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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅡ. 狂戦士の帰還】
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14. 毒蛇の大槍

「ミナリエを押し倒したんですって?」


 寮長室にやって来たリドレックを出迎えたのは、エルメラ寮長の笑えない冗談だった。


「昨日は娼館通い。今日は自室に女連れ込むとは随分とお盛んだこと」

「……僕に何か御用だったのではないですか?」


 エルメラの下品な冗談には取り合わず、リドレックは用件を切り出した。

 ノリの悪いリドレックに小さく肩をすくめると、エルメラは用件を切り出した。

 

「決闘の件であなたに話があるのよ」


 深刻な表情でエルメラが言うと、ああ、とリドレックは頷いた。

 エルメラ寮長の元には、リドレック宛の果たし状が届いていた――それも、二通。


「あれは断るように、と寮長が仰ってませんでしたか?」

「そうよ。今、他の騎士団寮と諍いを起こされるのは困るのよ」


 一月前のテロ事件の影響で、スベイレンは未曽有の被害を受けた。

 スベイレン再興の為、復興資金を提供したのが桃兎騎士団寮のスポンサーであるハルシュタット銀行である。多額の資金を供出する見返りとして、ハルシュタット銀行は復興事業の一切を取り仕切る権利を得た。

 復興事業を円滑に進めるためには、他の騎士団寮の協力が必要不可欠である。

 決闘なんてことをして、騎士団寮同士の対立関係を呷るようなことをすれば、復興事業に影響を及ぼすことになりかねない。


「でしたら、寮長の指示通りに従います。確か相手は、緑猪騎士団寮のチェド・ベミノンと紫鹿騎士団寮のロイ・ベレロでしたっけ? この二人とはなるべく、顔を合わせないように……」

「三人目の申し込みが来たのよ」


 そう言うとエルメラは、机の上から真新しい封筒を取り上げた。

 既に中身には目を通しているらしく、封が切られている。


「今回の相手は碧鯆騎士団寮のグッス・ペペ」

「理由は何です?」

「友人の敵討ちだそうよ。……あんた、青象騎士団寮のエナク・スプートに暴行を加えて怪我を負わせたそうね?」

「あれは訓練中の事故です」

「向こうはそう思っていないようよ。まあ、理由なんてどうでもいいのよ。公の場であんたを叩きのめして、名を上げるつもりなんでしょうよ」


 溜息をつくと、エルメラは封筒を机の上に放り投げた。

 背もたれに背中を預け、大きく伸びをする。


「……気をつけるように、って言ったはずよね? リドレック」


 上体を反らした姿勢のままリドレックを睨み付ける。


「この学校は喧嘩上等の騎士学校なのよ。弱者を叩き、強者をくじく。地上帰りの英雄を倒して名をあげようって考えている馬鹿が大勢いるのよ。もうあんたは、落ちこぼれの《白羽》じゃない。行動には十分気をつけるように、ってあれほど言ったのに……」


 伸びの姿勢をやめて、椅子に座りなおす。

 机の上に散らかった封筒を再び取り上げ、リドレックに向ける。


「さすがにこれ以上は庇い切れないわよ。決闘を申し込まれてだんまりを続けていれば、あんただけでなく桃兎騎士団寮の面子にも関わるもの。あんたが直接出向いて、詫びを入れてきなさい」

「だったら受けますよ」

「受けるって何を?」

「決闘ですよ」


 リドレックは事も無げに答える。


「……本気で言っているの?」

「本気ですよ。寮長さえよろしければ、私は一向にかまいません」

「……言ってくれるじゃない」


 その平然とした態度が、エルメラの癇にさわった。

 ムッとした表情で言い返すと、投げやりな口調で言い放つ。


「じゃあ、あんたの好きにすればいいわ。決闘の手はずはあたしが整えてあげる。せいぜい派手にやるがいいわ!」


 便箋を取り出し手紙の用意をする。

 決闘を受諾するにはその旨を書面にしてしなければならない。これがまた面倒臭い。

 公式の文書は全て直筆でなければならない。しかもそれを書くのは寮長でなければならない。

 インク壷にペンを突っ込んだところで、エルメラは肝心なことを訊いて無かったことに気が付いた。


「で、対戦相手は誰にするの?」

「三人全員です」

「……え? ちょっと、本気!?」


 驚愕の余り、便箋の上に置かれたペンが滑った。


「明日の放課後。場所は上層階、飛光船駐機場です」

 

 日時と場所を指定すると、踵を返してそのまま部屋を出て行ってしまった。


 その後、エルメラは三通の手紙をしたため、各騎士団寮へと配送した。

 その際、切手代をリドレックのツケにしておいたのは、エルメラのささやかな復讐であった。


 ◇◆◇


「〈毒蛇の大槍〉」


 透明な密閉容器に納められた光子武器を見つめ、ヤンセン・バーグが呟いた。

 蛇柄の光子武器は、起動されていない状態であるにも関わらず、禍々しい異彩を放っていた。


「最大全長約八十インチ。展開時重量約六ポンド。使用錬光石、十六個。ブレード色は赤紫。以前の持ち主はイウロヒアの酋長、ジャシャルゥシス=ブラックフォレスト」


 場所は研究棟――分析科の研究室。

 部屋全体が機密区画であるこの部屋では、研究棟の中でも最重要で危険な実験が行われる部屋である。


「槍の中には六種の毒が内蔵されている。毒の王と謳われる黒き森の酋長は、この六種の毒を自在に操り、イウロヒアにある八つの開拓村を全滅に追いやると同時に、多数の十字軍兵士を殺害。この残虐行為は巡礼者リドレック・クロストに討伐されるまで続いた」

「……そんなことはどうでもいいです」


 滔々と語るヤンセンに、リドレックは露骨に不機嫌な顔を見せた。

 その武勇伝が示す通り、黒き森の酋長を倒し〈毒蛇の大槍〉を手に入れたのはリドレック・クロスト、その人であった。

 槍を持ち帰ったリドレックはスベイレンきっての武器職人、ヤンセン・バーグに解析を依頼。

 詳細なデータを分析するため、研究室にこの槍を預けていた。


「それで、鑑定はどの程度まで進んでいるんです? 今の話しぶりからすると、まるで進んでいないようですが?」

「……あたりまえだろうが」


 前回、リドレックがこの研究室にやって来て進捗状況を尋ねたのは先週末の金曜日。

 土日は闘技大会とその準備で多忙を極める。当然のことながら鑑定作業などやっている暇など無い。


「そもそも、私は武器鑑定に関しては門外漢なんだ。何度も言っているだろう」

「泣き言ですか、珍しい」


 それこそ珍しく――リドレックは挑発的な口調で言った。


「そんなんじゃない! そもそも、錬光武器の鑑定は、一般人が思う以上に困難な作業なんだ。工学知識だけでなく、あらゆる技術と知識が要求される。例えば、この武器の外観ひとつとっても、あらゆる意味が内包されている。この石突きの形状はイウロヒア――それもガーメン地域の部族に多く見られる。蛇を模した武器を使えるのは、部族の中でも裕福な者しか使うことは許されていない……そうだ」


 さすがのヤンセンもランディアンの風習には通じていない。

 断定を避けるような言い方しかできないため、その話しぶりは非常に歯切れが悪い。


「ランディアン達は文字を使わない代わりに、装飾品に色々な意味を持たせる。その意味を理解するには民俗学の知識が必要となる。ウチは騎士学校だぞ? 民俗学の研究者なんているものか!」


 お手上げ、と言わんばかりにヤンセンは頭を左右に振った。


「この槍一本のせいで、技術部は大騒ぎだ。技術者たちは自分たちの研究を棚上げして分析に当たっている。少しはこちらの苦労も理解して貰いたいものだな」


 それはまさしく、泣き言であった。

 屈辱ではあるが、結果が出せないのだから止むを得ない。

 自分だけならまだしも、この件には研究室のスタッフ全員が関わっている。

 せめて彼らの苦労だけでもリドレックに理解して貰いたかった。

 しかし、


「研究室でぬくぬくと暮らしている技術者の苦労など知ったことじゃありません」


 にべもなく、リドレックは言い放つ。


「地上では十字軍兵士たちが命がけで戦っているんです。地上での戦いを有利に進めるためにも、ランディアンの技術の解析は何をおいても優先されなければならない急務です」

「…………」


 取り付く島もない。


 夏休みが明けて、リドレックはすっかり変わってしまった。

 以前のリドレックはこんな非情な事を口にすることは無かった。

 研究室に出入りし助手としてヤンセンの仕事を手伝っていた彼は、技術者対して理解と敬意をもって接してくれていたものだ。


「取り敢えず、使えるようになるまでにはどのくらいかかりそうですか?」

「使う『だけ』なら、今でも十分可能だ。普通に武器として使う分には問題ない」


 あくまでも成果を急がせようとするリドレックに、あきらめ顔で答える。


「それだけ判っていれば十分です。あとは実戦で何とかします」

「実戦って、なんだ?」

「明日、決闘を行います」

「なんだって!?」

「実戦で使って見ればわかるでしょう」

「そんな無茶な、……おい! 待て、リドレック!!」


 ヤンセンが止めるのを聞かず、リドレックは密閉容器に手をかける。

 同時に、研究室内にけたたましい警報が鳴り響いた。

 

「だから、やめろって! ……あーっ、何てことを!


 リドレックは〈毒蛇の大槍〉を掴むと、そのまま研究室から出て行ってしまった。

 研究室の扉の向こうへと、リドレックが姿を消した瞬間、


『リドレック! 覚悟ォォォォォッ……、ぐべっ!』

「…………?」


 扉の向こう側から、叫び声と激しい物音が聞こえてきた。


 とりあえず、ヤンセンは警報を切った。

 室内のセキュリティをチェックしてから、急いでリドレックの後を追いかける。


「リドレック!」

 

 研究棟の白い廊下を行くリドレックの背中に向かって、ヤンセンは叫ぶ。

 しかし、リドレックは止まらない。

 呼びかけを無視して曲がり角の向こうに姿を消したリドレックの後姿を見つめ、ヤンセンは追跡をあきらめた。

 あの様子では槍を返すつもりもないだろうし、走って追い駆けるのもめんどくさい。


 何より、怪我人を放置しておくにはいかない。

 ヤンセンの足元には血まみれになって横たわる少年の姿があった。

 灰狐騎士団寮、イーズリー・トックは一瞥しただけではっきりとわかるほどの重傷だった。


「……で、お前は一体、何をやっているんだ?」

「……う、うううう」


 研究室の前でリドレックを待ち構え、奇襲を仕掛け、あっさりと返り討ちに会ったイーズリーは――自分でも何をしたかったのか分からなかった。



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