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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅡ. 狂戦士の帰還】
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1. 白羽と虎

 咆哮と共に迫る巨獣の角を、リドレック・クロストは華麗なフットワークでかわす。

 胴体を貫こうとする角が空を切ると同時、次の攻撃がリドレックを襲う。

 胸元めがけて振り下ろされた爪を、リドレックは上体をそらしてやり過ごす。

 さらに攻撃は続く。

 三撃目、足元めがけて放たれた鞭のようにしなる尻尾の攻撃を、軽いジャンプで避ける。


 一角、二爪、三尾。

 嵐のような三連撃を全て躱すと、観客席から歓声が上がる。

 騒がしい外野に気を取られつつも、リドレックは対戦相手に集中する。


 今日のリドレックの相手は虎だった。

 虎と言っても、動物園で保護されているような原種動物とは訳が違う。


 体長約十フィート。

 体重約千ポンド。

 暗緑色とオレンジの縞模様。

 その巨体を支える脚は六本。

 頭頂部からは一本の鋭い角が突き出ている。


 汚染された環境に適応するため独自の進化を遂げた奇形動物は、十字軍兵士が地上から持ち帰った戦利品であった。

 西ルーシアの深い森の中に生息する一角虎は、捕獲されるまで多くの民間人と兵士を殺害している。

 その哀れな犠牲者の一人、若き十字軍兵士には間もなく臨月を迎える妻が居た――と言うのは総督お得意の作り話だった。


 巨人殺しのリドリック・クロストの対戦相手が可愛いらしい子猫では具合が悪い。

 総督のお涙頂戴の前説は功を奏し、観客席は沸きに沸く。

 未亡人と父無し子の敵を討つべく闘うリドリックの姿に、闘技場の観客達は惜しみない声援を送った。


 スベイレンの闘技大会の中でも、闘獣は人気種目だ。

 余計な演出など無くても観客席は勝手に盛り上がってくれる。


 闘獣の勝敗は選手か獣、いずれかの死をもって決定する。

 どちらが勝利しようと関係ない。

 観客が見たいのは命の灯がつきる、その瞬間だ。


 嗜虐的な観客達を喜ばせるのは癪に障る。

 とっとと試合を片付けてしまいたいが、そうもいかない事情があった。


 今日の闘技大会は相次ぐ不測の事態により進行は破綻寸前まで追い込まれていた。

 このままではプログラム穴が開いてしまう。一角虎との戦いをなるべく引き延ばすようにと、試合前にリドレックは命令をうけていた。


 命令したのは――勿論、総督だ。

 我が主、スベイレン総督ランドルフ卿はリドレックの苦労も知らず、貴賓席で優雅に観戦をしていた。

 一角虎から目を反らし、恨みがましい視線を貴賓席に向ける。

 すると総督は右手に持った酒杯を、目線の高さに持ち上げた。


 ようやくお許しが出たようだ。

 リドレックは左手に構えた〈茨の剣〉を起動する。


〈茨の剣〉は地上人ランディアンの作り上げた芸術品だ。

 刺突用に作られた短剣はところどころに精緻な細工が施されており、拳の先から突き出たプリズムの刃は鮮やかなライムグリーンの輝きを放っていた。

 内蔵された六個の錬光石に思考を這わすと、黄緑の刃から同色の茨が生えてくる。


 短剣を振り回し、一角虎めがけて茨を叩きつける。

 鞭のようにしなる茨が一角虎の前脚に絡みつく。

 動きの止まった一角虎に向けて、リドレックはさらに攻撃を加える。

 一本、二本、三本――剣先から伸びる茨は六本足を次々と拘束する。


「ガアァッッッ!!」


 六肢を茨に締め付けられ、虎は身動きが取れなくなった。

 吠えることしかできない虎に、リドレックは悠々とした足取りで近づく。

歩みながら、右手に長剣を構える。


「ガッ! ……ガァァッ!!」


 迫りくる光子の刃に、自分の死期が近づいているのを悟ったのだろう。

 悲鳴のような咆哮と共に、虎は茨の戒めを解こうと必死で身じろぎする。

 茨の棘が脚に食い込み、暗緑色の毛皮が真っ赤に染まる。


「…………」


 無駄な抵抗を続ける虎に憐みの視線を向けつつ、リドレックは長剣を掲げる。

 

 ◇◆◇


「……終わったようね」


 一角虎の頭頂部から切り落とした角を高々と掲げるリドレックを見つめ、エルメラ・ハルシュタットは微笑む。

 

 桃兎騎士団寮の専用観覧席から闘技場の様子を窺がう。

 観客達の声援に見送られリドレックが退場するのと入れ替わりに、運搬車が闘技場の中に入って来た。

 荷台から降りた係員たちが、茨に括り付けられた虎の元へと駆け寄る。

 係員たちが身動きの取れない虎を運搬車の荷台に乗せ闘技場から運び出すのを見計らい、エルメラは手に持った携帯端末に向かって指示を出す。


「終わったわ。準備はいい?」

『問題ありません』


 通信相手は選手控室に居るジョシュア・ジョッシュである。

 大一番を控えたジョシュアの声は固い。

エルメラになり替わり、主将の大役を任され緊張しているのだろう。


「結構。ではしっかりね」


 ジョシュアの様子に一抹の不安を感じつつも、エルメラはあえて何も言わなかった。

 ここで余計なことを言えばジョシュアはより一層、委縮してしまうだろう。


 携帯端末をしまいつつ、嘆息する。

 今日の試合――十二騎士団寮対抗リーグ、対黄猿騎士団戦にエルメラは参加していない。

 面倒な試合をジョシュアに押し付けて、エルメラ寮長が受け持っているのが――さらに面倒な仕事であった。


 傍らにいる三人の少女たちこそ、エルメラ寮長が相手をしなければならない最大の難敵であった。


「虎さん無事みたいですね。……よかった」

 

 一人は金髪碧眼の少女。

 流れるような金髪を結い上げ一つにまとめた少女は、闘技場から運び出される虎の姿を見つめ胸を撫で下ろしていた。


「何で殺さなかったのかしら。……つまんないの」


 一人は金髪碧眼の少女。

 流れるような金髪を二つ縛りに束ねた少女は、試合結果に不満だったらしく口をとがらす。


「……どうでもいいよ」


 最後の一人も――やはり、金髪碧眼の少女。

 流れるような金髪を三つ編みにまとめた少女は、仏頂面でクレープを頬張る。


 今日のエルメラの仕事というのが、この三人の少女達のお守りだった。

 本来の守り役であるリドレックが試合に出ているために、エルメラが代わりに彼女たちの面倒を見ているのだ。


 半日、彼女たちに付き合ってリドレックの苦労を思い知らされた――若い娘とはこんなにも面倒くさい生き物だったのか。


 闘獣と言う野蛮な競技にシルフィは怒りを露わにし、

 競技観戦に退屈し切ったミューレは事あるごとに食い物や飲み物を要求するし、

 血気盛んなメルクレアに至っては、試合に出せと言って聞かない。


 怒る、拗ねる、剥れる――少女達のわがままにエルメラはほとほと手を焼いていた。

 

「……エルメラ様。先に帰っていいですか?」


 挙句の果てにこんなことまで言い出す始末。

 退屈し切ったメルクレアはクレープを平らげると、騎士団寮に帰ると言い始めた。


「これからウチの試合が始まるのよ。あなたも応援なさい」

「だって、結果は判っているじゃないですか。見る必要なんて無いでしょ?」


 頬を膨らませ反論する態度はまるっきり駄々っ子だ。

 勝手気ままにふるまう若い娘の態度に、いい加減腹が立ってきた。

 エルメラとてまだ若い、彼女達とそれほど変わらない年齢だ。

 自分の娘時代はもっと聞き分けが良かったはず――もうちょっとだけ聞き分けが良かったはずだ。

 怒鳴りつけたい気持ちを必死に抑え、どうにかしてご機嫌取りにかかる。

 

「試合を見るのも訓練の内よ。これが終われば宴会が待ってるわ。それまで我慢なさい」

「……はあい」

 

 一日付き合って、ようやく彼女たちの操縦方法を身に着けた。

 取り敢えず、彼女達は食い物さえあてがっておけばおとなしくしてくれる。

 今日の宴会場はご希望の庶民派レストラン。

 この試合が終われば闘技大会は終了だ。

 下層階にある店までたどり着けば、今日一日の仕事がようやく終わる。

 一日彼女たちに付き合って、エルメラは一気に十歳ほど老け込んだ気分になった。


 将来、母親になることがあっても絶対に女だけは産むまい。


 心の内で誓いを立てるエルメラであった。


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