29. 守るべき者
真耀流秘奥〈爆刃〉。
剣に内蔵されている錬光石に過負荷を与え破壊、大爆発を引き起こす技である。
一つしかない剣を犠牲にする、まさに奥の手である。
伸るか反るかの大博打だったが、うまく行ったようだ。狙い通りリドリックを倒すことが出来た。
――いや。
地面に横たわるリドレックの姿を改めて観察する。
全身血まみれ。光子甲冑の輝きも消えている。
常人ならば確実に死んでいる怪我だ。しかし、リドレックは常人では無い。
騎士学校の生徒であり、その中でも飛び切りタフな男だ。
仰向けになった胸がわずかに動いている。口からも呼吸が聞こえてくる。
ゼリエスはゆっくりとリドレックに歩み寄る。
かつて友と呼んだ男に、好敵手に――とどめの一撃を放つため。
唯一の武器であった長剣は既にない。たった今爆発させてしまった。
残るはゼリエスの身一つ。
その身をもって体得した、最高の技でリドレックに止めを刺す。
右の手を目線の高さに掲げ意識を集中する。光子甲冑に内蔵されている錬光石を媒介。五指の先端から光子の刃が顕現する。
真耀流秘奥〈虚空刃〉。
手刀から伸びる光子の剣はゼリエスの体の一部だ。
強度から切れ味に至るまで、ゼリエスの意のままに操ることが出来る。
右手を振り上げる。
むき出しになったリドレックの首めがけ〈虚空刃〉を振り下ろそうとしたその時、
ゼリエスの背後から攻撃が仕掛けられた。
「……何!」
錬光技〈光条〉。
それも高出力の〈光条〉だ。
慌ててゼリエスは防御姿勢を取る。
向かって来る〈光条〉に〈虚空刃〉を向け、受け止める。
「……くっ!」
〈光条〉の威力を受け止めきれずゼリエスの体がのけぞる。
反動に耐えつつ右手の〈虚空刃〉に意識を集中する。
光子の刃の形状を微妙に変化させつつ荷電粒子を拡散、反射させる。
「……ハッ!
気合と共に〈虚空刃〉を振り払う。同時に、ゼリエスへと向かってきた〈光条〉は霧消した。
落ち着く間もなく、ゼリエスに新たな敵が姿を見せた。
桃兎騎士団寮の新人選手達だ。
ゼリエスはこれが団体戦だった事を思い出した。
今までずっとリドレックの作り出した茨の檻の中で戦っていたので、他の選手達の事を失念していた。
こちらに向かって三人の少女達が駆け寄ってくる。
先頭は小剣を持った軽装兵。
次に大薙刀を抱えた重装兵。
後方に杖を構えた錬光術師。
縦一列で突っ込んでくる少女達に、ゼリエスは構えを取る。
最後尾の錬光術師は、とりあえず警戒の必要はない。
あれほどの高出力の技を放った直後ではしばらくは動けないはずだ。
ゼリエスは前衛の二人に意識を集中した。
「リドレックから離れろ!」
先に仕掛けて来たのは先頭の小剣使いだ。
腰のベルトから短剣を抜いて投げつける。
三本同時に放たれた投剣は一直線にゼリエスに向かって来る。
牽制のつもりなのだろうが、間合いがありすぎた。
一本目の投剣を半身で躱し、二本目を〈虚空刃〉で叩き落とす。
そして、三本目を左手でつかみ取った。
「うそっ!」
余程自信があったのだろう。
三本同時攻撃をあっさりとかわされ、小剣使いの少女は驚愕する。
投剣で速度が鈍った小剣使いと入れ替わりに大薙刀を抱えた少女が前に出る。
重量級の武器を構え突進してくる少女に向けて、たった今手に入れたばかりの投剣を放つ。
「ハァッ!」
一直線に突き進む投剣を手に持った大薙刀で弾いた。
柄に弾かれた投剣は高々と宙に舞う。
そのまま薙刀使いはゼリエスに向かって突進する。
間合いに入ると少女は大薙刀を振りかざし、ゼリエスに襲い掛かる。
「セイヤァァァァッ!」
しかし、その攻撃をゼリエスは完全に見切っていた。
大薙刀の柄を掴むと、強引にシルフィの体を引き寄せる。
男の力にかなうはずもなく、少女は大薙刀と共に振り回される。
「あああっ!」
体勢を崩した少女に、すかさず足払いを放つ。
シルフィを引きずり倒すと、ゼリエスはすかさず次の行動に移る。
闘技場の上空。
先程、薙刀に弾かれた投剣は未だ宙に有った。
激しい回転と共に滞空する投剣に向けて思考を放つ。
ゼリエスの支配下に置かれ遠隔操作された投剣は、回転運動を辞めると同時に目標に向けて突進した。
新たな獲物は杖を構える錬光術師だ。
「……なっ!」
上空からの攻撃は予想していなかったらしく、錬光術師は慌てて防御に回る。
杖を頭上に掲げた瞬間、展開したばかりの防御シールドに投剣が突き刺さる。
その瞬間を狙って、短剣内の錬光石を破裂させる。
「きゃあああああっ!」
真耀流投剣術からの〈爆刃〉。
錬光術使いの悲鳴が爆音にかき消される。
「シルフィ! ミューレ!」
小剣使いの少女が叫ぶ。
瞬く間に二人の仲間を倒され茫然とする。
しかし、その顔はすぐさま怒りの形相へと変わった。
「……っ! このおぉぉっ!!」
少女は右手に持った小剣を逆手に構え、こちらに向かって突進する。
その小柄な体から、溢れんばかりの殺気を感じる。
新たに現れた強敵を前に、ゼリエスは舌なめずりをする。
「……せ」
その時、足元から声が聞こえて来た。
横たわるリドレックを振り返る。
少女達と戦っている合間に、意識を取り戻したようだ。
血まみれになったリドレックの口が動く。
「……よ、よせ」
制止するその声に、耳を傾ける者はいない。
小剣使いの少女は、既にゼリエスの間合いに居た。
「うおおおおおっ!」
「はあああああっ!」
雄叫びと共に、二人は交錯する。
少女に向けて〈虚空刃〉を振り下ろす。
絶好のタイミング。
ゼリエスの〈虚空刃〉は、少女の小剣よりも速く、鋭く動く。
プリズムの刃が彼女の体を切り裂く瞬間、
ゼリエスの眼前から、少女の姿が掻き消えた。
「何っ!」
手刀から伸びる刃をすり抜け、少女は飛び上がった。
その素早い反応、その大胆な判断。
どちらもゼリエスの予想を上回っていた。
攻撃を外したゼリエスは体制を大きく崩した。
前かがみにつんのめった姿勢のまま、動けない。
対して頭上高くへと飛び上がった少女は、空中で姿勢を変える。
猫のような身軽さで一回転すると、がら空きになった後頭部に蹴足を放つ。
少女の全体重が乗った延髄切りが、断頭台の刃のごとくゼリエスの首に炸裂する。
ゴキッ!
頭の中に響き渡る破滅を告げる音と共に、ゼリエスは意識を失った。
◇◆◇
メルクレアはゆっくりと身を起こした。
彼女が足元に横たわるゼリエスを、振り返ることは無かった。
頸椎を破壊された彼が二度と目を覚ますことはないことを、メルクレアは確信していた。
周囲を見渡す。
闘技場に倒れ伏す仲間たちの姿を見つける。
シルフィも、ミューレも、傷だらけだったが命に別状は無いようだ。
さらに視線を巡らせ、そしてようやくメルクレアは見つけた。
闘技場に立つ一人の騎士。
その手を血に染め、仲間達を犠牲にしてまで守り抜いた騎士がそこに居た
「……リドレック」
リドレックの無事な姿を見て、メルクレアは声を詰まらせる。
メルクレアの胸中は自らが成し遂げた確かな充足で満たされていた。
爆発で負った怪我も、既に癒しているのだろう。
しっかりとした足取りでリドレックはこちらに向かって歩いてくる。
やがて、メルクレアの前に立つ。
「……メルクレア」
慈しむようにその名を呼ぶと、リドレックはゆっくりと右手を上げて、
「こンの、ばかたれぇぇぇっ!」
思い切りメルクレアの頭を殴りつけた。
「……え?」
突然のことに、メルクレアは唖然とする。
ヘルメットの上から殴りつけられても痛くはないが、命を懸けて助けた相手に殴られた理由がわからない。
「なんてことをしてくれたんだお前は!」
「……え? え? ええっ!?」
事情が分からず目を白黒させるメルクレアに、リドレックは声を張り上げ怒鳴りつける。
「これは闘技大会なんだぞ! ただの練習試合じゃないか! それなのに、対戦相手ぶっ殺してどうするんだよ!? ゼルは、……ゼリエスは僕の親友だったんだぞ!!」
「え? だって、これは試合じゃないって言ってたじゃん!? 本物の殺し合いだって、カッコいい事言っていたじゃん!」
「んなもん、演出に決まってんだろうが! 試合を盛り上げるための抗争アングルだよ! マジに信じるなよ!」
「演出!? 演出じゃないでしょ、アレ!? どっからどう見てもガチンコだったじゃない! 何なのよ、あの電流爆破金網デスマッチは!?」
「手加減していました、ちゃんと手加減していましたぁ! 安全性には十分に注意してましたからぁ~っ! 本気とか全然、出してないし~っ! 俺らが本気出したらこんなもんじゃすまなしぃ~っ!」
『……あれで?』
気が付くと、周囲に人だかりが出来ていた。
桃兎、黒鴉、両騎士団の選手たちは、戦う事も忘れてリドレックとメルクレアの二人に注目していた。
「お前はどーして空気が読めねぇんだよ。マジでアスぺなんじゃねぇの!?」
「アンタに言われたかない! アンタにだけは言われたかぁないわよ!」
いつ果てるともしれない、不毛な言い争いを続けていると、
「……ド」
足元から蚊の鳴くような小さな声が聞こえて来た。
「……リ、ド」
「ゼル! 生きていたか、ゼル!」
うめき声をあげるゼリエスの元へ、慌ててリドレックは駆け寄る。
首の怪我に障らないように、ゆっくりと抱き起す。
「……リド。久しぶりじゃないか、リド」
「しゃべるな。今、手当てをしてやるからな。……衛生班! 衛生班、早く来てくれ!!」
「ハハッ、何を慌てているんだ。おかしなやつだなお前は。……そう言えば、卒業旅行はどうだった?」
「……卒業旅行? 何言ってるんだ、お前?」
「お前、《白羽》を二枚とったら、地上に行くって言ってたじゃないか……。あれ? 酒瓶を寮の皆で飲むんだったけ? 俺はベイマンの道場に行って……。その前に宿で父さんの帰りを待っていなくっちゃ……」
「走馬灯? 走馬灯か!? バカ、そんなもん見るな! 還って来い、還って来るんだ! ゼリエス!!」
一命は取り留めたものの、さすがに無事では済まなかった。
記憶がかなり混乱しているらしく、あらぬ事を口にするゼリエスに半狂乱でしがみつく。
「……ああ、ゼル。……なんて、なんて酷い。せっかく刑務所から出てこれたって言うのに、こんな、こんなことって……」
「……えーと」
ゼリエスを懸命に介抱するリドレックの姿に、メルクレアはいたたまれない気持ちに苛まれた。
「くそっ! 絶対に死なせないぞ、死なせるもんか!! ……衛生班! 何やってるんだ、衛生班! 早く来てくれ!」
◇◆◇
闘技場に響き渡るリドレックの悲痛な叫び声は、貴賓席にも聞こえていた。
訊きたくなくても聞こえてくる。
さすがに総督もこんな結を末予想していなかったのだろう。
闘技場のど真ん中で繰り広げられる愁嘆場に、総督の目が点になる。
「あの、総督?」
恐る恐る声をかける校長に、総督は短く告げる。
「……試合終了」




