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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅡ. 狂戦士の帰還】
43/104

4. 職員会議

 学生たちが本日の試合の反省会を行っている頃、

 試合を運営する立場にある教職員達は――やっぱり反省会を行っていた。


「なっとらん!」


 場所は闘技場内にある職員用会議室。

 居並ぶ職員達に向けて、闘技大会の主催者である総督が叫ぶ。

 怒りの形相で猛るランドルフ総督に、闘技会で見せた愛想のよい素振りは微塵も感じさせない。


「まったく、なっとらん! たるんどる!!」


 反省会なんてどれも同じようなものだ。

 盛り上がっているのは一人だけ。他の人間は黙って会議が終わるのをひたすら耐え忍ぶしかない。

 職員達の大半はスベイレン騎士学校の教官を務めている。

 教鞭を振るう立場の者だからこそわかる――説教なんて言うものは、大概において意味などないのだ。


「今日の試合の何と言う醜態か! 見るに堪えんわ!」

「お言葉ですが、総督」


 延々と続く罵倒にさすがにうんざりとしたのだろう。

 スベイレン騎士学校校長、イライア・バーンズが口を差し挟む。


「本日の闘技会は特に大きなトラブルも無く、つつがなく執り行うことが出来たと教職員一同は認識しております。一月前の事件の影響を考えますとなかなかの盛況ぶりではないかと思っております。客足も徐々に戻りつつありますし、生徒達にも動揺は感じられず、通常通り闘技会を終えることが出来ました。特に問題は無いかと……」

「いいや! いいや! ゆゆしき問題であるぞ、校長! 例えば、本日の中央闘技場における第三試合だ!」


 総督が言っているのは対抗リーグ、紫鹿騎士団対燈馬騎士団戦のことであった。

 試合前の打ち合わせに燈馬騎士団寮長、ハスレイ・ハスラムから欠場の意志が伝えられ、選手登録を行わなかった。

 結局、燈馬騎士団の欠場による紫鹿騎士団の不戦勝が決定した。


「欠場とはどういうことだ! 欠場とは! 騎士学校の生徒が闘技大会を欠場するなど言語道断!! 燈馬騎士団には厳罰をもって処すべきだ!」

「その件に関しましては致し方ないかと……」


 この場に居ないハスレイ寮長になりかわり、校長は慌てて弁明する。


「燈馬騎士団寮は先日のテロ事件により、寮生の半数を失っております。出場選手の確保もままならぬと聞き及んでおります。今回の欠場も燈馬騎士団にとっては苦渋の決断だったはず。何卒、寛大な処分を……」

「甘い! 甘いぞ! 校長!」


 しかし、総督は取り合わない。

 校長の嘆願を退け一喝する。


「兵が足りんのであれば集めればよいではないか!? 募兵練兵も兵家の務め。それを疎かにするとは何事か! 許しがたい怠慢である!」

「……はあ」


 総督の言っていることは、まったくもって正論である。

 しかし、今の燈馬騎士団寮にその正論を突きつけるのはあまりにも酷な話であった。

 先のテロ事件で燈馬騎士団寮の生徒達は、テロリストたちが解き放った巨人と戦い多数の死傷者を出した。

 人的損壊もさることながら、精神的にもそう簡単に立ち直れるようなものでは無い。


「まあ、燈馬騎士団は事情を考慮するとしてもだ――続く第四試合、これはどう説明つけるつもりだ?」


 第四試合は青象騎士団対赤牛騎士団戦である。

 騎士団寮の中でも強豪同士の対戦は、試合開始直後から怪我人が続出。

 これ以上の続行は不可能と判断した審判の決定により試合は中断、没収試合となった。


「何でこんなに怪我人が出るんだ! 試合には安全性が配慮されていたのではないか!?」

「そ、それはもちろんです! 試合には十分、安全性が配慮されております!」


 シーズン初日。バトルロイヤルで起きた事故も記憶に新しい。

 事故以降、闘技大会はより一層の注意を払って運営されることになった。 医療スタッフの数を増員し、選手たちの安全管理を徹底していたのだが、それでも間に合わなかった。


「この試合の場合、両チーム共に新人選手を多く起用していました。経験の薄い新人は力の加減と言うものを知りません。燈馬騎士団とは逆に選手層の厚さが裏目に出たのではないかと……」

「そんな未熟者を試合に出てくる事自体、間違っておる!」


 恐る恐る言う校長を、総督は一喝する。


「ここは騎士学校だろうが!? 日々の鍛練は授業で十分、足りているはず。にもかかわらず、怪我人が続出するのは鍛錬を怠っている証拠ではないか!」

「……はあ」


 スベイレンの闘技大会は、一年を通して毎週末行われる。

 団体戦から個人戦まで競技内容は多岐にわたり、それらすべては実戦形式の真剣勝負である。

 その全てに主力選手を振り向け全力で臨んでいたら、いかに屈強な騎士といえども体がもたない。

 シーズンの長丁場を戦い抜くには選手たちの采配が重要になってくる。

 未熟な新人選手を起用し経験をつませることで戦力の底上げをすると同時に、主力選手を温存しより得点の高い競技に備える。

 時には選手を『捨て駒』として犠牲にすることも必要になる。

 危険性のある試合に実力不足の選手を投入し、主力選手を怪我から守る。

 実戦形式の闘技大会ではこのように実際の戦場と同じように非情な決断も迫られる場面があるのだ。

 

「選手たちにはより一層の鍛練に努めるよう通達するように――次に、本日の最終戦! 黄猿騎士団対桃兎騎士団戦についてだ!」

「……この試合は特に問題は無かったと記憶しておりますが? 予定通り試合は執り行われ、負傷者も出さず、何事も無く試合を終えたはずです」

「何も無いから、問題なんだろうが!?」


 問題があろうが無かろうが関係ない。

 総督の怒りはとどまるところを知らない。


「試合開始三十五秒で黄猿騎士団の勝利――秒殺って何だ!? 秒殺って!? 何の盛り上がりもなく、何の見せ場もなく、記憶にも残らん試合ではないか!?」

「……はあ」


 総督の滅茶苦茶な理屈に、校長は既に反論する気力もつきかけていた。

 しかし、総督は追及の手を緩めるような真似はしない。


「この試合、桃兎騎士団側は明らかに手を抜いていた。寮長であるエルメラ・ハルシュタットも出場せず、代わりに指揮を執ったのがジョシュア・ジョッシュとかいう無名選手。他の選手も皆、二軍クラスの選手ばかり――開幕戦に出場した新人三人も出てこなかった。これは一体、どういうことだ?」

「それは多分、ブルオネス鉱山の入札が関係しているのだと思われます」

「……何だそれ?」

「ブルオネス鉱山の入札には交易同盟の関連企業が名乗りを上げているのですが、ハルシュタット銀行が入札に介入してくるのではないかと注目されているのです。ハルシュタット家は桃兎騎士団を通じて交易同盟が支援している黄猿騎士団に、あえて勝ちを譲ることにより介入の意志が無いことを市場に明言したのでしょう。事実、試合終了後の相場では鉱山関連株が三ポイント上昇……」

「どーでもええんじゃぁぁっ!!」


 地上での鉱山取引がおよぼす帝国経済の影響を永延と語る校長を、総督はどやしつける。


「ここは証券取引場じゃねぇんだ! 勝ちを譲ったって言うことは、ようするに何か? この試合は八百長って事なのか!?」

「いえ、まるっきり八百長ってわけでもないのですよ……。」


 慌てて校長が言い繕う。


「各騎士団寮にはそれぞれ支援者というかスポンサーがついておりましてな、彼らの意向を無視しては騎士団寮を運営することはできんのです」


 騎士団寮の支援者は国王や貴族、有力企業など、いずれも帝国国内における有力者達である。

 騎士団寮は支援者たちの意向を世に伝える代表である。

 有力者たちの思惑が錯綜する、スベイレンの闘技大会は、彼ら有力者たちの代理戦争の場でもあった。


「騎士団寮の運営には何かと金がかかるのです。機材の購入費から、寮生達の生活費と――支援者の存在無くして騎士団寮を、闘技大会を運営することはままならんのです」

「うるさい、だまれ、しゃべるな!」


 例によって、校長の言い訳は却下された。

 だったら始めから聞かなければ良いのに、と思うのだが、そういうわけにもいかないらしい。


「青春の光と影を、若者たちの流す汗と涙を、大人たちの都合で汚すようなことがあってはならん!! 今後はそのような無気力試合は認めん。生徒達には全ての試合において、常に全力で臨むようにと伝えろ。続いて……」

「まだあるんですか!?」


 止め処なく続く総督の説教に、校長がとうとう悲鳴を上げた。


「幕間のエキシビションマッチ。リドレックの闘獣だ」

「だってあれは総督の企画じゃありませんか!? ご自身で企画された試合の何が不満なのですか!?」

「私はリドレックの対戦相手に最高の騎士を用意するようにと言っておいたはずだ。それなのに、何で虎なんかと戦っているんだよ!」


 一月前、スベイレンはテロ事件の災厄に見舞われた。

 闘技会の客足も減少、売り上げも落ち込んでいる。

 この事態を払拭するべく、総督はエキシビションマッチを企画した。

 巨人殺しの英雄、リドレック・クロストの華々しい戦いを見せつけることで、テロに対する不安を払拭しようという試みであった。

 当初、リドレックの対戦相手は騎士学校の中から選ばれる予定であった。

 しかし、対戦相手として名乗りを上げる選手が誰一人としていなかったのである。


 止む無く対戦相手を一角虎に変更。闘獣という形でエキシビションマッチは行われた。

 急拵えの試合ではあったが、観客達にはまずまずの評判であった。

 しかし、総督が満足するほどの出来栄えではなかったらしい。


「それについては致し方無いかと……」

「何故だ?」

「スベイレンでは試合の成績によって、生徒達の格付けが行われております。その格付けによって、生徒達の対戦相手が決定されるのです。御承知の通り、リドレックは去年まで《白羽》と呼ばれる劣等生でありました。成績は二年連続最下位、当然のことですが格付けは最低であります」

「いや、しかし。それはあくまでも去年までの話だろう? 奴は夏休みの間、地上に降りて本物の戦場で、多くの武勲をたてておる。その実績を見れば、奴の実力の程は明白ではないのか?」

「ですから、スベイレンでは『試合』の成績が評価の全てなのです。戦場でいくら手柄を立てても評価の対象にはなりません」

「……何だそりゃ?」

「そんなわけで、スベイレンの評価基準では最低ランクに位置しているわけです。そんな生徒に、成績上位の生徒と戦わせるわけにはまいりません。勝利しても得るものが無く、負ければ名誉を失うことになりかねない……」

「何と下らない!」


 総督はその日一番の怒声を張り上げた。


「下らん! 実に下らんぞ! 闘いもしないで何が名誉か! 騎士にとって強者と戦えること以上の誉が他にあるか!? 大体、さっきから聞いていればなんだ!? 口を開けば損得勘定に裏工作、姑息な策謀ばかり張り巡らせて、騎士道精神が聞いて呆れるわ!!」


 不甲斐無い騎士たちに、憤りを露わにする。

 総督の怒りは頂点に達していた。


「なっとらん!」


 そして、振出しに戻る。


「まったく、なっとらん! たるんどる!!」


 繰り返される総督の罵声に、職員一同は辟易としていた。


 総督はこのスベイレンの代表であり、闘技大会の主催者という立場である。

 しかし、それはあくまでも名目上の事。実質的に大会を取り仕切っているのは騎士学校の職員である。

 武芸の心得もない道楽貴族が、闘技大会の運営にあれこれ口出ししてくるのは、現場で働く教職員達にとって甚だ不快であった。


「……もしかして諸君は、武芸の心得もない道楽貴族だと思って私を馬鹿にしておるのではないのかね?」

「い、いいえ! そんなことは!」


 おまけに、妙なところで感が鋭いものだから手に負えない。

 うろたえる校長を一睨みして咳払いを一つつくと、総督は気取った口調で語りだした。


「実はな、こう見えて私は武芸にはいささか心得があるのだよ」

「……そうなのですか?」


 驚きと疑惑の入り混じった眼差しを向ける校長の前で、どこか得意げに語り始めた。


「そうなのだよ。今まで言っていなかったのだがな、若い頃、剣術修行に打ち込んでいた時期があったのだよ。当時の私は剣客になるのが夢でな。ベイマンにある真耀流の宗家道場に通って修行に励んでおったのだ。ちゃんと免状も持っているのだぞ」


 鼻高々に告げる総督を、会議室の面々は胡乱な眼差しで見つめる。

 真耀流は帝国国内の置いて最大にして、最も格式高い剣術流派である。

 同時に、授業料が高額である事でも有名である。

 早い話、金さえ積めば、誰でも免状を『買う』ことが出来るのである。

 貴族や豪商の間では、家名に箔をつけるために子弟を剣術道場に通わせるのが流行っていると聞く。

 総督もそういったにわか剣術家の一人なのだろう。


「自分で言うのも何だが、結構な腕前だったのだぞ。宗主からも天稟がある、と褒めてくださったものだ。継ぐ家さえなければ今頃、ひとかどの剣客として名を轟かせておったかもしれんな」

「……はあ」


 さぞや金払いの良い生徒だったのだろう。

 若き日の自分を懐かしむように、遠い目をしてランドルフ総督は呟く。


「あの頃は良かった。わき目も振らず日々、剣術修行に打ち込み、道場に集う様々な人々と友誼を保ち、時勢を語らい、見識を深めていった――今の若者に足りないのはそれよ!」


 突如、語気を荒らげると、再び説教を始める。


「武芸に! 学問に! さらなる高みをめざし、勇往邁進する気概が足りんのだよ、気概が!! 強者あらば勇んで挑みかかる、それがスベイレンの騎士! 常在戦場の気風では無かったか!?」


 就任間もない総督はスベイレンの騎士のあるべき姿を朗々と説くと、涙をこらえるように目頭を押さえた。

 

「嗚呼、剛の者が居ないものであろうか? 血気盛んで、豪胆で、クールで、キッチュで、ビビットで、まったりとして、それでいてくどくない――そんな、グルーブ感溢れる剛の者がこのスベイレンには居ないのか!!」

「…………」


 総督の猿芝居を見つめる教師一同。

 白け切った空気の中、一人の教師が立ち上がった。


「居りますぞ! 総督!!」

「え? 居るの!?」


 自分でも身勝手な言い分だとは自覚していたらしい。

 あっさりとウソ泣きを辞めると、立ち上がった教官を振り返る。


「巨人殺しのリドレック・クロストと互角――いや、それ以上に渡り合える剛の者に、一人心当たりがございます」


 発言したのは剣術教官のシシノ・モッゼスである。

 二十代後半の剣術教官は教師陣の中でも若手である。

 その若さに見合う自身に満ち溢れた表情で、シシノ教官は総督に進言する。

 

「彼奴ならばきっと、総督のご要望に応える働きが出来るかと……」

「ちょっと待ちたまえ、シシノ教官!」


 教官の言う剛の者に心当たりがあったのだろう、慌てた様子でバーンズ校長が会話を遮る。


「……それは、もしかしてゼリエスの事を言っているのではあるまいな?」

「まさしくその通り。ゼリエス・エトならば、きっと総督のご希望に沿う働きをしてくれるでしょう」


 シシノ教官が答えると同時、教職員たちの間にどよめきがはしる。

 悲鳴ともため息ともつかないどよめきは、波紋のように会議室の中に広がってゆく。


「ならん! ならんぞ!!」


 その騒ぎを消し飛ばすかのように、校長は叫んだ。

 唾を飛ばしながら、シシノ教官に向かって罵声を浴びせる。


「何をバカなことを! とんでもない、とんでもない事だ!!」

「しかし、総督閣下のお眼鏡にかなう相手となりますとゼリエスの他には……」

「黙れ! 黙れ!! その名を呼ぶな! 聞きたくもないわ! 大体、奴は退学……もとい、除籍処分になったのだぞ!? もうこの学校の生徒ではない。試合になど出せるものか!」

「いえ、まだ処分は保留になっているはずです。校長のお許しさえあればすぐにでも呼び戻せるはずです」

「誰が許すか! 冗談では無いわ! どうしてそんな……」


「ええい! 黙れっ! 黙れぇっ!!」


 自分を置き去りにして言い争いを続ける二人を、総督が一喝する。


「何を言っているのかさっぱりわからん! 校長、私にもわかるように一から説明せい! まず、そのゼリエスとは何者だ?」

「ゼリエス・エトでございます。元黒鴉騎士団寮所属。前年度の終盤――夏休みに入る前に不祥事を起こしまして除籍処分になりました」


 除籍、という言葉に力を込めて校長は答える。

 退学ではない。除籍処分だ。

 この学校に存在していたこと自体、抹消された生徒――ゼリエス・エトはそれ程の不祥事を引き起こした生徒だということだ。


「強いのか?」

「強いです。齢十七にして真耀流剣術、免許皆伝の腕前です。剣技だけならばこの学校に居る誰にも負けません」

 

 同門と知って俄然、興味が湧いたのだろう。

 身を乗り出して校長に問う。


「して、今どこにいる?」


 これ以上、総督の興味を掻き立てないよう、短く、だがはっきりと校長は答える。


「刑務所です」


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