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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅢ. 神の迷宮】
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6. 求める人々

 日没。

 宵闇色に染まる空の中、《パンドラ・ボックス》の姿はいまだ闘技場上空にあった。

 移動要塞である《パンドラ・ボックス》は、明日の試合に備え今晩中にスベイレンの下方へと移動する。

 それまではここで、その姿を周囲に晒して待機し続けることになる


 試合が終われば誰もいなくなるはずの闘技場だったが、今日は《パンドラ・ボックス》見物にやってきた観光客がそこかしこに残っていた。

 スタジアムの照明にライトアップされた《パンドラ・ボックス》は美しく、幻想的に見えた。

 

 まばらな観客達に混じって、ライゼ・セルウェイもまた《パンドラ・ボックス》の雄姿を、観客席から見上げていた。

 銀色に輝く月を背に浮かぶ移動要塞は、四年前と変わりない姿であった。


「凄いものですね」


 隣に座っているのは、橙馬騎士団寮寮長、ハスレイ・ラバーレント=ハスラムである。

 その名の示す通り公爵家に連なる血筋の彼は、かつてライゼが指導した後輩でもある。


 寮は違ってしまったが、騎士学校の後輩であることには変わりない。

 だから、相談したいことがあると呼び出されれば、こうして駆けつける。


「あれの中身、丸々迷宮になっていると言うのだから、大したものですよ」

「中に入ってみると大したことは無いんだ」


《パンドラ・ボックス》を見上げ、ライゼは懐かしむように目を細める。


「なりはでかいが、天空島では無いからな。構造的には飛光船に近い」

「そう言えば、中に入ったことがあるんですよね? ライゼ先輩は」

「ああ、一度だけな。もう四年になるか、最後に行われた迷宮攻略戦ダンジョンマッチに参加した」


 残念ながら勝利は逃したが、あの試合は楽しい思い出であった。

 あの時共に戦った、ギンガナムとデニスはこの学校からすでにない。

 長くこの学校に在籍していると、その分だけ多くの喜びと悲しみを経験しなければならない。

 

「やはり、あなたを手放すべきでは無かった」


《パンドラ・ボックス》を見上げたまま、ハスレイは深々と嘆息した。


「迷宮攻略戦は、経験が物を言う競技だ。あなたがいてくれれば、試合を有利に進められただろうに……」


 今の橙馬騎士団に前年度優勝チームの面影はなく、成績は底辺をさまよう惨憺たる有様である。

 それもこれも今季から寮長に就任したハスレイによる、騎士団寮内の大規模な人事編成を結果であった。


「何かあったのか?」


 訊ねると、

 しばしの沈黙の後、意を決したようにハスレイは口を開く。


「あの中に《四公の銘板》あります」

「…………!」


 ライゼは強張った表情で、ハスレイを振り向いた。


「本当なのか?」

「確かな情報です。総督府に置いてあったのを見た、と言う目撃情報もあります。総督が持ち出した形跡もありませんので、あるとしたら……」

「《パンドラ・ボックス》以外に考えられない、と言うわけか?」


 やはり《パンドラ・ボックス》を見つめたまま、ハスレイはうなずいた。


「本国から《四公の銘板》を回収するように、と指示がありました。他の勢力の手に渡すわけには行きません。いかなる手段を用いても回収せよと、本国からの指示です」

「お前らに協力しろと言うのか? 無理だ。まだ選手として出場できるかどうかもわからないんだぞ。それに、今の俺は桃兎騎士団寮の人間だ。仲間を裏切ることはできん」

「そんなこと言っている場合ではないでしょう?」


 ようやく《パンドラ・ボックス》から目を離すと、ハスレイはライゼの方を向いた


「これはもう、騎士団寮どうとかと言う問題では無いのです。ハスラム公国のみならず、帝国そのものを脅かす危機になりかねません」

「…………」


 言い返すことも出来ず、

 ライゼは再び、《パンドラ・ボックス》を見上げた。


 ◇◆◇


「やあ、バーグ君」

「バーンズ校長?」


 図書館からの帰り道。

 ヤンセンはバーンズ校長に呼び止められた。


 場所は、第二図書館へと続く渡り廊下。

 調べものに手間がかかったせいか、既に周囲は暗くなっていた。


「調べ物かね?」

「ええ、明日に備えて色々と」


 技術者のヤンセンの仕事は、選手たちのサポートである。

 明日の試合の為の下準備を

 図書館にわざわざ出向いたのは、移動要塞パンドラ・ボックスの図面を探す為である。


「そうか、それは大変だね」

「ええ、ではこれで」


 明日の試合に備え、やらなければならないことが山のようにある。

 寮に戻って、手に入れたばかりの図面を分析しなければならない。

 一礼してその場を立ち去ろうとしたが、校長はヤンセンの横に並んで歩きはじめた。


「校長?」

「君に話があるのだが、いいかね?」


 相手は校長。

 無下に断ることも出来ず、仕方なく歩きながら会話を続ける。


「それで、何の御用ですか?」

「迷宮攻略戦には君も参加するのかね?」

「さあ?」


 校長の質問にヤンセンは肩をすくめる。


「メンバーはまだ決まっていないようです。何しろ開催が発表されたのがついさっき。まあ、俺がメンバーに選ばれる可能性はまずないでしょう」


 ヤンセンは技術者だ。

 騎士として一応の心得はあるが、前線に立って戦う事には向いていない。


「しかし、迷宮内部には様々なトラップや仕掛けが施されている。技術者が必要となる局面も多々あるのではないのかね?」

「そうかもしれませんが、選ぶのは俺じゃないですから」

「もし、選ばれたとしたら、君は行くかね?」

「それは、まあ……」


 請われて応じるにやぶさかではない。

 技術者として《パンドラ・ボックス》には少なからず興味がある。

 正十二面体ドデカヘドロン型移動要塞は、十字軍遠征初期に作られた珍しい史跡である

 技術者として、一度くらいは内部の様子を見てみたい。

 出場に意欲を見せるヤンセンに、校長はさらに追い打ちをかける。


「是非とも行くべきだ」

「校長?」


 妙に押しの強い校長に、ヤンセンは怪訝な表情を浮かべる。

 よく見ると、校長の薄い頭に汗粒がびっしりと浮かんでいた。

 元々神経質な性格であったが、今日はまた格別だ。


「一体、何なのです校長? 《パンドラ・ボックス》に、何かあるのですか」

「……《ビッグ・アイ》だ」

「…………なっ!?」


 思わずヤンセンは足を止める。

 その場に立ちすくむヤンセンに、校長は重ねて言い募る


「《パンドラ・ボックス》の中に《ビッグ・アイ》があるんだよ」

何故ビッグ・アイが? ……大体、計画だけで設計図ごと廃棄されたはずでしょう!?」

「作ったんだ。ガフ・コレッティの指示で。極秘に。一体だけ」

「何でそんなバカな事を!」


 辺り憚ることなく絶叫した。

 幸いなことに、日の暮れた渡り廊下に人影は無い。

 誰も訊く者がいないことを知って、ヤンセンは遠慮なく校長を責め立てる。


「《ビッグ・アイ》の存在が露見したら、この学校は廃校処分になりますよ! 学校だけじゃない、生徒の俺達もどうなるか。校長だって……」

「そんな事は言われんでもわかっている! わかっているからこうして君に頼んでいるのではないか!」


 逆上したのは一瞬。

 直ぐに校長は力なく項垂れた


「君以外、他に頼れる人間はいないのだ。《パンドラ・ボックス》に潜入し《ビッグ・アイ》を破壊してもらいたい。、誰にも知られることなく、極秘裏に――この学校の未来のため、頼む! ヤンセン・バーグ!」


 恥も外聞も無く、生徒に向かって校長は深々と頭を下げる。

 丁度殴りやすい位置にある校長の禿げ頭に――本気で殴りかかりたい衝動をヤンセンは何とかしてこらえる。


◇◆◇


 スベイレン下層。

 市場通りからやや外れた所に、チョコレート専門店クエンティー・ベルはあった。

 帝都に本店を構えるこの店は、皇室御用達の名店である。

 庶民的なイメージが強い下層階だったが、こういった高級店もあるにはある。

 交易港に近いため、貴族や商人たちの贈答用として買い求めにやって来る。


 地上産のカカオをふんだんに使用したチョコレートは、ここスベイレンの学生達にも人気であった。

 サイベル・ドーネンもまたこの店に足しげく通う、得意客の一人だ。

 

 今日もまた、試合後の疲れた体を押して、サイベルはこの名店へとやってきた。

 この店のチョコレートは、サイベルが子供のころからのお気に入りだ。

 習い事や学校で良い成績を残すと、サイベルの両親はご褒美としてこの店のチョコレートを買い与えてくれた。

 最高級のショコラのためならば、サイベルはどんなことでも頑張ることが出来た。

 

 騎士学校に入学した今でも、その習慣はかわらない。

 頑張った自分にご褒美を与えるため、サイベルは試合で勝った時は必ずこの店のチョコレート買いに来ることにしている。


「サイベル!」

「マクサン先輩?」


 店の中では一人の男がサイベルを待ち構えていた。

 黄猿騎士団寮所属、マクサン・クショウ。

 

 かつてサイベルが黄猿騎士団寮に所属していた時に世話になった先輩であり、桃兎騎士団寮に移籍した今でも世話になっている先輩である。


「何でここに?」

「お前に会いに来たに決まっているだろう」


 不思議そうに訊ねるサイベルに、マクサンは笑う。


「試合に勝った日は必ず《クエンティー・ベル》のチョコレートを買いに来るからな。ここに来ればお前に会えると思っていたよ」

 

 驚愕と、そして恥じらいにサイベルの顔が赤くなる。

 この店をひいきにしていることは誰にも話していない。

 前年度新人王がチョコレート好きなどと知られては、格好がつかない。


「……で、何の用です?」

「何ってお前、明日の試合についてさ。お前、明日の試合に出場するのか?」

「答えられません」

 

 にべも無く答える。


 マクサンは鋭敏な観察眼と洞察力の持ち主だ。

 何気ない会話からわずかな手がかりを見つけ、断片的な情報から全体像を導き出してしまう。

 彼の手にかかれば、あらゆる隠し事が白日の下にさらされてしまう――たとえば、サイベルのお気に入りの店のように。

 彼の目的はわかっている――明日の試合に向けて、サイベルから桃兎騎士団の動向を聞き出そうとしているのだ。

 

「ぼくから情報を聞き出そうとしても無駄ですよ。そもそも、僕は何も知らないんだから、話せることなんて……」

「誤解するな。お前に、話しておきたいことがあるんだ」

「その手には乗りませんよ、なんだかんだ言って俺から情報をひきだそうって言うんでしょ?」

「だから、違うって。お前、《エミエール・ファイル》を知っているか?」

「……いいえ? 何ですか、それ?」

「うん。それについて何だが……」


 ショーウィンドウのチョコレートに気を取られながら、サイベルはマクサンの話に耳を傾けた。

 

 ◇◆◇ 


 闘技大会終了後、一旦、桃兎騎士団寮に戻り正装に着替えたラルクは、スベイレン上層にあるパニラント・ホテルへと向かっていた。

 待ち合わせの相手は、もちろん女性である。


 最上階のラウンジに到着すると、窓際のテーブルで、こちらに向かって手を振る中年女性の姿を見つけた。


「イシュー卿!」


 今日のデート相手はジョアンナ・フェズリー。

 去年、元老院入りしたばかりの新人議員である。

 ラルクにとって彼女は年の離れた友人であり、これから政界に打って出る心強い味方であった。


「突然にお呼び立てして申し訳ありません。お忙しかったのでは?」

「いいえ、ラルク様のお呼びとあれば、万難を排して駆けつけますとも」

「お体の方はすっかりよろしいようで」

「ええ。これもラルク様とリドレック様のお蔭ですわ。その節はすっかりお世話になってしまって」


 フェズリー議員にとって、ラルクは議員生命を守ってくれた恩人である。

 その恩義に報いる為に、今日はわざわざラルクのために骨を折ってくれたのだ。


「それで、お願いしていた件ですが……」

「ええ。こちらで調べておきましたわ」


 テーブルの上に、記憶装置型錬光石をおいた。

 早速ラルクは錬光石を手に取り、ホログラム・モニターを展開する。


「何分、急な事でしたので正確と言うわけには行きませんが……」

「いえ、十分ですよ。……こんなにあるのですか?」


 ホロ・モニターに浮かぶのは光子武器のファイルであった。

 精緻な意匠を施された光子武器は、いずれも地上原住民ランディアンの作り上げた工芸品である。

 白いテーブルクロスの上に浮かぶ、数々の光子武器は一際禍々しく見えた。


「これだけの量となると、目移りしてしまいますね。勿論、可能な限り回収するつもりですが、」

「この際、武器としての価値は捨て置いてください。重要なのは所有者ですから。そうなりますと自ずと数は絞り込まれることになります。一番の大物はコレ。《紫電の大剣》でしょうね」

「《紫電の大剣》……」


 ホロ・モニターに浮かぶ光子武器を見つめ、ラルクは笑みを浮かべた。


 ◇◆◇


 スベイレン中層階にある総合病院は、いつものように大盛況であった。

 闘技大会が終わると、救命病棟の前は怪我をした生徒達の姿で溢れかえる。

 廊下に横たわる怪我人たちの群れは、さながら野戦病院といった趣であった。


 呼んでも来ないと生徒達には評判の悪いが、実際にそんなことは無く救命病棟のスタッフは優秀である。

 設備も、大学病院に負けないくらいの最先端の機器が用意されている。

 実戦さながらの闘技会で本当に戦死者が出ないのは、彼ら救命病棟のスタッフの尽力のおかげである。


 そしてミナリエは今、この最高の病院の中でも、最高の医師の治療を受けていた。


「ほら、終わったよ」


 ミナリエの手当てを終えたカミラ・マラボワが言った。

 白髪の初老の医師は、ホロ・モニターのカルテを見ながら診断結果を告げる。

 

「まあ、大した怪我じゃないさ。精密検査の結果は異状なし軽い打ち身とすり傷だけ。明日になればきれいさっぱり治っちまっているだろうよ」

「すいません。なんか面倒かけてしまって」


 病院服から制服に着替えながら、ミナリエは礼を言った。

 彼女はこの病院の重鎮である。

 世界的にも著名な研究者であり、本来ならば救命病棟で怪我人の手当てなどしてはくれないはずであった。


「別にかまわないさ。リドレックの野郎が顔を見せないせいか、最近すっかり暇なのさ。まったく、不義理な奴だよ。去年まではあんなに世話をやいてやったっていうのに」


 元々、マラボワ女史はリドレックの主治医であった。

 何故かは知らないがこの女医はリドレックの事をいたく気に入っているらしく、毎週のように半死状態で運び込まれるリドレックを治療していた。

 ミナリエがマラボワに診てもらえるようになったのも、リドレックの紹介であった。

 

 多少、偏屈なところはあるがこの老医師に、ミナリエは全幅の信頼を置いていた


「まあ、大した怪我では無いよ。軽い打ち身と切り傷。一晩寝てれば治っちまうさ。明日の試合にも問題なく参加できるさ」

「まだ参加できるとは決まっていませんよ」


 気の早いマラボワに苦笑する。


「メンバーを決めるのは寮長です。怪我した上にナイトメアを破壊した私が選ばれる可能性は低いでしょう」

「でも、出るつもりなんだろう?」

「……はい」


 老女の視線を正面から受け止め、ミナリエは力強くうなずいた。


「あそこに《廃兵院》があるのは確かなんですよね」

「ああ、間違いない。でもまだ『彼女』が居るとは限らないんだよ? 居たとしても、生きているかどうか……」

「生きていますよ」


 マラボワの言葉を遮るように、ミナリエは言った。


「生きています、絶対に」

「……そうだね。信じることは重要だよ。だめだね、医者になるとすぐに諦める癖がついちまう」


 そう、今のミナリエには信じる事しかできない。


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