとってこの学校は戦場であり、試合とは命を懸けた真剣勝負の場だ! 試合には常在戦場の覚悟で臨むべしと言っただろうが!」
「……ううっ!」
殴られた頬が痛いのか、締め上げられた首が苦しいのか、リドレックはうめき声を上げる。
「腑抜けた態度は周りに伝染する。明日の試合で無様な姿をさらしたら、俺がこの手でこの寮から叩き出してやる! 覚えておけ!!」
正面から怒鳴りつけると、突き放すようにリドレックを投げ飛ばす。
再び床に倒れたリドレックを一瞥すると、踵を返してライゼはその場を立ち去った。
◇◆◇
「……ちょっと、やり過ぎじゃありませんか?」
憤然とした様子で廊下を歩くライゼをソフィーが呼び止める。
ミーティングルームを飛び出したライゼを追いかけて来たのはソフィーだけではない。
ラルクとミナリエ、サイベルにヤンセン、と移籍組の面々が揃っている。
「そうですね、いくらなんでも手を上げるのはやり過ぎです」
「そういうミナリエも、リドレックを殴ったんだろ?」
鉄拳制裁を諌めるミナリエを、ラルクが半眼で見つめる。
「女の子たちから聞いたぞ? 顔の形が変わるまでボコボコにしたそうだな」
「あ、あれはリドレックが悪い!」
背後で言い争いが始まると、ようやくライゼは足を止めた。
「……あいつは! どうしてああなんだ!?」
苛立ちを露わにライゼが吠える。
監督生の彼にとって、リドレックのような無気力な生徒は許しがたい存在であった。
先程もそうだ。新入生の挨拶の端々に皮肉を交え、リドレックを揶揄したのにも関わらずまったく動じた様子が無い。
屈辱をバネに発奮してくれると期待していたのだが、
「あそこまで言われれば、怒るか落ち込むかする者だろうに。なのになぜああも平然としていられるんだ!? 奴には騎士の誇りというものが無いのか!」
「そうカッカするなよ、ライゼ先輩。あいつは、ああいう奴なんだよ」
「ああ、負け犬根性が芯まで染みついている。怒るだけ無駄だ」
ラルクとミナリエは顔を見合わせ苦笑する。
この二人はリドレックとは同期だ。付き合いが長い分、リドレックの扱いをよく心得ている。
「あいつのことはもう放っておこうぜ。……それより、もっと重要なことがあるだろう?」
「開幕戦の事か?」
訊ね返すとラルクは頷いた。
確かに、今のライゼたちにとっては明日の闘技大会の事の方が重要な問題であった。
「そうだよ! 何で俺たちが開幕戦から外されるんだよ!」
「副寮長のアネットやジョシュアはわかるとして、あの新入生三人はなんだ?」
不満は他の皆も同じであった。
サイベルとミナリエが口々に不平を漏らす。
ここに居る六人は戦力強化の為に他の寮から移籍してきた。いずれも以前の所属先では第一線で活躍していた選手ばかりだ。
その彼らを差し置いて、エルメラは新入生三人を開幕戦に起用した。
開幕戦の栄誉を新人に奪われ、彼らは上級生としての面子を潰された形になる。
「お前たちなどまだいい方だろう」
面子を潰されたのは技術者のヤンセンも同様だった。
「私など雑用を押し付けられたのだぞ。何だって私が陣地構築など……」
ヤンセンは開幕戦の陣地構築を命じられていた。
陣地構築とは騎士達が戦う戦場の設定を行う、言わば土木作業だ。博士号を持つ技術者がやるような仕事ではない。
「さっき陣地配置図を見せられたのだが、それがまたえらく手の込んだ代物でな。今から作業にかからなければ到底間に合いそうにない。選手発表と言い、なんで試合直前になってこんな無茶を言い出すんだか。一体、寮長は何を考えておるのだ?」
ヤンセンは苦虫をかみつぶした様な顔で吐き捨てる。
まったく苛立つことばかりだ。
そしてその苛立ちの原因は、全て寮長のエルメラに起因している。
劣等生のリドレックを引き抜いたのも、新入生を開幕戦に起用したのも全てエルメラ寮長だ。
寮長の不可解な采配に誰もが皆、苛立っている。
しかし、ここでライゼが不満を口にするわけにもいかない。皆をまとめる立場の監督生までもが苛立ちをぶちまけたら取集がつかなくなる。
「……寮長には、寮長の考えがあるのだろう」
そう言って、取り敢えずライゼは場を収めた。