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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅡ. 狂戦士の帰還】
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10. 監獄島

 この天空島に名前があることを、ランドルフ総督は今日この日まで知らなかった。


 天空島エムロック。


 一般的には『監獄島』と呼ばれている、帝国国内における唯一の医療刑務所である。

 天空島と呼ぶにはあまりにも小さなこの島は、その呼び名どおり島全体が刑務所となっている。


 帝国の法は極めて合理的かつ機能的である。

 犯罪者の処罰の大半は、死刑か地上に追放されるかのどちらかである。

 懲役刑などというものは存在しない。

 天空島という限られた大地に、犯罪者たちにあてがう土地など無いのだ。


 貴重な土地である天空島を刑務所として利用しているのは、ここに収容されている犯罪者たちが帝国国内でも最重要の危険人物ばかりだからだ。

 政治思想犯や、帝国に刃向う有力貴族など――野放しにはできないが処刑すれば面倒が起きる連中を収容しておく場所であった。

 ただの刑務所では無く医療刑務所と名乗っているのは、囚人たちを病人として扱うためである。

 囚人たちは『病死』するまでここから出ることは無い。監獄島に収監されることは、死刑宣告と同義である。


 スベイレンから約半日、飛光船《気高き乙女号》に乗ってランドルフ総督はこの監獄島へとやってきた。

 出迎えた看守たちに連れられ、総督は所長室に通された。

 所長室には三人の男女が待ち構えていた。

 簡単に自己紹介を終えるとランドルフは早速、要件を切り出した。


「それで、いつですか?」


 余りにも性急なその口ぶりは、所長室に居る三人を混乱させただけだった。

 反省した総督は、改めて仕切り直す。


「それで、ゼリエス・エトはいつになったら釈放されるのですかな?」

「もう少しお待ちください、ランドルフ卿」


 有無を言わせずに詰め寄るランドルフ総督に、答えたのはこの刑務所の所長である。


「ここは医療刑務所だと言うことをご理解いただきたい、ランドルフ卿。ここに収監されているのは囚人であると同時に、患者でもあるのです。鍵を開けてすぐに釈放と言うわけにはいかないのですよ」


 それが単なる時間稼ぎに過ぎない事は、ランドルフは知っていた。

 ランドルフがこの監獄島にやってきた理由は唯一つ、ゼリエス・エトの釈放である。

 総督がゼリエス・エトの保釈に向けて動き出したのは昨日の夕方――職員会議が終ってすぐの事である。

 顧問弁護士に命じて必要書類を用意させ、帝都に居る友人たちの人脈を使い裁判官に保釈許可を出させ、保釈金も用意して、後はゼリエスを檻の中から出すだけとなった所で、待ったがかかった。

 あからさまな時間稼ぎに苛立つランドルフに、スーツ姿の長身の女性が声をかける。

 

「ゼリエスを釈放する前に少々、お話ししたいことがあるのですが。よろしいですか、ランドルフ卿?」

 

 この女は検事捕であり、保釈請求を差し止めた元凶であった。

 慇懃な口調ではあるが、いかにも役人らしい有無を言わせぬ。

 役人風情に命令されるのは気に食わないが、気の強い女性はランドルフの好みのタイプだったので、おとなしく聞いてやることにした。


「単刀直入にお訊ねします。ランドルフ卿はゼリエス・エトが何をしたのかご存じなのですか?」

「人を殺したのでしょう?」

「ただの殺人じゃありません。通り魔殺人です。それも、一人や二人じゃない。つまり無差別連続殺人です」


 こともなげに答えるランドルフに、すかさず女検事補が付け加える。


「そんな危険人物を、あなたは釈放しろと言うつもりですか?」

「無論だ」


 間髪入れず答えたランドルフに、女検事補は絶句する。


「弁護士に聞いてみたが、法律的には問題ないと言う話だ。未成年の上、まだ裁判も行われてない。本人も犯行を否認していると聞く。そもそも、ゼリエスが有罪であるという物的証拠は無いのでしょう? あれば、とっくに裁判が行われているはずですからな」

「目撃証言をはじめ、あらゆる状況証拠がゼリエスの犯行を裏付けています。彼の犯行であることは明白です」

「しかし、肝心な死体が見つかっていない。死体が発見されない限り、殺人事件として立件することはできない。違うか、検事補殿?」

「…………」


 ランドルフ総督は気の強い女が好きだった。

 気の強い女を遣り込めるのはもっと好きだった。


「保釈請求は当然の権利であり、裁判所の許可も得ている。このような引き延ばし工作は不当ではないか?」

「この件は特別です。ゼリエス・エトには精神異常の兆候が見受けられます。騎士学校の生徒達から聞いた話では、普段から素行や言動に問題があったようです」

「まあ、良くある話ですよ」


 検事補との応酬に割り込んできたのは白衣姿の男だった。

 彼はこの医療刑務所専属の精神科医であった。

 彼の仕事は精神に異常をきたした病人と、精神に異常をきたしたフリをしている犯罪者を見極める事である。

 

「錬光技を操る者には精神に異常をきたすケースが多々、見受けられます。特に、騎士のように錬光技を戦闘に用いる場合には、危険度が増加します。聞くところによるとスベイレンでは実戦形式の闘技大会が毎週行われているそうで? 実戦さながらの激しい試合が、心的障害をもたらしたとしても何ら不思議はありません」


 ゼリエス・エトの担当医である彼は、これまでの診断結果を滔々と語った。


「それでは、ゼリエスの殺人は異常心理に基づくものだと?」

「いえ、それが……」


 総督が訊ねると、医師の口が突然重くなった。


「多少の問題はありましたが、検査の結果は異状なし、との結論に至りました」

「ならば、問題は無いではないか?」


 拍子抜けしたように総督は答える。


「病気ではないのならば病人では無い。今すぐ退院させれば良いではないか?」

「良くないですよ!」


 総督が退院をうながすと、再び女検事補が噛みついてきた。


「いいですか? 正常だと言うことは、責任能力があると言う事です。彼は多数の人間を殺害した上、巧妙に証拠隠滅を行い、なおかつ異常者を装い、罪を逃れようとしているのです!」


 まるで最終弁論のような剣幕で女検事補は言った。

 要はゼリエスをここから出したくないのだ。

 犯罪者であろうと、病人であろうと、この女検事補には関係ない。


「こいつは最悪の殺人鬼です! 人の心を失った狂戦士です! 刑務所の外に出せば再び殺人を繰り返すでしょう。法の裁きにより死刑台に立つその日まで、檻の中に……」

「素晴らしい!」


 突如、総督は叫んだ。

 感極まったかのように、両の拳を握りしめ天井を仰ぎ見る。


「全く素晴らしい! まさしく彼こそが私の求めていた逸材だ! 彼ならばきっと、期待通りの仕事をしてくれるだろう」


 芝居がかった口調で語る総督に、所長、検事補、医師の三人は唖然とする。

 多くの犯罪者を見て来た三人だったが、犯罪者をここまで褒め称える人間を見るのは始めてであった。


「……あの、総督閣下? 彼に一体、何をやらせるつもりなのですか?」

「決まっているではないか! 試合だよ、闘技大会だ! スベイレンの闘技大会に彼を出場させるのだ!」 


 不審に思った所長が、恐る恐る訊ねると、総督はさも当然であるかのような口ぶりで答える。


「探しておったのだよ、彼のような逸材を。本物の人殺しをな! 戦場帰りのリドレック・クロストと互角に渡り合える強者を! 此奴ならば申し分ない!」


 興奮した様子で言うと、総督は今週末行われる闘技大会に思いを巡らせた。


「人の心を失った狂戦士、か。うん、いいね。実に良い。客を呼べそうなキャッチフレーズだ、使わせてもらって良いかね? さて、問題はどの試合で使うかだ。エキシビョンマッチを組んで、一対一で戦わせるか? それとも対抗リーグに出すか? ……ああっ、何とも悩ましい!」

『…………』


 一人ではしゃぐランドルフ卿の姿に、他の三人が冷めた眼差しを向ける。

 そして三人は顔を見合わせ、頷く。

 所長として、検事補として、医者として、言葉に出さずとも彼らはやるべきことを理解していた。


「何をしている? 早くゼリエスを釈放してくれ。時間がもったいないじゃないか? 一刻も早く、スベイレンに連れ帰って試合の準備をしなければならんのだ」

「わかりました。すぐに釈放の手続きを行います。その前に……」


 答えながら所長は執務机にあるインターフォンを押した――総督の気を引かないように、あくまでもさりげなく。


「釈放するにあたり、最終的な検査を行わなければなりません。少々、お時間をいただけますか、総督?」

「くどいぞ、所長! この期に及んで、まだ時間稼ぎをするつもりか!? 」

「いえ、検査を受けるのは貴方です。ランドルフ卿」

「……え?」


 すぐさま外に待機していた看守たちが部屋の中に入って来た。

 屈強な看守たちは 唖然とする総督の元に駆け寄り取り押さえる。


「……おい所長、何なのこの連中!? そして何なのその、ベルトが一杯ついている服は? これ袖が通って無いんだけど、……だから痛い痛い、痛いって!」


 看守たちの手により拘束服を着せられたランドルフを見つめ、精神科医は疲れたように溜息をついた。


「一般常識の欠如。人命に対する軽視。自己中心的思考。快楽至上主義。……反社会性人格障害の症状も見受けられます」

「うん、何言ってんだかわかんないけど、とっても失礼な事だけはわかるな!? これは不当逮捕だろうが! 弁護士を呼べ、弁護士!」

「必要ありません。なぜならこれは逮捕じゃありませんから」


 喚き散らす総督に向かって、女検事補が優しく語り掛ける。

 総督に向けられる眼差しには、慈愛と憐みに満ち溢れていた。


「あくまでも保護ですから。抵抗はしないで。これはあなたのためなんです。あなたを犯罪者にしないためなんです」

「……って、なんでいきなり病人扱い?」


 続いて医師が――まさしく、病人に接するような事務的な口調で、書類を片手に質問を始めた。


「次の質問にお答えください『ある所に一人息子を持つ仲睦まじい夫婦がいました。ある日、夫が事故で死んでしまいました。悲しみに暮れる妻でしたが、葬儀にやって来た夫の同僚に一目ぼれしてしまいます。その夜、妻は自分の息子を殺してしまいました』ここで問題です。なぜ妻は自分の息子を殺したのでしょうか?」

「え? 何、その物騒な心理テスト! ねえ、私は病気じゃないから! 正常だから!!」


 悲鳴を聞きながら、所長は深々と嘆息する。


「みんなそう言うんだよね……」


 その呟きには、長年にわたり病人と囚人を見守り続けた者のみが持つ深い諦念が宿っていた。


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