13. 狂戦士、再び
スベイレン下層部の底辺区画は、機関部となっている。
この機関部には、天空島を浮遊させるための動力源がある。
天空島において最も重要な区画である機関部は、整備関係者以外立ち入り禁止。
一般人は近寄ることすら許されない。
その聖域を、ソフィー・レンクは堂々とした足取りで歩いてゆく。
機関部はフルオートメーション化されており、定期点検か緊急時でもない限り整備員の姿をみることは無い。
静まり返った機関区画に、ソフィーの規則正しい足音だけが響く。
迷路のように入り組んだ通路の中にあっても、その足音に乱れはない。
まるで歩き慣れた散歩道を行くように、ソフィーは機関区画の作業用通路を進んでゆく。
その後を三つの影が追う。
物陰に身を隠し、ソフィーの背中を窺がうのは、メルクレア、シルフィ、ミューレの三人であった。
三人は先を行くソフィーに気づかれないよう、距離を取りつつソフィーの後を追いかけていた。
「ねえ、メル。あたしたち何やってるの?」
「何って、あの女を尾行しているんでしょう?」
シルフィの疑問に、さも当然のことのように答えるメルクレア。
市場通りでソフィーを目撃したのは数分前の事。
ここまであとをつけて来たのだが、さすがに機関部まで追いかけるようなことになるとは思わなかった。
「いや、だから何であの女を尾行しなきゃなんないの?」
「何でって、……だってあの女はテロリストなんだよ!?」
ソフィー・レンクはかつて桃兎騎士団に所属していた学生騎士であり、裏切り者であった。
一月前、彼女とその仲間達が引き起こしたテロ事件は多数の死者を出す大惨事となった。
メルクレア達も危うく殺される所であった。
「スベイレンに戻って来たって事は、きっとまた何かやるつもりなのよ。」
「それは、そうなんだろうけど……」
「危険よ」
ミューレは静かに、しかしはっきりとメルクレアに告げる。
「相手はテロリストなのよ。今すぐ引き返すべきよ」
「引き返してどうするの」
「どうするって、エルメラ様に報告して……」
「いないじゃない」
三人の保護者であるエルメラ寮長は現在、迷宮攻略戦のバックアップとして試合に参加している。
護衛役であるリドレックも、今は《パンドラ・ボックス》の中にいる。
当然のことだが、試合中は連絡が取れない。
「他に頼れる人はいないわ。あたし達だけでやるしかないのよ」
やがてソフィーは、通路脇にある扉の前で足を止めた。
カードキーを取り出し、扉をあけると、ソフィーはそのまま中に入っていってしまった。
メルクレアは慌てて扉に駆け寄るが、
「ダメ、鍵がかかっている!」
「ここまでのようね」
どうやら追跡は失敗に終わったようだ。
呆気ない幕切れだったが、シルフィは内心、ほっとしていた。
シルフィとミューレの二人は、メルクレアの護衛である。
テロリストの尾行なんて危険な真似を、これ以上続けさせるわけにはいかなかった。
「あきらめて帰りましょう。」
「だめよ、あの女をほっておくわけにはいかないわ」
「無茶言わないで、メル。あの女の狙いはあなたの命なのよ。それなのに、
「あたしの命なんてどうだっていいじゃない!」
「……メル?」
「あいつは人の命なんて何とも思っちゃいないテロリストなんだよ!? あたしが死ぬのは構わないけど、それに巻き込まれて死ぬ人が出るのは絶対に嫌!」
声を詰まらせつつ、メルクレアは叫ぶ。
一月前に起きたテロ事件は、メルクレアの心に深い傷を植え付けていた。
自分の事よりも、他人が傷つくことを恐れている。
そういう優しい少女だからこそ、シルフィもミューレも、命をかけて守る気になれるのだ。
「あたしのせいで、また人が死ぬなんて、そんなの……、そんなの嫌だよ!」
「……わかったわ」
メルクレアの決意を知ったミューレが頷く。
一月前の事件で傷を負ったのはメルクレアだけでは無い。
二度とあんな事件を引き起こしたくないという思いはミューレも同じだった。
「メル、そこをどきなさい。あたしが開けるわ」
メルクレアを押しのけると、光子武器を取り出した。
杖型光子武器を起動させると、扉に向ける。
「どうするの?」
「錬光技で扉ごと吹き飛ばすわ。危ないから離れていて」
意識を集中させると、錬光石のはまった先端に輝きが収束してゆく。
その集中力をかき乱すように、
背後から声がかけられた。
「やめろ」
三人が一斉に振り返る。
いつからそこにいたのか、通路の真ん中に一人の青年が佇んでいた。
痩せぎすの長身。
不健康な土気色の肌。
手入れのされていない長髪の下には、炯炯と光る眼光があった。
不吉な殺気をその身に纏うこの男は、
「……ゼリエス・エト!」
突如、姿を現したかつての宿敵に、メルクレアの体が反射的に動いた。
「……このっ!」
腰の剣帯から短剣を引き抜き、投げつける。
抜き打ちで放った短剣を、セリエスは難なく躱してしまう――が、それで充分であった。
ゼリエスと対戦するのはこれが二度目。
この程度の奇襲が通用しないことは既に分かっている。
これはただの時間稼ぎ。
その隙に、シルフィとミューレの二人が左右に散開し戦闘準備を整える。
「はっ!」
裂帛の気合と共に、杖をゼリエスに向ける。
杖の先に埋め込まれている錬光石から光弾が迸る。
連続して撃ち込まれる光弾の、その全てをゼリエスは紙一重の動きで躱す。
「たぁっ!」
光子剣を手にしたシルフィが襲い掛かる。
最高のタイミングで仕掛けた
次の瞬間、シルフィの手から剣が消えていた。
「……え?」
いつの間に抜いたのか、ゼリエスの手の中には光子剣が握られていた。
そしてシルフィの剣は、右側約壁に突き刺さっていた。
光子剣を展開し、シルフィの剣を弾き飛ばした
文字通り抜く手も見せぬ早業に、茫然とした表情でシルフィは自分の掌を見つめる。
「せやっ!」
棒立ちとなった二人と入れ替わるようにして、メルクレアがゼリエスに突進する。
剣の間合いに入った瞬間、メルクレアの体が三つに分かれた。
「むっ!?」
幻影系錬光技〈分身〉。
真耀流剣術免許皆伝のゼリエス相手に剣技は通用しない。
錬光技を絡めた変則攻撃で、ゼリエスを翻弄する。
「はぁあああっ!」
左右、中央。
三方からの同時攻撃に、ゼリエスが動く。
狙いは、右。
突進してくるメルクレア目がけ、ゼリエスは剣を突き出した。
「うそっ!」
分身を見抜かれ、メルクレアは悲鳴と共に足を止める。
それと同時、残りの二人の姿が消えた。
ゼリエスが突き出した剣の切っ先は、メルクレアの喉元にぴたりと突き付けられていた。
「動くな」
鋭い声と眼差しで、ゼリエスはメルクレアの動きを制する。
「動けば、切る」
その一言で、勝敗は決した。




