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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅢ. 神の迷宮】
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17. 玻璃人形

 幸いなことに、エアロックにはトラップはおろか鍵すらもかかっていなかった。

 事も無げに開け放たれたエアロックに、一同は拍子抜けする。


「不用心だな」

「まあ、罠まで仕掛けて扉にまで細工する奴はいないだろ」


 リドレック達は部屋の中に足を踏み入れる。


 白一色に統一された部屋の中には何もなく、中央に小さなテーブルが一つあるだけだ。

 資料館と違い照明もちゃんと点いている。

 そのため一層広く感じた。

 

「ここは?」

「管制室みたいだな」


 そう言うと、ヤンセンは部屋の中央へと歩いてゆく。

 無造作に小さなテーブルの表面をなでると、周囲にいくつものホログラム・モニターが浮かびあがった。

 モニターに映し出されているのは、いずれも《パンドラ・ボックス》の中の様子であった。


「ここで迷宮の管理を行うことが出来る。迷宮内の管制システムは外部から遮断されている。文字通り、ここは《パンドラ・ボックス》の中枢だ」

「何でぇ、つまんねぇの」


 宝の山を期待していたサイベルは、落胆したように肩をすくめる。


「もうちょっと、価値のある物は無ぇのかよ? 先行こうぜ」

「そうだな、ここは素通りして……」

「ちょっと待て」


 先を急ごうとするリドレックをヤンセンが引き止める。


「せっかくだから地図を検索しておこう。迷宮内の詳細な地図があれば、この後の探索も楽になるだろう」


 リドレックの返事を待たずに、ヤンセンは管制端末を操作する。

 ヤンセンの手元にホログラム・モニターに、ファイルの一覧が表示される。

 複数のホロ・モニターを同時に操り、ヤンセンは画面をスクロールさせてゆく。


「どのくらいかかりそうですか?」

「わからん。一分後か、一時間後か」

「そんなに待ってられませんよ!」

「だったら、見てないで手伝え」

「よし、じゃあ全員で手分けして取り掛かろう」


 リドレックが声をかけると、他のメンバーが動いた。

 ヤンセンと同じようにホロ・モニターを展開、地図ファイルの検索を始める。


「あー、俺こういうの苦手だ……」

「私もです……」


 うんざりとした様子のライゼに、ミナリエが同意する。

 体力勝負のライゼは勿論だが、ミナリエに至っては機械類の扱い全般が苦手だった。

 彼らの作業速度は、ヤンセンに比べるべくも無い程に緩慢であった。


「サイベル。お前、早いな?」

「へっへっへっ!」

 

 感嘆するラルクに向かって得意げな様子で答える。


「ガキの頃から実家の手伝いをやらされていたからな。帳簿のつけ方とか、資料整理とか結構、得意なんだぜ」


 言うだけの事はあって、サイベルの検索速度は速かった。

 サイベルが加わり捜索のスピードが二倍になった。


 六人がかりで検索を続けるが《パンドラ・ボックス》の地図はなかなか見つからない。

 諦めて先に進もうかと考え始めたその時、

 

 突如、管制室に警告音が鳴り響いた。


「な、なんだ?」

『不正な操作が行われました。防犯システム起動。侵入者を排除します』


 合成音声の物騒な物言いに、リドレックは青くなる。


「何ごとですか!? ヤンセンさん!」

「セキュリティに引っかかった!? 防犯システムが起動するぞ!」

「防犯システムって……」


 リドレックが訊ねようとしたその時、

 管制室の壁面が音を立てて動きだした。


「なんだ?」


 管制室の一部は隠し部屋が設置されていた。

 丁度、人ひとりが入れるだけのスペースの中から出て来たのは、一体の彫像であった。

 半透明の光沢のある材質からは、錬光の気配が充満していた。

 滑らかな曲線を描くそのフォルムは、女性の肉体を再現した物であった。

 優美な見た目に反してかなりの重量があるらしく、床を踏み込むたびにずしんずしんと重苦しい足音が響く。


「《玻璃人形グラスドールだ……」


 滑らかに動く裸婦像に、リドレックは茫然と呟いた。


「こいつがなんなのか知ってるのか、リド?」


 訊ねながら、ラルクは抜剣した。

 迫りくる人形に、底知れぬ脅威を感じたのだろう。

 反射的に戦闘体制を取るラルクを、慌ててリドレックが制止する。


「やめろ、手を出すな! こいつは、……こいつには勝つことはできない!」


 先手必勝。

 リドレックの制止を無視して、ラルクは《玻璃人形グラスドールに襲い掛かった。

 横一線に振り抜いた光子の刃は、《玻璃人形グラスドールの胴をすり抜けてしまった。


「え?」


傷一つついて無い《玻璃人形グラスドールの体を見て、ラルクは間抜けな声をあげる。

 再び光子剣を振るう。

今度は、胸を狙った諸手突き

 光子の刃は人形の左胸を貫き、そのまま背中に抜ける。


「な、何だコレ!? 一体どうなっているんだ?」


玻璃人形グラスドールを貫く光子の刃を見つめ、ラルクは凍り付く。 

 剣先は確実に胸を貫いているにもかかわらず、まったく手ごたえが感じられなかった。


 動きを止めたラルクに、《玻璃人形グラスドールの反撃が始まった。

 剣を握るその腕を無造作につかむと、ラルクの体を軽々と放り投げる。


「ぎゃああああああああつ!」


 悲鳴をたなびかせ、ラルクの体は一回転する。

 床にたたきつけられる瞬間、かろうじて受け身を取ることはできたらしく大したダメージは受けていない。

 床に仰向けに横たわるラルクに、さらに追撃を加える。

 その場で大きく飛び上がると、膝を立てた姿勢でラルクに向かって飛び降りた。


「のわぁっ!」


 床を転がり、全体重の乗ったジャンピング・ニードロップを寸での所で交わす。


「ならば、こいつでどうだ!」


玻璃人形グラスドールの動きが止まった瞬間を狙いライゼが錬光技を放つ。

 火炎系錬光技《炎矢ファイアボルト》。

 しかし《玻璃人形グラスドールは、華麗なステップで《炎矢ファイアボルト》を躱した。

 

「避けた! 嘘だろ!」


玻璃人形グラスドールの反射能力は、ライゼの放った錬光技を凌駕した。

 驚愕するライゼに《玻璃人形グラスドールが襲い掛かる。


「ゴフっ!」


 全身のばねを使って横蹴りが、ライゼの鳩尾に突き刺さる。

 足の裏を押し付けるような蹴足は、ライゼの巨体を後方へとふっ飛ばした。


「ガッ!」


 ライゼの体は壁面に叩きつけられ、そのまま倒れる。

どうやら気絶したらしく、壁際に横たわるその体は微動だにしない。


「何なんだよ、こいつは!」

地上原住民ランディアンが造った対騎士用兵器だ」


 蒼ざめるサイベルに、リドレックが説明する。

 

「見てのとおり、こいつに光子武器は一切通用しない! 単一の結晶体できているから、決して傷付かないし、全部、通り抜けてしまう」

「そんな! こんなバカでかい錬光石を生成する技術があったなんて……」


蛮族たちの未知の技術に、ヤンセンは驚嘆する。

一般的に未開の蛮人と思われがちな地上原住民ランディアンであったが、意外と文化レベルは高い。

特に錬光石の加工技術においては、天空島人ハイランダーの技術を大きく上回る。


武器が駄目。

錬光技は通用しない。

 と、なれば、最後に残るのは己の体を使った格闘技で仕留めるしかない。


「私が相手をしよう」


名乗りを上げたのは、ミナリエだった。


ミナリエは体術のエキスパートである。

 女性の身でありながら徒手格闘術の達人であった。 


「止せ、ミナリエ! お前でも無理だ」

「大丈夫だ。任せろ!」


 リドレックに向かって言うと、ミナリエは背負い袋を肩から下ろす。

 次に光子武器の入った剣帯を外した。

 光子武器が通用しないことは既に知っている。

 少しでも身軽になって相手の動きについて行く作戦だ。

 準備を終えると、ミナリエは《玻璃人形グラスドールに襲い掛かった。


「ハッ!」


 固い錬光石の結晶を、いきなり拳で殴りかかるような真似はしなかった。

 手のひらを突き出し掌底突きで様子を見る。

 迫りくるミナリエに《玻璃人形グラスドールは半身に構える。

 左半身を前に出し、左腕でミナリエの繰り出す掌底付きを捌く。

 

 連続して繰り出される鋭い掌底に、《玻璃人形グラスドールはたちまち防戦一方になる。

 捌ききれず、二発、三発と牽制打をくらい、とうとうガードをすり抜けた一発が顔面にクリーンヒットした。

 ガラスを叩くような固い音が響く。

 人間ならば脳震盪を起こしているだろうが、相手は錬光石で出来た人形。

 脳も無ければ血も通っていない。

 それでも学習機能は備わっているらしい。

 打撃技では勝てないと悟った《玻璃人形グラスドールは、反撃に打って出た。

 

 中腰の姿勢から、ミナリエの足元めがけタックルを仕掛ける。

 

「くっ!」

 

 両膝に飛びついた《玻璃人形グラスドールは、ミナリエの体を弾き飛ばす。

 二人の体はもつれあいながら、開け放たれたままのエアロックを潜り抜け通路へと飛び出した。


「ぐはっ!」


 背中を強かに叩きつけられ、ミナリエは悲鳴を上げる。

 仰向けに横たわるミナリエに、《玻璃人形グラスドール寝技グラップリングを仕掛ける

 胴体に巻き付くように両足を挟み込み、ミナリエの首に腕を回す。

 

「くああああっっ!!」


 ミナリエの細い首に絡みついた腕を、《玻璃人形グラスドールは一気に締め上げる。

 それは最早、チョークスリーパーなどという生易しいものでは無い。

 窒息するよりも先に、首の骨が折れてしまうだろう。


 酸欠に苦しむミナリエの視界に、黒い円盤の姿を捕える。

 ヤンセンが設置した欺瞞装置だ。


「よせっ! ミナリエ」


 しかし、リドレックの制止は、ミナリエに届かなかった。

 手を伸ばし、欺瞞装置を掴む。

 同時に、落とし穴が作動する。

 組みついた《玻璃人形グラスドールもろともに、ミナリエの体は落とし穴の中に消えた。


「ミナリエーっ!!」


 叫びつつ落とし穴に駆け寄るが、一歩遅かった。

 無情にも落とし穴は、リドレックの目の前で蓋を閉じた。


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