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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅢ. 神の迷宮】
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15. ガフ・コレッティ

「入れ」

 

 ソフィーと同じく、カードキーで扉を開けると、ゼリエス・エトは中に入るように促した。

 ゼリエスに敗れたメルクレア達は、言う通りおとなしく従う。

 拘束されているわけでも、剣を突きつけられているわけでもない。

 そんな事をしなくても、この殺し屋はいつでもメルクレア達を切り捨てることが出来る。

 実力差をあらためて思い知らされたメルクレアは、もはや抵抗する気力すら残っていなかった。


 部屋の中は、ちょっとした体育館ぐらいの広さがあった。

 機関部の他の場所と同様、壁にはむき出しの配管が張り巡らされている。


 中央部の床には円形状の大穴が開いている。

 スベイレンの底面に続いているらしく、手すりのすぐ向こう側には青空と雲海が見える。


「……ここは?」

「重力場発生装置だ」


 メルクレアが呟くと、ゼリエスが天上を指さした。

 天井には、レーダードームに似た巨大な機械がぶら下がっていた。

 蜂の巣型の六角形の投射機は、大穴に向けられていた。


「あそこから重力場発生装置を使って《パンドラ・ボックス》を吊り下げている」


 メルクレア達は、大穴に近寄った。

 手すりから身を乗り出し覗き込むと、大穴のすぐ下に《パンドラ・ボックス》の姿があった。


「うわ、すっごい! おっきい!!」


《パンドラ・ボックス》の威容にメルクレアは歓声を上げる。

 ついさっき、ゼリエスにやられたことはすっかり忘れてしまったらしい。

 まるで社会科見学に来た子供のように、大空に浮かぶ移動要塞を見つめはしゃいでいた。

 

 その姿を後ろからゼリエスが見守っていた。

 勝手に動き回る少女達を、不思議なことにゼリエスは咎めようとはしなかった。

 それこそ社会科見学の引率よろしく、ただ少女達の後姿を見つめていた。


「あなたたち! 何やっているの」


 やがて、部屋の奥からソフィー・レンクがやってきた。

 眉を吊り上げ、こちらに向かってかけ寄ってくる。


「一体、どういうこと!? ゼリエス・エト!」


 開口一番、文句をつけたのは少女達では無く、ゼリエスであった。


「なぜこの娘達がここにいるの?」

「連れて来たのはソフィー・レンク、あんただ」


 激昂するソフィーを、ゼリエスは涼しい顔で受け流す。


「市場からずっと後をつけられていたんだ。気が付かなかったのか?」

「尾行くらい気が付いていたわよ」

「…………え?」


 目を丸くするメルクレアを捨て置いて、ソフィーはさらにゼリエスに言い募る。


「あんなヘッタクソな尾行、気が付かないはずないでしょう。扉に鍵をかけておけば中には入れないだろうから、放っておいたのよ。それなのに、何で中に入れちゃうのよ!?」

「扉を錬光技で吹っ飛ばそうとしやがったんだ、こいつら。」

「追い払えばいいでしょうが! どうすんのよ、完全に巻き込んじゃったじゃない。知らないわよ。この娘達に何かあったら、リドレックに殺されるわよ!?」

「そいつは、楽しみだ」


 本当に楽しそうに笑うゼリエスに、ソフィーは閉口する。

 やがて、メルクレア達に責めるような眼差しを向けた。


「……それで、何の用?」

「何の用、って……」

「何でここにいるの? あなた自分の立場、理解しているの?」

「そんなの! ……ってか、あんたこそここで何しているのよ!?」


 確かにその通りだが、テロリストに説教される筋合いはない。


「何で機関部に居るの? 立ち入り禁止でしょう? またテロでもやらかすつもり? そもそもあんた、何でスベイレンにいるの? 退学になったんじゃないの?」


 矢継ぎ早に問い詰めるメルクレアに、ソフィーは困ったような表情を浮かべ首をかしげる。


「……わたし、退学になんてなってないけど?」

「…………え?」

「いや、だから、あたしは退学になんかなってないわよ。ここん所、忙しくて出席してないけど。桃兎騎士団寮にも籍はおいてあるわ。エルメラ寮長から聞いてない?」

「ウソ!? あんだけのテロ事件を引き起こしておいて、

「取引したのよ、総督と」

 

 しれっとした表情で、ソフィーは答える。


「無罪放免と引き換えに、私は総督の部下としてリドレックやそこに居るゼリエスと一緒に、総督府で働いているのよ」

「ぶ、部下ぁ!? あんた達が?」


 振り向くと、ゼリエスが肩をすくめる。

 どうやら、ソフィーの言っていることは本当のようだ。


「部下、って一体、何やってるのよ」

「今は先代総督ガフ・コレッティの不正行為を暴くための捜査をしているわ」


 ◇◆◇


 先代総督ガフ・コレッティは帝国領内における地方官僚の典型例と言えた。

 すなわち、強欲で、貪欲。

 狡猾にして、好色。

 猜疑心が強く、嫉妬深い。

 自らの栄達の為ならばあらゆる努力を惜しまず、他人を蹴落とす機会は見逃さない。


 ガフ・コレッティはスベイレン総督としての権力を最大限に活用し、むずからの欲望を忠実に、大胆に、そして徹底的に追求した。


 十字軍が調達した戦利品の横流し。軍需物資の横領。 

 麻薬など、武器などの禁制品の密貿易。

 売春の斡旋。公文書偽造。脱税。株式のインサイダー取引。等々、

 犯罪と名のつく物全て、ありとあらゆる悪行に手を染めていた。


 これ程の犯罪行為に手を染めていながら、彼は決して尻尾を掴ませることは無かった。

 十字軍をはじめとする司直の手から逃れ続け、表向きはやり手の官僚としての仮面をかぶり続けた。


 しかし、そんな彼にも破滅の時が訪れた。


「ガフの最大の失策は、ここが学校だと言う事を失念していた事です。そして、自分が生徒達を教え導く立場にあることを理解していなかった。教育者として、決してやってはならない致命的なミスを犯したのです」


 口惜しげな表情でカイリス・クーゼルは、先代総督の悪行を並べ立てる。

 十字軍である彼は、ガフ・コレッティは長年にわたり追い続けてきた犯罪者であり、今以て捕まえることが出来ない容疑者であった。


「今から半年前の事です。試合中の事故で一人の生徒が死亡しました――名前はレオニード・レンク」


 レオニード・レンクにまつわる悲劇は、ランドルフも訊いている。


 事件当時、碧鯆騎士団寮の所属だった彼は、闘技大会の中でも最も過激とされる競技、バトルロイヤルに参加。

 試合中の事故により死亡したとされている。


 この事件は後に、レオニードの姉であるソフィー・レンクを凶行に走らせる遠因になった。


「ここは学校だ。厳しい訓練も、実戦形式の闘技会も、全ては生徒のためにある。その生徒を、あろうことか試合中の事故で死なせてしまっては元も子もない。学校運営の責任を問われたガフ総督は、各方面からの非難の矢面に立たされることになったのです」


 バーンズ校長の話によると、当時のマスコミの風当たりはかなり厳しい物であったと言う話だった。

 数々の犯罪に手を染めていた総督であっても、騎士学生を死なせた罪までは免れることはできなかった。


「立場を失ったガフ総督は、スベイレンから逃げ出す準備をしました。不正行為によって蓄えた私財をなげうち、帝都に居る高級官僚を買収し、スベイレン総督として培った人脈を使い、あらゆる重要人物を脅迫した。なりふり構わぬ裏工作が功を奏して、ガフ総督は帝都への召還を勝ち取ったのです」


 これもまた、地方官僚の典型例であった。

 元々、総督など長くやるものでは無く、上を目指すための腰かけくらいにしか考えていない。

 彼ら地方官僚の最終目標は中央への帰還である。

 不正行為で私財を蓄え、不正な手段で出世する。

 帝国の腐りきった官僚制度は、完全にシステム化されているのだ。


「スベイレンを離れるにあたって、ガフは身辺整理を行いました。自分の子飼いの部下である剣技教官のシシノ・モッゼスに、後始末を一任。シシノは真耀流の同門であるゼリエス・エトを使い、不正にかかわった関係者すべての抹殺を命じました」


 そのうちの一人が、エミエール商会会長、セイア・エミエールである。

 殺害現場を目撃されたゼリエスは、リドレックの告発により逮捕。

 医療刑務所に放り込まれることとなった。


「こうしてガフ・コレッティは、悪徳の限りを尽くしてスベイレンから立ち去りました――不正の証拠となる様々な品々を《パンドラ・ボックス》の中に封印して」


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