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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅢ. 神の迷宮】
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10. 試合の裏で

 迷宮攻略戦ダンジョンマッチが行われている間、港湾地区は閉鎖される。

 中に入れるのは出場選手とバックアップ要員、そして審判や衛生班などといった試合を運営するスタッフだけだ。


 港湾地区に隣接する市場通りには、騎士学校の生徒達で溢れかえっていた。

 いつもは交易商人たち行き交う通りも、今日だけは試合に出れない憂さ晴らしに騒ぐ学生たちに占領されていた。

 市場通りのそこかしこに看板がわりに掲げられたホロ・モニターには《パンドラ・ボックス》の様子が映し出されていた。

 ホバーランチが《パンドラ・ボックス》の中に接舷すると、学生たちは一斉に歓声を上げる。


 その騒ぎを遠巻きに見つめていた、シルフィが呟く。


「始まったみたいよ、試合」

「どうでもいいよ」


 メルクレアは気のない返事を返しただけだった。

 ホロ・モニターから目を背け、試合の様子を見ようともしない。


「何拗ねてるの?」

「拗ねてなんかないもん!」


 まさしく拗ねたような口調で、メルクレアは口を尖らせる。


「いい加減、機嫌直しなさいよ、メル」

「そうよ、せっかく市場通りに来ているんだから楽しまないと」


 試合にこそ出られなかったが、良い事もある。

 エルメラも《パンドラ・ボックス》リドレック達をバックアップする為に忙しい。

 つまり、お目付け役から解放されて、悠々と羽を伸ばすことが出来るということであった。

 こうして、市場通りで食べ歩きすることも出来るという訳である


「楽しんでいるもん!」


 そう言うと、メルクレアは手に持っていた串焼きを噛みちぎった。

 メルクレアは試合に出れない鬱憤を、食欲を満たすことで発散していた。

 彼女の手の中には様々な食べ物が握られている。

 鳥の串焼きに、チョコバナナ、クレープに腸詰焼きと、市場通りにある屋台から食べ物をかっさらい、片っ端から平らげてゆく。


 メルクレアの胃袋は非常に燃費が悪いらしく、いくら食べても太らない。

 しかし、シルフィやミューレは違う。

 このままやけ食いに付き合っていると、確実に太ってしまうだろう。


「もういい加減お腹いっぱいなんだけど、別の場所に行かない?」

「私、お風呂屋さんとか行ってみたいんだけど」


 うんざりとした表情のミューレに、シルフィが提案する。

 水が貴重品である天空島の住人にとって、入浴は娯楽の一つである。

 公共浴場は入浴以外にもマッサージやゲームコーナー、食事処などを備えた総合レジャー施設である。

 ミューレやシルフィのような良家の子女は公共浴場に出かけると言う機会が無かった。

 上流階級の家には家風呂があるので、わざわざ公共浴場に出かける必要が無い。

 

 食べ歩きにいい加減飽きてきたミューレは、一も二も無く賛同する。


「それいいんじゃない? あたしもひとっ風呂浴びてすっきりしたいわ」

「それじゃあ、今調べるわね」


 そう言うと、シルフィは通信用錬光石を取り出した。

 ホロ・モニターを展開すると、光子力通信網にアクセスして公共浴場の情報を検索する。


「ここなんて良さそうじゃない? 何だか入浴料が高めだけど、女性専門店みたいだから安心よね」


 差し出されたホロ・モニターを、ミューレが覗き込む。

 

『高級ソープ。破恋恥倶楽部』


 と、書かれたピンクと紫を多用した毒々しい色使いのサイトには、あられもない女性たちの写真が貼り付けてあった。


「……シルフィ、ここは違う」

「…………え? でも『一時間ポッキリで、スッキリ、サッパリ!!』って書いてあるわよ?」

「別の所をスッキリさせるところだから、主に男が」

 

 下層階は、こういういかがわしい店も少なくない。

 世間知らずのシルフィに、ミューレは軽い眩暈を覚えた。


「まったく、危なっかしいったらありゃしない。メル、あんたも勝手に動き回ったりなんかしちゃだめよ。……メル、どうしたの?」


 そこで、ミューレはメルクレアの様子がおかしい事に気が付いた。

 食べかけの串焼きを握りしめ、市場通りを行き交う人々を凝視したまま動かない。


「あの女……」


 メルクレアの視線の先に居るのは一人の女性だった。

 長い黒髪の、雑踏の中にあっても一際目立つ美貌の女性は――忘れもしない。


 一月前、メルクレア達を殺そうとした女テロリスト。

 ソフィー・レンクだ。


 ◇◆◇


 試合開始直後、指令室の総督は早々と退屈していた。


 ホバーランチに乗った選手たちが《パンドラ・ボックス》に向かって意気揚々と乗り込んでゆくまではよかったのだが、その後一切動きが無い。

 選手達を送り込んだホバーランチも、入り口に待機したまま動かない。


 足元に浮かぶ《パンドラ・ボックス》を見下しランドルフ総督は、何故この迷宮攻略戦が開催中止になったのか理解した。


(……成程、これはつまらんな)


《パンドラ・ボックス》は外界と完全に途絶しているため中の様子は見ることが出来ない。

 闘技場のように、選手たちが命がけで戦う姿は見ることはできない。

 行く手を阻むモンスターや、迷宮の各所に隠された財宝も、全て《パンドラ・ボックス》の中に居る選手達しか目にすることが出来ないのだ。

 迷宮攻略戦は選手たちにとっては楽しいイベントなのだろうが、観客にとっては退屈極まりない。


 その内、戦闘で負傷した選手や、財宝を回収した選手たちが出てくるはずだ。

 新たな動きがあるまでどうやって暇をつぶそうかと考えていると、


「ランドルフ閣下、ですね?」

 

 唐突に背後から声をかけられた。

 いつの間に入って来たのだろうか、振り向くとそこには一人の青年が立っていた。

 年の頃は二十代の半ば。

 短刀で削り落としたような鋭角な顔立ちに、炯炯とひかる眼光を持つ男であった。

 香油で無造作になでつけただけの髪に、顎先に蓄えた無精髭は、若手貴族たちの間で流行りの、伝統を重んじる貴族たちの間では不評のファッションであった。

 長身の肉体を着崩した軍服でつつみ、その上に左半身だけを覆うマントを羽織っていた。

 マントに描かれた白地に赤十字は、彼が十字軍の兵士であることを示していた。


 数多の生と死の狭間を覗いてきたであろう、その眼で総督をねめつけると、男は堂々とした口ぶりで名乗りを上げる。


「お初にお目にかかる。十字軍イウラヒエ方面103哨戒中隊隊長。カイリス・クーゼルです」

 

 

 どうやら校長の足止め工作を振り切り、ここまで押しかけて来たらしい。

 禿げ頭の役立たずに向かって胸中密かに毒づくと、ランドルフは無理やり愛想笑いを作り上げる。


「初めまして、クーゼル卿。スベイレン総督のアルムガスト・レニエ・ランドルフです」

「新総督の御高名は聞き及んでおります。私の部下が世話になっているそうで」

「……部下?」

「リドレックですよ。リドレック・クロストは私の部下です」


 そういえば、と、

 以前、リドレックから聞いた話を思い出す。

 リドレックとクーゼルは騎士学校の先輩後輩の間柄であったそうだ。

 十字軍に参加したのも、クーゼルの仲介だったと訊いている。


「話によると、総督の秘書をしているとか。随分と重用してくださっているようですな?」

「……はあ」

「それは何より。あの男、腕は立つのですがいささか気難しい所が御座いまして、総督閣下に失礼があってはと気にかけていたのですよ」


 その声音には所々に角がある。

 自分の部下をいいようにこき使っているのが面白くないらしい。

《白き不死鳥》リドレック・クロストを使いこなせるのはカイリス・クーゼルを於いて他になく、スベイレン総督風情如きには手に余る、と言いたいのだ。


 挑戦的な態度の騎士に向かって、総督はあくまでも丁寧に応対する。


「で、御用件は何ですかな? 現在はご覧のとおり試合中でしてな。手短にお願いしたい」

「用と言うのは他でもない。その試合の事です」


 カイリス・クーゼルは有無を言わせぬ強い調子で言い放つ。


「今すぐ試合を中止していただきたい。これは十字軍からの正式な要請です」


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