5. ルームメイト
「やっぱり、病院に行った方が良いと思うんだけれど……」
「いえ、大丈夫です。ありがとう」
手当をしてくれたソフィーに向かってリドレックは礼を言った。
場所は寮長室前の談話室。
ソフィーは寮長の秘書みたいな仕事をやらされているらしく、いつもこの談話室兼、喫茶室に待機している。
看護師としての技術も持ち合わせている彼女はリドレックの怪我――花瓶で殴られた後頭部と、ミナリエに殴られた顔の傷を治療してくれた。
彼女の言う通り頭部の怪我を見た目だけで判断するのは危険だ。設備の整った病院と専門医の診断に任せるべきだ。
しかし病院に行けば医師に怪我の理由を訊ねられる。
後頭部の怪我は転んだとでも言えばいいが、顔面に刻まれた拳の跡は誤魔化し様が無い。
ミナリエ・ファーファリスは同期だし命の恩人だ。彼女を警察送りにするのは忍びない。
それに、彼女たちを放って病院に行くわけにもいかない。
『一体、何なんですか? あの男は!?』
『被害者はあたしたちです! 何で謝らなくちゃいけないんですか!?』
『明確な説明を要求します』
寮長室から聞こえてくる三者三様の怒声に、リドレックの顔が引きつる。
「……それじゃ行きますね。ありがとうございます」
もう一度ソフィーに礼を言ってから、リドレックは寮長室へと向かった。
扉を開け中に入る。
部屋の中には三人の少女と、エルメラ寮長の姿があった。
少女達に取り囲まれているエルメラは、顔を上げて困り果てた表情をこちらに向けた。
「あ、リドレック。手当は終わったの?」
「はい、もう大丈夫です」
「そう、それじゃ取り敢えずお互いに自己紹介しましょうか。……ほら、あんたたち!」
そう言ってエルメラは、三人の少女たちをリドレックの前に並ばせた。
先程は肌を剥き出しにして襲い掛かって来た少女達だったが、今は制服姿に着替え髪も整えている。
横一列に並んだ少女達をエルメラは順番に紹介していった。
「まず、この子がメルクレア・セシエ」
エルメラは金髪を三つ編みにし、一つに束ねた少女――下着姿でリドレックに馬乗りになった少女を指し示した。
「で、この子がシルフィ・ロッセ」
次に金髪を総髪にまとめた少女――バスタオル一枚で花瓶を投げつけた少女を指す。
「そして、この子がミューレ・エレクスよ」
最後に二つ縛りに金髪を結いあげた少女――全裸でナイフを突き立てようとした少女を指した。
改めてみると三人ともよく似ている。
金髪碧眼。背格好も同じくらい。髪型を揃えてしまえば、遠目で見る限り見分けがつかないだろう。
リドレックを見つめる敵意に満ちた目つきもそっくりだ。
「……リドレック・クロストです。よろしく」
『フンッ!!』
遅ればせながら挨拶をすると三人揃って顔を背けた――そんな仕草までそっくりだ。
「ちょっと、あんたたち。もうちょっと愛想よくなさい。リドレックはあなた達の先輩で、これから一緒に暮らすルームメイトなのよ。仲良くしてくれないと……」
「え? ちょ、ちょっと待ってください!?」
三人を嗜めるエルメラを、リドレックは慌てて遮る。
「何ですか? 今『一緒に暮らす』とかなんとか、言いませんでした?」
「そうよ。あなたにはこの三人と一緒の部屋で生活してもらいます」
「いや、それはちょっと、まずいでしょ!? 色々と!」
「だって、上級生用の個室は全部ふさがっているもの。新入生と相部屋してもらうしか無いじゃない」
さも当然のことであるかのようにエルメラは言った。
「それもこれもあんたが悪いんじゃない、リドレック。連絡一つよこさず、夏休み終了前日まで学校に来ないんだもの」
「いや、だからって、女子と相部屋っていうのはいくらなんでも……」
「絶対に嫌よ!」
リドレックよりも先に、三人娘たちが一斉に反対する。
「こんな男と一緒に暮らすだなんて御免だわ!」
「男女が同じ部屋で寝泊まりするなんて、倫理的に問題あります!」
「断固、反対します!」
「お黙りなさい!!」
口々に不平を漏らす三人をエルメラが一喝する。
「あなた達はスベイレンに入学したばかりの新入生なのよ。騎士団寮の集団生活を通して、騎士道の何たるかを知ることから始めなければなりません。それに、リドレックはあなたたちの先輩よ。上級生と寝食を共にすることによって、学ぶこともきっと多いはず。これはあなたたちにとっても騎士道を学ぶ、良い機会なのです」
かしこまった口調で説教を始めるその姿は、寮長らしい威厳に満ちたものであった。
「リドレックは数多くの闘技大会に参加した試合巧者で知られています。あなたたちもいずれ、騎士団寮の代表として闘技会に出場することがあるでしょう。その時は、闘技大会の作法に精通したリドレックから指導を受けなさい」
「……わかりました」
エルメラの叱責に、いかにも不承不承といった感じでメルクレアが頷く。
しかし、シルフィ・ロッセはなおも食い下がる。
「……一緒に生活をするっていうことは、ベッドも同じのを使うんですか?」
「まあ、新入生用の四人部屋には二段ベッドしかないものね」
「お風呂やトイレも同じのを?」
「そうよ」
「嫌ぁ~っ。絶対に嫌ぁ~っ!」
涙声で抗議するシルフィの姿に、リドレックはいたたまれない気持ちに苛まれる。年頃の娘を持つ父親の心境というのは多分、こういうものなのだろう。
「……シルフィ・ロッセ。あなたあたしの言うことが聞けないの?」
ダダをこねるシルフィを、エルメラは凄味の効いた声で呼びつける。
「寮長であるこの私、エルメラ・ハルシュタットの命令に逆らうつもりなの?」
「い、いえ。……そういうわけじゃ」
「あなた達三人はハルシュタット本家から、行儀見習いとして預かっている身。そしてここ桃兎騎士団にいるハルシュタット家の人間はあたしだけ――つまり今現在、この場でハルシュタット家の当主はあたしだということよ。そのあたしの言うことが聞けないの?」
シルフィの顔が一瞬で青くなる。
彼女達にとってエルメラとハルシュタット家はよほど恐ろしい存在らしい。
「質問があります」
真っ青になって沈黙するシルフィの隣で、ミューレが手を上げる。
「何? ミューレ、あんたもまだ文句があるの?」
「食事も彼と一緒に食べなければいけないのですか?」
「ええ、そうよ。この寮の食堂で食べて頂戴」
「上級生用の食堂で、上級生用の食事を、ですか?」
ミューレの言葉に何かを察したらしい。他の二人の表情が変わる。
「寮長は『上級生と寝食を共にすることによって、学ぶこともきっと多いはず』と仰いました。この機会に是非とも上級生のテーブルマナーを拝見いたしたいと……」
「わかった、わかった! いいわよ食事ぐらい。特別に計らうよう、食堂に言っておくわ」
「聞いたか、二人とも? 今夜の食事は豪勢だぞ!」
「やった!」
泣き顔から一転、シルフィは歓声をあげる。
「じゃあ、早速行くわよ。リドレック!」
上級生を呼び捨てにすると、メルクレアはリドレックの腕を掴んで駆け出した。
「え? お、おいっ!」
「……まあ、食事だけで済むなら安いものよね」
引きずられるように部屋から出ていくリドレックの姿を見送りながら、エルメラは溜息と共に呟いた。