15. 【回想】 異邦人
リドレックという男を一言で言い表すならば、異邦人であった。
騎士学校の校風に染まることなく、はじかれることもなく、ただそこに居るだけの、それでいて確固とした存在感を放つ――まさしく異邦人であった。
周囲の空気を読むことに長けたリドレックは、人との距離感を心得ていた。
つかず離れず、世界と和合する――これは真耀流の教えにある自他共栄の精神に通ずるものであった。
人付き合いが苦手なゼリエスにとって、彼との距離感はとても居心地の良いものであった。
同じように感じた人間はゼリエスだけでは無い。同期のラルク・イシューやミナリエ・ファーファリスもまた、彼の不思議な魅力に惹かれてやってきた。
交流が深まるほどに、リドレックに対する興味はますます高まって行った。
今だかつてゼリエスは、他人に対してこれほど興味を抱いたことは無かった。
「この学校に来る前は、神学校に通っていたんだ」
ある日、ゼリエスはリドレックにこれまでの経歴について聞いてみた
正面から直接尋ねたら、存外あっさりと教えてくれた。
「クロスト家って言うのは帝都にも屋敷がある結構な家柄なんだけど、僕は本家筋から外れた傍系でさ。家督相続とは一切、無縁の立場なんだ。子供のころに出家して、坊主になるよう修行していたんだ」
意外な経歴ではあるが、むしろ納得できた。
言われてみれば、理屈っぽい話し方や浮世離れした雰囲気などはいかにも聖職者らしい。
騎士になるために必要な基本的な戦闘技術に対して無知だったのも、逆に薬酒をはじめとする医療技術に関する知識が豊富だったのも、これで合点がいく。
「神学校での生活は酷いもんだったよ。坊主修行の陰湿さときたら、スベイレンの比じゃないね。しごきから逃れる方法は二つ、上級司祭に寄進するか、尻を預けるかのどちらかさ。僕は金も持ってなかったし、司祭好みの美少年でもなかったから、徹底的にしごかれたね。おかげで怪我の手当てに関しては上達したけど」
神学校にはあまり愉快な思い出はないらしく、それ以上詳しく話してはくれなかった。
「ある日、本家のほうで騒動が起きて急遽、教会から呼び戻されたんだ。そこで還俗して騎士になるように言われて、この学校に放り込まれたってわけ。ところがさ、入学する直前に、例のあの事件が起きて……」
例のあの事件とは、昨年起きた皇太子暗殺事件の事だ。
事件の影響で帝国国内では騎士定数の大幅な削減が行われた。
この学校でも事件以降、就職率が激減した。
「結局、騎士になる話はご破算。今更、神学校に戻ることもできないんで、この学校に残ることにしたってわけ」
身内の都合に振り回された挙句、見捨てられたリドレックにとってこの騎士学校以外に行き場所は無い。
訓練や試合に対する不真面目な態度も、自分を見捨てた本家に対するささやかな復讐なのだろう。闘技大会で無様な姿をさらし、自らを傷つけることによって家名を貶めようとしているのだ。
「でもまあ、ここの生活も悪くないよね。授業はサボっても文句言われないし、週末、試合に出てどつかれるだけでお金までもらえる。みんないい奴ばかりだし、ホント、ここは天国だね」
事あるごとに瀕死の重傷を負わされ、周囲から嘲りと蔑みの目で見られて――それでも、ここの生活を天国だと言える。
この時ゼリエスは、リドレック・クロストという男の強さを垣間見たような気がした。




