17. 無明の剣士
飛光船発着場を出立したゼリエスは、スベイレン中層にある総合病院に運び込まれた。
過激な訓練や毎週末に行われる闘技大会のお蔭で、騎士学校の生徒達は怪我が絶えない。そのためこの騎士学校付属の総合病院では救命病棟やリハビリ施設が充実している。
ゼリエスはまず、病院内にある検査室に運び込まれた。治療を行うには入念な検査を行う必要がある。
体内の様子を撮影するべく検査台に寝かされる。そこではじめてゼリエスは拘束具を解かれた。
三か月にわたる牢屋暮らしのお蔭で、ゼリエスの体はすっかり衰弱していた。
鍛え上げられた筋肉は抜け落ち、手足は朽木のように痩せ細っていた。
一通りの検査を終えるとようやく治療が始まった。
体の自由を奪っていた神経毒を抜くと同時に、栄養剤を投与。
さらに増強剤を投与し、全身に針を突き立て電流を流す。筋組織に刺激を与え強制的に活性化させる。
かなりの荒療治であったが、週末の闘技大会に間に合わせるには必要な措置であった。
「酷い有様だな」
寝台に横たわるゼリエスの姿を見ると、総督は渋面を浮かべる。
手足は痩せ衰え、目は落ちくぼみ、胸は肋骨が浮いている――まさに生ける屍であった。
「苦労して刑務所から連れ出したが、こんな状態だったとはな。戦うどころか歩くこともままならんではないか」
ゼリエスは医療刑務所に拘留されている間、拘束具で縛られた上、薬で神経細胞を眠らされていた。碌な食事も与えられておらず、必要な栄養は薬物によって補うだけに止められていた。
特権階級である騎士が収監された場合、人道的な配慮は一切されない。
錬光技を自在に操る騎士の戦闘力を封じるには、このくらいの処置が必要なのである。
「大丈夫です、総督」
失望した様子の総督に、力強く答えたのはシシノ教官であった。
「ゼリエスのリハビリには私が責任をもって行います。闘技大会まであと四日。それまでには万全の態勢を整えましょう。衰えたとはいえ、真耀流免許皆伝。《白羽》ごときに後れを取ることはございません」
「得手は長剣か?」
「はい。最も得意とするのは長剣ですが、大剣、小剣、細剣、投剣、双剣、盾を――剣と名のつく物でしたら、すべて扱うことが出来ます」
「錬光技はどうだ? こういった武芸に秀でた者は、錬光技を扱う相手を苦手とすると聞くぞ?」
術師型の選手が武器による直接攻撃を苦手とするように、武芸型の選手もまた錬光技による間接攻撃を苦手としている。
実力が同格である場合、一般的には術師型が有利とされている。
闘技大会では錬光術を巧みに操る術師が、一方的に対戦相手を蹂躙するケースが頻繁に見受けられる。開幕戦でのバトルロイヤルが典型的な例である。
「リドレックは錬光技の達人だ。剣術だけの力押しでは勝てんぞ?」
「御懸念には及びません。真耀流には、対錬光技用の技があります。術者相手でも後れを取ることはございません」
「うむ。流石は帝国認定剣術よ、頼もしいな」
淀みの無い返答に、総督は深く頷いた。
「して、ゼリエスは《無明》も使えるのか?」
「……総督閣下」
何気なく発した総督の問いかけに、シシノの気配が変わる。
先程までの親しげな様子と打って変わって、咎めるようにシシノは言った。
「真耀流に《無明》などというものは存在しません。我が真耀流は活人剣。人を活かすための剣術です。噂されているような、殺人剣などでは御座いません」
「ふん、そうなのか?」
その深刻な様子を見て、総督もそれ以上追及はしなかった。
「左様。巷に流れる根も葉もない噂などに耳を傾ける事など無いよう、くれぐれもお気を付けを。総督のような身分あるお方がそのようなことを口にしますと、正気をうたがわれますぞ?」
「おお、それは困る。困るぞ! 二度とあのような病院に行きたくはない!」
余程恐ろしい目にあったのだろう。
医療刑務所で明かした一夜を思い出し、総督は震えるように身を縮込ませる。
「……まあ、それはともかく、期待しているぞ。宣言した手前、今更試合に出さないと言うわけには行かぬからな。ゼリエスならば相手にとって不足は無い。必ずやリドレックを倒してくれるだろう」
「よろしいのですか? 本当に倒してしまって」
シシノは不敵な笑みを浮かべた。
「奴とこいつとの間には抜き差しならぬ因縁があります。ご存知ですか?」
「ああ、資料には目を通している。何でも友人同士であったとか」
「場合によっては、リドレックを殺してしまうかも知れませんが……、よろしいか?」
「構わぬぞ。そのくらいの意気込みでなくては困る」
その意気込みやよし、とランドルフ総督は満足そうに笑う。
「リドレックは総督閣下のお気に入りでは無かったのですか?」
「あいつは最近、増長しておるからな。私の言うことを聞こうとしない。ここらで鼻っ柱をへし折っておいた方がいいと思っていたのだ。今度の試合でゼリエスが勝ったら、リドレックの代わりに総督府の仕事を手伝ってもらうことにしよう。その時は、剣技教官の君にもそれなりの役職を用意するつもりだ」
「ありがとうございます!」
「君には期待している」
最後に、総督はシシノ教官に向き直る。
「就任から一月、未だに教職員の掌握することが出来ない。同門の君がそばに居てくれると何かと心強い。今後ともよろしく頼むぞ」




