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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅡ. 狂戦士の帰還】
48/104

9. 学食の密談

 休日明けの月曜日。

 祭りの後の気怠さを抱えつつ、スベイレン騎士学校に通う生徒達は授業へと向かう。

 闘技大会の疲労が残る体で午前の授業を乗り切った生徒達は、校内にある学生食堂へと向かう。

 学生食堂は食事をする場所であると同時に、学生たちの交流の場でもあった。

 上級生、下級生、騎士団寮の分け隔てなくテーブルに座り、食事をしながら近況を語り合う。

 話題はもっぱら、前日に行われた闘技大会の結果についてであった。


「見たか? 昨日の試合」


 同席している仲間たちに向けて、灰狐騎士団寮所属、イーズリー・トックはそう切り出した。


「試合ってどの試合だよ?」


 問い返すのは黄猿騎士団寮所属、ジェナン・エスである。

 騎士団寮は違うがイーズリーとは同期であり、頻繁に昼食を共にする程度には親しい間柄である。


「闘獣だよ! 中央闘技場のリドレックの試合だ!」

「ああ。見た見た、見ましたよ」


 興奮した口調で話に加わるのは、青象騎士団寮所属、エナク・スプートだ。

 エナクは在籍三年目、四年目のイーズリー達の一つ下の後輩にあたる。


「俺も見たぞ」


 さらに碧鯆騎士団所属、グッス・ペペが続く。

 在籍五年目のグッスはこの中で最年長。

 四人の中ではリーダー的な立場だ。


「闘技場には行けなかったがな。試合の内容は録画で見た」

「俺は闘技場で見ましたよ。凄かったですよ、やっぱ闘獣は生で見ないとダメですね。迫力が違う」

「そうか。俺も暇だったら見に行ったんだがな。丁度その頃、試合があってな。第四陸上競技場で投槍競技会が……」

「そんなこと言ってる場合かよ!」


 食事をしながら和やかに歓談するエナクとグッスに向かってイーズリーが叫ぶ。

 

「何、怒ってんだ? イーズリー、お前が話を振ったんだろう?」

「何って……、お前らも見たんだろう? リドレックの試合を、あいつの強さを!」


「だから見たって言っているだろう?」と、グッスが、

「強くなったよなーあいつ」と、ジェナンが、

「ええ、やっぱ地上帰りは違うな」と、エナクが、


 しみじみと語る仲間たちに、イーズリーは苛立たしげに呟いた。


「……どうするんだよ? あいつ、必ず仕返しに来るぞ」

「仕返しってなんだよ?」


 怪訝な顔をしてグッスが問う。


「だって俺達、あいつのこといじめていたじゃないか!」


 イーズリーの発言にエナクとグッスが反論する。


「いじめって何ですか? いじめって!」

「俺達そんなことしてねぇぞ」

「お前はしてたけどな、イーズリー」


 最後にジェナンがイーズリーに白い目を向ける。


「事あるごとに因縁ふっかけてボコッてたもんな。ひでぇことしやがるよな」


 血の気の多い生徒達が引き起こす暴力事件は、騎士学校では日常茶飯事であった。

 学生たちの自主性を重んじるためこういった暴力事件について、学校側は黙認の立場をとっている。


 上級生によるしごきやいじめに耐えかねて、自殺する生徒がいても学校側は一切責任を負わない。

 その逆の場合でも、同様である。

 いじめていた生徒に逆襲されて再起不能の怪我を負わされる――あるいは殺されることなど、この学校では珍しくない事であった。


「それで、イーズリーはリドレックの報復を恐れて焦っている訳か――自業自得じゃねぇか」

「お前だってやってたろうが、ジェナン! あいつを脅して金を奪っていたろう?」

「あれは、借りただけだ」


 涼しい顔でジェナンは答える。


「支払いの時に金が足りなくって困っている所を、たまたま通りかかった親切なリドレック君が貸してくれたのさ」

「借りたって言うんだったら、返したんだろうな?」

「……いいや、まだだ」

「返すつもりはあるんだろうな? ちゃんと利子もつけて!」

「…………」


 涼しい顔をしたまま、ジェナンは黙り込む。

 答えないところを見る限り、返すつもりはないらしい。

 冷や汗をかきながら沈黙を続けるジェナンを捨て置いて、イーズリーは別の仲間に矛先を変える。


「エナク! お前だってしょっちゅうリドレックに怪我させてたじゃねぇか!?」

「それは訓練場の事でしょう?」


 四人の中で最年少のエナクは、リドレックとは同期の間柄である。訓練場で顔を合わす機会も少なくない。


「訓練で怪我は付き物じゃないですか。そんなんで恨まれたんじゃたまらないですよ」

「あいつばっかり狙い撃ちにしてただろう? 弱いと思ってサンドバック代わりにしやがってよ」

「いや、だってあいつ殴るのにちょうどいい感じなんですもん。攻撃してもやり返してこないし、殴ったら大袈裟に倒れてくれるし、怪我とかさせても問題ないし――技の実験台に丁度良かったんですよ」


 騎士学校において弱者をいたぶるのは悪徳では無い。

 弱者という存在こそが悪である。

 何より格下の相手を痛めつけるのは楽しい。

 訓練にかこつけて日頃の憂さ晴らしをするのに、リドレックはちょうどよい相手だった。


「やられるのが嫌なら強くなればいいじゃないですか。強くなるための訓練でしょう。強くなるための努力を怠り、弱者の身に甘んじている者はこの学校には必要ない。練習台にしてやるだけでもありがたいと思うべきだ」


 リドレックに対する暴行は訓練の一環だとエナクは主張した。

 訓練という体裁である以上、エナクを非難することはできない。

 追及をあきらめたイーズリーは矛先を変えた。


「……じゃ、じゃあ! グッスさん、あんたはどうだ!?」

「……俺は何もしてないぞ」


 この中で最年長のグッスは落ち着いた態度で答える。


「去年の対抗試合であいつの体を串刺しにしてたじゃねぇか!」

「あれは純然たる事故だ。光子甲冑の隙間に運悪く刃が滑り込んでしまっただけだ」

「嘘つけ! わざと狙ったくせに!」


 実戦至上主義者であるグッスは、対戦相手を病院送りにする事で有名であった。


「あの試合であんたは新調したばかりの剣をつかっていたよな。切れ味を試すつもりだったんだろ!?」

「審判が事故だと判断した以上、事故だ。それに、あの事件は既に解決している。罰金も払ったし試合の後ちゃんと謝罪にも行った。リドレックは笑って許してくれたぞ? 負傷手当が貰えるってむしろ喜んでいたくらいだ」


 闘技大会は厳密に定められたルールによって運営されている。

 試合中に起きた違法行為には罰則規定が設けられ、その対処方法も決められている。

 大抵の場合は罰金を支払うという形で解決される。

 既に罰金を払って解決済みの上、リドレックも納得している以上、イーズリーがとやかく言える話では無い。


「というわけで、リドレックをいじめていたのはお前だけと言うことだな、イーズリー?」

「報復されたとしても、あなたの責任です」

「謝るか、逃げるか、闘うか。早めに決めておけ」 


 グッスが、エナクが、ジェナンが、

 仲間だと思っていた三人に見捨てられ、イーズリーは完全に孤立した。


「あうううううううっ!!」


 頭を抱えるイーズリーをほっといて、エナクが上級生二人に話しかける。


「まあ、しかしイーズリーさんは自業自得だとしても、だ。リドレックをこのまま放置しておくわけにはいかんでしょう?」

「……そうだよなあ」


 エナクの意見にグッスが深々と頷く。


 いじめ云々は抜きにしても、リドレックは彼らにとって頭の痛い存在であった。

 この学校の生徒は週末に行われる闘技大会の成績結果によって評価される。

 明確な定義は無いが、獲得ポイント、タイトル、在学年数、によって格付けされる。

 この格付けは試合を組む際の目安になる。実力に差があり過ぎては試合が成立しない。


 その格付けをかき乱す存在こそが、リドレック・クロストである。


 二年連続最下位《白羽》にして、戦場帰りの英雄。リドレックはこの学校のヒエラルキーを根底から覆す存在になりつつあった。


「あいつのせいで、まともに試合が組めない。シーズン開始から一か月、ここいらで叩いておかないと、今後の試合に差し支える」

「いや、でもその試合を組めないんだから、どうにもならないでしょう? 叩きようがない」


 ここに居る四人はスベイレン内では中堅クラスに位置する選手である。

 上位成績者には押さえつけられ、下位成績者からは突き上げられる――微妙な立ち位置にいる。

 一刻も早くリドレックと対戦し叩き潰さなければならないのだが、対戦の機会が巡ってこない。

 昨日の試合も虎を相手に戦っていた。

 この事はリドレックが最早、人間相手では勝負にならないほどの実力を身に着けていることを意味していた。


「……まあ、方法が無いわけじゃない」

「なんか妙案でも?」


 最上級生の意見にジェナンが期待を寄せる。


「リドレックに決闘を申し込むのさ」


 スベイレンではしばしば学生同士の間で決闘が行われることがある。

 決闘は学生間で起きるあらゆる問題の、最終的な解決手段であった。


「ああ! その手があったか!」

「それならば、公衆の面前でリドレックを叩きのめせる」


 思わぬ妙案にエナクとジェナンは顔を輝かせる。

 しかし、提案した張本人の顔色はすぐれない。


「……ところがそう簡単にはいかんのだ。決闘を申し込むには手順を踏まねばならん――まず、決闘の理由をこしらえねば」


 そう前置きすると、後輩たちに決闘の作法についての講釈を始めた。


「何の理由もなしに決闘するわけにはいかんだろう。申し込んでも、相手が受諾しなければ決闘は成立しない。事実、緑猪騎士団寮のチェドと紫鹿騎士団のロイ・ベレロが決闘を申し込んでいるらしいのだが、リドレックは未だ返事をしておらんそうだ」


 後輩達三人が神妙な面持ちで話を聞いているのを確認してからグッスは続ける。


「次に、所属騎士団寮の許可が必要だ。リドレックは桃兎騎士団寮だから、エルメラ・ハルシュタットに話を通さねばならない。まあ、一筋縄ではいかんだろうな。そして、立会人を用意して、学校側の許可を得て、ようやく決闘することが出来るわけだ」

「面倒ですね」


 複雑極まる決闘の作法に、ジェナンが辟易とした表情を浮かべる。


「面倒だよ。面倒な上に、危険だ。決闘で死ぬようなことは無いが、負けたら大恥だ。学生決闘の敗北者の末路は悲惨だ。学校をやめるか、馬鹿にされながらも通い続けるかを選ばなければならない――恥辱のあまり自ら命を絶つ者も少なくない」


 決闘に負けた者の悲惨な末路に、話を聞いていた三人が息をのむ。

 話をしていたグッスもまた深々と嘆息し、左右に頭をふった。


「とてもじゃないが割に合うもんじゃない。決闘なんて気軽にやるもんじゃないよ」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ、結局!」


 悲鳴を上げるイーズリーを、ジェナンは煩わしそうに見つめる。


「謝ればいいだろう、素直に。リドレックに『今までの事はゴメンネ』とかなんとか言ってメシでも奢れば許してくれるって」

「なわけねぇだろ! 第一、そんなみっともない事できるか!」


 ドン、とテーブルを叩くと、イーズリーは昏い瞳で呟いた。


「……こうなったら、先手必勝だ。俺達の方から仕掛けるしかねぇ! 戦場帰りとは言え、後ろに目がついてるわけじゃねぇんだ。隙をついてバッサリと……」


 騎士道精神のかけらもない不穏当な発言に、三人の仲間たちが一斉に身じろぎする。


「また、先走ったことを……」

「俺達って何ですか? 巻き込まないでくれません?」

「誰か警察呼んで来い。殺人犯がいるぞ」


 仲間たちに見捨てられ、イーズリーは完全に孤立した。


「いまさら日和ってんじゃねぇよ! ここまできたら俺達、一蓮托生だ……」


 イーズリーが叫んだその時、


「ここ! ここ空いてるよ!」


 隣の席から元気な声が聞こえて来た。


「食事を選ぶ方が先でしょう?」

「先に席を確保しておいた方がいいわよ。これから込むかも知れないし」


 どうやら新入生らしい。

 学食に来るのは始めてなのだろう。この学食ではカウンターで食事を受け取ってから席を確保するのがルールである。

 三人の少女達は料理も持たず、空いている席に次々と座ってゆく。

 そして、少女達の後ろについてきたのは、


「……お前達、食事を選ぶのが先だと言っているだろうが」


 話題の主、リドレック・クロストであった。


『…………!』


 すぐそばにやって来た噂の人物に、四人は身を固くする。


「あたしパンケーキ!」

「私はパスタ料理がいいです」

「何でもいいけど、飲み物はコーヒーね」


 オーダーを口にする三人の少女に、リドレックは苦い表情を浮かべる。


「それは僕に食事を持って来いと言う意味? ……そして、金も僕に払えと言うつもりか?」

「いーじゃん、別に」

「女性を働かせるつもりなのですか? 騎士道にあるまじき行為ですね」

「昨日の試合で報奨金が出たのでしょう? 食事ぐらい奢りなさい」

「バカ言ってんじゃない。自分の事は自分でする、それが騎士学校のルールだ。食事代も、自分で稼いだ金で支払え。他人の財布を当てにするんじゃ……」

「ヤァ! リドレック君じゃないカ!」


 突如、ジェナンが立ち上がる。

 後輩たちに向けて説教をしているリドレックに、ひどくぎこちない口調で語り掛ける。


「……ジェナンさん?」

「こんな所で会うなんて偶然ダネ! 丁度良かっタ。この間借りたお金――ホラ、返しておくヨ!」

「……え? ああ、はい」


 呆気にとられるリドレックに高額紙幣を差し出すと、無理やり握らせる。


「あ、お釣りとかいいからネッ。利子だヨ、利子! 長い間借りていてゴメンネ――それじゃっ!」


 一方的にまくしたてると、ジェナンは脱兎のごとく駆け出した。

 茫然とたたずむリドレックに少女達が次々と尋ねる。


「……誰?」

「……お友達ですか?」

「……随分と気前のいい人だね?」


 しかし、リドレックは答えない。

 小さくなってゆくジェナンの背中と手の中にある紙幣を見比べ、リドレックは首をかしげる。

 

「……逃げやがったな、ジェナン!」


 すぐそばにいるリドレックに聞こえないように、イーズリーは小さくつぶやいた。


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