22. 【回想】 別離の予兆
夏休みが終わり、新学期が始まるとゼリエスはスベイレンに戻った。
騎士学校でゼリエスを出迎えたのは、前年度において最下位成績をたたきだしたリドレックだった。
「それが免許皆伝の証か!?」
アドバイスをくれた礼にベイマンから持ち帰った光子剣を見せてやる。
免許皆伝の証、光子剣に巻かれた緋色の柄紐を見ると、リドレックは自分の事のように喜んでくれた。
「やったな、ゼル。今日からは師範様とお呼びしないといけないな」
「よせよ、師範なんて様をつけるほど偉いもんじゃない。……それよりもお前、首にかけてるそれは何だ?」
そう言うと、首かけているネックレスを指さした。
ネックレスの先端には、錬光石と白い羽がぶら下がっている。
「記念に作ったんだ。いいでしょ?」
「記念って、何の記念だ?」
「最下位を取った記念」
これにはさすがに笑うしかなかった。
スベイレンでは最下位成績を取った生徒は、自主退学するのが通例である。
しかし、臆病者の象徴である《白羽》を首からぶら下げるリドレックはそんな暗黙のルールに囚われることは無い。
相も変わらずマイペースな友人の姿に、ゼリエスは何故か安らぎを感じた。
「しかし、一枚だけではちとさみしいな。片翼では《白羽》と呼ぶにも様にならん」
「だったら、今年も最下位を取るよ。そしたら来年は正真正銘《白羽》だ」
「来年、か……」
「ああ、来年だ……」
感慨と共に頷き合う
二人の間に来年などというものは存在しないことを、漠然と理解していた。
リドレックが予告した通り今季も最下位成績を獲得すれば、来年は確実に退学になるはずだ。
それはゼリエスも同様である。
免許皆伝の免状を得たゼリエスは今や、真耀流の師範である。
真耀流では師範の地位にある者の他流試合を禁じている。
今季からはスベイレンの闘技大会で剣を振るうことが出来なくなる。
闘技大会に出場できない生徒がこの学校に居られるはずがない。
来年はリドレック共々、この学校を追われることになるだろう。
「……なあ、ゼル。お前、来年はどうするんだ?」
「……さあな」
正直、この学校を出て行った後の身の振り方については一切考えてなかった。
どこかの騎士団に仕官するつもりは無い。
愛想のかけらもないゼリエスが、就職活動なんて出来るはずがない。
かといって、ベイマンの道場に戻って、師範になるつもりもない。
人に物を教えられるような器用な性格で無い事は、ゼリエス自身が良く知っている。
「そう言うお前はどうするんだ、リド?」
「取り敢えず僕は、地上に降りてみようと思っているんだ」
「地上? 地上なんかに行ってどうする?」
「巡礼だよ」
巡礼とは、地上に点在する聖地を訪ね歩く修行の事である。
僧籍を持つリドレックであったが、それ程信仰心は深くない。修行などという勤勉な性格でもない。
訝しげに見つめると、リドレックは笑いながら手を振った。
「巡礼っていうのは建前だよ。しばらくの間、地上のあちこち見て回ろうと思うんだ。言ってみれば卒業旅行さ」
「卒業じゃないだろ? 中退だろう?」
「どっちでもいいよ。地上にはいろんなものがあるって話だ。天然物の食い物に酒。豊かな自然に名所旧跡、退屈することは無いだろうさ」
彼にとっては異教徒に怪物が跋扈する地上も、退屈しのぎの観光地でしかないのだ。
やっぱり、リドレックはリドレックだ。
どこまで行っても変わらない。
地上に降りてもきっと、彼はゼリエスの知るリドレック・クロストで居続けてくれるだろう。
「ゼル、お前も一緒にどうだ? 楽しいぜ、きっと」
「……考えておく」
リドレックの誘いにゼリエスは素直にうなずくことは無かった。
何故なら、この時すでにゼリエスはリドレックとは別の世界に足を踏み入れていたのだから。




