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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅡ. 狂戦士の帰還】
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8. 【回想】 負け犬と酒瓶

 ベイマンの道場同様、騎士学校での新生活もゼリエスの期待を大きく裏切るものであった。


 数多いる新入生の中でもゼリエスは、もっとも注目されている生徒であった。

 真耀流宗家道場から鳴り物入りで乗り込んできたゼリエスの実力は、既にスベイレン中の生徒達に知れ渡っていた。

 真耀流免許皆伝まであと少しの所に居るゼリエスの剣技は既に完成の域にある。

 卓越した剣技に恐れをなした新入生達は、ゼリエスの周りに近寄ろうともしなかった。

 おかげで試合はおろか、練習相手にすら事欠く始末であった。

 上級生達ですら、なんだかんだと言い訳をしてゼリエスの対戦を拒んだ。

 新入生に敗北しては、上級生としての面目が保てない。

 薄っぺらいプライドに固執する彼らを、ゼリエスは心の底から軽蔑した。


 臆病にして狡猾な生徒達の態度はある意味、常在戦場の気風を忠実に再現していた。

 強者との戦いを避け、弱者を狙い撃ちにする。

 熾烈な競争原理によって生徒達は格付けされ、その格付けに基づいて闘技大会の試合が組まれる。


 真剣勝負の場であるはずの闘技大会を支配しているのは真耀流の道場と同じ――金である。

 賄賂と裏取引が半ば公然と行われ、試合の組み合わせから勝敗まで全て予定調和に則って行われている。

 闘技大会は単なる見世物。

 そして騎士学校の生徒達は、しがない大道芸人というわけだ。


 騎士学校の実態に、ゼリエスは大いに失望した。

 望みであった強者と戦う機会にも恵まれず、ゼリエスは鬱屈とした日々を過ごしていた。


 失望といえば、同室のリドレック・クロストもまた、ゼリエスの期待を大きく裏切る存在であった。


 新入生の中でリドレックは、ゼリエスとは別の意味で注目されている生徒であった。

 騎士学校の生徒達の大半は、騎士や貴族の子弟ばかり。

 家名を継ぐため、幼いころから武芸を学んでいるものがほとんどである。


 にもかかわらず、リドレックは武芸の心得が全くと言っていいほどなかった。

 厳しい訓練についてゆくことも出来ず、試合に出るたびにボロ負けした。

敗北してもまったく気にした素振りもない。

 普通ならば敗北をバネにして、修行に励むものだが、彼にそのつもりはないらしく、やがて訓練もサボりがちになって行った。


 要するに、リドレック・クロストは負け犬だった。

 試合で戦う以前に、人生と戦う事をあきらめた敗北者だ。

 こういった敗北者はスベイレンでは珍しくない。

 騎士になるために必要な錬光技や武芸といったものは、生まれ持った素質というものが大きく左右する。

 騎士を志す者達全員に、才能が無条件に与えられるわけが無い。

 そして素質が無い事を理解してなお、努力が出来る人間など多くは無い。

 毎年、多くの新入生達が、才能の限界を知り騎士学校を去ってゆく。

 多くの負け犬たちと同様、そう遠くない将来リドレックもまたこの学校を去ってゆくのだろう。

 ゼリエスはそう思っていた。


 敗北者に対してゼリエスは蔑むことも憐れむこともしない。

 誰もが皆、いつかは敗北者になるのだ――そう、あの強かった父のように。

 人間は死の前では常に敗北者だ。

 問題は、早いか遅いかの違いでしかない。

 敗北者に向けて出来ることは、ただ静かに見送るだけだ。


 リドレックとまともに言葉を交わしたのは、入学してから一月ほど経過した時の事だった。

 きっかけは、些細な事件であった。


 リドレックは寝台に酒瓶を隠し持っていた。

 どうやら自家製酒らしく、頻繁に酒瓶を取り出しては様子を見ていた。

 そして訓練や試合の後に隠し場所から取り出して、ちびちびと酒を舐めていた。

 騎士学校の厳しい生活の中、リドレックが見つけたささやかな楽しみだった。


 本人は細心の注意をはらっていたつもりなのだろうが、寝食を共にする同室の生徒からいつまでも隠しおおせるはずがない。

 心優しい彼らは監督生に告げ口する代わりに、より安全な場所――すなわち自分達の胃袋の中に隠してやることにした。

リドレックがベッドから離れている隙を見計らい、ルームメイトたちはかねてよりの計画を実行に移した。

 寝台の中から酒瓶を取り出し、皆で回し飲みをはじめた。

 共犯者は多ければ多いほどいい。酒瓶に直接口をつけ、一口飲んでは次に、一口飲んでは次にと、取り合うように回し飲んでゆく。

 ゼリエスは酒盛りには参加していなかった。

 酒の味などロクにわからないくせに、わいわいと騒ぎながら自家製酒の出来栄えについて品評するのを、寝台に横たわりながらうるさそうに聞いていた。

 やがて見張りの生徒が、リドレックが帰ってきたことを告げる。

 ルームメイトたちは素早く酒宴をきりあげた。

 酒瓶を元あった場所に戻して隠蔽工作をすると、蜘蛛の子を散らすように自分たちの寝台へともぐりこんだ。

 程なくリドレックが部屋に戻って来た。

 静まり返った部屋の様子を訝しく思いながらもリドレックは自分の寝台へと向かう。

 ゼリエスの横を通り過ぎ、はしごを伝って二段ベッドの上段に潜り込む。

 異変にはすぐに気が付いたようだ。

 寝台の中から空になった酒瓶を取り出しリドレックが小首をかしげると、部屋のあちこちからクスクスと小さな笑い声が沸き起こった。

 その笑い声でリドレックは大方の事情を察したらしい。

 寝台から降りると、下段の住人――狸寝入りを決め込んでいたゼリエスに向かって声をかける。


「……あの」

「俺は知らんぞ」


 即答してからしまった、と思った――これではまるで、酒泥棒だと自白したようなものではないか。


「うん、わかっているよ」


 しかし、彼はゼリエスを微塵も疑ってはいなかった。

 何が楽しいのか知らないが、ニコニコと笑いながら話を続ける。


「これはね、僕が作った特製の薬酒なんだ」


 得意げな様子で空き瓶を掲げてみせる。


「いくつかの薬効成分のある物質を混ぜて練光技で発酵させるんだ。主な効能は鎮痛作用と新陳代謝の活発化。要するにこれを飲めば怪我の回復を早めることが出来るんだ」


 聞いてもいないのに講釈まで始める。

 酒の効果なんてまったく興味は無かったが、彼の声は大きく嫌でも耳に入った。


「それでね、これは本来、十倍に薄めて飲まなくちゃいけないんだ!」


 リドレックの声が一際大きくなる。

 ここに至ってゼリエスはようやく気が付いた。

 彼はゼリエスに向かって話をしているのではない――この部屋に居る全員に向かって警告しているのだ。

 

「原液のまま飲むと様々な副作用が起きると思うんだ。最悪の場合、死ぬことも……」


『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』


 次の瞬間、部屋中から悲鳴が立ち上がった。


「起きろっ! おい、起きろぉっ!」

「やべぇ! こいつ目を覚まさねぇ!」

「白目剥いて泡吹いてんぞ! おい、どうすりゃいいんだ!?」

「うげぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「バカ、ベッドの中で吐くんじゃねぇ! 気道に詰まらせたら窒息するぞ!」

「誰か医者呼んで来いよ! いや、その前に監督生を呼んで来いよ!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図と化した部屋を見渡し、リドレックは愉快そうに笑っていた。

 そして、その笑顔につられるように、ゼリエスも笑う。

 こんな風に笑ったのは、生まれて初めてだった。


 その後、リドレックの私物に手を出す不届き者は居なくなった。

 ゼリエスとも親しく付き合うようになり、友人と呼べるような仲に進展するまでさほど時間はかからなかった。


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