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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅢ. 神の迷宮】
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16. 迷宮探索

 資料館から逃げ出したリドレック達、桃兎騎士団のパーティー一行は、ひたすらに走り続けた。

 幸いなことにグッス達碧鯆騎士団は、追いかけては来なかった。

 今頃は資料館にある展示品を外に持ち出すので大忙しなのだろう。

 落ち着いたところで、ようやく足を止める。

 大きく深呼吸をして息を整えると、リドレックはライゼに詰め寄った。

 

「どういうつもりだ!」


 襟首を掴むとライゼの体を壁に叩きつける。


「勝手な真似はするなと言っていたはずだ!」

「わかってるよ、わかってるって!」

「いいや、わかっていない!」


 しどろもどろで言い訳するがリドレックは取り合わない。

 人差し指を突きつけライゼを一喝する。


「はっきりと言っておくぞ、ライゼさん。このパーティーのリーダーは僕だ。あんたじゃない! 僕の指示に従えないって言うのならば、今すぐここから帰れ!」

「わかった、わかりました!」


 リドレックの迫力に気圧され、ライゼは悲鳴を上げる。


「別にお前をないがしろにするつもりは無かったんだ。その、何だ。俺はただ経験者の立場から助言しようと思っただけなんだ。余計なお世話だって言うなら、これから先は口出ししない――さあ、リーダー。指示をどうぞ!」


 両手をあげて降参のポーズをとるライゼに、気勢をそがれたリドレックはようやく手を離した。


「……先に進みます。先頭はヤンセンさん。殿はライゼさんで」

「うむ」

「ああ、わかった」


 リドレックの指示通り、再び隊列を組んだ。

 先頭を歩くのはヤンセン。

 技術者のヤンセンならば、ライゼのように簡単にトラップに引っかかるようなことは無いはずだ。


 そのすぐ後にリドレックが続く。

 いざという時、戦闘力の劣るヤンセンをサポートするための配慮である。


 やや離れて、隊列の中央にミナリエ、ラルク、サイベルが続く。

 この三人はパーティーのレーダー役だ。

 音声、温度、音波、生命反応と、知覚系錬光技を駆使して周囲を警戒する。

 

 最後尾はライゼ。

 彼を殿に据えることにより、後方の守りは万全である――うるさい上級生を遠ざけることが出来て一石二鳥だ。


 しばらくの間、桃兎騎士団一行は黙々と歩き続ける。

 歩き続ける事四半時。

 隊列中央を歩いていたミナリエが突如、リドレックの元へ駆け寄ってきた。


「リドレック」

「何だ、ミナリエ?」


 周囲を警戒しつつ、ミナリエはささやくような声で耳打ちする。


「尾行けられている。後方約十ヤードに生命反応」

「十ヤードだって?」


 リドレック達が歩いているのは一本道だ。

 目視できる距離で身を隠す場所もないのに、背後に人影は見えない。


「何人だ?」

「人数は……ひとり、だと思う」

「ひとりだけ?」


 ますますもっておかしい。

 現在パンドラ・ボックスに居るのは、各騎士団寮の代表者六名によって編成されたパーティーだけだ。

 迷宮内では基本、パーティーで行動するため、単独で動いている人間などいないはずだ。


 警告したミナリエも、半信半疑であるようだ。

 疑惑の眼差しを向けるリドレックに気まずそうな表情を浮かべると、


「……あ、気配が消えた。すまん、気のせいだったようだ」

「こちらが察知したことに気づいて気配を消したのかもしれん。引き続き警戒を続けてくれ」

「ああ、わかった」


 あらためて警戒するように指示を出す。

 が、ミナリエはリドレックの傍から離れなかった。


「まだ、何かあるのか?」

「いや、さっきの事何だがな。ライゼさんの事……」

「言い過ぎだ、とでも言いたいのか?」

「いや。そんなことは無い。お前の言っていることは正しいと思う、正しいと思うが、お前らしくないと思ってな」


 ミナリエとはこの学校に入学して以来の付き合いだ。

 かれこれ二年以上の付き合いだが、あそこまで激しく怒りを露わにするところを見るのは彼女も初めてであった。


「リーダーとしてチームを率いるなんて、生まれて初めての経験なのだろう? 緊張しているのはわかるが、肩に力が入っているとうまく行かんぞ。もうちょっと気楽に構えてみてはどうだ? いつもみたいに」

「別に緊張などしていないし、いつも通りにやっている。余計な心配は無用だ」

「……そうか」


 いつもと違う素っ気ない返事はまさしく緊張している事を示していたが、ミナリエはそれ以上詮索しなかった。


 やがて、進行方向に異変が起きた。

 一本道の突き当り、パーティーの行く手を阻むようにエアロックが姿を現した。


「全員止まれ」


 先頭を行くヤンセンが後続に向かって警告する。

 右腕を横に突き出し、隊列を止める。


「そこにトラップがある」


 扉の手前。

 廊下の真ん中あたりをヤンセンは指さした。

 素人目にはただの廊下にしか見えないが、技術者にしか見えない仕掛けにヤンセンの目はとらえていた。


「単純な落とし穴だ。排気ダクトを流用した物だろう。そこに足を踏み込んだら、迷宮の外に強制排出される」

「外って、空中に!?」

「ああ、地上に向かって真っ逆さまってわけだ」


 落っこちて行く姿を想像したのか、サイベルは身をすくませる。

 後方に居る仲間たちをそのまま待機させると、ヤンセンは背中に背負っていたバックパックから、手のひらサイズの黒い円盤を取り出した。


「それは?」

「感圧センサーを欺瞞する装置だ」


 言うと、ヤンセンは落とし穴があると指さした辺りに放り投げる。

 欺瞞装置はからからと音を立てて回転すると、通路の真ん中でぴたりと止まる。


「よし。これで罠は起動しないはずだ。もう上を歩いても大丈夫だぞ」


 言うや否や、落とし穴があると言った場所に自ら足を踏み入れる。

 とんとん、と、その場で飛び跳ねて見せるが、罠が起動する気配は無い。


「危ないじゃないですか、ヤンセンさん」


 大胆な行動に驚いたのだろう、ミナリエの顔は恐怖に引きつっていた。


「いくら解除したからって、万が一、って事があるでしょう?」

「万が一などあるものか。自分の腕が信用できないならば、技術者なんぞ務まらん」


 得意げな様子で胸を張るヤンセンに、神妙な顔をしてライゼが呟く。


「……しかし妙だな」

「どうしたんだ、ライゼ?」

「トラップだよ。この落とし穴と言い、さっきの鉄球と言い、今回の迷宮は随分と凶悪なトラップを設置している。どちらも一歩間違えれば相手を殺しかねない必殺トラップだぞ。前回まではこんな危険な物は配置されてなかったのに……」


 思案に暮れるライゼに、横からサイベルが割り込む。


「それだけ、今回パンドラ・ボックス内に価値あるお宝が配置されているって事なんじゃね?」


 悲観的なライゼとは対照に、サイベルは楽観的であった。

 彼の頭の中には、まだ見ぬ財宝の事で一杯のようだ。


「……ま、そう言う事なんだろうな」


 ライゼがうなずくと、桃兎騎士団のパーティー一同は揃ってエアロックに向き直る。

 

 サイベルの言葉を真に受けたわけでは無いが、無機質なエアロックも宝の部屋に見えて来た。


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