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天宮の煌騎士〈ルキフェリオン〉  作者: 真先
【EpisodeⅠ. 白羽の騎士と無銘皇女】
38/104

Epilogue. 白羽はここに居る

 事件から一週間が経過した。


 スベイレンを取り巻く緊迫した情勢も着実に収まりつつある。

 全ては総督であるランドルフ総督の政治手腕によるものだ。


 デニスを始めとする橙馬騎士団の生徒達の殺害、及び巨人による市街破壊は全て反帝国派の手によるテロ活動と公表された。

 勿論、皇女の存在は秘匿されたままである。


 混乱冷めやらぬ中、スベイレンにハスラム公国騎士団が到着した。

 スベイレンに対し進攻してきた軍隊に、あろうことかランドルフ総督は救助要請を行い、自ら天空島内に招き入れた。

 災害救助という形ならば侵略行為には当たらない。諸勢力の反発を抑えるために打った奇策は見事功を奏した。

 さらにランドルフ総督はハスラム公国に対し、巨人に破壊された街の復興 事業すべてを一任する旨を伝えた。台所事情の苦しいハスラム公国は復興事業を請け負うことで臨時収入を得ることとなった。


 復興資金はハルシュタット家が負担することになった。

 スベイレンが戦争状態になればハルシュタット家は莫大な負債を背負うことになる。ハルシュタット銀行は率先して復興資金の提供を申し出た。

 戦争を回避できるのならば復興資金など微々たる損失だ。損失分は復興特需で潤う他の部門から回収すればいい。


 こうしてハルシュタット家とハスラム公国の二大勢力を手の平で転がし、ランドルフ総督はスベイレンに訪れた危機を見事乗り切った。


 順調にすすむ復興の中、唯一の懸念材料は楡御前の存在である。

 ランドルフ総督の力をもってしても今回のテロの首謀者、楡御前の素性を明らかにすることはできなかった。

 彼が掲げる世界の再生を簡単にあきらめるとは思えない。

 スベイレンを、あるいは皇女を狙い機会を窺がっているに違いない。


 不気味な胎動を抱えたまま、スベイレンは日常を取り戻してゆく。

 総督府も先日から通常業務を開始している。

 総督府において通常業務とは即ち、書類仕事を示す。


「……だからって、この量は無いだろう!?」


 総督府にある執務室。うず高く積まれた書類を前にしてランドルフ総督は悲鳴を上げた。


「しょうがないでしょう」


 情けない悲鳴を上げるランドルフ総督を、総督府唯一の職員――リドレック・クロストは白い目で見つめた。


「一週間も業務が滞っていた上に、職員が僕一人しかいないんだから」


 人手不足の総督府に手伝いとして駆り出されたリドレックは、新任総督の政治手腕を嫌というほど見せつけられた。

 脅迫、買収、談合――この難局を乗り切るため、水面下ではきわどい交渉が行われていた。

 政治の暗部をまざまざと見せつけられたリドレックは、権力者達に対する不信感をより一層深めることになった。


「他に御用が無ければ、私はこれで……」


 新たに持ってきたファイルを机の上に置くと、リドレックは逃げ出すようにそそくさと出口に向かった。


「おい! 仕事ほったらかしてどこ行くつもりだ!?」

「何って、試合ですよ」


 今日は日曜日。

 スベイレン騎士学校では対抗試合が行われる日だ。

 大規模テロの影響のせいで開催が危ぶまれていた対抗試合だったが、総督の尽力のおかげで、通常通り行われることとなった。


「中央闘技場の第一試合、桃兎騎士団対白羊騎士団戦です。急がないと遅れてしまう」

「慌てることは無いだろう? 私が行かない限り試合が始まらないんだから」

「選手は試合前に色々と準備があるんです。……それじゃ、私は先に会場に向かいます。総督も急いでくださいよ。遅刻するとみんなが迷惑するんですからね」

「ああ、こいつを片付けたらすぐに行く!」


 つまり、また遅刻するつもりらしい。

 時間にルーズな貴族を捨て置いて、リドレックはそそくさと闘技場に向かった。


 ◇◆◇


 選手控え室でリドレックを出迎えたのはエルメラの怒声だった。


「ヤンセン! 準備はまだ終わらないの!? ライゼは何処にいるの? アネット、祝勝会の会場は抑えてある? ……何処でもいいわよ! 五鱗亭でもパニラントでも!!」


 控え室にエルメラのヒステリックな叫び声がとめどなく響き渡る。


「あーもーっ! 何でこんなに慌ただしいのよ! 毎週の事なのに!! ……リドレックはまだ来ないの!?」

「ここに居ますよ」

「あーっ! 居た居た! 何やってたのよ!? もうすぐ試合が始まるわよ!」

「大丈夫ですよ。総督の到着が遅れていますから」

「また!? あンの道楽貴族! 他人の迷惑ってものを考えないの!?」


 エルメラの金切り声が一オクターブ上がる。

 彼女もまたランドルフ総督が苦手らしい。

 今回の事件ではハルシュタット家も経済的損失を少なからず被っていた。エルメラも本家から随分と嫌味を言われたそうだ。

 ランドルフにエルメラ――自分の事をこき使う、陰謀家の二人が揃って困り顔を浮かべるのは気分が良い。


「リドレック! 笑ってないであんたも早いとこ支度して頂戴!」

「了解」


 怒りの矛先はリドレックにも向けられた。

 これ以上エルメラを怒らせるのは、どう考えても得策ではない。彼女の言う通り、急いで試合の準備に取り掛かる。

 他の出場選手たちは既に準備を整えていた。アンダースーツに着替え武器の手入れを行っている。


「あ、リドレック」


 こちらに気づいたミューレは小さく手を上げ挨拶をよこす。

 彼女と顔を合わせるのは一週間ぶりだ。

 テロ被害に巻き込まれ負傷した彼女だったが先日、無事退院することが出来た。経過も良好で、既に試合出場しても問題無いくらいに回復していた。


「あら本当、リドレックさんだ」


 ミューレの隣にはシルフィが居た。

 彼女もまたリドレック同様、忙しい一週間を過ごしていた。

 負傷した友人の見舞いに、お転婆皇女のお守りに――気苦労が絶えない日々のおかげで、この学校にすっかりなじんだようだ。


 そして、

 

「リドレック!」

 

 そして、二人の横には、メルクレアが居た。

 守るべき主君。あるいは、崇拝する淑女がそこに居る。


「遅いよ、リドレック! 試合、始まっちゃうよ!」


 快活に笑う少女の元へ、リドレック・クロストはゆっくりと歩み寄る。


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