14. 資料館
「どうやら助かったようだな」
鉄球の音が遠ざかって行くのを聞きながら、リドレックは胸をなでおろす。
落ち着いたところで、リドレックはパーティーの人数を確認する。
「みんな、無事か?」
大した距離を走ったわけでは無いが、鉄球との追いかけっこは精神的に堪えるものがあった。
全員、疲労困憊の様子で床にへたり込んでいた。
「ああ」
「おう」
「無事だ」
「生きてるぞ」
「何とかな」
ライゼ、ヤンセン、ミナリエ、サイベル、ラルクと――全員いる。
全員無事な事を確認して、ようやくリドレックは立ち上がった。
あらためて、部屋の中を見回す。
「……で、ここは何なんだ?」
慌てて飛び込んだ部屋は、例えるならば水族館のようだった。
薄暗いのでよくわからないが、部屋の中はかなり広い。
照明の無い部屋の中に、光子シールドのケースがそこいら中に置かれている。
「わからん」
《パンドラ・ボックス》の立体図を眺め、ヤンセンが頭を振る。
「こんな部屋、地図には載っていない。おそらく、三年前の改修工事の際に作られたのだろう」
「どうやら、資料館のようだな」
ケースに近寄り、中身を覗き込みながら、ライゼが呟いた。
「資料館?」
「歴史的資料価値のある品々を保存しておく場所だ。ほら、これ見ろよ」
そう言って、リドレックに向かってケースを指さす。
ケースの中に陳列されていたのは騎士姿の人型であった。
マネキンの着ている光子甲冑は、リドレック達が着けている物よりかなり旧式の物に見えた。
鶏冠型の兜に積層構造の胴鎧は、装飾過多で見栄えは良くみえるが実用性はかなり乏しい。
「戦国時代後期の光子甲冑だ。形状から見て親衛隊の物だな」
「そんなの、見ただけでわかるんですか?」
「家紋が入っていないだろ? つまり爵位制が導入される以前の物ってことだ。もしかしたら、フロストリンネの乱で使われていたかもしれん。美術品としても、価値は高いだろうな」
意外なことに、ライゼは骨董品の目利きが出来るらしい。
監督生の意外な特技に感心していると、
「ライゼさん! ライゼさん! こっち来てくれ!」
興奮した様子のサイベルが手招きする。
ケースの一つを凝視し、目を輝かせていた。
「なんか凄そうなのが並んでいるぜ」
ケースの中身は、錬光石の細工物であった。
トロフィーやメダル。
グラスやカップ。
表彰盾と思われる石板もあった。
それらすべて錬光石で出来ており、素人目に見てもいかにも値が張りそうであった。
「……これは、四公時代の細工物だな」
「高いの? なぁ、高いの!?」
「ああ、この時代の細工物は出来がいいんだ。持って帰れば一財産築けるな。ヤンセン、こいつを開けてくれ!」
「わかった」
ヤンセンは陳列ケースの開錠に取り掛かかる。
《パンドラ・ボックス》内の警報や施錠された鍵を開けるのは、ヤンセンの役目だ。
七つ道具と思しき工具を取り出しケースに取り付くヤンセンと、それを見守るライゼをリドレックは慌てて止めに入る。
「ちょっと、何やってるんですか!?」
「何って、回収するんだよ」
当然、といった様子でライゼが答える。
「これだけのお宝、滅多にお目にかかれないぞ。好事家に売れば結構な値がつくはずだ」
「こんなガラクタ、回収してどうするんですか? そんなことより、先に進みましょうよ!」
「ガラクタなんかじゃない。歴史的資料価値のある立派なお宝だ」
「開いたぞ」
言い争っている間にも、ヤンセンは陳列ケースの鍵を開けてしまった。
「おお、早いな!」
上機嫌のライゼは、早速ケースの中から陳列物を取り出した。
錬光石で出来た石板をいそいそと背負い袋の中にしまうライゼに、リドレックの怒りが爆発した。
「作戦会議で言ったでしょう!? 僕たちが目指すのは迷宮の最奥。こんな所で余計な時間を……」
話の途中で、リドレックは突如、その場から飛び退った。
リドレックのいた場所に、光子武器が突き刺さる。
投擲用の槍――ジャベリンは床に突き刺さると同時、爆発した。
「……くっ!」
襲い来る爆風に、慌てて《翼盾》を展開する。
背中から生えた翼状の光子フィールドがリドレックの全身を覆う。
間一髪のところで爆風を逃れる。
光子武器の爆発はすぐに収まった。
派手な爆発であったにも関わらず、周囲の被害は皆無であった。
「な、なんだ!?」
欲の皮を突っ張らせたライゼも、無事であった。
石板の入った背負い袋を大事そうに抱え、周囲を見回している。
「よお、リドレック!」
陽気な声と共に、陳列ケースの影から一人の男が姿を現した。
水色のアンダースーツに、両手に持った二本のジャベリン。
屋内で平然と爆発技を使う非常識なこの男を、リドレックは知っている。
「……グッス・ぺぺ」
「久しぶりだな、ってさっき会ったばかりか。スタート直後にいきなり出くわすとは、お前とはよくよく縁があるらしい、なっ……!」
話しの途中で、グッスは攻撃を仕掛けてきた。
両手に構えたジャベリンをこちらに向けて突き出す。
「クッ!」
無駄のない鋭い攻撃を、間一髪のところでリドレックは躱す。
初撃をかわしても、攻撃は止まらない。
グッスは二本のジャベリンを巧みに操り、リドレックに挑みかかる。
流れるような連続攻撃は、全て急所を狙ったものだ。
実戦至上主義のグッスは、他の選手が躊躇うような加減抜き攻撃を平然と使って来る。
「リドレック!」
圧され気味のリドレックに加勢しようとするライゼだったが、しかしそれは叶わなかった。
陳列ケースの影から次々と、武装した騎士たちが姿を現す。
揃いの水色のアンダースーツは、彼らがグッスと同じ碧鯆騎士団の所属であることを示していた。
グッスを援護するべく碧鯆騎士団の騎士たちは、桃兎騎士団の仲間たちに襲い掛かってゆく。
瞬く間に資料館の中は、桃兎、碧鯆、両騎士団が入り乱れる混戦状態となった。
(このままでは埒があかない!)
執拗に攻撃を加えるグッスに、手のひらを向け制する。
「待ってくれ、グッスさん! ここは穏便に済ませようじゃないか」
「穏便だぁ?」
訝しげな表情を浮かべつつも、グッスは足を止めた。
「ああ、ここにあるお宝はあなたに譲りますよ」
両手を広げ、部屋の中にある展示ケースを指し示す。
「だから、このまま黙って僕達を先に行かせてくれないか?」
「ほう、それはまた随分気前がいいな? だが……」
再びジャベリンを両手に構え、リドレックに襲い掛かる。
「そいつは聞けねぇなぁ!」
「何故だ!」
「こんなガラクタなんぞより、お前の首の方が余程価値がある。潰せる絶好の機会、見過ごせるかよ!」
「……やっぱりあんた決闘の事、根に持ってるだろ?」
「たりめーだ、ボケ!」
叫ぶと同時に、グッスは後方に飛んだ。
距離を取った所で、ジャベリンを投げつける。
うなりをあげて迫る投槍をリドレックは〈翼盾〉で弾いた。
「てめぇのせいで一週間もベッドの上で寝たきりだったんだぞ! 尿道に管つっこまれて身動き一つできない生活がどんだけみじめだったか、お前に解るか!?」
腰から新たにジャベリンを引き抜き展開する。
槍の先端をリドレックに向かって突き出し、宣言する。
「ここであったが百年目! 借りはきっちり返させてもらうからな!!」
やる気をみなぎらせるグッスに、リドレックは思案する。
決闘では〈毒蛇の大槍〉を使って瞬殺したが、まともにやり合うとグッスは実に手強い相手であった。
遠近両用のジャベリンという武器の特性を生かし、間合いを自在に変化させる。
時間をかけて確実に相手を仕留めるのが彼の戦闘スタイルである。
このまま戦い続けてもいたずらに時間を浪費するだけだ。
彼を倒さない限り、先には進めないだろう。
「……わかりました、僕も本気で行きますよ」
「いいねぇ。ようやくやる気になってくれたかい」
覚悟を決めると、リドレックは腰の剣帯から〈茨の剣〉を抜いた。
刀身から垂直に取り付けられた柄を持つ異様な形状のこの武器は、リドレックが地上原住民から奪い取って来たものだ。
〈茨の剣〉に意識を這わせると、内蔵された六個の錬光石が反応する。
黄緑色の刃の先から光子の茨が顕現する。
リドレックの意志の力で生み出された光子の茨は、一本、二本、三本と、増殖し、拡散する。
「クッ!」
増殖する光子の茨に、グッスは身構える。
しかし、リドレックの操る光子の茨は、直接グッスに襲い掛かる事はしなかった。
光子の茨は触手のように蠢きながら近くにあった展示ケースに絡みついた。
展示ケースを梱包するようにその身を巻きつけると、茨はそのまま上に持ち上げる。
「なっ!」
高々と持ち上げられた展示ケースを見て絶句するグッスに、そのまま投げつけた。
「うわぁっ!!」
頭上から降り注ぐ展示ケースを、グッスは寸での所で避ける。
同じ要領で、リドレックは茨を操り展示ケースを持ち上げる。
そして今度は別の碧鯆騎士団の騎士に向けて投げつける。
「ひぇぇっ!」
仲間たちと戦っていた碧鯆騎士団員は、戦闘を止め慌てて逃げ出した。
光子の茨は次々と展示ケースを持ち上げては、投げ捨てるという作業を繰り返す。
資料室の中は、碧鯆騎士団員たちの悲鳴と展示ケースの転がる音で満たされる。
「バ、馬鹿ッ! 無茶すんな!!」
倒れる展示ケースを見て、グッスが悲鳴を上げる。
先程は興味無いと言っていたが、やはりお宝が惜しいらしい。
光子シールドで覆われた展示ケースの中身は、投げ飛ばしたぐらいでは傷一つつけることはできないはずだ。
それでも、収蔵品の安否が気になるのだろう。
飛び交う展示ケースを見つめる、グッスの顔は蒼白であった。
浮足立つグッスと碧鯆騎士団に、リドレックは仲間たちに向かって叫ぶ。
「撤収するぞ! みんな、出口に向かって走れ」
リドレックの指示に従い、各自に分かれて戦闘していた仲間たちは出口に向かって一斉に駆け出す。
「だから、逃がさねぇって!」
背を向けて逃走するリドレックに、グッスはすかさず追撃する。
背後から襲い掛かるグッスの眼前に向け、リドレックは右手をかざした。
瞬間、眩い光がグッスの目を灼いた。
「目つぶしか!? 小癪な!」
錬光技〈閃光〉。
幻術系の中でも初歩的だが、使いどころを選べば絶大な効果をもたらす錬光技である。
暗がりの中、光量を増幅していたのが仇となった。
許容量を超えた光量に、失明を防ぐためにバイザーが自動的に補正。
グッスの視界が真っ白に染まった。
「クソッ!」
慌ててバイザーの視覚モードを手動で切り替えるが、時すでに遅し。
視覚を取り戻した頃には、桃兎騎士団一行の姿は部屋の中から消えていた。
部屋の中にあるのは、そこいらじゅうに倒れた展示ケースの山だけだ。
「……逃がしたか」
舌打ちするグッスの元に、碧鯆騎士団の仲間が駆け寄る。
「どうする? 追いかけるか」
「いや、止めておこう。……やっぱ、あいつ強ぇな」
仲間たちに聞こえないように小さくつぶやく。
手加減知らずのグッスであっても、相手の実力が見極められないほど馬鹿では無い。
あのまま戦いを続けていれば、負けていたのはグッスの方だろう。
それよりも、今は手に入れたばかりの戦利品の回収に集中すべきであった。
「せっかく譲ってもらったお宝だ。お言葉に甘えて頂いておこうじゃないか」
「そうだな。みんな、手分けして運び出すぞ」
碧鯆騎士団はその場で鍵を開けるような面倒なことはしない。
ケースの底には反重力移動ユニットが設置されており、そのまま自動運搬車として使用可能だ。
プログラムを設定しておけば、通路に仕込まれたガイドシステムを読み込み自動的に外に運んでくれる。
後は、外で待機しているバックアップ要員がケースを回収してくれる手はずになっていた。
こうして碧鯆騎士団は、資料館にある展示ケースを根こそぎ持ち出していった。
「大漁だな」
「数だけ揃っても意味は無い」
順調に運び出される戦利品に、しかしグッスの表情は晴れることはなかった。
「狙いはあくまでも《四公の銘板》だからな」




