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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅡ. 狂戦士の帰還】
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30. 【回想】 『生きろ』と友は言った

 見つめ合う二人の間に耳障りな笑い声が響く。


「はっはっはぁっ! 驚きましたか? 驚いたでしょう? 驚きますよね? そうですね!?」


 笑いながら、エミエールはゼリエスの元へと歩み寄る。

 驚愕するリドレックに密輸商人は勝ち誇るように笑うと、しきりにうなずく。


「それはそうでしょうとも。うん、そうでしょうとも! 探し求めていた連続殺人鬼の正体が、友人だったんですからね。驚かずにはいられんでしょう!?」

「ゼル、これは一体……」


 癇に障る笑い声を無視して、リドレックはゼリエスを問いただす。

 やがて躊躇いがちに、ゼリエスは口を開く。


「リド……」

「ゼリエス殿は我々、密輸組織の一員なのですよ。あなたのように、密輸の実態を嗅ぎまわる人間を密かに始末するために働いてもらっているのですよ」

「これは……」

「御存知ですかな? 真耀流には《無明》と呼ばれる暗殺技術があることを? ゼリエス殿はその暗殺剣を会得した、凄腕の暗殺者なのですよ」

「だから……」

「密輸取引の相手は主に、中央にいる帝国貴族や高級官僚です。密輸が表ざたになりますと、こういった方々の名誉が傷つく。そうなる前に、真耀流宗家がゼリエス殿を派遣……」

「……うるさい、だまれ」


 止め処なくしゃべり続ける密輸商人を、ゼリエスは一撃で黙らせる。

 心得の無い民間人を殺すのに、洗練された剣技など必要ない。

 無造作に剣を抜くと、やはり無造作に振り抜いた。


「げふっ!」


 短いうめき声と共に、密輸商人は倒れる。

 鮮血が地面に広がってゆく。


「と、まあ。このように、だ……」


 ようやく落ち着いて話が出来るようになった所で、こらえていたものを吐きだす様にゼリエスは口を開く。


「この、バカが! あっちこっちでベラベラと口喋ってくれたおかげで、密輸の噂がスベイレン中に広まっちまってな……」

「ホントだよね。訊いてもいないことまで全部話してくれたもの。……便利だったけど」

「これ以上噂が広まらないよう、総督の命令でこいつを始末するように言われたんだ」

「そりゃあそうなるよね。噂に気が付いたやつを始末するより、噂の出どころ始末した方が手っ取り早いもんね。……それで?」

「まあ、これで、俺の仕事も終わりだ。人が斬れると言うからこの仕事を引き受けたんだが、存外つまらんかった。これじゃ修行にもならん」

「それは残念だったね。……それで?」

「お前の事は黙っておいてやる。お前もここで見聞きしたことは口外するな。大方、密輸の噂をネタにエミエールを強請ろうとでも思っていたんだろうが、相手が悪すぎる……」

「……そ、れ、で!」


 一字一句に嫌味を込めた声が、ゼリエスの説明を遮る。

 苛立たしげな様子で眉を吊り上げるリドレックに、ようやくゼリエスはリドレックが怒っていることに気が付いた。

 

「……? それで、とは?」


 引きつった顔でリドレックを見れば、リドレックが怒っているであろうことは明らかだった。

 しかし、彼が何を怒っているのかがわからない。


「今までお前が殺した連中の死体の始末は誰がやっていたんだ?」

「こいつ」


 エミエールの死体を指さすゼリエスに、リドレックは重ねて問う。


「こいつの死体は誰が始末するんだ?」

「…………」


 リドリックの至極当然の指摘に、ゼリエスは沈黙する。

 小首を傾げ何やら考えているようなそぶりを見せると、ゆっくりと右手を上げてリドレックを指さした。


「何でだよ、何で僕が死体の後始末しなくちゃなんないんだよっ!!」


 眼前に突き立てられた人差し指を払い除けつつリドレックは叫ぶ。


「大体、お前は仕事が雑すぎるんだよ! 見境なく殺しちまいやがって、。」

「そんなこと言われても。俺は命令されてやっているだけなんでぇ。責任とか言われてもぉ、そういうのよくわかんないんでぇ。つか、殺し屋家業に責任とか求めるの間違ってね?」

「バイト感覚か? バイト感覚で人殺しか? ……あ、今お前、舌打ちしたろ? 小声で『チッ、うっせーな』とか言ったろ? 聞こえてんぞ、ゴルァ!」

「じゃあ、どうしろってんだよ!!」

「逆切れ!? 挙句、逆切れか!? お前ホント、そんなんじゃやっていけんぞ? 社会人としてやっていけんぞ! 世の中なめんな!!」


 それこそバイト学生をたしなめるような口調で説教まで始める。

 ふてくされた表情で沈黙するゼリエスを見て、リドレックは疲れたように肩を落とす。


「……あーもーっ、何だかどうでも良くなってきた」

「とりあえず、落ち着けよリド。一体お前は何を怒ってるんだ?」

「何って、お前……。状況、まったくわかってないだろう?」


 心底呆れたように溜息をつくと、


「ゼル、お前、捨て駒にされたんだぞ?」

「……フン?」

「死体の後始末を考えずに殺しを命じたと言う事は、死体が見つかっても構わないということだ。それはつまり、お前が捕まっても構わないってことだ――ゼル、お前は総督とシシノ教官にハメられたんだ」


 苦々しげな表情でリドレックは言った。

 闘技大会で日常的に捨て駒や咬ませ犬として利用されているリドレックは、こういった陰謀や裏切りと言ったことにはことのほか敏感である。

 その彼が言うのならば間違いないのだろう。

 ゼリエスは、見捨てられたのだ。


「総督は近々、中央への栄転が決定している。お前に密輸組織に関わった関係者すべてを始末させて口封じをした上で、最後にこいつの殺害を命じてお前に罪を擦り付けるつもりだったのさ」


 ようやく話が見えて来た。

 リドレックの言う通り、金に汚い総督達ならば

 特にシシノ教官は以前からゼリエス事を嫌っていた。

 これ幸いと、ゼリエスを始末しにかかることは間違いない。


「後はお前を殺して一件落着ってわけだ。今頃、ベイマンから追手が差し向けられているはずだろうよ」


 ゼリエスの脳裏に同門の姿が思い浮かぶ。

 暗殺に失敗したゼリエスは今や真耀流の敵である。

 それはつまり、


「思う存分、人が斬れると言う事だな!」

「……うん。お前のその無駄に前向きなところ、とっても怖いぞ」


 嬉々とするゼリエスを、リドレックは半眼でねめつける。


「いっその事、こちらから出向くと言うのもアリだな。正面から宗家道場に殴り込んで、片っ端から切り刻んでやる!」

「お前も斬り殺されるがな……」

「構わんさ。こんな世の中にもう未練はない。最後に思いっきり斬り合って死ねるなら本望よ!」


 もう、剣の時代は終わっている。

 この太平の世にゼリエスの生きる場所は無い。

 死に花を咲かせるに相応しい、命の捨て所を見出したゼリエスに、


「バカ野郎!」


 リドレックが一喝する。


「お前がどうしようもない人殺しだと言う事は良く知っている。それがお前の生き様だと言うのならば、とやかく言うつもりはない。だけどな……」


 かつて見せたことのなかったその怒りの形相に、ゼリエスは唖然とする。

 常に飄々とした態度のリドレックがここまで感情を露わにしたことなど、未だかつてない事だった。


「生きる事をあきらめるな!? 剣って言うのは人を斬るためのもんだ! 死ぬつもりで剣を握るんじゃない! 死ぬことを考えるんじゃない! 人斬りならば、人斬りとしての生き方を最後まで貫け!」


 その一言で、ゼリエスは理解した。

 ゼリエスが目指していた剣の姿――それは、生きることそのものであった


 ベイマンの道場へと赴いたのも、スベイレンにやって来たのも、全ては自分の生き方を模索するためだったのだ。

 剣術を通して様々な人々に出会い、ゼリエスは成長した。


「解ったよ、リド……」


 そして、こんなどうしようもない人殺しに向かって生きろと言ってくれる友が居る。

 それだけでも、この世界は生きる価値がある。


「お前がそう言うなら、もう少し生きてみるか」

「ああ、こんな所で死んじまったら勿体ない。きっと、お前のその剣技を存分に振るえる場所が他にあるはずだ」


 そう言って無二の友、リドレックは不敵に笑った。

 ゼリエスが望んでやまない剣の時代――戦乱の時代が訪れることを期待して、ゼリエスは生きながらえる道を選んだ。


「しかし、どうしたものかな? 総督達の権力は絶大だ。真耀流の追手からも、逃げ切れるとも思えん」

「取り敢えず、十字軍に届け出よう。地上との密貿易を取り締まるのは十字軍だ。これだけ噂が広まっているんだ。十字軍だって察知しているだろう。事情を説明すれば必ず協力してくれるはずだ」

「そう簡単にいくものなのか?」

「簡単じゃないさ。密輸の証拠を揃えて、裁判で証言するんだ。事が公になれば、総督や真耀流の連中も手を出すことが出来ないはずだ。……それとな、取り調べを受けるときはお前、異常者のフリをしろ」

「……異常者の、フリ?」

「動機を聞かれたら『太陽がまぶしかったから』とかなんとか答えておけ。精神異常者って事になれば、罪が軽くなる」

「何だよ、それ? なんで人を殺すのに一々、理由をでっち上げなきゃならんのだ? 『剣術修行の一環』ではダメなのか?」

「……うん。芝居の必要はないな、お前。よしっ! 取り敢えず、この死体を片付けるとしよう」


 そう言うと、リドレックは交易商人の遺体を指さした。


「遺体が見つからなければ殺人事件として立件できないからな。ゼル、一っ走りして洗剤を買ってこい。塩素系の奴だぞ。それと消毒液と、ビニールシート。それから……」


 リドレックの指示にゼリエスは素直に従った。

 総督たちの陰謀も、真耀流の放った追手たちも恐ろしくは無い。


 ただ、やたら手際よく死体の後始末をする、友人の姿の方が怖かった。


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