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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅢ. 神の迷宮】
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2. デビュー戦

「くそっ!」


 敵の攻撃をかわしながらメルクレア・セシエは吐き捨てる。

 金髪碧眼。

 気品漂う貴族的容貌には似つかわしくない言葉遣いであったが気にしてなどいられない。

 今は試合中。

 お上品にやっていては騎士学校ではやっていけない。


 今日はスベイレン恒例の闘技大会。

 この試合はメルクレアにとって、何もかもが初めて尽くしの試合であった。


 第一に、場所。

 今回、メルクレアが出場している『対機械歩兵戦』は、研究所の中にある試験場で行われていた。

 メルクレアが以前経験した試合、中央闘技場の『寮別対抗リーグ』などと比較してもあまり人気のある競技とは言えなかった。

 競技場の広さも観客の数も雲泥の差だ。


 第二に、対戦相手。

 今回、メルクレアが出場している種目は『対機械歩兵戦』である。

 その名の示す通り対戦相手は、対人装備の人型機械歩兵である。

 血の通わぬ機械歩兵と戦うのは今日が初めてである。

 未知の敵を前にして、メルクレアは苦戦していた。


 第三に、仲間がいない事。

 入学式から一か月。

 所謂『死の一か月』を潜り抜けた新入生達は、周囲から一人前の学生騎士として認知されることとなる。

 秋の訪れを感じられるこの時期になると、闘技大会でデビュー戦を迎える新入生達の姿を多く見かけるようになる。


 今回、メルクレアは単独での試合出場を任された。

 団体戦での出場は既に経験済みだが、個人戦の出場は今日が初めて。

 失敗しても、フォローしてくれる先輩たちはいない。

 胸の中で心細さを感じながら、メルクレアはソロデビュー戦に挑んでいた。

 

 いつも肩を並べて戦っていた仲間たちは観客席に居る。


「メルクレア、しっかり!」


 悲鳴のような歓声を上げたのはシルフィ・ロッセだ。

 金髪碧眼。

 長い髪を一つにまとめた少女は、メルクレアと同じく桃兎騎士団寮所属であり、ルームメイトであり、無二の親友であった。

 観客席に響き渡る彼女の歓声は、緊張でささくれ立っていた神経をやさしく宥めてくれた。


「動きが単調よ。もっと足を使いなさい」


 落ち着いた声で語り掛けるのはミューレ・エレクスである。

 金髪碧眼。

 長い髪を二つに結い上げた少女もまた、メルクレアと同じく桃兎騎士団寮所属であり、ルームメイトであり、無二の親友であった。

 彼女のアドバイスは的確であったが、メルクレアの神経を逆なでするだけだった。


(……言われてできれば苦労しないわよ!)


 メルクレアの対戦相手である機械歩兵〈MF―27 エレクトス〉は長年にわたり帝国軍をはじめ各国軍隊で主力兵器として採用されてきたベストセラー機である。

 外観こそ旧式化した機械歩兵であるが、その中身は灰狐騎士団寮の技術者の手により極限までチェーンされている。

 対人小火器しか持たない旧型機械歩兵は、騎士にとってさしたる脅威にはなりえないはずである。

 相手はプログラムによって動く機械人形。

 発展性に乏しい行動パターンを読み解いてしまえば、新人の学生騎士でも容易く倒すことが出来る。

 しかし灰狐騎士団カスタムの〈エレクトス〉は戦闘プログラムにまで手が入れられているらしく、標準型にはない変則的な動きでメルクレアを翻弄する。

 攻撃を仕掛けると計ったようにメルクレアと距離を取り、光弾を打ち込んでくる。

 飛び道具を持たないメルクレアは、浴びせかけられる光弾をひたすら躱し続けるしかない。

 

「このぉっ!」

 

 機械歩兵とは思えぬ狡猾な戦術に、メルクレアの忍耐力が尽きた。


 機械歩兵目がけ突進する。

 右に左に、ジグザグに動き光弾を躱しつつ前進する。

 何発か光弾が命中するが、光子甲冑に弾かれ霧散した。

 相打ち覚悟の無謀な突進で、機械歩兵の眼前まで到達する。


 その瞬間、〈エレクトス〉の視界からメルクレアの姿が消えた。

 メルクレアの姿を求め、機械歩兵は内蔵センサーの全てを活性化させる。


 その時、メルクレアの体は〈エレクトス〉の頭上にあった。

 錬光技によって重力を軽減。

 空高く舞い上がったメルクレアは、空中で一回転。

 姿勢を入れ替え、〈エレクトス〉の後頭部目がけ全体重を乗せた延髄切りを放つ。


「てやぁっ!」

 

 狂戦士ゼリエス・エトを病院送りにした必殺技を、しかし機械歩兵は難なく躱す。

 一撃必殺の威力を秘めた大技は、その分動作が大きく読まれやすい。

〈エレクトス〉に内蔵されている人工知能は、メルクレアの必殺技を完全に見切っていた。

 後頭部目がけて振り下ろされた右脛を一掴みすると、機械歩兵はメルクレアの体を振り回した。


「うきゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 全高約7フィートの機械歩兵の頭上でぶんぶんと振り回され、メルクレアは悲鳴を上げる。

 遠心力が乗ったところで機械歩兵はメルクレアの脚を手放した。

 メルクレアの体は放物線を描き地面へと叩きつけられる。

 目を回しながらもメルクレアは、受け身を取った。

 試験場の堅い地面を二、三回転した後、すぐさま立ち上がる。


「大丈夫、メルクレア!?」

「動きを読まれているわよ! もっとシャープに動きなさい! シャープに!」


 仲間達の声援に押され、機械歩兵に対峙する。

 一回り以上の大きさの、機械歩兵を見上げる。

 人間の顔を模した頭部センサーを、憎々しげな表情で睨み付ける。


「まだまだぁ!」


 叫ぶと同時、再び機械歩兵目がけて駆け出す。

 突進するメルクレア目がけ、待ち構えていたかのように機械歩兵は射撃を開始する。

 再び浴びせかける正確無比な射撃は、しかしメルクレアはすでに見切っていた。

 機械歩兵の単調な攻撃にもようやく慣れてきた。

 必要最小限の動きで光弾を躱し、みるみる間合いを詰めてゆく。

 機械歩兵の眼前まで到達すると、再びメルクレアの姿が消えた。


 今度は、下。


 機械歩兵の足元めがけてスライディングすると、機械歩兵の右足首に掴みかかる。

 右腕で足首を抱え込みヒールホールドを決める。

 人型を忠実に模した機械歩兵が相手ならば関節技も有効である。


「ふんぬぅ~っっっ!」


 てこの原理を利用し力の限り締め上げると、機械歩兵の膝関節は悲鳴を上げて折れた。

 片足を失った機械歩兵の巨体が、試験場の地面に横たわる。


 二足歩行兵器の最大の弱点――それは脚部である。

 機械歩兵に内蔵されている全ての戦闘プログラムは、立っている状態でのみ機能する。

 片足を失った今、〈エレクトス〉は射撃姿勢を取ることもできない。

 格闘も同様、灰狐騎士団の技術者たちもさすがに寝技までプログラムはしていない。

 全ての戦闘力を失った機械歩兵に、為す術は無い。


「……よくもやってくれたわねぇ」


 ゆっくりと立ち上がると、メルクレアは這いつくばった姿勢で無様にもがき続ける機械歩兵を見下した。

 片足を失い、それでも健気に立ち上がろうとする機械歩兵に向けて、メルクレアはさらに容赦ない攻撃を加える。


「オラオラオラオラァッ!!」


 踵を立てた蹴足で、何度も踏みつける。

 実戦的ではあるが優美さのかけらもない蹴足は、機械歩兵の繊細な両手の指を破壊した。

 これで武器を持つことも、格闘もできないできない。

 完全に戦闘力を奪った所で、メルクレアは機械歩兵の頭部に掴みかかった。

 頭頂部を抑え込み、顎先を掴み、ひねり上げる。


「フンガァァァァァァッッ!!」


 獣のような雄たけびをあげ、力任せに頭を胴体から引っこ抜いた。

 頭をもぎ取られ、人面を模した頭部センサーから輝きが消える。

 それは〈エレクトス〉は活動を停止した証であった。


 審判席にあるモニターが、機械歩兵の動力反応が消えたのを確認。

 審判長が試合終了を宣言する。


『試合終了。勝者、メルクレア・セシエ!』

「ダーッ!!」


 勝利が確定したその瞬間、メルクレアは勝鬨を上げた。


 蛮声と共に機械歩兵の生首を高々と掲げると、観客席から歓声が上がる。

 愛くるしい少女の荒々しい戦い振りに、観客達は沸き立つ。

 熱狂に包まれる観客席の中、メルクレアの友人二人は複雑な表情で固まっていた。


「……なんていうか」

「……下品ね」


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