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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅡ. 狂戦士の帰還】
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26. 【回想】 港にて  

 学園都市であるスベイレンで、授業をサボるのはなかなかに難しい。

 人目につかず、退屈せずに時間潰しができる場所はごく限られている。


 学校施設のある中層階では教官や他の生徒達に見つかる。

 上層階にある高級店で遊ぶには金がかかる。

 その点、下層階は授業をサボるのにうってつけの場所だった。

 港湾地区を擁する下層階には、交易商人や旅行者向けの商業施設がある。

 飲食店や娯楽施設も多く、リドレックのような学生でも気軽に入れる価格設定である。

 リドレックのお気に入りの場所は交易港の飛光船発着場である。


 ここでは交易船が地上から持ち込んだ様々な品を見ることが出来る。

 地上で育てられた農産物や、遺跡から掘り出された発掘品。捕獲された奇形生物等――珍しい交易品は一日中眺めていても飽きることは無い。

 持ち込まれた交易品は交易商人たちの手によって取引される。

その取引するための市場は交易港のすぐそばに隣接している。

 しかし、目端の利く交易商人は市場で商取引などしない。

 少しでも良い商品を、少しでも安く手に入れるために、交易港に直接乗り込み荷卸ししたばかりの交易品を、船主と直接交渉で買い叩くのである。


 今、リドレックの目の前に居る二人の男たちも商談の真っ最中だった。

 裕福そうな身なりをした中年男が、でっぷりと太った色黒の男――まるで直立した豚のような男にむかって、しきりに何かを話しかけている。

 二人はコンテナの影に隠れ、声を潜めて商談を進めていた。税関を通さない商取引は違法である。大っぴらに出来るものでは無い。

 程なくして商談がまとまったらしく、黒豚の船長はコンテナから離れて行った。

 その足取りの軽さを見ると、良い条件で話をまとめることが出来たようだ。

 交易商人はコンテナを満足そうに見つめると、側にいた機械人形にコンテナを運ぶように命じた。


 港湾作業用のガントリー・クレーンが動き出したところで、ようやく交易商人はリドレックに気が付いた。


「やあ。これは、これはリドレック殿では御座いませんか!」


 交易商人は驚きつつも、笑顔だけは忘れない。

 商人に要求されるのは笑顔と度胸、そして折り目正しい挨拶だ。

 

「ご機嫌麗しゅう、騎士様」

「こんにちは、エミエール会長」


 こうして面と向かって話をするのは始めてだったが、互いの名前は知っていた。

 エミエール商会会長、セイア・エミエールはスベイレンの名士である。

 闘技大会で、貴賓席で試合を観戦している姿を何度も見かけている。


 そしてリドレックもまた、悪い意味でスベイレンでは有名人である。


「このような場所でお目にかかれるとは思いませんでした。騎士学校の生徒様がこのような所で何をされているのです?」


 交易港は元々、人気の少ない場所だ。

 危険が伴う港湾作業は機械人形による全自動システムによって一任されている。

 コンテナが行き交う交易港にわざわざ足を運ぶのは、授業をサボった学生か、密輸業者ぐらいのものだ。


「今時分は授業中の筈では?」

「社会見学ですよ」


 リドレックはあらかじめ用意しておいた言い訳を口にする。


「天空島間の物流を見聞しているのです。これも立派な社会勉強ですよ」

「はっはっはっ! そいつはいい!! 授業をサボるには、なかなか粋な口実ですな」


 リドレックの冗談が余程おかしかったらしく、交易商人は快活に笑った。


「本当に貴方は愉快な人だ。他の騎士様とは違う」

「この荷物は地上から運び込まれたものですか?」


 運ばれてゆくコンテナを見つめ、リドレックが訊ねる。

 コンテナには『S-85』と書かれている。

 港湾地区に運び込まれた積み荷は次の運搬先が決まるまで、同じ下層区画にある倉庫へ一先ず収納されることになっている。


「左様。中身は地上の遺跡で発掘された、旧世界の遺物ですよ」

「送り先は?」

「オフェリウスです。かの学究島に持ち込んで、分析作業を行うのです。ここを中継基地として、定期便に乗せ換えるのです」

「S地区に85番倉庫など在りませんよ」

「…………」


 そう言った瞬間、セイア・エミエールは沈黙した。

 彼の顔に張り付いていた愛想笑いは既に消えていた。

 沈黙するセイアに向けて、リドレックは続ける。


「僕はいつも港湾地区にいます。倉庫の事は隅から隅まで熟知している。S地区に85番倉庫など存在しません」

「…………」


 無言のままこちらを見返すエミエールに、リドレックは話を続ける。


「ここ最近、スベイレンでは失踪者が続出しています。いずれも交易商人や船乗りと言った交易関係者ばかり。こういった人々は、天空島の間を頻繁に行き来するので、居なくなってもすぐには気が付かない。港湾地区でサボ……、もとい社会見学にいそしんでいる僕を除いて」

「…………」


 相変わらず沈黙を続けるエミエールを、リドレックは問い詰める。


「心当たりがあるのでしょう? エミエール会長」

「……フッ、フフッ」


 そして、エミエールは笑った。

 先程までの愛想笑いとは違う、見る者を不快にさせる凶悪な笑みだった。


「……お察しの通り。私は交易品の密輸をやっております」


 それは、自らが犯した罪の告白であった。


「先程、話していた男――そう、あの豚のような男。ボルブ・クラバーっていう船乗りなんですがね、あいつと結託して密輸をやっておるのです。扱う品は様々です。先程も申したような遺跡から掘り出した盗掘品もあれば、ランディアンから奪い取った装飾品。生け捕りにした獣。違法薬物や武器と言ったものまで、金になる物ならば種類は問いません」

「交易品の密輸は……」

「重罪です。承知しておりますとも。承知しております――がやめられない。リスクに見合うだけの見返りはあります。こういった品々は、闇市場では高値で取引されておるのです。必要経費をさっぴいても、大変な儲けが出るんですよ」

「失踪……」

「失踪者のことですか? ええ、それも私です。こういう危険な商いをしておりますと、物騒な連中が寄ってくるのですよ。販路の乗っ取りを企む同業者とか、密輸をネタに脅迫してきたりとか。そういった連中は、速やかにお引き取り願うことにしているんですよ――人生そのものから」

「そんなことをして……!」

「良心が痛まないのか、と仰りたい? 痛みませんなあ。相手はどうせろくでなしのゴロツキ。居なくなったところで、誰も気には止めません――授業をサボって港をうろつく不良学生以外はねぇ」


 交易商人は喋り出すと止まらない。

 リドレックの機先を制して矢継ぎ早に話し続ける。


「騎士に騎士道があるように、商人には利道というものがあるのですよ。十字軍が地上でやっていることだって、とどのつまりは殺戮と略奪だ。あたしら商人が同じことをやっちゃいけないって理屈は無いでしょう。世の中にはね、道理だけじゃあ割り切れないことがたくさんあるんですよ、学生さん?」


 そう言うとエミエール会長は、おかしそうに笑った。

 法を犯し、人を殺めて、それでもなおかつ笑っていられる。

 この男にはこれ以上、何を言っても無駄だとリドレックは悟った。


「他に何か聞きたいことはございますか、リドレック殿?」

「……最後に一つだけ。よろしいのですか? そんな事を僕に話してしまって?」


 何を言っても無駄だとわかっていながらも、それでも聞かずにはいられなかった。

 密貿易から殺人まで――エミエールは、自らが犯した悪行の洗いざらいをリドレックに話してしまった。

 公になればエミエールと商会は破滅することになる。


「僕が十字軍に告発したら、あなたはお終いだ。それなのに何故?」

「心配は無用。ここで話したことが公になることは御座いません。なぜならば……」


 そこで区切ると、エミエールは目を細めた。

 その瞬間、エミエールは人当たりの良い交易商人の仮面を脱ぎ捨て、冷酷非情な密輸業者へと変貌した。


「あなたはここで、死ぬんですから」

「……出来ると思っているのか?」


 剣呑な雰囲気を察したリドレックは、腰の剣帯に手を置いた。


「落ちこぼれとは言え僕も騎士のはしくれだ。一般市民に黙って殺されるほど弱くは無い」

「ちょちょっ! あたしが騎士様のお相手なんてするわけないでしょう!?」


 剣を抜こうとするリドレックに、密輸商人は慌てたように手をふった。


「あたしはしがない商人。算盤弾くのがあたしの仕事。人斬り包丁振り回すのは、こちらの先生にお願いしております」


 言うとエミエールは高々と右手を掲げた。

 彼の指し示す先を、リドレックは振り向いた。


 そこに、友が居た。


 この欺瞞に満ちた学校の中で出会った、真実の友がそこに居た。


「……何故だ」


 問いかけるその声は、驚くほどにかすれていた。

 喉奥から絞り出したその問いに、しかし友は答えない。

 いつもとかわらぬ陰気な眼差しをこちらに向け、沈黙を続ける友に向かってさらに問い詰める。


「……何故だ、ゼル!」


 友の名を呼んだ。

 人の道を踏み外した 友の名を呼んだ。


「……すまんな、リド」


 悲しそうに頭を振ると、友はゆっくりと剣を抜く。

 光子の刃が瞬くと同時、その瞳に狂気の輝きが宿る。

 その瞬間、友は一振りの剣となった。




 ゼリエス・エト。

 リドレックの友にしてスベイレン最強の剣士は――


 人殺しだった。


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