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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅡ. 狂戦士の帰還】
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5. 【回想】 邂逅

 ゼリエス・エトはその短い半生の全てを剣に奉げて生きて来た。


 父親は剣客であった――凄腕の剣客であった。

 少なくともゼリエスは父親が負ける所を見たことが無い。剣の世界で敗北とはすなわち死を意味するからだ。

 物心ついた時から、ゼリエスは父親から剣の指導を受けていた。尊敬できるかどうかはともかくとして、剣の師として父は優秀であった。

 ペンよりも先に剣の握りかたを覚え、読み書きよりも先に剣を振るっていた。

 父はゼリエスに自分の知る剣術の全てを文字通りたたきこんだ。

 それは剣術の稽古というよりも、鍛冶師が一振りの剣を鍛えているかのようであった。


 父は一つ所に止まるようなことは無かった。

 剣を振るう機会を求め常に天空島の島々を渡り歩く生活を送っていた。

 その放浪生活にゼリエスは付き従い、父と共に修行生活に明け暮れた。

 やくざの用心棒、決闘の代理、仇討の加勢――剣を扱う仕事と聞けば何でもやった。

 その仕事の中には非合法の仕事も含まれていたであろうことは、幼いながらもゼリエスは感づいていた。


 ある日、父は逗留先の宿から出て行ったきり帰ってこなかった。

 それは父が仕事にしくじって死んだことを意味していた。

 命がけの真剣勝負の世界に生きている限り、こういう時がいつか来るであろうことは父も覚悟していたし、その時の備えも父はゼリエスに用意しておいてくれた。

 父は相当な額の遺産をゼリエスに遺しておいてくれた。

 内容を選ばない仕事ぶりのお蔭で収入はかなりの物であったし、剣術修行の生活はつつましく蓄えは増えていく一方だった。

 ゼリエスは銀行口座から有り金全部を引き落とすと、生前の父の指示通りベイマンへと向かった。


 ベイマンには真耀流の宗家道場がある。

 真耀流とは、帝国内における最大の剣術流派である。

 帝国正式剣術に認定されており、数多ある剣術流派の中でも最も格式高い流派である。

 剣術の師である父を亡くしたゼリエスは、新たな修行の場を求め真耀流に入門することにした。

 ゼリエスのような素性の知れない馬の骨がいきなり門をたたいても相手にされないと思ったが、父の名前と大金を差し出すと意外にあっさりと入門を認めてくれた。

 こうしてゼリエスは、真耀流の門下生として新たな人生を踏み出すこととなった。


 剣術道場の生活は、ゼリエスが期待したものと大きくかけ離れた物であった。

 真耀流の剣術修行において必要なもの。それは金である。

 技一つ覚えるのにいくら、師範に指導を受けるのにいくら、訓練用の剣に道着と、一々金がかかる。

 昇段試験を受けるにも試験代が必要となる。

 試験内容は非常に簡単。

 師範と対戦して、一本を取れば合格である。

 この際、試験代とは別に師範に対して『心付け』が必要となる。

 その額が多ければ多いほど、試験の際手心を加えてくれると言うわけである。


 入門してすぐに、ゼリエスはこの剣術道場が門下生から金を巻き上げるだけの集金場に過ぎない事を思い知らされた。

 太平の世にあって剣術など時代遅れの代物。門下生も貴族の子弟や商家の息子など、金持ちの道楽で集まって来たものばかりで、真面目に剣術に打ち込む者は皆無であった。


 道場の実態を知り落胆したゼリエスだったが、剣術修行自体は順当に進んでいった。

 幼いころから父に鍛えられたゼリエスの腕前は、既に覚えることが無いほどに完成されていた。

 型をなぞるだけの道場剣術など取るに足らない代物であった。

 算盤尽の師範や、他の門下生をしり目に、ゼリエスはめきめきと頭角を現していった。


 金銭面でも父の残してくれた財産のお蔭で不安は無かったし、余計な付け届けをせずとも試験を簡単に通ることが出来た

 初伝の切紙に始まり、中伝の目録、印可と続き、いよいよ免許皆伝かと言う矢先に、宗主に呼び出された。


 宗主の話によると、スベイレン騎士学校で教官を務めるシシノ・モッゼスが、ゼリエスを招聘したいと打診してきたのだ。

 早い話がスカウトである。

 ゼリエスを騎士学校の闘技大会に出場させ、真耀流の威光を天空島の島々に広く知らしめるのが目的らしい。

 騎士になる気など毛頭なかったが、この学校の掲げる『常在戦場』と言う言葉に魅了された。


 ここならば強者と戦える。


 ぬるま湯のような道場生活に飽き飽きとしていたゼリエスは、スベイレン入学を二つ返事で受け入れることにした。


 スベイレンでは生徒達が十二の騎士団寮に在籍することになっている。

 ゼリエスが所属するのは黒鴉騎士団寮。

 各国騎士団のはみ出し者たちが集う、ゴロツキのたまり場だ。

 ろくに予算も無いらしく新入生たちは庭に建てられた仮設住居に押し込められた。

 体育館を思わせる広大な仮設住居の中には、パイプを組み立てただけの二段ベッドがいくつも並んでいた。

 そのうちの一つ、二段ベッドの下の段に荷物を放り込むと、一人の生徒がゼリエスに声をかけてきた。


「やあ、こんにちは」


 どうやら上の段の住人らしい。

 褐色の髪に、はしばみ色の瞳をした少年は、ゼリエスに微笑みつつ自己紹介した。


「僕はリドレック・クロスト。よろしくね」


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