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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
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3. 新総督、着任

 スベイレンの周回軌道から外れ、飛光船《気高き乙女号》はようやく降下を開始した。

 元々は要塞として使用されていたスベイレンは、天空島ハイランドの中では比較的小さな部類に入る。


 総面積約五十エーカーの円形を重ねた三層構造は、都市人口を支える必要最小限の敷地面積を確保することに成功している。


 下層が地上との交易をおこなう港湾施設。

 中層はこの都市の中核、スベイレン騎士訓練校の学校施設が存在する。

 そして上層は都市の中核である行政施設がある。


 帝都から約半日の航海を終え《気高き乙女号》は上層階外縁に設けられた着陸上にゆっくりと着底する。


『長旅お疲れ様でした。スベイレンに到着いたしました。定刻より三十分の遅延です。申し訳ございません』


 機長の不機嫌なアナウンスが客室に響き渡ると、この船の主であるラングストン男爵は席を立った。


 前任者の栄転により新しくスベイレン総督に任命されたアルムガスト・レニエ・ランドルフ男爵はまだ三十台。代々続くハイランド帝国直参の貴族である。この年になるまで無役であったが、今回が初の登用となる。

 今回の総督就任は年齢的にも、経歴的にも異例の出世と言える。

 若き新総督は外見からして型破りであった。

 上等な仕立ての服をわざと着崩し、無精髭を蓄えたその姿は若手の有閑貴族に流行のスタイルである。

 伝統と格式を重んじる帝国貴族らしからぬ装いであったが、ランドルフ男爵には不思議と似合っていた。

 

 秘書を務める機械従者マシーナリを伴い下船する。

 タラップの先には新任総督を出迎えに来たこの都市の重鎮たちが整列していた。

 その中の一人――小太りで頭の薄い中年男が下船したランドルフ男爵の元へと歩み寄る。


「ようこそおいでくださいました、ランドルフ男爵。わたくしはスベイレン騎士訓練校の校長を務めております、イライア・バーンズと申します。この度は総督就任、おめでとうございます」


 祝いの口上を述べると、バーンズは深々と頭を下げた。

 学園都市であるスベイレンでは、校長は総督に次ぐ地位である。

 学校の校長が都市の政策に関わると言うのも妙な話だが、スベイレン騎士訓練校の価値を考えれば納得できる。


「ご着任早々、とんだ不手際で申し訳ございません」


 さえない容姿の校長は挨拶を終えるなり、恐縮しきった様子で再び頭を下げた。


 帝都から半日、航海は順調に進んでいたのだが最後の最後でケチがついた。

 地上から来た貨物船が《気高き乙女号》の進路を遮り、着陸上に降りて貨物の搬出作業を始めたのだ。

 管制室は作業の間、《気高き乙女号》に上空で待機するよう指示を出した。


 飛光船操縦士というのはたいていの場合気が短い。

 それも貴族お抱えの船長ともなれば手に負えない。

 貨物船ごときに先を越されたとあっては御座船の面目が立たない。

 船長は管制官を口汚く罵ると、即刻、貨物船をどけて着陸許可を出すよう脅迫――もとい、要請した。


 押し問答を繰り返すこと三十分。

 ランドルフ男爵はようやくスベイレンに降り立つことが出来た。


「月末で立て込んでおりまして、下層の港だけでは間に合わんのです。おまけに予定外の緊急便が到着しまして、さらにその積み荷というのが厄介な代物でして……」

「どうかお気になさらず、バーンズ校長」


 油汗を流して頭を下げ、言い訳を続ける校長をやんわりと遮る。

 やんごとなき者は時間に束縛されたりはしないものだ。

 高々三十分程度の遅れで目くじらを立てては逆に貴族としての度量を疑われてしまう。


「天地を繋ぐここ、スベイレンはまさしく帝国の動脈。物資搬送を遅滞なく執り計らう方々を、誰が責めることが出来ましょう――おや、あれは何ですか」


 着陸上の隅で荷卸しをする飛光船――《気高き乙女号》に先んじて着艇した貨物船を指す。

 開け放たれた船倉から引きずり出された荷台には巨大な人型が横たわっていた。


「巨人です」


 文字通り巨人であった。

 体長約二十フィート。巨人と言っても人の形をしているだけであって、人間の生態から大きく外れた全く別の生き物であった。

 体毛は一本もなく全身を覆う鱗のように硬い肌は、燃えるような赤褐色であった。顔には目も鼻は無く、口に当たる部分に空洞が刻まれているだけだった。


「あれが、巨人ですか……」


 初めて見る巨人に、ランドルフ総督は息をのむ。


「アウストリアで捕獲された個体です。生け捕りにしたのはいいのですが他に置いておく場所がありませんので急遽、スベイレンに搬入されることになったのです」

「生け捕り? 生きておるのですか、あの巨人は?」

「ええ、薬で眠らせているだけです。巨人用の麻酔などありませんからな。人間用のを使っているのですよ。いつ目を覚ましてもおかしくない状態でして、まったくもって厄介な積み荷でございまして……」

「おお、あれこそまさしく帝国の栄華の証――ハイランドに栄光あれ!」

『ハイランドに栄光あれ!』


 興奮のあまり、ランドルフ総督は声をあげる。

 熱に浮かされたような讃美に、校長のみならずその場にいた全員が続く。

 興奮から覚めたランドルフ総督は校長に向きなおると、改めて挨拶をする。


「こちらこそ無理を言って申し訳ない。何分、急な任官ゆえ立て込んでいるのはこちらも同様。ご覧のとおり右も左もわからぬ若輩者ゆえ、今後も何かとご迷惑をおかけするでしょうが、何卒良しなにお願いいたしますぞ」

「……は、はは。いや、こちらこそ、こちらこそ!」


 肩を抱いて熱烈な握手をすると、ようやく校長は緊張を解いた。


「では早速、総督府へとご案内いたします。ささ、こちらへどうぞお車をご用意しております。お荷物はこれだけですか?」


 機械人形が抱える総督の手荷物を見て、何故か校長は安堵したようなため息をついた。


「ええ。先ほども申しあげたとおり、急な着任ですので。取る物もとりあえず、身一つでやってきたという次第でして。何か問題でも?」

「いいえ! とんでもない。明日から学校も新学期が始まります。開幕戦を観覧しようと各地から来賓客が押し寄せてきておりましてな、職員総出で対応している次第でして、引っ越しのお手伝いをしようにも人手が出せませんで、どうしたものかと……」


 ランドルフ総督は思わず噴き出してしまった

 そんなことで気に病んでいたとは思わなかった。バーンズ校長はどうも余計な気苦労を背負い込む気質のようだ。頭が薄いのも性格のせいなのだろう。


「いや、お気遣いは無用に願います。時に、その開幕戦とやらは騎士学校の闘技大会のことですか?」

「そうです。ご覧になったことが?」

「毎週、中継で見ていますよ」


 スベイレンの闘技大会と言えば、退屈を持て余している帝国貴族たちにとって最高の娯楽であった。

 試合内容は光量子通信網で全島中継され、一般市民も観覧の機会が与えられている。

 若き騎士たちが駆使する門外不出の技――錬光技を一般人が見ることが出来るのはこの闘技大会だけだ。


「中継で見るのと現地で見るのとでは雲泥の差ですぞ。臨場感はもとより、通信では中継されていない種目も多いですからな」

「中継されないというのは、どういった理由ですか?」

「内容が過激すぎて公共の通信網では放送できんのです。例えば、闘獣なんかがそうです」

「闘獣?」

「字義通り獣と人が戦うのですよ。地上で捕獲した獣とわが校の生徒との命がけの戦いを皆さんにお目にかけるわけです。どっちが勝っても負けても血まみれになりますからな。心臓の悪いお年寄りなんぞは見ただけでショック死しかねない種目なのですよ」

「それでは、さっきの巨人とも闘うのですか?」

「ええ。さすがに明日の開幕戦には間に合いませんが、いずれ闘技場で奴の動いている様をお目にかけることが出来るでしょう」

「そいつは、楽しみですな」


 まだ見ぬ騎士たちの戦いに思いを馳せながら、ランドルフ総督は総督府へと向かった。


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