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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅢ. 神の迷宮】
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8. 埠頭にて

桃兎騎士団の一行が集合場所に到着したのは、試合開始十分前であった。

 集合場所は下層階港湾地区中央第二埠頭である。


試合会場となる《パンドラ・ボックス》は、昨晩のうちに移動して今はスベイレンの真下に停泊している。

眼下に移動要塞を臨む中央第二埠頭では、出場選手たちが待機していた。

 

 埠頭には迷宮へ乗り込むためのホバーランチが駐機していた。

港湾作業用ホバーランチの数は十二。

パーティーの数と同じである。

ホバーランチには既にバックアップ要員が乗り込んでおり、試合開始時刻を前にして最後の調整を行っていた。

桃兎騎士団寮のバックアップ要員である、エルメラ、アネット、ジョシュアの三人も、ホバーランチに乗り込んで整備を行っていた。


当然のことだが、他の出場選手たちはすでに到着している。

すでに準備を終えた出場選手たちは、これから戦う対戦相手となごやかに歓談していた。

 失格ぎりぎりのタイミングでやってきたリドレックの元にも、出場選手たちが挨拶にやって来る。


「おお、来たか。リドレック!」

「トイルさん」


 親しげな様子で話しかけてくるのは黒鴉騎士団寮所属のトイル・レナクランである。

 桃兎騎士団に来る以前、リドレックは黒鴉騎士団に所属していた。

 トイルとは先輩後輩の間柄であり、新人のリドレックを指導したのは彼である。


「遅かったじゃねぇか。なんかあったのか?」

「いえ、別に。黒鴉のリーダーはトイルさんですか?」

「ああ。何しろ急な事だったし、他に人もいないしな」


 荒事に慣れている彼は、迷宮攻略戦にうってつけの人材だった。

経験豊富で後輩からの人望も篤い。

酒癖が悪い事を除けば、頼りになる先輩である。

黒鴉騎士団のリーダーとして申し分ない人選と言えた。


「まったく、次から次へと面倒を引き起こしてくれるよ。新総督殿は。ゼリエスの件が片付いたと思ったら、今度は《パンドラ・ボックス》ときたもんだ」


 ひとしきりぼやくと、

 唐突に、リドレックに向けて顔を寄せる。


「……何かあるのか?」


 神妙な顔つきで、囁くような声で、リドレックに訊ねる。


「何かって、何を?」

「何がってわけじゃないが、今回の試合はどうにもきな臭い。事前の予告も無く、急に開催が決定したのも妙だし。おまけにカイリス先輩も来ているって言うじゃないか」

「カイリス先輩が?」

「知らんのか? 上層階の発着場に十字軍の飛光船が停泊している」

「それは知りませんでした」

「お前は地上で、カイリス先輩の部下だったんだろう? だったら、今回の試合について何か聞いているのではないかと思ってな」

「いいえ何も」

「ふうん……」


 ほんのわずか、リドレックを疑わしそうな目で見るが、


「……まあ、いいさ。考えるのは性に合わん。じゃあな、リドレック。《パンドラ・ボックス》で会おう」


 そう言って、トイルはその場を立ち去った。


 入れ替わりに、一人の男が近づいてくる。

 ターコイズブルーのアンダースーツに身を包んだ、丸刈り頭の筋肉質の男は、リドレックの姿を見つけると、気さくな様子で話しかけてきた。


「よお、リドレック!」

「おや、グッスさん。生きてたんですか?」


 碧鯆騎士団寮のグッス・ぺぺである。

 毒の効いた挨拶に、グッスは破顔する。


「いきなりきっつい冗談かますじゃねぇか。笑えねぇよ、マジで」

「冗談で言ったつもりはありませんよ。良く生きていましたね」


 リドレックとグッスが決闘をしたのは先々週の事である。

 決闘にかこつけて《毒蛇の大槍》の実験台にされた彼は、一週間近く中層階の総合病院に入院することとなった。

 退院して間もないのに試合に出場するところを見ても、経過は良好のようである。


「おかげさまでな。あ、お見舞いありがとうな」

「気に入っていただけましたか? カメリアの鉢植え」

「ああ、すぐに散ってしまったけどな。いいものだな、カメリアの花は。花びらがポトリと落ちる様を見ると、……なんとなく死にたくなる」

「それは何より。ホントに死んじゃえばよかったのに」

「あっはっはっは!」

「あっはっはっは!」


 和やかな談笑のその裏に毒舌の応酬を繰り広げている二人の元に、


「……お前ら。よくそんな風に仲良く話せるな?」

 

 黄猿騎士団寮所属、マクサン・クショウがやってきた。


「リドレック、お前も去年、グッスに殺されかけただろうに。恨みとか無いのか?」

「過ぎたことをいつまでも引きずっていてもしょうがないでしょ」

「そうだそうだ、お互いこうして生きているんだ。文句は無いだろう」


 そう言うと二人は、互いの肩を組んで仲の良さをアピールした。


 学生騎士たちは毎週のように闘技会に出場して、刃を交えている。

 真剣勝負の世界に生きていれば、心ならずも対戦相手の恨みを買う事もある。

 恨み辛みはお互いさま。

 闘技場の外で遺恨は持ち込まないようにするのが、学生騎士の習いであった。


「まあ、お前らが納得しているのならば何も言う事は無いがな。所でリドレック、桃兎騎士団のリーダーはお前なのか?」

「ええ、そうですよ」

「ベテランのライゼに、技術者のヤンセンまでメンバーに加えるとはな。バランスのいい編成じゃないか」

「まあ、今回はお祭りみたいなもんですからね。気楽にいきましょうよ」

「おまえはいつだって気楽だろうが。……ウチのサイベルも出場するのか?」

「『ウチの』じゃないでしょう? サイベルはもう、桃兎騎士団寮の人間です」

「……そうだったな」


 苦笑しつつ、マクサンは頭を掻く。


「まあ、今日はよろしく頼む。ひとつお手柔らかに」

「じゃあな、《パンドラ・ボックス》で会おう。……俺は手加減しないぞ」


 手を振って、二人は立ち去ってゆく。

 続いてやってきたのは、白いアンダースーツを着た大男であった。


「おお、リドレックよ! 我が兄弟!」

「やあ、ボルクスさん」


 錬光教会の修道士、ボルクス・チァリーニである。

 

 今日はいつもの修道服では無く、戦闘服姿である。

 ヘルメットの中でも邪魔にならないように、ぼさぼさの髪も長い髭も整えてある。

 普段は教会で勤労奉仕に励んでいるボルクスであったが、試合になれば白羊騎士団寮の選手として出場する。


「やはりあなたも出場されるのですか?」

「うむ。これも神の御許に近づくための試練よ。おおっ! 神よ感謝します、私に修練の場を与えてくださったことを!!」


 大声で祈りの言葉を捧げると、人目もはばからずリドレックに抱き付いてきた。

 その大きな体でリドレックを抱え込み、耳元に口を寄せる。


「……異端審問官が動いている」


 胴間声から一転、囁くようなボルクスの声に、リドレックは身を強張らせる。


「奴らの狙いは最奥に眠る《聖遺物》だ。教会を通じて白羊騎士団に回収するよう依頼があった」

「いいんですか? そんなこと話して」

「構わんさ。俺達は教会の下働きじゃない。いいようにこき使われてたまるもんか――それに、俺だって異端審問官は嫌いだ」


 そう言うと、ボルクスは静かに苦笑する


「奴らは俺達がしくじった場合に備え、保険を用意してある」

「保険?」

「《パンドラ・ボックス》ごと《聖遺物》を処分するつもりだ。戦力は機動歩兵一個小隊。お前達の手で阻止してくれ」

「わかりました。ありがとう、ボルクスさん」


 そこでようやく、二人は離れた。

 

「それでは《パンドラ・ボックス》で会おう。兄弟と言えども、手加減はせんぞ」

「まあ、お手柔らかにお願いします」


 何事も無かったかのように、平静を取り繕いつつ二人は分かれた。

 丁度、試合開始の時刻となった。

 埠頭にアナウンスが流れる。


『これより試合を開始します。出場選手はホバーランチに搭乗してください』


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